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フィニスエアル ――少女が明日を生きるためだけの最終決戦――  作者: (仮説)
王女が明日を生きるためだけの国家戦争
34/170

2.来る黄金姫

 

 ◎


 


 翌朝、特別選抜の教室に現れた講師と転校生の少女――制定の制服を身に纏い、長い金髪を携え、白色のロンググローブを装着し、右眼にモノクルを掛けるという変わった身なりをした乙女だった。


「自己紹介を」


 教師が促すと少女は一歩前を出て微笑んだ。花のような柔らかな笑顔である。


「フィニスエアルと申します、皆さんよろしくお願い致します」


「……!」


 その瞬間、絵も言われぬ感情が私を貫いた。


 どうしてか心臓の鼓動が早まっている。触らずとも知覚できるくらいに感じ取れた。


 この感情は一体。知らない感情だ。


 血液が脈打って全身が熱い。顔が特に。


 私が知らない感情など恋心くらいしかない……いや、まさか。


 その時、フィニスエアルが私のことを見詰めてさらに笑んだ。


「っ!?」


 待て、おかしい。ドキッとした! 女の子相手にドキドキしている!


 私は思わず顔を逸らした。


 理解不能な現象だ。だが、認めない訳にもいかない――私は彼女に惑わされた。


 これでも王女としてかなり美形な者と出会ってきたし、私自身もそれなりに自信がある。だが、襲ってきたのは大きく上回る激情だった。


 よく見ると私だけではない。この教室にいるほぼ全員が彼女に見惚れている。隣に座るエリを除いてだが。


 それくらいにフィニスエアルは美しかった。


「好きな席に座りなさい」


「はい」


 迷いのない足取り、彼女が座ったのは私の隣だった。そのことに喜んでしまっている自分がいる反面、不可解な行動に疑問を感じる。私は精一杯動揺を抑えて微笑を浮かべる。


「――ご機嫌よう、フィニスエアルさん。よろしく」


「初めまして、私のことはフィニスでいいよ」


「あなた……無礼ですよ」対面から身を乗り出したのはエリ。「王女に向かってその口の利き方は何ですか」


「別にいいわよ」


「しかし……!」


 いつもならきっと反論しなかっただろう。平常通りではない、とわかっているのに抗えない。そのことに快さまで感じていた。


「では、フィニスさん。よろしく。私はレリミア」


「うん。よろしくね、レリミア」


 不本意ながら好かれたいという欲求を強く感じていた。


「そっちの君もよろしくね」とフィニスはエリにも挨拶したが、エリは恨みがましそうな目をするだけで返答はしなかった。


 


 挨拶もそこそこに、講師の見計らったような咳払いと共に今日の授業が始まる。


 今日は実演の授業だ。まずは学校の敷地内にある運動場に出、指示に従って魔法を行使する。炎の魔法に関する授業なので教室でやるには狭いためこうして外に出ている。適当に練習したところで講師の呼び出した無数の巨大な鳥に攻撃を当てる、という内容だ。


 生徒は各々、魔法を起動した炎を掌に生み出しているが、その瞳孔は転校生に注がれている。


「炎ねぇ…………構築は難しくないけど…………流石に――」


 何やら呟きながらフィニスは同級生の魔法を眺めている。


 先程も挨拶をしたから大丈夫、と息巻いて私は思い切って話し掛けてみた。


「えっと、フィニスさん……気掛かりなところとかあるかしら」


「これって炎の弾のまま鳥に当てるの?」


「応用しても問題はないわ。追尾性能を付与しても、弓の形に変形させてもいい。今日の授業はそっち方に重点を置いてると思う」


「そっかそれなら……ありがとうね、レリミア」


「ど、どういたしまして」


 屈託のない笑顔。どうしても平静ではいられなかった。何かの魔法に掛けられているみたいだ。


 暖かな太陽に曝されながら、幸せな気分に浸っていると私の番が来た。


 講師は私の実力を知っている、それでもこのような初歩的な訓練に参加させるのは形式上の問題。要は体面だ。


 中空に手を伸ばし掌に意識を集中させる。


 《火炎》の赤き魔法陣を一〇個描いて円形に並べた。魔法陣による魔法陣が起動する。火炎が鎖にように絡まり新しい魔法として出力される。火花がチリチリと鳴った。


「名付けて《花炎華レイド・バーン》」


 怪鳥は瞬く間に炭化、残された灰は風に流され存在の痕跡全てが失われる。


 流石の講師の先生も唖然としていた。私が作ったのだから知らないのは当たり前だ。小さな魔法を組み合わせて大きな魔法効果をもたらすことのできる効率の良い魔法。我ながら恐ろしい才能。


 と、そんなことをするのはやはり平常ではない。見せつけてやりたいという感情が多分にあった。


「わぁ……綺麗……」


 期待通りフィニスさんは見入っていた。


 頬が緩んで仕方ないが、堪えて次のエリの試験を見守る。彼女も相当の腕だ。だが、実力を発揮仕切ることはない。予定調和、火炎を召喚すると追尾性能だけ付けてそのまま放った。爆発した怪鳥は斜めに落下し、地面に突き刺さる。


 そして、最後にフィニスさんの番が来た。


 彼女は魔法陣を描くが、起動はせずにじっと見詰めている。


「フィニスさん……?」


「……ギリギリ足りるかな……」


 火炎を生み出すが蝋燭のような矮小な熱源だった。グローブ越しに手に包み込むと陽炎は短剣に形を変える。


 それを人差し指と中指に挟むと、彼女は右腕を振り上げてモーションに入った。全身の捻りを最大限伝えた完璧な投擲で手から離れていく。


 大怪鳥は高速で向かってくるナイフに咆哮する。怒号の振動などたかが知れている、その程度で魔法の炎が消えるはずがない。


 しかし、掻き消された。


「うーん……やっぱそうなるよね」


 当たり前だと言わんばかりに呟いて彼女は踵を返した。


 そこでようやく私は気づく。彼女の制服に付いている徽章に星の印がないことに――。


 


 


 ◎


 


 王立ハーミタル魔法学園には学生階級制度がある。


 実力に応じた徽章を付けることが義務付けられており、それに応じたクラス分け、授業が為される。私やエリの所属する特別選抜クラスは最低でも〈六連星グダン〉の称号がなければならない。また、魔法学園に入学するにも〈一連星ティメイル〉相当の実力を要求される。


 その最高位は〈十連星ジ・アスタ〉。普通に授業を受けているだけでは理論上到達できない学園最高の位。三学年あるなかでも〈十連星〉は私しかいない。続く〈九連星〉ですら学園内でエリしかおらず、ほとんどの生徒は〈三連星サバス〉から〈四連星ラスト〉に所属している。


 と、言うのがこの学園での常識。


 しかし、転校生であるフィニスさんはその例から漏れている。


 


 引き続きある座学の授業でも彼女は無知を発揮して特別選抜生を唖然とさせた。


 フィニスさんの制服に付いていた徽章は〈暗黒星エンプティ〉と呼ばれるもの。そんな称号聞いたこともなかったが、文字通りに受け取るのなら〈一連星〉以下ということになる。


 劣等生どころじゃない。本来ならばここにいてはいけない存在なのだ。だが、実際にいて教師陣から黙認されている。


 裏口入学――。


 一番あり得そうだが、こんなのがまかり通るならこの国の貴族が辛酸を舐めることはなかった。金を積んだからといってここには入ることはできない。


 では、彼女は何者なのか。


 ともかく不思議な人、というのが隣で彼女を見ていた今日の感想だった。


 


 


 その放課後、私は校長室に呼ばれた。


 学園の絢爛煌びやかな廊下を歩きながら考える。


 校長が一体私に何の用があるのだろうか。節目節目に顔を合わせてはいたがこんなことは初めてだ。〈インぺリア〉で何かがあった、というのが一番しっくり来るが如何せん不明だった。


 校長室のある最上階にまで辿り着くと、艶のある焦げ茶色の扉をノックした。「どうぞ」と聞いてから私はノブに手を掛ける。


「失礼します」


 恭しく校長は頭を下げた。


「お越し頂きありがとうございます、レリミア様。どうぞお掛けください」


「えぇ」


 ソファーに向かい合うように座った。彼はどことなくぎこちない動きで口を開く。


「こうして呼び出したのは至急伝えたいことがあるからです」


「そうでしょうね」


 そんなことは言われなくともわかっている。


 校長は押し殺した声色で言った。


「はっきり言いましょう。レリミア様、あなたの命が狙われております」


「…………と言うと?」


「〈インぺリア〉は二か月前の戦争で壊滅しかけたことはご存じでしょう。同時に国力低下したことも。〈フレイザー〉の貴族派閥の者はそこに目をつけました。彼らは国防の弱まっている間に侵略しようと考えています」


「あり得なくはない、か……」


「ただ、フレイザー王はあくまでも和親体制――故に、切っ掛けを求めています。それがあなたです。王族派は貴族派が大きな行動を起こせないよう対応してきました。しかし、ここに来て強硬策にでました。暗殺者、殺し屋が雇われています。国内で王女であるあなたが死ねば、事実はどうであれ戦争の火種になりましょう。この国で死んだという事実さえあれば十分なのです」


 流石に驚きを禁じ得ない。


 可能性という意味ではかなり現実性のある計画とはいえ、だ。


 謂わば、敵国内で孤立している状態。王派閥の者が敵を抑えていてくれているらしいが、校長が言っているのは封じ込めることはできないから後は自分で何とかしろということ。


 貴族御用達の暗殺者を私とエリだけでどうにかすると?


 ――無理でしょ。


 そう言おうとした直前、校長は興味深い一言を言った。


「しかし、ギリギリですが間に合って良かったです。〈インぺリア〉からの護衛、彼女ならば何とかなるでしょう」


「護衛? 彼女?」


「確か、既に会っているはずですが……」


「一体誰なの!?」


「あなたと同じクラスに転校生してきた少女です。フィニスエアルと言いましたか……戦乱を終わらせたのは。事実なら現代最強の魔法使いかもしれませんね」


 その瞬間、私は校長室を飛び出していた。


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