18.各々の役割
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――外壁近郊の神獣討伐騎士団のテントからやや離れたところにある切り立った岩石に腰を預ける壮年の男がいた。足元には約一メートル程の長さの剣が二本突き立っている。
男は自らの掌に走っている縫合痕を見詰めた。
「遂に来たか、この時が……目覚めるか、人類の敵――」
地面が横に揺れた。
その瞬間、土の中から〈狼型〉の〈神獣〉が飛び出し咆哮しながら牙を剥く。一直線に男へ肉薄すると大きな口で飲み込まんと突っ込んでいった。
一見鈍重そうな動きで双剣を取ると両腕を交差させる。
「《イデアル・マジック》――《断絶烈剣》」
対神特化型刀剣系魔法発動による燐光が剣を覆い残像を作る。
気づいた時には刃は振り下ろされていた。息を飲む間もなく四つに分解された〈神獣〉の肉体は光の粒子となり風に乗って消えていく。
「我々人類は乗り越えられるのだろうか、この試練を――」
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恐るべき速度で地を駆ける大狼が壁のように広がって――。
突然だった、神獣討伐を任された騎士達のテントにサイレンが鳴り響いたのは――。
どこにいても聞こえるようにか、妙に不快感を煽る立体音響である。拡声の効果がある魔法だ。
騎士の扱う基本の魔法大きく分けて三つある。
〈強化魔法〉、〈剣魔法〉、〈盾魔法〉。
下っ端である見習いはその内の〈強化魔法〉の《自己強化術式》《武装強化術式》《自己修復術式》ができれば御の字とされているが、国防を任される騎士は三つを扱うことができなければならない。今回、神獣の討伐部隊に参加する者は当然使用可能である。
「〈全強化術式〉展開! アタッカーは〈攻勢術式〉、ブロッカーは〈防護術式〉を展開せよ!」
騎士団長、副騎士団長は神殿部隊に割り振られているため指示はナンバースリーである部隊長に一任されている。指示を飛ばすと自らも正面に迫る〈神獣〉達に突っ込んでいった。
騎士団もギルドメンバーも雪崩のように駆け込んでくる〈神獣〉に戦意をぶつけているようだが、フィニスエアルはテント付近で目を凝らしていた。綺麗な綺麗な青空を不機嫌そうに眺めている。
よく見てみると微妙に景色が歪んでいるのだ。
「何を見ているんですか?」
衛生兵が好奇心に駆られてか、それとも美少女に声をかけたいがためか声をかけてきた。
対して、視界を微小変化させることもなくフィニスは返事する。
「今までこの王国で空を飛ぶ〈神獣〉っていましたか?」
「空ですか……カブトムシ型の〈神獣〉くらいですかね。もしかして見えたんですか?」
「いえ、そういう訳ではありませんけど」
輪郭くらししか見えなかったが大空を悠々と突っ切るのは全長一〇メートルを超える怪鳥だった。透明になっているためわかりにくいが数は二〇ほど、〈狼型神獣〉を囮にして本陣へ攻撃をするのだろう。
その行動には知性がある。まるで、上位体に統制されたような円滑な動きだった。
「今の内に出れば私が引き受けられるかな」
「はい?」
「ちょっと空に行ってきます、しばらく戻ってこないかもしれません」
衛生兵の返事を待たずにフィニスは風に乗って空へ飛び出した。
風の向きを捻曲げ、高度を上げていくと空飛ぶ〈神獣〉の挙動が変わる。優先的に始末しなければならない相手がいた――ただそれだけに思考の全てが支配され、保護色を纏っていた鳥獣が透明マントを脱ぎ捨てフィニスに突っ込んだ。
魔法陣から十字架を取り出し、剣を抜くと切っ先を向けてさらに魔法行使する。
「《炎熱光線》」
正面から突進してきた鷹の〈神獣〉は光線の塊に飲み込まれた。その光景を視認した他の個体は旋回し、挟み込むように迫るがそれより早く〈十字偽剣〉を左右に振る。体を真っ二つにされた獣は熱に焼かれた。
連鎖的な爆発は地上でも十分確認することができた。そこでようやく騎士達は自陣の目前まで〈神獣〉が食い込んでいることに気がつく。
「またたくさん来てるね……」
『上手く引き寄せてるみたいじゃない。少なくとも地上に溢れるってことはないでしょ』
〈鷹型〉だけでなく、〈虫型〉まで空を埋め尽くす勢いでやって来るのが確認できた。
「神殿の方は大丈夫かな?」
『十分惹きつけていると思うわ。でも、ハウシアがここに帰ってないことを考えると接戦かもしれないわね』
「ハウシア……」
空は覆い隠され〈神獣〉の半透明な身体を通過した不吉な赤色と緑色が地上を邪悪に照らした。
開戦されたが、未だ序章に過ぎない。
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神殿の奥底に眠る影は既に目覚めている。
大陸を揺るがす魂の脈動が着実に大きくなっていた。
『人類ヲ抹殺するッ――』
岩盤を裏返す地割れが起き、神殿は崩壊する。
詰まれた瓦礫の中から現れたのは〈天使〉――否〈使徒〉であり、その上位生命体である〈使徒帝〉だった。全長五メートルほどの鎧を纏った巨人が人類を睥睨する。
騎士達はわななき、どよめいた。だが、気圧されることなく前方へ踏み出すものがいた。
王国最強騎士の称号を持つ七人は各々の剣を抜剣する。
「〈天剣〉起動!」という発声が重なりこだました。瞬間、七色の光が剣身から飛び出し戦場というキャンパスを彩る。
抜剣と共に発動した強大な魔法に釣られてか、使徒は〈天剣騎士〉を標的に捉え、攻撃を放った。空気を捻じりながら放出される風の砲弾は列の丁度真ん中にいた老人騎士――ティプロトの黒剣に激突しけたたましい破裂音を鳴らす。
「ほお……ここにいるのは天使の中でも強力なもののようだ。そこらのとは違うな」
当然のように無傷である。老人は高く評価しながらも、それでも自分には及ばないという風に言った。
「数も相当か。なかなか骨が折れる作業だ」
「老人なんですから休んでいても良いんですよ?」
隣に立つスピリギナが冗談半分で言うと、ティプロト翁は鷹揚に笑う。
「まだまだ戦えるとも、引きずり下ろしたいなら実力を示して諦めさせて欲しいところだ」
「ははは……」
一体幾らの〈使徒〉が封印されていたのか、遺跡からは次々と緑色の羽衣を纏う人型が這い出てくる。
「じゃ、とりあえずやっちゃいましょうか」
「これが本命でもあるまい、それほどのものか」
同じ王国騎士でも一般の兵隊と〈天剣騎士〉には雲泥の差がある。今このステージは彼らでなければ切り抜けることができない場所だった。
精鋭騎士達の背後で団長と副団長が苦みを湛えたような表情を浮かべる。
「……我々の出る幕ではないようだ。下がろう」
「ですが団長!」
「手を出したところで邪魔になるだけだ。天使にすら手こずるようじゃそばに立っていることもできない……あれを見ろ」
視線の先には〈天剣騎士〉の実質的なリーダー格の男――〈炎の天剣〉トマグノスが奮戦している姿が映っている。血のように深い紅色を剣身とした、王国至上最も非凡と称された鍛冶が作った七つの宝剣の一つ〈炎天剣〉を手に天使を屠っていく。魔法を使わなくとも元々付与されている効果で、斬り付けられた者は否応なく炎上する特性を持っている。
そして、高性能な剣を十二分に扱う技量をトマグノスは持っていた。
「少しでも巻き添えを食らったら魔法効果で重症を負うだろう」
「他の天剣にもそんな魔法が……」
「彼らの動きについて行けない以上、障害物と変わりない。我々ができることは離れたところで〈神獣〉と戦うことだけだ」
「そんなっ……」
「行くぞ」
騎士を引き連れ団長は最前線から離れ、周囲の神獣を標的にする。
「一歩たりとも神殿に近づけさせるな! 耐えていれば〈天剣騎士〉が終わらせる、それまで死ぬ気で踏ん張れ!」
団長の鼓舞の掛け声に騎士達は咆哮で返事した。抜剣し、神獣に向かって突撃を開始する。