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フィニスエアル ――少女が明日を生きるためだけの最終決戦――  作者: (仮説)
少女が明日を生きるためだけの最終決戦
26/170

25.神の実力

 

 ◎


 


「思ったよりも〈神獣〉がいませんね。まさか四方の都市に向かった……?」


「そのような報告は受けていませんが……」


 現在〈王国都市〉から搔き集められた騎士達は、予想以上に好都合な状況にむしろ戸惑っているところだった。


 数時間前に偵察した時には巨大な虫が草原を埋め尽くし、生物らしく蠢いていた、しかし、まるで何かから逃げるように、もしくは引き寄せられるように〈神獣〉は駆け出したのだ。


 騎士団長と〈炎の天剣〉――トマグノスが指揮を執り、獣の不可解な行動に細心の注意を払いながら進撃を再開する。王子プロイアは陣形の真ん中で守られながら進んでいた。


 予想外の出来事と集団高速移動術式《空破突撃波》により、予定よりも早く神殿への順路を進むが、あくまでも一つの難関を避けただけでしかない。


 進めば次の強力な門番が現れる。


「――止まれッ、天使だッ!」


 トマグノスの太い声で術式停止命令を出した。


 薄緑色の衣を纏った無数の女体が道を阻むように立ち塞がっているのだ。


 〈使徒〉と呼ばれる〈神獣〉を司る生命体。ここまでの相手となると騎士団でも対処が難しい。


「――ここは、俺に任せてください。ちょっと最前線では耐えられそうにないんで」


 〈雷の天剣〉のトゥリアルトが一歩踏み出し抜剣した。鳴天剣の剣身はボロボロになっており輝きも褪せている。確かに〈使徒帝〉と戦うには心もとない。


 幾らかの騎士とトゥリアルトが隊列から外れ、〈使徒〉の前に立った。


「じゃあ、団長さん、トマグノスさん。一番大変なこと任せます」


「ふん、お前も終わったら来るんだぞ。騎士としてな」


「厳しいっすね」


 苦笑いながら闘気を練る青年は雷の魔法で剣身が瞬いた。


「《鳴天・螺旋回天》」


 トゥリアルトが剣ごと激しい黄雷を地面に叩きつける。超温度差により爆音が打ち鳴らされた。雷の海は〈使徒〉を飲み込み、天へと放電する。


 下手な楽器のような叫び声が消えると、灰色に染まった草原は一本の道と化した。


「――では、行ってください。続々と来ますんで」


 トマグノスを先頭として≪空破突撃波≫で天使のエリアを抜けていくのを見て、トゥリアルトはもう一度魔法を行使する。


「……正直、もう行きたくないですよあそこには……」


 フィニスと共に〈亜神〉の前に立った彼は実力差を理解していた。王子の〈神剣〉ならばもしかしたら倒せるかもしれない、と思ってはいても自分が行けば確実に死ぬという確信だけはあったのだ。


 ――それでもあの少女はいるんだろうな。


 美少女への懸念を抱きつつ、彼は剣を構え直す。再び灰燼の道に〈使徒〉が埋め尽くしているのだ。


 


 地上を進む騎士団と対照的に、セントラリスは迷わず空を航路に選んだ。


 とはいえ〈血統者〉の彼の場合、単純ショートカットという訳にもいかない。〈鷲型〉が大きな口でセントラリスを飲みこまんと突撃を敢行してきた。


 男は腰に巻いた〈神剣〉を居合で抜き、魔法で斬り裂く。


「《魔弾翼々》」


 斬撃に超長距離攻撃性能、視認阻害が付与された一太刀で数十の大鷹が真っ二つになる。


 セントラリスがその先、暗雲の下を進むと意匠の刻まれた鎧を纏う巨人――〈使徒帝〉が立ち塞がった。さらに奥には〈亜神〉の影もある。


「ここは血統を使うしかあるまい……!」


 〈神剣〉の刃を首元にあて、薄皮を振り斬った。切り口以上に飛び出した血飛沫は深緑色。


 血統にあてられた〈使徒帝〉は狂気の奇声をあげ、赤眼を浮かべるセントラリスに暴風を放った。


 白色の剣で風の殴打を受け流し、一気に接近して懐へ一撃加えるが障壁により阻まれた。だが、弾かれた反動を用いて逆回転しながら振るう。弱まっていた障壁を突き破り〈使徒帝〉を一刀両断にした。次の瞬間には加速魔法でもう一体の首を刎ね、さらに縦に引き裂く。


 瞬間――セントラリスの背後に風亜神が迫る。


「――ふッ!」


 足元に魔法陣を形成し、足場とすることで上方に避ける。亜神の鎌鼬を纏った腕が空振りした。


《翡翠血統》の緑光を纏いながら雲を突き抜けるほどの高さまで魔法飛行するセントラリスを追って風亜神が台風の塊になって砲弾と化す。鋭角にターンして振り払おうとしたが執着的なまでに食いついてきた。回転に巻き込まれながら空中戦闘が繰り広げられる。


 緑色の血液が糸を引いた――。


 蜘蛛の巣が風亜神を取り囲んでいる。


「――《翡翠断絶結界グラディエイト・クロス》」


 拳を握る動作と呼応して、結界が縮小する。〈使徒帝〉が脱出のために暴風で薙ぐが完全に打ち消された。累乗的に圧縮される網に為すすべなくバラバラにされた風亜神の残骸は粒子となって空へと消えていった。


 高度を下げながら一息吐く。


「思ったよりもスタミナの減りが早い…………幾ら〈亜神〉が残っているんだ?」


 地上が見えてきた。表面に這っている黒い塊が蠢く。


 巨大な波のように押し寄せるのは〈虫型〉。生理的嫌悪感を抱かざる負えない癪に障る動きで王国に向かっていた。


「……動きが三つある」


 セントラリスは〈神〉討伐に際して騎士団の動向を探っていた。〈神獣〉や〈使徒〉を上手く誘導することでいち早く神殿へと向かおうとしていたのだ。


 だが、〈神獣〉の流れが自分と騎士団ともう一か所に集約していることに気づいた。ここに来るまでに戦った獣の数が圧倒的に少なかったのだ。


「――まさか……」


 あたかも〈神獣〉を誘導したかのようなラインを見せることができるのは一人しかいなかった。


 ――戦闘していたとはいえ、この距離……追いつかれ兼ねない。力を節約している暇はなさそうだな。


 剣は鞘に収めない。なりふり構っていられない事情ができた。


「こんなこと、あんな少女に任せる訳にはいかない…………この因縁は私が断ち切らなければならない」


 緑色の煌めきが線となって遠くへ消えていく。


 


 


 ◎


 


 大きな影に包まれたフィニスは苦笑いを浮かべることもできなかった。


「いやいや……風に乗れたからっていきなり〈亜神〉に当たっちゃうとは……」


 〈神獣〉の隕石の余波を操り一息で深層まで吹っ飛んだ先には風亜神が待ち構えていたのだ。緑色の衣を纏った女体が仮面越しに少女を見下ろしている。


 基本的に〈神〉に従属しているが〈亜神〉には知能がある。先回りや、効率性を理解することができ、感情らしきものも確認できる。


 故に、視線に重みがかかった。敵意と殺意の発露はフィニスの肩に不可視の圧力を与えた。さらに、神性精神攻撃魔法《神威》を発動する。


 うぁっ、と足元がぐらつくが、どうにか踏ん張って風亜神を見上げた。


『頑張って抗いなさい!』


「うん、前回で慣れたから大丈夫。出し惜しみなく行く!」


『私の考えた新しい魔法……あなたなら相性が良いから初めてでも使えるはずだわ』


 形成された魔法陣が重なり合い、効力を発揮する。エネルギー変換魔法《物理循環ブラスト・サークル》、両手光線剣《炎熱光線レーザー・ブレード》、広域殲滅魔法《心象収束光波ハート・アート・フラッシュ》の同時発動により、膨大なエネルギーが少女の両手から溢れ出し零れんばかりに火花が散った。


 純粋なエネルギーの塊がフィニスの手の甲から肩にかけてを覆い、先端の三つに分かれた巨大な盾に変形する。フィニスの身体には余る大きさで装備されたのは盾と手甲鉤が一体化した武装だ。


 武器生成魔法《武器創造アドベント・アームズ》によりエネルギーが固形化した黄金の武器。


「〈黄金盾鉤ロンド・ストライク〉」


 下端に取り付けられている三つの発射口から青色の火炎が噴射する。エネルギーの装填に呼応して三又のクローが青白く発光した。


 風亜神は暴風の塊を周囲に張り巡らし防御に徹する。不用意に攻撃したり、近づくようなことはしない。人間が警戒心を抱くように様子を見ることにしたのだ。


 戦意を高めたフィニスは武装に刻まれた魔法を叫ぶ。


「《ティーダ》!」


 ジェット噴射で接近したフィニスは右腕を思い切り振り切った。魔法により威力拡張された斬撃は竜巻の壁を掻き消して、〈亜神〉の胴に三本の裂傷を刻み込んだ。


「クオオオォォォォ――!」


 白色の肌から光の粒子が血のように飛び出した。だが、痛みに抗いながら暴風が纏われた腕を左右同時に突き出してくる。


 大盾を構えて弾くと、内側に入り込んでさらに六本の斬撃を繰り出した。


「――そしてっ!」


 最後の一撃で爪の先端を突き刺すと、エネルギーを噴射して風亜神を地面に押し倒す。《ティーダ》で傷口を抉って抵抗を妨げてから、盾鉤のもう一つの魔法を発動した。黄金の魔法陣が盾の半ばに重なる。


「――《クロニクル・ロンド》ッ!」


 巨大な刃の像が浮かび上がり、身動きの取れない風亜神の全身を切り刻んで体内の内側を空気に曝した。非生物を思わせる軽い感触を確かめながら爪を引き抜くと亡骸はさらさらと空に流れる。


 残るクレーターの上でフィニスは肩で息を吐いた。


「――ふぅ、〈亜神〉……血統がなくても倒せたね……」


『できるように私が考えたのよ。でもあまり使いたい手ではないわね』


「そうね、かなり疲れるからあんまり乱用はできないかな」


 吸収したエネルギーとはいえ、高威力の魔法を無理矢理変形させるのはいくらフィニスでも容易にできることではなかった。少なくとも《神威》にあてられていたら失敗し、その反動を食らっていたかもしれない。


 身の丈に合わない大きさの盾鉤の調子を確認しつつ、クレーターから這い上がる。


『私はここら辺は引き際だと思う……〈亜神〉を一人倒しただけでも十分よ』


「まだあのお父さんを見つけてないよ」


『私達が彼より先に来たかもしれないわよ』


「それは考えてなかった。待った方が良いかな」


 引き返させる目論見だったが真剣に考えてしまうので女神は大きく肩を竦めた。


 だが、力を抜いているのはウェヌスだけではなくフィニスもだ。


 つまり、緩んだ精神状態。


 ――だから、見られていたことには気づいていなかった。


 何者かに背後から見下ろされている。そのことに。


 全長約一〇メートルの中性的な美しさのある男体が感情の読み取れない顔で少女を見詰めているのだ。身体を覆う緑色の羽衣がフィニスの真横まで伸びているが不思議と気づかれない。不意に病的に白い指が少女に伸ばされた。


 背中まで伸びる金髪に突き込まれて僅かに浮く――。


 食い千切るような感覚――同類の女神に怖気が走った。


『――なッ、逃げなさいッ!』


 瞬間にウェヌスが叫んだ。本来ならば言葉を聞いた後に振り返っても間に合わない。


 血統の恩恵か、言葉よりも早く察知したフィニスは振り返り、立ち向かった。警告を無視して逃げずに立ち向かう選択だ。


 黄金盾鉤を自分と伸びる手の隙間に差し込んで両足でもって踏ん張る。


 盾に触れた手は無傷なまま少女を押し込んだ。すると呆気なくパキッ、とバラバラに砕けた盾鉤が地面に落下して熱エネルギーに再変換されて赤熱した。


 同時に、フィニスの身体は激しく吹き飛ばされる。


 ――余波だ。ただ触れただけの。


 盾が肩代わりすることでフィニス自身の崩壊を防いだ、だが、それでも受け止めきれなかった余波が襲い掛かってきた。その一撃で昏倒したフィニスは放物線を描いて空に身を投げ出された。


 


 ――滞空時間は軽く数分を超えた。法則を無視したかのような異常な距離だ。最高高度、つまり移動距離の半分に至り、落下していく先に〈王国都市〉が見えてきた。加速しながら斜め下に落ちていく。


 運悪く落下座標に王国の外壁があり、頂部に激突してしまう。頭蓋骨との衝突により欠けた瓦礫が壁外の地面に埋まった。金髪が血濡れになる。


 回転が加わった身体は進路を横に逸らして、王国の中でも数少ない広大な空間――騎士学院の校庭目掛けて星屑のように墜落する。


 着地の寸前、校舎から人が飛び出した。


 踵を地面にこすりつけながら滑り込んできたのは制服姿の少年だった。その学院生徒はフィニスの背中と膝に腕を通すと数百メートルからの落下の衝撃を受け止める。


 まさに流星が落ちたような衝撃と爆音。校庭の地面がメートル単位で沈み、外壁を超える高さまで砂埃が舞った。


「――くっ……だ、大丈夫ですか?」


 童顔の学院生徒は軋む足から流れ込む痛みに耐えながら腕の中の少女に問い掛けた。


 だが、返事はない。意識がなかった。〈神〉の一撃による昏倒もだが、壁にぶつかったことによる頭部への深刻なダメージは計り知れない。頭蓋骨には処置不可能と思われる亀裂が入っていた。


「大怪我だ、すぐに治さないと! 《完全治癒ヴァリア・ヒール》!」


 フィニスは純潔なる白い魔法陣包まれた。光が傷口に集まって傷を置換して縫合する。


 上手く行ったように見えた。ただし、途中まで。


「――なんで……どうして、治らないんだ!?」


 少年は驚きの声を漏らさずにはいられなかった。


 しかし、フィニスという少女と回復魔法は相性が悪過ぎたのだ。回復したのは僅かだった。度合いで言えば本来の魔法効果の一万分の一程度だろう。


 快復とは言い難い傷だらけの姿だが、目覚めるには十分だったらしい。


 全身の痛みに神経をすり減らしながらフィニスは目を開けた。


「……ここは……?」


「大丈夫なんですか!?」


「うん、いつものことだから……いっつッ!」


 少年の腕を外して降りようとしたが、力が入らずその場に崩れてしまう。自らの体重を支えることにすら痛みが生じた。


「無理しないでください! 全身粉砕骨折しているんですよ!?」


「うわぁ、そんな状態なんだ…………あんまり実感ないかも。それでここは?」


「…………騎士学院です…………」


「え、騎士学院って……――王国だよね?」


「はい、そうですが……?」


 不思議そうに首を傾げながら少年は確認の質問に答えた。


 聞いた瞬間、フィニスの頭は真っ白になった。茫然としながら現実を受け止める。


 ――指で触られただけで王国にまで弾き飛ばされたっていうの?


 とても受け止めきれるものではない。


 喩え、〈神〉が強くとも〈亜神〉の数百倍が関の山だと勝手に解釈していた。〈血統者〉の力ならば本気を出せば倒せないこともない、そんなイメージだった。


 だが、だ。しかし、だ。触れただけで殺されかけるとは思いもしなかった。


 ――〈血統者〉でようやく触れることが許されるレベルだというの?


 とてもじゃないが――そう思ったところでいつも脇にいる幽霊女神がいないことに気がついた。


「ウェヌス……?」


「とりあえず、学校のベッドで横になりましょう。どうしてこんなことになっているかは後回しです。ちゃんとした治療を受ければ――んっ!?」


 不意に、キィィィィィン――! という高音が鳴り響いた。遠くから聞こえたのは静謐な金属音。少年と少女が立ち止まって顔を上げると何かが、何かが落ちてくる。


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