20.〈円卓賢者〉
◎2
――〈迷宮塔アルムル〉その最上階では今まさに大陸を揺るがす戦いが巻き起ころうとしていたい。
帝国最強戦力〈円卓賢者〉と〈飛翔神煌〉の正面戦闘である。
第一席〈無想像〉のムインの権能に掛かったツィアーナには最悪の可能性が降りかかってくる。そして、次の弾丸も既に装填されている状態だ。
七人の賢者がそれぞれの権能を手に動き出す。
ツィアーナの周りを回転する立体衛星が瞬き、結界を形成した。。
「……これがあなたが作った新しいおもちゃ、って訳ね。ネーネリア」
賢者の背後で様子を窺うピンク髪の幼女を嘲笑う。
「どうとでも言いなさい。私はね、あなたの教育を間違ったと思ったのよ、もう同じ失敗は繰り返さないわ。これが私の求める正しい賢者の姿よ」
「何? 国の平和を守るのが使命? 甘すぎるわッ、だからあなたは魔導の神髄を極めることができなかった! 私と同じ最果てを探究する魔術師だと思ったのに、やっぱりあなたは魔術師失格だわ!」
「人間として失格のあなたよりはマシよ」
感情的に怒鳴ったツィアーナを挟み込むように〈第三席〉ジスタ、〈第六席〉レプトが飛び出す。それぞれ《鋭利断魔閃》の魔法陣を貫いた槍と剣を構え、同時に繰り出した。
刃の先端は結界に拮抗し、火花を散らす。
「《無抵抗》」
「《無謙虚》」
「次は一体何が起こるのかしらね」
ツィアーナは己の状態を確認する、《無想像》と同じく即座に効果が出ていない。局面で発動する能力は厄介だ。
それでもこの女の負ける気は一切皆無だった。
立体衛星が新たに結界を生み出す。
「《超重結界》」
ジスタとレプトは速やかに圧力域から回避すると、入れ違いに〈第五席〉ハイトと〈第七席〉ノウンが武装を構えた。賢者級の魔法陣が重なり、凄まじいエネルギーを有する魔法がすぐに解き放たれた。
片や、龍頭を模した巨大な砲台。
片や、直径二〇センチ程の鋼鉄球。
「《紅蓮赤光龍砲》」
龍の口から飛び出た数億度にも昇る指向性を持った炎が結界に浴びせられる。灼熱とあまりも眩い光にツィアーナの視界が潰された。
その隙にノウンがコーナーキックでもするように鉄球を蹴り上げる。
「《一蹴完全貫通》」
次元ごと物体を貫く鋼鉄球は《超重結界》と炎のカーテンを貫くと結界に激突し、回転で表面を削り取りながら鼓膜を破らんばかりの悲鳴を上げた。
結界は当然のように次元干渉に対する耐性が付与されている。
ビキッ――と、結界が罅が走った。亀裂はまた新たな亀裂を呼び起こし、巨大なクレバスと化す。こうなったら結界の崩壊まで待ったなしだ。
そして、ダメ押しとばかりに新たな魔法が降り注いだ。
「《無配慮》」
「《無自覚》」
「な――こんな攻撃、私には効かないはずなのにッ!」
結界を貫いた鋼鉄球がツィアーナの左肩を強かに撃ち抜く。次元貫通の魔法は途切れているため千切れ飛ぶことはなく、彼女元来の丈夫さのお陰か骨に大きな影響はないようだ。
幸か不幸か、物理的なダメージよりも精神的ダメージの方が大きかったらしい。
ツィアーナは苦々しそうに顔を歪めながら七人の賢者を視界全体で捉え、隠そうともせずに舌打ちした。
「私の隙は逃さない、って訳ね――誰かに攻撃しようと思うと追撃がやって来る……そういう形か」
「――そして、最悪の未来が貴様を襲う」
ムインが無感情にツィアーナへ降って来る研究資料の紙束を見詰めた。
それは――ブラインド。ツィアーナの視界がほんの一瞬だけ著しく狭まった。この不運を賢者達は逃さない。
また新たな賢者が飛び出し、戦槌を構えた。その背後でもう一人でランプを揺らす。
青髪赤眼の老人――フォントは三白眼を湛え、身の丈を優に超える巨大な斧をツィアーナのボディに叩き込む。
「《無責任》」
その周囲から炎が舞い散る。ランプの灯が気流に乗って、〈飛翔神煌〉を焼く。
「《無秩序》」
ぐったり、と本棚に叩きつけられたツィアーナは苦悶の声を漏らしながらも立ち上がる。耐久力は思いの外高く、この攻撃でも致命傷にはほど遠い。
しかし、揃った――七つの大罪が。
〈無想像〉〈無秩序〉〈無抵抗〉〈無責任〉〈無配慮〉〈無謙虚〉〈無自覚〉――ネーネリアが生み出した人間の業をツィアーナは全てを背負うことなった。
それぞれの権能が絡み合い、彼女の精神を侵す。
「最悪の未来が襲うだろう」
ムインが厳かに言った。
「その因果は乱れるだろう」
エルアールが淡々と言った。
「あらゆる思考が無に帰すだろう」
ジスタが決めつけるように言った。
「無力に苛まれるだろう」
フォントは同情して言った。
「瞳は疑いに染まるだろう」
ハイトは酷く詰まらなそうに言った。
「見上げるほど絶望するだろう」
レプトは掠れた声で言った。
「己の愚かささえ気づかないだろう」
ノウンは無感情に言った。
そして、最後に彼らを従える今は幼き女性が宣言する。
「これにて始めるわ〈大罪審判〉を――!」
ネーネリアは猛攻撃を受けてもなお立ち上がるツィアーナを睨みつける。
七つの魔法に身を侵されれば思考さえもままならない。よしんば行動に移せても、最悪の結果が待っており高確率で徒労に帰着する。そして、より深く絶望が浸食するのだ。
この七つの大罪を浴びて正気を保っていられる者など世界に数人しかいない。逆に数人はいる――ネーネリアはここで最悪を引くほど日頃の行いが悪い、とは思っていなかったが現実がそう甘くはないことは重々承知していた。
目の前にいるのは世界で〈七〉番目の強者。
もしかすれば、は想定していた。
故にツィアーナが向けてきた戦意の瞳にも一切動じない。
「大罪を受けながらここまでできる動けるのは脱帽だわ……だけど、今この状態のあなたなら彼らでも十分倒せる」
「――嘗めるな、〈私以下〉の分際でッ! ――《超重結界》!」
飛び出した七人の魔術師はツィアーナを囲んで各々の武装を構える。
先の戦いで《超重結界》を破れることは実証済み、七人ならば数で押し切れる。
七つの賢者級魔法が結界目掛けて放たれる。一挙集中したエネルギーが連鎖的な爆発を巻き起こし、研究所は見る影もなくなった。
「――」
賢者達に緊張が走る。
晴れた煙の中に立つツィアーナは薄ら笑いを湛えていた。攻撃が通用していない。《超重結界》を破ることができていなかった。
ツィアーナを中心に回る衛星立体の数が先程までの十数倍に膨れ上がっている。
「単純よね、一枚で破られたならもう一枚重ねれば良いだけでしょ。今程度の攻撃じゃ私の結界が尽きる心配はなさそうだけど」
超重力の結界が幾重にも重なり、全ての攻撃を地面に叩きつけた。
様々な拘束を受けてなお、魔法の威力も精神性も衰えた様子を見せない。
女性らしい細い指を正面に向ければ、正六面体が追従した。立面が引き延ばされてツィアーナを囲い込んだ。
「《減衰結界》」
範囲内の生命エネルギーを吸い取る凶悪な結界、使用者本人にだけ影響がない。
加えて、五つの衛星が拡張されて結界は重なり合う。
「三重の《減衰結界》と三重の《反魔結界》、これを突破する術があなた達にあるのかし――」
「――《輝煌閃光》 」
間髪入れずにムインが杖から光線を放つ。
輝煌は結界を進むにつれ散らされ、ツィアーナの目前で完全に光は失われた。
「早漏が。その程度で私には届かな――」
「――黙れ」
またしても台詞を言わせる前に賢者は動いた。黒髪を逆立たせた〈第三席〉ジスタが霊銀製の大槍の柄端を握って、純粋物理で振り下ろす。結界の端ギリギリで踏み込んだ。
ツィアーナの生み出した二つの結界は物理攻撃を対応していない。
「そんな小細工――」
無数の衛星がジスタに殺到する。
「――この私に通用するかッ!」
立体は刃を受け止め、そのまま腕伝って結界として展開される。
ジスタはすぐさま後方へ飛んで回避を試みたが僅かに遅れた。右腕は猛獣にでも食われたように削り取られていた。