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フィニスエアル ――少女が明日を生きるためだけの最終決戦――  作者: (仮説)
少女達が理不尽を打ち砕くためだけの頂上決戦
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27.ルーフェン・エルドレッド

 


 ◎2


 


 ――〈魔女の魔導書〉、またの名を〈亡骸空無フォールアウト〉と呼ばれる魔道具がある。


 それは全てを統べる魔女が製作したあらゆる魔法を記した叡智の魔導書。


 魔女がどんな目的で作ったのかは不明だが、人類には持て余す底知れぬ神秘が秘められている。


 その魔導書には標準機能として〈幻想律〉が備わっている。数少ない魔女謹製の魔道具の中でも例外中の例外、それが〈亡骸空無フォールアウト〉。


 所有者は全一〇章からなる魔法を自在に操る力・知識を得ることができる、という。


 そんな夢のような、悪夢のような魔導書を手に入れたのはルーフェンという何でもない男だった。彼はこの書を手にして変わった。富・名声・力――欲しいもの全てを手に入れて、その上で彼に残ったのは焦燥のみ。


 比類の不在により、戦いへの滾りは数百年ものの長き旅の中で増大していた。


 ただ、誤解してはいけないのは――ルーフェンは戦いが好きだが、それ自体が好きなのではない、ということ。勝利することで弱者へマウントを取ることが好きなだけなのだ。


 〈魔女の魔導書〉があればまず負けることはない。ルーフェンの自尊心は肥大化し、素朴だった頃に持っていた思慮は見る影もない。


 最早、圧倒的な力を見せつけて敵を叩きのめすことでしか愉悦を感じることができなくなっていた。例えば、世界で〈二〉番目の男を叩き潰した頃には笑い過ぎて窒息死でもするかもしれない。


 かつてない強者を前にルーフェンの精神状態はバトルジャンキーズハイへ突入していた。


「これが本場の〈黄金血統〉か! 相手に取って不足はねぇなッ!」


 精密に編まれた魔法が拳一つに集約され、金色に瞬いているディスミナスへ振り下ろされる。


「《剛拳》!」


 《破壊魔導Ⅰ:剛拳》――強力無比なストレートがディスミナスの頬を撃ち抜く。仰け反りながらもギロリ、とルーフェンを睨みつけ反撃とばかりに〈十字神剣〉を胴にお見舞いした。


 斬られた、というのにルーフェンは笑みを浮かべていた。


「傷ももう治ってやがる、〈黄金血統〉は吸血鬼としての性能も上がるようだな。ならギアをもう一つ上げるか!」


 彼の中に吸収されている魔導書が次々と魔法を出力、瞬く間に合成を開始する。魔法陣を介さない〈幻想律〉に制限数はない。思うがまま新たな魔法を作り出す。


「行くぜッ、《合成魔導A:多重無窮拳》――!」


「――ッ!?」


 気づいた時にはディスミナスは殴られていた。


 腕が空間を飛び越えた訳ではない。拳撃で発生したエネルギーだけが転移されている。それが増幅し、同時に幾つも放たれた。


 盾や剣で防ごうともその内側に攻撃が転移する――回避不能の遠距離物理攻撃。


 それ以外にも反動を押し付ける魔法や、衝撃伝播の魔法などが込められている。あらゆる抵抗を無に帰す全対応の拳は格上のディスミナスをも容易く撃ち抜く。


「――転移の揺らぎもない……空間跳躍そのものが拳撃となって飛んできている、といったところか」


「原理がわかったところでッ、止められねぇだろうッ!」


 不可視のアッパーカットがディスミナスを宙へ殴り飛ばした。


 可能性の拳が追撃とばかりに続々と放たれる。如何に世界〈二〉番目であろうとこれらの攻撃を防ぐことは叶わないというのか。


 ディスミナスが殴られる度に黄金の血液が飛び散った――そうでなくても首の自傷からも絶え間なく血液が漏れ出ている。


 ただの〈血統者〉なら、出血によりショック死している量。しかし、ディスミナスは吸血鬼だ。この程度ではまだ死なない。


「どうしたどうした!? この程度で終わってくれなよッ!」


 魔導書が高速で捲られ、新たな魔法を生み出す。不死性に対して特化した天使の術式――それを拳と〈幻想律〉に流し込む。


 花弁の燐光がルーフェンの右腕を覆い尽くす。


「《合成魔導DF:不死殺拳》――!」


 吸血鬼殺しの一撃が《多重無窮拳》により身動きが取れないディスミナスの胸を貫いた。両手から神々の武装が零れ落ちる。


「はッ、これはそう簡単に治せねぇよな」


「――ッ、くッ……」


 口からも胸からも血液が飛び出し、ルーフェンの腕を濡らす。


「これだけ血を流せば十分か――」


「何だと?」


 次の瞬間、ルーフェンの右腕が千切れた。


 身を引くと共に舌打ちしてあるはずのない右腕を見遣る。非常に鋭利な刃で斬られたであろう断面から赤色の血が流れ落ちた。


 美青年の手には黄金の剣が握られていた。まるで〈黄金血統〉そのものを封じ込めたような黄金の中の黄金が剣を象る。


 ディスミナスは己の胸を貫く腕を乱暴に引き抜く。ぶしゅり、と血液だけでなく内臓までも飛び出た。傷口は瞬く間に再生されていく。


「んな馬鹿な!? 〈幻想律〉の不死殺しだぞ、治癒魔法も吸血鬼の体質も完全に殺したはずだ!」


 ルーフェンは自分の腕を再生しながら、声を荒げた。


「まさか……エネルギー操作で自分を構成する原子・分子を生み出して置き換えたとでも!?」


「何故この程度のことをできない、と思っている。〈幻想律〉を使うまでもない」


「理論上はそうだろうよ――だが、人体を、自分の身体がどう構成されているかなんて普通の人間は理解できないだろう!? イメージができなければ魔法は発動すらしない!」


「理解できれば良いだけだ。不死殺しなど数百年前に克服している」


 細胞の培養を魔法で実現している――言葉にすればこの程度のもの。


 一連の作業を数瞬に行い、何事もなかったように補填する。〈魔法律〉という次元の低い法則でも理論上は実現できる。

 だが、不可能理論ではない。〈円卓賢者〉でさえ使える、この場合はルーフェンの次元が低いだけ。


 ディスミナスは黄金なる片刃刀を優雅に構える。挑発的な眼がどこかでも掛かって来い、と言っていた。


「〈黄金刀〉を抜いたのは久し振りだ。詰まらない場所に来た、と思ったがそれなりに楽しめた。もう満足した、消えろ」


「何終わった気でいやがるッ! お前が本気を出してなかったように、こっちだってまだ切り札が残ってるんだよッ!」


 ルーフェンの中に眠っていた魔導書が具現化し、その手に現れる。風になびいて次々と頁が捲られた。書物には魔法陣が記されている。魔法陣の必要のない〈幻想律〉ではそこから要素を抜き出し、実現する。


 ディスミナスという人外を殺すには魔導書の全てをぶつけるしかない。


「こいつを本気で使うのは初めてかもな」


 ムキムキの男が古ぼけた本を手にする、というのは実に似合わない姿だ。そのおかげでディスミナスに対する最適解が導き出される。


 全身を微振動させる重低音が空から伝わった。月のような長大な球体が雲間を突き抜けて降り注ぐ。


「《合成魔導XXXXXXXXXX:天球崩落》」


 幻想級の強度を持った創星落とし。標的はディスミナスに設定されている。


 そして、もう一つ魔法を発動する――。


「《合成魔導ZZZZZZZZZZ:降魔昇掌》ッ! これで終わりだアアアアアアアアアア――ッ!」


 特別な権能は込められていない純粋な力の塊を拳に付与する。紫紺に染まる両腕を引き絞り、星落としと同時に解き放つ。


 今更小細工は通用しない、この〈黄金刀〉を叩き潰さなければどのうち勝てない。


 結局、魔導書は正面から捻じ伏せるのが最も効率的だと判断した。〈幻想律〉は力のリソースの奪い合い――どんな強力な効果を付与しようともより強力な力をぶつけられれば一方的に砕かれる。


 力こそどんな障害をも打ち砕く愚かで簡単な答え。


 迫りくる破壊の塊に対し、〈黄金刀〉を頭上に振り上げたディスミナスは一息に魔法を紡ぐ。


「仰ぎ見よ我が黄金なる一刀を――」


 ――《黄金宝来伝》。


 両者の奥義のぶつかり合い、その結果は既にわかりきっていた。


 魔女の順位制度は絶対。ギリヌスと分断された時点で――。


 黄金の一刀は天井の星を両断、そのままルーフェンを飲み込み、黄金のエネルギーの奔流に飲み込んだ。ディスミナスの究極の一撃を浴びたルーフェンはあらゆる可能性を滅せられ、全世界から完全に消え去った。


 役目を終えた〈黄金刀〉は霧散する。


 本来の目的であった神殺しは早々に終わらせている。ディスミナスにこれ以上、この場に留まる理由はない。


 しかし、彼はその場から離れようとはしなかった。〈帝国都市〉にて巻き起こった頂上抗争、その引き金となった人物だった何かを見遣る。


 ヴァリアル・ディザイラム――突如現れ、〈幻想律〉を取得した〈血統者〉。その経緯をディスミナスは理解していたが、その可能性までは見透かすことはできていない。


 急成長を遂げる少女が敵か否か、ここで確かめるつもりのようだ。


 そうでなくともディスミナスは気掛かりもあった――。


「ウェヌス――」


 既に彼の前から消えた女神の名を、彼は未だ忘れることができていない。


 

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