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フィニスエアル ――少女が明日を生きるためだけの最終決戦――  作者: (仮説)
少女が明日を生きるためだけの最終決戦
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19.神剣

 

 ◎


 


 〈王城レーヴ・シャトー〉、王族以外立ち入りが許されていない神聖空間、〈封宝の間〉にて現国王と王子プロイアは相対していた。


 彼らの間の床面には一つの剣が突き刺さっている。剣身の半ばまでが埋まり全体は見えないが柄を見るだけでも異質さはありありと伝わって来る。真っ黒な柄に真っ黒な剣身、製造方法不明の唯一無二の直剣である。鍔の部分には鎖が絡まっており容易に抜けないようになっているようだ。


 ただ静寂を強要するような圧倒的存在感が滲み出、どちらもなかなか口を開けなかったが、国王が初めに切り出した。


「遂に、この剣を使う時が来たか……王家に伝わりし〈神剣アトゥルム・ステルラ〉――!」


「父上、現在我々は建国以来の未曽有の危機に直面しています。もはや迷っている時間はありません」


「それしかないか……わかった、封印を解こう」


「はい」


 王自らの手により鎖の封印が解かれジャラジャラと床に落下する。


 プロイアは一度父親を見、頷きが返ってきてから黒剣を掴んだ。力を入れて引き抜くとするりと刃が露わになった。思いのほか軽い感触だった。


 透き通るような純粋な暗黒色は光さえ飲み込んで鮮やかに光る。


 だが、特徴的な材質以外は言うことのない剣でもある。


「これがあれば……私達の血に眠る神の力を……これがあれば、この国を守れる」


 王子は神殿奪還作戦に参加するつもりだったが、やんわり断られたことを少なからず屈辱的に思っているらしい。国を救える力に興奮していないと言ったら嘘になるが、彼に国のためを思う献身的な気持ちは本物だった。次期王として相応しい、民衆に指示される王として、誰に恥じることのない生涯を送ると誓っている。


 そこで王が問い掛けた。


「プロイア、神殿奪還作戦が失敗すると思っているのか?」


「いえ、〈天剣騎士〉が総動員すれば流石に負けはないと思います。ですが、それで終わるとも思えないです。〈神獣〉の大量発生と神殿の占拠、まだ続く気がします」


「そうか……お前の勘はよく当たる。私も心しておこう」


「ありがとうございます」


 〈神剣〉を適当な鞘に入れるとプロイアは腰に巻き付けた。


 謂わば、王国で最も価値がある代物。その重さに息を飲むも王族らしい堂々とした足取りで〈封宝の間〉を後にする。


 すると王宮の煌びやかな廊下を不作法に走る女の側近がプロイアに駆け寄ってきた。


「ここにいましたか、プロイア様」


「どうしたんだ?」


「奪還作戦本部から連絡がありました。防衛部隊から、想定以上の〈神獣〉が現れているらしく戦線の維持が困難だという報告を受けました。どういたしましょうか?」


「精鋭騎士が全員出払っている今、戦力を捻りだすのは難しいところか……今も国に残っている騎士を集めろ。そして、私も行く」


 その宣言を聞いた途端側近の女性は目を剥いた。


「んなっ……! 王子は王城で待っていてくださらないと!」


「そんなこと言ってる場合ではないだろう? 一人でも戦力が欲しいところだ。丁度今切り札を入手したところだしな」


「まさか、その剣が……?」


「あぁ、これがあればあれば〈神獣〉など物の数ではない。指揮は私が執る、兵を集めておけ」


「かしこまりました!」


 はっきりとした声で言った側近の女は王宮の廊下を全力疾走して角に消えていった。後ろ姿を見送ると、柄に手をやりながら王子プロイアは独り言を漏らす。


「天使だかなんだか知らないが、この私が絶対に踏破してみせる。それが神覇王国の王子としての役割だ……」


 引き締まった表情で彼は作戦本部である〈円卓の間〉へ歩き出した。


 


 


 ◎


 


 フィニスがべらぼうの数の〈神獣〉と空中戦を繰り広げる最中、地上では騎士と獣の大乱戦が繰り広げられていた。


 防衛部隊のテントは基本的にヒーラーや通信系の魔法に特化した者が配置されているので戦力が足らず着々と追い詰められており、戦線は崩れるか崩れないかの瀬戸際にいるとところだ。


 〈狼型〉は全長だけで一〇メートル近い、一介の騎士にそれだけの巨体をいなす技術はない。もしも、あったとしても最前線、攻勢部隊に組み込まれることになるが。


「攻勢部隊はどうしたん!? 一体どれだけの〈神獣〉が出てきたって言うんだ!」


 騎士の文句も壮絶なる雑踏の中に消えてしまう。


 そこにあるただの蹂躙。巨体が人を薙ぎ払い、踏み潰し、あるいは容赦なく食い殺す地獄。


 恐怖に抗えず背を向ける者も現れた。一人背けてしまえばラインのハードルは低くなり、二人目三人目は容易く踵を返す。意志力を持って立ち向かう者もいたが、前線の維持は事実上不可能となった。〈神獣〉は防衛部隊テントを踏み越えて王国へ歩を進める。


 脱走兵を追って凶暴に駆ける巨大な獣の背中に一振りの剣が突き刺さった。二メートル近い


 長さのある大剣が脊椎部を貫く。


 身動きを止めた大狼の頭頂部にさらに質量がのしかかり地面にめり込ませると、少女は静かに呟いた。


「だいぶ時間がかかちゃったかな……でも、ここから先は絶対に行かせない」


 大剣を引き抜くと慣れた手つきで肩に乗せ、風に吹かれると長髪がたなびた。


 剣身に赤い魔法陣が重なると轟々と炎上し、属性が付与される。


「《火炎の剣》」


 刃の先端から炎が渦巻きながら飛び出すと今にも突きを繰り出そうとしていた〈虫型〉を振り払った。ジリッ、という燃焼音だけを残し、残骸を残すことも許さない。


「先を行きたきゃ、私を倒してからだよ」


 〈RANK S〉のギルドメンバー、ハウシアは燃え滾る剣でもって無数の〈神獣〉と相対する。


 


 〈鷹型〉は上空にてフィニスが囮をすることで抑えているので地上は〈狼型〉と〈虫型〉しか見られない。もしすれば、〈竜型〉がどこかで背景に同化しているかもしれないが少なくともハウシアのいる防衛部隊の設置された場所にはいないらしい。


「《もっと早く》! 《もっと熱く》! 《近づいて来い》!」


 空気抵抗を真正面から受け止めながら加速し、自身すら燃え尽きかねん噴火の如き炎熱を纏い、バッタのように地を跳ねながら次々と〈神獣〉を屠っていった。


 それでも止む気配はなく疲労は着実に溜まっていく。


「《雷の鎌》」


 脱走兵に飛び掛かる狼に向かって紫電で作られている鎌が左手に握られると高速回転させて射出する。光の塵となって消えると兜を捨てた男はハウシアにも狂気の悲鳴を上げて王国へと走っていった。


 一通りの敵勢力を駆逐すると大剣を手放して伸びをしながら曇天模様を眺める。


「《遠見》」


 魔法陣が両目に作用すると視界が一気に狭まり一点に収束していく。


 白色をベースとし、金色の刺繍が縫われている軍服らしき後ろ姿だがスカートが見えた。誰が見間違おうか、空中にて〈鷹型〉と戦っているのはフィニスエアルだ。紫電の雷を打ち下ろし、悉く撃滅していた。


「すっげぇ……」


 獅子奮迅、孤軍奮闘、怒涛勢いで〈神獣〉が消滅していくのが見える。フィニスが空で惹きつけているからこそ地上での被害がここまで抑えられ、ハウシアの手で収めることができた。最大の戦果を残したのは間違いないだろう。


 フィニスと手合わせしたのはたった数時間前のこと、未だにハウシアの身体にはその時の熱味が残っている。それは揺るがぬ闘気に変換され彼女に力を与えた。


「これは負けてらんないね、ここは私が絶対に守って見せる!」


 笑みを浮かべてハウシアは立ち上がると大剣を背負って前線を押し上げるように踏み出す。


「ここで神殿に行った皆を待たなきゃ意味ないもんね」


 宣言と同時に、彼女を中心として炎熱で描かれた魔法陣が形成される。幾何学だけで構成された魔法は炎属性最上級空間干渉魔法である。


「――《断罪ノ煉獄》」


 ハウシアの都合が良くなるように世界が再構築される。草原はオレンジ色の熱源に、吹き込む風はドロドロの溶岩に。


 彼女の思描く最高のステージに塗り替えられた世界には炎と〈神獣〉しかいない。空は暗黒に染まり何も見通せず、決して消えることのない炎が業々と燃え盛った。


 絶対に誰にも邪魔されない我儘な世界に引きずり込む魔法――〈世界改変魔法〉またの名を〈心象結界〉。


 類稀なる魔法の才覚と、強力なイマジネーションがなければ使うことのできない最高峰の魔法技術をハウシアは使っている。それだけにスタミナの消費も激しく長時間使用には向いていない。


「本当はフィニスちゃんとの勝負で使いたかったんだけどね、どっと疲れちゃうから止めておいたけど」


 ハウシアが何もしなくとも〈神獣〉はただそこにいるだけで焼けて死んでいく。


「《ここは私に任せろ》!」


 力強い言霊を乗せて彼女はカッコつける。


 

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