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フィニスエアル ――少女が明日を生きるためだけの最終決戦――  作者: (仮説)
少女が明日を生きるためだけの最終決戦
18/170

17.模擬戦VSハウシア

 

 ◎


 


 神殿奪還作戦、決行日――。


 早朝、先の見通せないほど霞がかった空。霧に反射した光が散乱し、幻想的に一帯を照らしていた。


 〈王国都市〉近郊、起伏に富んだ草原に騎士達は整列する。また、〈RANK S〉〈RANK A〉のギルドメンバーも招集されていた。


 神殿と都市の間にセーブポイントを作り、防御部隊が都市へ向かって来る〈神獣〉の迎撃、攻撃部隊が〈神殿〉に突入する作戦となっている。基本的に防衛部隊に割り振られているギルドメンバーは下っ端騎士の日々の訓練に裏付けされた円滑な拠点作りを眺めるばかりだ。


 生欠伸をしながらハウシアが両腕を伸ばすと、背負っている大剣がガシャリと鳴る。


「ふぁぁぁ……こんな早く来なくてもいいじゃん。始めるのは昼前なのに……」


「そんなぶっつけ本番じゃ成功するものもしないのよ」


 呑気にしていたハウシアの頭を小突いたのは〈天剣騎士〉唯一の女性のスピリギナ。


「こういう間に準備運動とかするのよ。ほら、久し振りに稽古つけてあげるから」


「えー、眠いんだけどなぁ」


「文句は言わない! 敵は待ってくれないのよ!」


「あれ、フィニスちゃんは?」


「――天誅!」


「うわああああああああああ、っぶない!」


 一際大きな声が上がるのを横目に、そこからやや離れたところに生えている木々に背中を預けるフィニスは愛剣を手に取り心地を試していた。神話時代の一品〈十字偽剣リオ・グラント〉。鞘に収めた状態のままだと煌びやかな十字架であり、インテリアにもなる。長年フィニスの地元の教会に飾られていたものだ。


『わかっているとは思うけど、あれは最後までとっておきなさいよ』


「大丈夫、わざわざ少ない寿命を削ろうとは思わないから。でもこれから何が起こるかわからないからね……〈神獣〉、〈使徒〉以上の敵が来るかもしれないし……」


『それでもよ。何があってもあなたのために使いなさいね……英雄になんてならなくていいから』


 ウェヌスは一〇〇〇年前の光景を今も覚えている。


 ――神の血統者の払う代償を。人体には耐えられない負荷は滅びをもたらす。


 己を犠牲にして民を守った英雄は一人や二人じゃない。いつの時代も本当の強さを持つ者が早くに死んでいった。


『ダメだと思ったらあなただけでも逃げるのよ』


「心配しなくてもいいよ。絶対に後悔しない選択をするから」


 剣を魔法陣の中にしまうと残党狩り担当の拠点のテントに戻った。


 遠くからではわからなかったが、中央で大立ち合いが繰り広げられているらしく、ギルドメンバーや騎士達が円になって見物している。フィニスは隙間から顔を何とか出して剣戟の出所を見る。


 ハウシアが大剣を振り回し、対戦相手を上空に弾き飛ばしているシーンだ。空へ投げ出されたにもかかわらずスピリギナはバランスを崩さず、斜め下方に加速魔法をかける。重力を振り切った動きでハウシアの大剣に激突し、幾度目かの鍔迫り合い。


 堰を切ったように観戦者が歓喜の声をあげる。野太い男達の咆哮は全身に怖気が走るくらいの合わせ音となって朝の草原に響いた。


「……ちょっと空気を吸いに……」


 鎧を纏った男ばかりの人混みから離れて景色でも楽しもう――とフェイドアウトする寸前で大声に引き留められる。


「あ、フィニスちゃんいた! ちょ、ちょっと待ってっ! 今、今ピンチだからちょっとだけっ」


 今にも地面に押し倒れそうな体勢のままギリギリ耐えながら叫ぶ。変に目立ってしまい、フィニスの周りにいた騎士が良い動きで離れていったので、遮られていた風が吹き込んでぶるりとする。


 ハウシアの膝が地面につきそうになる寸前でスピリギナは力を抜いた。


「全く、いつもながらふざけちゃって。また会ったわね、フィニスさん」


「おはようございます……」


 おずおずと姉妹に近づいた。


「ハウシア、大丈夫?」


「平気だよ。準備運動だから」


 ハウシアがけろっと言うと騎士達がどよめき、ひそひそし始めた。こうなると囲まれた真ん中というのはとてつもなく居心地の悪い場所である。


「私、フィニスちゃんと勝負してみたいんだけどダメかな?」


「勝負? さっきみたいに剣でだとあんまりなんだけどな……魔法ありなら戦えると思うけど……」


「魔法どんどん使っていいよ、私も使うつもりだったし」


「それなら……」


「剣は持っているかしら?」


 スピリギナが尋ねたので、魔法陣を中空に展開する。中から落下してきた十字架が草原に突き刺さる。問題ない、と掲げて頷いて見せた。


 スピリギナは他の観客と同じラインまで下がって腕を組んだ。高みの見物という様相である。実際国内最強の一角なので間違いではない。


 鞘を腰のバックルに括りつけ、ハウシアから距離を取る。およそ五メートルほど。大剣ならば三歩、直剣ならば六歩といった間合いで立ち止まる。


「ルールは相手を先に地面に転ばせた方が勝ちだから! ズルはダメだからね!」


 大剣を掴んだままぶんぶんと手を振り回していた。力は十二分に有り余っている様子。


 フィニスは腕を軽く回すと、足を肩幅に開いてリラックスした体勢に入る。ゆっくり一息吐いて正面の少女を見据える。まだ、剣は抜いていなかった。


「では……始めッ!」スピリギナの合図で立ち合いは始まる。


「《物理循環ブラスト・サークル》」


「《加速加速加速そんでもって抵抗無視》!」


 スタートと当時に展開された魔法の発声が重なった――。


 まず、ハウシアはジェットのような速度で滑るように草原を駆けていく。一秒もかからず大剣の間合いに入り込み、上段で振り下ろす。


 フィニスは見切って左腕を頭の高さまで構えた。


 ――だが、大振りはフェイントで、その場で回転し、遠心力を加えてフィニスの右半身に刃を返す。フィニスは咄嗟に右腕に力を込めるができたがそれだけだった。


 既に寸止めできる速度ではない。


 少女の身体が真っ二つになってもなお余りある威力が乗っている。


 だが、フィニスはガードしない。そのまま前腕に剣が激突した。


「《物理循環ブラスト・サークル》」


 表情を変えずにフィニスは左手をハウシアに伸ばした。すぐさま小気味の良いバックステップで回避されたので襟を正して改めて剣を構える少女を見遣る。


 フィニスのその身体には傷一つない。


「すごい魔法だね……攻撃がそもそも効かないなんて、やっぱり私の予想通り、すごい子だ!」


「楽しそうに見えるけど……」


「楽しいよ、燃える展開じゃん! ダメなら、もっと頑張るだけだしっ!」


 術式展開しながら再び突っ込んでくるが、間合いよりも一歩早く剣を振るった。剣身から不可視の風の斬撃が放たれる。展開されていたのは風属性攻勢魔法≪風輪斬≫だ。


 空気の歪みを捉え、すぐさま手で払い落とす。


「おっ」


 飛んできていたのは不可視のかまいたちだけでなく、ハウシアは大剣すらも投げていた。いやらしく回転もかかっておりキャッチするのは至難である。


 対処は同じある、フィニスは平手でいとも容易く地面に叩きつけた。


 しかし、正面にはハウシアの姿はない。左右を見回してもいない。


「おりゃあああああ!」


 頭上から雄たけびが聞こえた瞬間、フィニスの肩にかかと落としが叩き込まれる。一撃には抜け目なく重量付加魔法がかけられていた。完全に隙を突いたにも関わらず手応えがないのを感じるとハウシアは再び退避し、距離を取る。


「物理攻撃も魔法攻撃も効かないのかぁ! ヤッバいね!」


「すっごく楽しそうに見えるんだけど……」


「最高の気分だよ。本気出せる相手も全然いないからさぁ、こんなに本気で暴れられるのが嬉しくて堪らないよ!」


 その瞬間、ハウシアの身体が炎上した。スカーレットが彼女の身体に纏わりつき、炎の塊となって姿が見えなくなってしまう。


「今から本気出すよ、いいかな?」


 言葉の端々からも燃え盛るような善性で好戦的な印象が伝わってくる。


 流石のフィニスも素手では危ないと思ったのか十字剣を構える。吸収したエネルギーを強化に回す魔法《物理衝突ブラスト・レックス》を発動して両手で柄を握る。


「人と戦うのは実は初めてなんだよね。だからちょっと手加減できないかも」


「いいねぇ、フィニスちゃんの本気是非ともみたいよ。だから――本気マジで行くよ……」


 足元に落ちていた大剣が火炎の中に吸い込まれると同時にハウシアは地面を蹴り上げる。一度目の接近とは比べ物にならない速度で炎熱を走らせた。


 大剣と共に紅に染まった全身が露わになると、十字の剣閃が走る。


 十字架でガードするが、ハウシアの背後から炎が意思を持っているかのように襲い掛かって来た。《物理衝突ブラスト・レックス》の夕焼け色の波動で炎熱を吹き飛ばし、剣戟を返す。


 吸収したエネルギーを威力に変換することによりフィニスの細腕での巨人の如き力を叩きだすことができる。炎熱によるブーストで今も加速し続けているハウシアを逆に押し返していた。「んあッッッ!」と踏ん張るものの後退の威力は増すばかり。


 ハウシアの魔法から吸収したエネルギーを無駄なく反撃に使っているので、必死こいて返そうと思えば思うほど反射威力も強くなる。


 十字剣が発光すると爆発的なエネルギーが放出され、ハウシアを中空に打ち上げた。


 そして、天に十字架を掲げる。魔法陣が作成され、剣に吸い込まれると紫雷が纏わりつき、轟音を打ち鳴らす。紫の雷が剣の切っ先から放電されると炎の隙間を縫ってハウシアに到達する。


「ぐっ、あああああ! ――いっつッ!」


 悲痛の声を上げながらも、身体に纏わりつく電撃は大剣に収束させていく。炎と紫電が分離されると、今度はハウシアが剣を掲げた。


「倍返しするからねッ!」


 自らの雷魔法を上乗せして真下にいるフィニスに放雷する。


 耳を劈く爆音よりも早く、落とされる電撃をフィニスは十字架でガードする。魔法の雷は自然界の雷とは違い、接地しても電気を流さないこともできる。性質は魔法使用者に委ねられる。


 全身に電撃が表皮を走り、焼き焦がさんとフィニスの白い肌に食いついた。


「形態変換」


 エネルギー操作魔法《物理循環ブラスト・サークル》が発動すると剣の持っていない左手に電撃が持ち手を形作る。エネルギーが魔法で固定化され物理的な形を取って大鎌に変化した。二メートルほどの棒の先端から禍々しき弧を描く刃が生成される。


 武器いらずの便利魔法だ。風からも、炎からも、水からも作ることができる。


 エネルギーを掌から噴射し、ハウシア目掛けて鎌を投擲した。同時に地面から足を離し、飛行しながら接近する。


 が、鎌が貫いたのは陽炎だった。火花が散るだけで鎌はでたらめに飛んでいく。


 首元でチリっと焼けた感触に気づき、すぐさま頭を下げると頭上を炎の塊が通過していった。その中でフィニスは右腕を後方に振り絞る。解放すると同時に炎の打ち出された方角目掛けて剣で魔法陣を貫く。


「《炎熱光線レーザー・ブレード》」


 光が一点に収束するとレーザー光線は一直線に伸びた。


 不意打ちを避けられた上でのカウンターにハウシアは対応がやや遅れる。


「《鏡面結界》! ――ぐぅっ……!?」


 障壁が展開され光線を吸収、反射するがすぐに赤熱し、いつ壊れておかしくない。ハウシアはバリアに接している腕を軸に身体を持ち上げ、光線の上へ躍り出た。上下反転した体勢で右手をフィニスに向ける。


「《戻って来い、炎》!」


「《物理循環ブラスト・サークル》!」


 それぞれの背後にあった炎と、雷が中央に引き寄せられ触れた瞬間に爆発を起こした。


 その間に両者地上に降り、剣を構える。爆風が止んだ後、再び切り結ぶがハウシアが一方的に弾き飛ばされる。地面を抉りながらも体勢を崩すことなく、もう一度突っ込んだ。


 反射反撃の猛攻は回数を重ねるにつれ速度と密度を増していく。


「――両者、戦闘止め!」


 幾度目かの剣戟が交わる寸前に審判のスピリギナが声を張り上げたことにより立ち合いは終了を迎えた。


 


 フィニスは汗一つかかずに優雅に剣をしまうが、ハウシアの鎧はところどころ凹んで頬には大粒の汗が滴り落ちていた。どちらも本気は出していないにしても疲労度合いからしてフィニスが判定勝ちといったところだ。


 フィニスは魔法陣に〈十字偽剣〉を収納して一息吐く。


「ちょっとヒートアップしちゃったけど……怪我してない?」


「作戦の前なのに激しく疲れちゃったよ」


 スピリギナに介抱されながら楽し気にハウシアは答えた。負けても満足できれば気持ち良いらしい。世間一般からかけ離れた思考だがそれが彼女らしさであり、愛しき魅力でもある。


 戦闘を一番近くで見ていたスピリギナが感想を漏らした。


「……正直、ここまですごいとは思っていたよ。エネルギー吸収魔法……〈天剣騎士〉にも匹敵する戦闘力……」


 絶世の美少女だが、やはり見ただけでは強さはわからない。一端を見ただけでも異質な力であるがその源泉を見透かすことはできなかった。


「ハウシアのセンスは本物のようね。あなたみたいな人がいれば抑えは万全ね。こっちは気にしないで神殿に集中できそうだわ」


 フィニスの耳元で女神が呟いた。


『あの時代の神殿というと〈使徒帝〉とか〈神〉を封印していた場所なんだけどね。きっちり留め刺したにも関わらず、まだ〈神獣〉が占拠してるってのはおかしいわ。まだ何か残っているのかも』


 とてつもなく重要な情報をよく今の今まで隠していたなぁ、おい――と思わなくもなかったが、推測で不安にさせても仕方ないのでふわっと警告することにした。


「〈使徒〉よりも強い敵がいるかもしれませんから……気をつけてくださいね?」


「がっ」


 何故かスピリギナは心臓を押さえて俯いた。


「か、可愛い……」


「ほらね!」とハウシアがドーンと胸を張った。「可愛くて、ふわふわで、良い匂いだしぃ……」


 スピリギナはあくまでも控えめに呟く。


「一度だけ……」


「はい?」


「一度だけお姉ちゃんと――いや、お姉様と呼んで欲しいのだけれど……」


『残念な姉妹……』という幽霊の独り言が聞こえた。


「別にいいですけど、それくらいなら」


 よく理解できていないフィニスが至って平静に指示通りの言葉を言った。


「お姉様」


「いや……」頼んどいてスピリギナは何とも言えない微妙な表情を浮かべた。「……もっと甘える感じが良かったかな……」


「お、お姉様っ」


「し、死ぬぅぅぅぅぅぅうぅぅぅぅぅぅうぅぅぅぅぅぅうううううう!!!」


 スピリギナは倒れた。安らかに眠ってしまったようだ。


 先程まで抱えられていたはずのハウシアが見る影もない女騎士を肩に担ぐ。


「私はお姉ちゃんを前線に届けに行くよ」


 颯爽と空を駆ける後ろ姿を見送って踵を返すと、ざわざわしていた。何事もなかったかのような三人の女性のやり取りに困惑しているようだった。


 フィニスが振り返った瞬間に騎士達は足早にその場から散っていって本来の使命に戻り始める。


 再び木陰に向かおうと歩く中、女神が尋ねる。


『ハウシア、強かった?』


「人と戦うのは初めてだったけど〈神獣〉とは比べられないくらい強かったね。でもあの魔法を突破することはできなかったよ」


『当たり前だわ。あのエネルギー吸収魔法をパンクさせられる人間なんてそうそういないわよ』


「人間以外ならいるの?」


『〈神〉とかね。いればの話だけど』


 朝焼けもこれまで、作戦が結構されるまで一時間を切った。


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