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フィニスエアル ――少女が明日を生きるためだけの最終決戦――  作者: (仮説)
少女達が理不尽を打ち砕くためだけの頂上決戦
156/170

15.甦りし獣

 


 ◎3


 


 多発的に怒った帝国における騒乱――。


 〈迷宮塔アルアム〉の建造。


 〈試練鏡〉による〈風神〉の復活。


 〈調停者〉ギリヌス及び〈破壊卿〉ルーフェンの到来。


 戦力において世界最高峰の人間によって引き起こされた悲劇は多くの者には見て触れることすら許されない戦域を生み出した。


 数える程しかいない立ち向かう者がいる中、それを見送る者もいる。


 手を伸ばそうとして、届かず、失意に暮れる少女がいた。


 場所はネーネリア邸、彼女――エリは庭先に出て暗雲立ち込める空を沈痛そうな面持ちで見上げる。こんな光景を前にどこかで見たことがあるような気がした。


 ――そう、それは確か〈訂正機関〉に囚われていた時のことだったか。


 あまり思い出したくない血塗られた記憶が甦る。忘れたい、しかし、忘れてはならない罪の記憶だ。


 その剣で――手で無垢の人々を殺した感触は今も消えていない。


 死に行く人々の恐怖に染まった表情も、間際の慟哭もこびりついて消えそうにない。


 守るために貰ったで剣で、人を殺してしまった。


「――っ、だから……私は……」


 罪は罪――どんな理由があれ、償わなくてはならない。


 沢山の人を救って、救って、救って、誰かから許される日が来た時にようやく――……それまで止まることは許されない。


 それでも、目の前に困っている人がいても――。


 守るべき人がいても――。


 弱くては何もできない。誰かが泣くのを止めることは、できない。


 救いたい、と思った人すら守れない。贖うことすら叶わない。


「弱さは罪ですか? それとも罰ですか?」


 問い掛けに応えてくれる人はいない。


 それで良かった。誰かに答えを求めたりなんかしない。どんなに苦しくても自分の中で終わらせなくてはならないから。


 エリは悲劇を見ない振りをして、踵を返す。自分にできることは精々館を守ることだけだった。


 


 その時、足下から衝撃が駆け抜ける。庭と入口を繋ぐ煉瓦に使われていた石塊が弾け、足下まで転がって来た。


 それは花壇を着地点として滑るように庭を破壊せしめる。


 黒く大きな塊だ。〈グオオオオオオオ〉――と静かに、不機嫌そうな息を吐くそれは明確に人間ではない。


「…………」


 エリは真っ先に〈神獣〉だと思った。真っ黒な〈神獣〉など見たことも、聞いたこともなかったがこの異様な存在を表す他の言葉を知らなかった。


 ――否、知っていたが結び付けることができなかった。


 背を丸めていたそれは上体を起こせば、二メートルは超える巨躯が露わになった。


 纏っているのは皮などではなく、煙のような靄である。


 未知で奇妙な生物――。


「これも一連の事件に関連する?」


 細く鋭い赤き眼光の焦点は合っていない。まるで寝起きのようだ。


 それでも空恐ろしい。エリの中の戦闘経験が警鐘を鳴らしていた。こいつはまずい――放置するにしろ、処理するにしろ時間を掛けられない、と。


 腰に提げた白亜の剣を無音で引き抜く。


 殺そうと思った行動から殺意を取り除くことはできないが、エリは限りなく波を起こさず平静さを保ちながら振るう術を習っていた。


 ぼー、っと突っ立つ黒い塊に一閃を見舞う。靄が断ち切れ、その向こうの黒い肌に一本線が走った。


「この生物は一体……」


「――グ、グオオオ、オオオオオオオオオオオオ!」


「〈魔剣輪舞〉」


 ――《七色虹道セブンス・ロード》。


 七色のエネルギーが重なった刃を構える。瞬間、黒塊の剛腕が振るわれ剣が軋んだ。踏ん張り切れず、エリの身体は館の大扉を突き抜ける。


 身体強化の魔法により目立った傷は残らなかったものの、驚異的な膂力に汗が流れた。


「このパワー……〈神獣〉にしてはおかしい。それにこの見た目――」


「グ、ゴオオオオオオオオオォォォ!」


「まさか――……まさか!」


 空間を飛び越したような速度で接近を果たした巨体がエリの細い身体を横からぶん殴る。


 今度は居間に飛ばされたエリは右肩を強かに打ち付けた。後ろに倒れたソファーから這い出、改めて黒い影を観察する。


「やはり……間違いない、これは……」


 追撃とばかりに口から真っ黒な光線を吐くそれ。


 外壁を斬り裂き外へ飛び出て振り向けば、館が爆散した。瓦礫の山の中を黒い化物が闊歩する。


 エリは深く息を吸い、目の前の戦闘に集中する。


 久しく経験していなかった死闘の気配を感じ取った。エリはこれと相対する、ということは死に行くのと同義だと教えられていた。


 死んだはずの――フィニスが滅ぼしたはずのこの世界に無数に存在する生きる災害の一つ。特に人類への被害を齎す凶悪な生き物。


 聡明なエリは断片的な情報で全てを理解できてしまった。


「〈人型災害〉――! 〈試練鏡〉から現れたのは〈風神〉だけではなかった!?」


 ――〈試練鏡〉が対象にとっての試練が現れる、というなら数に制限はない。苛烈な人生を行くフィニスさんの試練は他の人よりも多い。


 〈風神〉復活に紛れて〈人型災害〉も生み落とされたのだ。


 人類の敵という括りをすればどちらもそう変わらないが、同時に現れたとなれば話が変わる。


 なんせ今は――この化物を相手取るのにフィニスの力を借りることができないのだ。ガイザーもユーラシアもネーネリアもいない。


 エリだけでは〈人型災害〉を撃破することができない。


「〈魔剣輪舞〉――《七色虹道セブンス・ロード》」


 全身に強化魔法を張り巡らせ、再度、剣を構える。


 何故か、〈試練鏡〉の権能に逆らって対象であるフィニスの下へ向かっていなかった。自分が時間稼ぎをすれば、結果的にフィニス達の支援になる。


 時間稼ぎくらいなら、できるはずだ。


 エリの魔法が発動し、拡張された横薙ぎの一閃が〈人型災害〉に走る。


 無骨な見た目に似合わない繊細な動き――ベリーロールで斬撃を飛び越えると、四肢で地面を駆け抜けた。左右にステップを踏み、エリの照準を外しながら間近まで迫る。


 鋭い爪によって威力の裏付けられた手刀が首目掛けて伸びてきた。


 腰を逸らせば、目の前に黒いものが通過。早過ぎて原型を定めることができない。


 しなやかさを駆使し、曲線を描いた斬撃を放つ。斬撃は赤く瞬いた。


「《円環剣刃斬》」


 脇腹から胸部に掛けて逆袈裟に斬ってもダメージは見えない。


「私の攻撃ではそもそも傷を与えられないようですね」


 もっと強い攻撃を出せないこともないが、〈人型災害〉のポテンシャルが不透明なため下手に手を出せない。スタミナ切れで時間稼ぎ、という目的すら達成できないのが最悪。


「あ――」


 ふと、視界が揺れた。


 違う、一瞬だけ足の力が抜けた。本人に自覚できない間に〈人型災害〉の攻撃が蓄積していたらしい。頭も含めて、改めて治癒魔法を掛ければマシになろう。


 ただ――人類悪として数百年を生きてきた〈人型災害〉がそんな致命的な隙を見逃すはずがない。


「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――!」


 〈人型災害〉はふらついたエリの頭上に飛び込み、右腕に凄まじい魔法的エネルギーを纏った。この一撃を食らえば強化しても、《結界》で防いでも頭蓋骨の粉砕は免れない。


 視界が陰ったことで気づいたがもう遅い。咄嗟にできるワンアクションで〈人型災害〉の攻撃をいなすことは不可能だった。


 死を直感する――死線を繰り広げてきたエリだが存外初めてのことだった。


「嗚呼」


 呆気ないとは思っていた。


 いつ来るかわからないから人は死を恐怖するが、直前になってみればどこか清々しい。


 ただ、無力感だけは拭えず自分の弱さへの嫌悪は燻り続けた。


 これで罪悪感と向き合うのも終わり。


 終わりのない自問に苦しむのも、もう――……エリは失意に暮れているだろう顔を上げる。


「しかし、私に苦しみから逃げる資格はない」


 その時――〈人型災害〉の右腕がぼとり、と千切れて落ちた。血が溢れることはないが不定形の靄が行く場を見失ったように漂う。


「グggggggggggggggggggggggggッゴオオオオオオオオオオオオオオ――!!!」


 痛覚はあるのか災害は衝撃波を起こす絶叫を響かせた。


「逃げることは許されないんですね、苦しみ続ける他ないんですね――……助けてくれて、ありがとうございます。お久し振りです」


 エリが優雅に礼をしたのは二人の少女だ。青髪を携えた双子の乙女は女帝の側近にして、現在はフィニスの監視役を任されている。


 アリエンテ・オルニトス。


 アリエール・オルニトス。


「お久し振りです。どうやら一足遅れたようですね、フィニスさんは一体どこにいるのでしょうか?」


「挨拶も任務も大事ですが、今はもっと大事が目の前にあるかと。一体これは何でしょうか?」


 腕を抑えながら蹲る黒い巨体を訝し気に見詰める二人にエリは返答する。


「〈人型災害〉です」


 双子は寸分狂わぬタイミングで息を飲んだ。


「どうしてこの中央大陸に〈人型災害〉が?」


「以前、討伐されたという話も聞きましたが?」


「〈試練鏡〉にてフィニスさんを映した時に〈風神〉と共に出たと思われます」


「なるほど、それはまた――」


「――とんでもないものが出てきましたね」


 すると〈人型災害〉がすく、っと立ち上がった。なんと切断されたはずの腕があるではないか。斬り落とした右腕は泡沫の如く霧散していた。


 黒煙から覗く赤い瞳がエリ達を殺意という名の楔で捉える。


「まさか、私達でこれを相手取らなくてはならないんですか?」と、アリエンテが冷や汗を流す。


「一晩で国を滅ぼした、という逸話もあるのですが……?」と、アリエールが眉間を寄せる。


「どうやら私達が標的になっていますから逃げるのは難しいと思います。そして、放って置けば〈風神〉を倒しに行ったフィニスさんの下へ行くでしょう」


「――それは許せませんね」


「えぇ、許せませんね」


 手元に展開された空間魔法陣からステッキをくるくる、と取り出した。先端の宝珠が嵌められた金属製の杖。水魔法への補正効果がある専用魔道具――その姉妹杖の銘は各々〈水蒼杖クレイン・ホワイト〉〈水蒼杖ブレイン・ブラック〉。


「グオオオオオオオオオオォォォ――!」


 咆哮する〈人型災害〉に、三人の少女は武器を向ける。


 本来あり得ないはずの物語――世界の終わりのような熱戦に紛れて始まる誰に知られることのない戦い。死して尚甦った人類悪――VS〈人型災害〉が勃発する。


 

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