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フィニスエアル ――少女が明日を生きるためだけの最終決戦――  作者: (仮説)
少女が明日を生きるためだけの最終決戦
25/170

24.最終決戦の再来

 

 ◎


 


 〈神覇王国インぺリア〉は混乱の最中にある。


 風神の《神威》は〈王国都市〉だけでなく四方に形成された四都市にも広がっていた。見切りをつけて国から逃げようとする者の続出、一部貴族による食料の買い占め、騎士不足、国内最大戦力の敗北と様々なニュースが一度に飛び込み対処不能事態に陥っている。


 政治の中心地、王城〈レ―ヴ・シャトー〉〈円卓の間〉では怒号が飛び交っていた。


「まさか領主が民を出し抜いてまで逃げるとは何たることだ!」


「今はそんなこと言っている場合じゃないだろう!? 神殿に集まっているあの化物をどうするんだ!」


「国家最強戦力の〈天剣騎士〉でさえ全滅だぞ!」


「我々にできることはないでしょう!?」


「そんなことはわかっている! 何のために話し合ってると思っている!」


 高官達が言い合うが、とても会議という様相ではなかった。


 誰もまともにはいられないのだ。心を挫く程の≪神威≫を浴びて逃げ出さなかっただけでも驚異的な精神力ではあるが、耐えてしまったからこその絶望もある。戦力差を理解してしまったのだ。


 ここで今まで一度も声を発さなかった男が動き出した。鞘の末端で床を一度打ち付ければ、一瞬で場が彼色に染まる。


 老衰した国王の名代、次期国王のプロイア・インぺリアだ。


 プロイアは超然とした態度で言い切る。


「――兵を準備しろ」


「で、ですが……」


「私が出る、この神話時代から継承されてきた〈神剣〉を使う時が来た」


 僅かの光さえ反射しない漆黒の剣を掲げる。不思議と視線が吸い寄せられた。


「〈最終決戦〉は今甦る、今こそ神々に人類の力を時だ! 我々は立ち向かわなければならない!」


 この宣言により、王国戦力がかき集められることとなる。


 絶望的な現状、確証のない〈神剣〉とやらに頼る他なかった。偉い人に従って思考を放棄していることにも違和感を抱かずに彼らは動き出すのだった。


 


 


 ◎


 


 騎士宿舎の一室、スピリギナはベッドに座込んで雑談に興じていた。改められた服装、就寝着に腕を通しながら回復に努めているところだ。


 雑談相手は妹分であるハウシア。後衛をしていた彼女は《神威》を直接食らうことはなかったため治療は必要なかった。今はお見舞いという形で姉に会いに来ている。


「ハウシア、あなたはこの国から出なさい」


「何でよ」


「滅亡するからよ」


 しかし、姉妹同士が興じるという雰囲気ではない。


「嫌だ」


「っ、一度くらいは姉の言うことを聞きなさい!」


「聞いてるよ、聞いて断ってるよ」


「本っ当馬鹿!」


「お姉ちゃんの方がバカだもん! バーカバーカ!」


 家族ならではのレベルの低い喧嘩だった。


 どうしても感情的になってしまう。


「これは冗談でも何でもないわ、あなたのために言ってるのよ」


「知ってるもん。でも、私にはちゃんとやることがあるの。そういうお姉ちゃんだってここに残るんでしょ」


「私は騎士だから。でもあなたは……」


「自由に決めらるから良いんだよ。だからお別れはなしってことで……フィニスちゃんも多分


 来るだろうしね」


「そういえば彼女どうしたの……?」


「いないんだよね。だからさっきから探してるんだけどね、遠くにいるのかな」


 はぁ、とため息を吐きながらハウシアは窓越しに暗雲を見詰めた。自然と視線が下りてからは王城へ慌ただしく向かう伝令の騎士を上から眺める。


 視線を移しながらスピリギナが言った。


「王国は徹底抗戦するつもりよ。でも、このままじゃ何が何だかわからないけど人類は負けるわ」


「でも王様って英雄の血筋だかで凄いことできるんじゃないの?」


「そんなことができれば、ね」


 騎士の中でも神々の血統を信じている者は少ない。


 ただ、スピリギナは精神攻撃に倒れ、薄れていく意識の中で黄金の煌々を見ていた。凍っていた心が溶かされるような暖かな光を知っている。


 ――あれは……。


 極限の状況下だったので誰なのかはわからなかった。しかし、あり得ないとは言えない。


 そんな心境を抱えながら彼女は未来を見据える。


「……最終決戦はまだ終わってなかった、か……」


 


 


 大騒ぎになる前にいち早く王国を出たとある者はこう言った。


「……だからこうなるって言ったのに。はてさて、フィニスちゃんは黄金の未来に辿り着けるのかしら?」


 とある女性はふふっ、と楽し気な息を漏らしながら隣国への旅路に着く。


 


 


 ◎


 


「フィニスお姉ちゃん、大丈夫?」


「フィニスお姉さん、大丈夫ですか?」


「うん、大丈夫だよ」


 懐かしの双子姉妹同時台詞にやや感慨を覚えながらフィニスは答える。ちなみに思わずにやけそうになるのを堪えながらだ。


 翌朝のこと、ユウラとシエスに挨拶を交わすと心配そうな潤んだ瞳で問い掛けられていた。包帯巻き巻きの状態でいくら平気、と答えても説得力がないことに彼女はまだ気づいていなかった。


「お姉さん、はいあーん」


「お姉ちゃん、あーん」


 右側からのフォークには突き刺さっており、左側はスプーンにスープがよそわれている。双子姉妹のシンクロで同時にフィニスに差し出した。


「えと、二つは同時に入らないかな……?」


 結局、野菜を喉に通してからスープを飲んだ。


 とこのように傷が残っているだけで生活に支障がなかったが、朝から幼女から介護を受けている。


 天気は引き続き曇り、いつにも増して空気が冷たい一日である――。


 先の戦闘でボロボロになったはずのお気に入りのスカート軍服は修繕の魔法で綺麗な状態に戻っており、脇の棚に畳んでおいてある。これをやったのは双子姉妹の父であるセントラリスだ。多彩な魔法を使う。


「あの……ユウラとシエスのお父さんは?」


 心当たりはあるが娘達にどう説明しているのか気になった。二人の反応を見る限り正直に言ったとは思えない。


 答えたのはシエスだ。


「王国がどうなってるか確かめに行くって言ってました」


「ここ王国じゃないの?」


「外壁近くの森の中……って言ってた気がします。安全だからって」


 〈血統者〉にとって、この場合の安全というのは既に周辺の〈神獣〉を駆逐したということだ。しばらく前からここを根城にしていると思われる。


「あ、そうでした。お父さんがフィニスさんに渡してって手紙があります」


「手紙?」


 手渡された手紙を開く。そこにはこう書かれている。


 ――あったばかりの人間にこんなことを頼むのはおかしいかもしれないが、私が戻ってこなかったら娘達を頼む。二人で一人だ セントラリス――


 遺書ではない。が、未練だ。


 セントラリスはこれから始まる戦争で死ぬつもりなのだ。そうでなくとも、生きて帰ってこられるとは思っていない。


 これは双子がフィニスに懐いていることを知ってから考えたこと。もしかしたら、何も言わずに戦場に向かったかもしれなかったのだ。


『頼まれちゃったわね』


「…………」


 無言のままフィニスは手紙を畳み、そのまま破り捨てた。


 怒りではない、しかし、不愉快感がある。


 両親を亡くした者として、言いたいことが、言わなくてはならないことがたくさんあった。


「ねぇ、シエス。お父さんと話したいことあるよね」


「はい、お母さんのこととかもっと……」


「そっか。じゃあ、ちょっと連れて帰って来るよ」


 布切れのような服を脱ぎ捨てて全裸になるとお気に入り兼勝負服のスカート軍服に袖を通す。やはりまだ傷は痛むが、今はその痛みに尊ささえ感じていた。


 覚悟を決めた顔をした少女を悲観的に眺める女神が囁く。


『フィニス……もっとたくさんやりたいことあるんでしょ……ここであなたが死んだら意味ないわ』


「無茶しないよ。というか仕様がないじゃん…………私が行くのはあのお父さんを殴るため。そして、連れて帰るためだよ。ちょっとくらいは戦うかもしれないけど」


『…………』


 風神が王国全土を破壊し尽くしたとしても、フィニスの力があれば一人で生き残ることはできなくもない。喩え、他の全国民の命が失われようと彼女の命だけは保証されているのだ。彼女が彼女のためだけに生きるのなら――という前提で。


『――これが血の定めなの……?』


 〈血統者〉はすべからく戦場へと足を踏み入れる。その血に英雄が刻まれているかのように。


 逃げることはできない。


 数多の可能性が全ての未来が一点に収束する。


 まるで、神話時代の〈最終決戦〉のように。


 ここに再来するは神話のやり残し、蹴りをつけなければならないのは子孫達。エピローグが書き足される――ハッピーエンディングかバッドエンディングかはわからない。


 深く一息吸ってフィニスは扉に手をかけた。


「じゃ、行ってくるよ。ユウラ、シエス、待っててね」


「「いってらっしゃい!」」と異口同音に言う。


「いってきます!」


 二倍の声で答えると早速魔法で飛び去って行く。向かうは神殿の残骸の積まれた封印の地。古戦場には王国の戦力も集い始めている。開戦はまもなく。


 


 〈神獣〉の大量発生――。


 〈神〉が〈亜神〉を召喚し、〈亜神〉が〈使徒帝〉を召喚し、〈使徒帝〉が〈使徒〉を召喚し、〈使徒〉が〈神獣〉を召喚をする。


 〈神〉が現れてから都合一〇時間、〈神獣〉の数は一〇万という膨大な数に上っていた。幸運なことに〈虫型〉ばかりだった。恐らくはスピードを重視したからであろうが、驚異的な数である。


 特に、〈血統者〉ともなれば押し迫って来る量も段違いだ。


「ちょっとこの数は!?」


『《炎熱光線レーザー・ブレード》じゃなくて《四方光線レイン・ブレード》を使いなさい! そっちの方が早いわ』


 両手から飛び出す炎熱ブレードを引っ込めると代わりに淡い青色の刃が纏われる。両足も合わせて四つの斬撃を同時に放つ。


 類稀なる運動神経で鬼神の如き動きを実現するがなかなか無茶があった。


「いやこれすっごい攻撃しにくいんだけど……!」


『《物理循環ブラスト・サークル》で立体的に動いて!』


 吸収したエネルギーを円軌道に出力することで縦横無尽に回転しながら戦場を突っ切る。高速が過ぎ、青色の球体と化したフィニスは〈虫型〉を続々と八つ裂きにした。光の塵で視界が埋まってきたところでようやく群がっていた虫共は鳴りを潜め始める。


 半端ない運動量に流石のフィニスも疲労を見せた。キラキラと光る汗が滴り落ちる。


「もう十分働いた気がする……」


『〈鷲型〉が来るわ。これを利用して一気に内部に入りましょう』


「簡単に言ってくれちゃって……」


『簡単なことよ』


 一直線に下降してくる巨体を睨みながらウェヌスは言った。


『言っておくけど、〈神〉はこんなものじゃないわよ。私が言うんだから間違いなし』


「そんなこと保証されても……」


 大鷲は飛行機の墜落事故のような大地を震撼させる一撃を幾度も降らす。地形が崩れるほどの衝撃で待った煙の中、フィニスは消えていった。


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