21.油断大敵
七番目の魔女は陰険に笑って衛星を弾丸のように撃ち込む。
「《圧搾結界》」
四方八方に飛び散る散弾は内部に入った物体を削る魔法が付与されている。
ランプを提げていない方の手で結界を張り巡らせるも、空間圧搾の前では意味を為さなかった。只一人を除いて、飛び退くように回避する。
〈第五席〉ハイトは全身を抉られ、血を拭き出して倒れた。
その背後に立っていたネーネリアは目を見開いて戦慄く。目の前でうつ伏せになるハイトの飛び散った血が幼女の頬を垂れた。
「あはっ――庇わなければ避けれたのにね。まずは一人――」
ツィアーナは更に衛星結界を生み出し、周囲で高速回転させる。衛星は瞬く間に目で捉えられない速度の域に達した。
「身体が重くて狙いがあまり定まらないけどもう一人くらいは当たるわよねぇ!」
一斉掃射された結界の弾丸が無秩序に撃たれる。
「ぐッ――かっ……」
「あはっ――大当たり、心臓を撃ち抜いた」
避ける暇もなく〈第六席〉レプトが凶弾に倒れ、無銘剣を取り落とす。
〈無自覚〉の大罪の効果で著しく落ちた命中精度は全方位攻撃でカバーした。賢者達のツィアーナの実力が離れているために起こる一方的な展開。
ネーネリアは駆け寄ることもできずに拳を握り締め、言う。
「――強いだけの人なら今まで何度も見た……だけど、負けなかった、という人物は私は一人しか知らない。それはあなたではないわ――ツィアーナ」
個としての戦闘力は圧倒的にツィアーナが優勢だが、賢者のポテンシャルがあれば一矢報いることもできる。
弟子達なら必ずやり遂げる、と強く信じることだけだ。
「あなたは魔女じゃない、そうじゃなければ諦めるという選択肢はそもそも出ない」
「わかったような口をッ――! 無駄な努力ということがまだわからないの!?」
激昂したツィアーナは数えきれない弾丸を装填し、エイムをネーネリアに合わせる。合図一つでネーネリアという幼女は跡形もなく消し去る。ほんの数秒でその準備が整ったのだ。
改めて、ツィアーナ・プテリスの戦闘スタイルを整理すると攻撃は《圧搾結界》を弾丸のように撃ち込む防御不能攻撃、防御は《減衰結界》・《反魔結界》という生命と魔法的エネルギーに対する遠近両用の特殊結界。
付け入る先はない。結局は正面突破が最も勝算がある。
その確率を上げるためにネーネリアは挑発をした。化物級の強さでも相手は人間だ、心理的脆さを利用すれば行動は単調化する。
極上の殺意が桃髪の幼女をフォーカスした――瞬間、賢者は動き出した。
まずアクションを起こしたのは〈第二席〉エルアールだ。銀色のランプ〈夢照燭台ブライド・グエン〉を掲げ、内部に刻まれた魔法陣にエネルギーを込める。
展開されたのはメタリックシルバーの立体魔法陣だ。
「――《調和魔性》」
燭台に灯る銀火の燐光が一帯を照らす。
その横を通り抜けるように駆けるのは〈第一席〉ムインだ。黒真珠の魔杖〈燐煌鏡杖フィラム・グレイブ〉から球が重なる立体魔法陣が展開される。
「――《光芒鏡照》 」
ムインは中空に現れた無数の黒鏡の一つに《輝煌閃光》 を撃ち込む。淀んだ鏡面は輝煌を反射したことで役目を終えて潰える。反射した光は別の黒鏡に反射増幅して弾かれた。
そして、最後にムインの杖に吸い込まれる。
杖を差し向け、《減衰結界》の淵で急停止。
「賢者の裁きを受けよ――《輝煌閃光芒》」
目を射すほどの閃光のゼロ距離砲撃に《減衰結界》が軋む。
砲撃は結界に滞在した時間に比例して小さくなっていく。
見る見る内に光は減衰するも、確実に届くだけの威力が込められていた。
「だからぁ! 届いたからと言って、何もならないのよ――!」
衛星結界を鷲掴みすると、《輝煌閃光芒》に叩きつけて完全に打ち消す。四つ目の《減衰結界》だ。
足りないなら増やせば良い。好きなだけ、足りるようになるまで、飽きるまでずっと。
ムインは杖を強く握り締め、エネルギーを流し込む。
「――出力最大《輝煌閃光芒》」
花でも開いたように黒真珠から放射状に隙間なく光線が放たれた。
凄まじい光は使用者本人であるムインの肌すら焼き焦がさんとする。
こちらも同じだ。足りないなら足りるまで魔法をぶっ放せば良い。
全てを出し尽くす勢いでムインは魔法を発動し続ける。
ツィアーナは眩しそうに顔を逸らしながら結界を更に三つ重ねた。六重の《減衰結界》が勢いを増した《輝煌閃光芒》を加速度的に弱体化させる。
「――《調和魔性》」
銀火を掲げたエルアールがムインの背に手をあてれば、魔法攻撃の威力が一気に跳ね上がった。
六重では防ぎ切れない程の熱線がツィアーナに緊張を走らせる。
「本来分け与えることができない固有の魔法的エネルギーを同調させる魔法!? 二人分の魔法出力になった訳ね!」
即座に看破し、六重では足りなくなった防御を更に固める。といっても限りなく《減衰結界》を重ねるだけだ。底無しの魔法的エネルギー量で残酷なほどの実力差を見せつけた。
「どう頑張っても私には効かないようね、そろそろエネルギーも切れる頃合いでしょ?」
《輝煌閃光芒》を維持できるのは十数秒が限界。〈第一席〉・〈第二席〉の全力を以てしてもツィアーナに痛痒を与えることもできない。
反動で吹き飛ばされないよう踏ん張りながらムインは低い声で呟く。
「――初めから倒すつもりはない。陽動だ」
「今なんて?」
ツィアーナが小首を傾げる。
「魔法による攻撃が通用しないことは既に理解している。故に本命は物理攻撃だ」
太陽の如き輝煌に目が眩んだ隙に〈第四席〉フォントと〈第七席〉ノウンはツィアーナの死角へ移動していた。
振り向いたツィアーナが見たものは真球の鋼鉄球とその後ろに立つ戦槌を構える青髪赤眼の老人。
その鉄球の銘は〈金鋼鉄球ザ・クロニクル〉であり、その大戦槌は〈抗魔戦槌ジェット・フィラー〉である。どちらも固有の魔道具。それぞれに組み込まれた立体魔法陣が展開されていた。
フォントは戦槌を鉄球目掛けて振り被る。
「砕け散るが良い――」
掛かっている魔法は純粋なエネルギー集約。但し、賢者級という注釈付き。
「――《抗魔激震破弾》」
目に見えるのは残像だけ。
魔法律が干渉した物体は法則を破り、光速をも超えてしまった。光速を超えたとしてその鉄球に一体どれほどのエネルギーが込められているのか。
ツィアーナが無視できないだけの威力が込められているのが間違いない。周囲の衛星結界を全投入し、鋼鉄球の軌道を捻じ曲げんと試みた。
十数の結界が《超重結界》と化し、球の軌道は徐々に下に向く。
――そんな隙を見せて賢者が浸け込まないはずがない。
二方向からの対応せざる負えない攻撃にもツィアーナは防ぎ切っている。それでも冷や汗を流すくらいには追い詰められていた。
そのバランスを乱す第三の攻撃が来ればツィアーナの硬過ぎる防御も貫ける――。
「――《鋭利断魔閃》 」
「は? あんたはさっき半殺しにしたばかりでしょ!?」
心臓を貫かれたはずのレプトが無銘剣〈無定義剣ゼロ・ロー〉を静かに構えていた。
「《圧搾結界》は肉体の構造の記憶も消したから治癒もできないはずなのに!?」
「嗚呼、だから時間を掛けさせられた」削られたはずの腕を見せつけながらジスタは答える。「ならば構造ごと創り直す他あるまい」
「自分の構造ならともかく他の人間をも再現するなんて」
「できないと思ったか? だとすれば早死にすることもなかったか―― 」
両手で霊銀製の槍〈魂霊喰槍リューラ・フェレン〉を掴むと斬撃の魔法陣を貫いた。
「こちらの台詞よ、その攻撃はさっき看破してる! 同じことをしても無駄よッ!」
ツィアーナは鉄球の進路阻害に使っていた結界を二つ、ジスタとレプトに向けた。魔法的エネルギーの籠った斬撃ならば《減衰結界》でほとんど無に帰せる。
「――だから底が浅い、と言っているのだ」
ネーネリアを庇って半死半生の身となっていた金髪の青年――ハイトが赤龍頭砲〈獄龍滅砲ゴラス・ビリザイア〉の砲塔をツィアーナに向ける。
ハイトは《減衰結界》と〈獄龍滅砲〉の相性の悪さから敢えてネーネリアを庇う、という役割を選んだ。そんな彼がわざわざ武器を構えるだけの策を、今さっき見せられた。
物理攻撃なら効く――鉄球を戦槌で打つように、槍や剣を砲撃で押し出してやれば良い。
「――《紅蓮赤光龍砲》 」
龍頭から吐き出される摂氏数十万度の熱線が投擲された槍と剣を押し出す。燃え尽きる様子を見せない二つの武具が《減衰結界》を素通りしてツィアーナの首元へ飛んだ。
《輝煌閃光芒》も鋼鉄球も手元にまで接近し、身動きが取れない状態の中での致死攻撃。
それでも――賢者達の力を総結集してもなお、世界〈七〉番目は折れない。
「《超重結界》拡張!」
鋼鉄球を抑えていた結界の範囲を新たに投擲されてきた剣と槍にも適用する。軌道は同じく下方にずれていく。
本人だけは結界の中にいても効果を受けない、攻撃だけを的確に撃ち落としていた。
奇跡的なバランスを模索し、全てに対応し切った。
これ以上賢者に手札は残っていない。持て余している二人もいるが、彼らに直接できることはなかった。
「――何が余裕よ、この程度で追い詰められてて世界で〈七〉番目なの?」
ツィアーナを乱す存在はまだ残っている。一切戦力にならない、それでも着いてきた統率者が。
この人物の言葉だけはツィアーナは見逃せなかった。どんなに安い挑発でも買ってしまう。
元師であり、仇敵である幼き幼女に自分がどんな状況でも執着せざる負えなかった。
「あんたは黙ってろッ! 何も出来ない愚図が、今すぐにでも殺してやる!」
殺意の言葉にたじろぎながらも、ネーネリアは叫び返した。
「なら、やってみなさいよ! 殺してみせなさいよ!」
怒りは――人に力を与える。
憎悪は――人に力を与える。
そして、どちらも――人に狭窄を与える。
強固に形成された《超重結界》に付け入る隙はなくなった。
鋼鉄球と槍剣の投擲とネーネリアの挑発によって刹那に意識から外れた《減衰結界》――。
やるならこのタイミングしかない。
「――《輝煌閃光芒》」
意識外の死角に潜った一閃する光芒の出力が倍加して繰り出される。幾重もの減衰を経てなお、衰えぬ輝煌がツィアーナの腕を焼いた。
僅かの緩みで起きた異常にツィアーナの反応も遅れる。
直視すれば目が潰れる程の光度を透かして見たものはムインとエルアールと、その後ろから魔法的エネルギーを提供するジスタとレプトだ。持て余していた二人が失われ掛けていた魔法の出力を引き上げた。
「ぐ、このッ――!」
今すぐにでも《輝煌閃光芒》に対応しなければならない、という焦りはまた新たな歪を生み出す。
眼を離した刹那に鋼鉄球が下腹部に激突し、槍が心臓を貫き、剣が喉笛を穿った。
「…………っ、かっ…………は…………?」
冷静な判断能力があれば定石取りに《超重結界》を拡張して光の軌道を捻じ曲げることもできた。
焦れば焦るほど魔法の精度が落ちるのは世界最高峰の魔法使いでも変わりない。
数の暴力と言ったらそれまでかもしれない。しかし、舐めプしたことで負けるなんてよくあること。一瞬の油断が勝負の流れを変え得ることを彼女は考えられなかった。
想像力がなかった――それこそ〈無想像〉の大罪が相応しい。
「な…………なんっ…………たし、が…………こんな…………――」
これが大罪に侵された彼女の末路。
不意の攻撃によって結界は全て解け、ツィアーナは天地開闢の輝煌を真正面から浴びる。なれば、その身は灰すらも残らない。
――その時、世界に亀裂が入った。