14.真価
元々の魔法の効果は完全に失われ、新たな魔法が牙を剥く。
――《塔剣光臨界柱》。
〈調停者〉は魔法陣から溢れ出す輝煌に目を細める。空から降って来た光は一本の極太の剣としてギリヌスに降り注がれた。
直径二〇メートルはある柱がゴオオオオオォォォ――と射程内のあらゆるを焼き焦がす。
たっぷり一〇秒間、光線を吐き出し続けた合成魔法陣。
徐々に細くなっていき、やがて柱は塵と化す。突風が吹き荒れ、空間の帳尻が合う。
「――結界か?」
ギリヌスは六角形を張り合わせた球体に包まれ、光線を完全に遮断していた。賢者級の魔法を合一した魔法を受けてもびくり、としない。そんな魔法見たことも聞いたこともなかった。
「私の知らない魔法、魔法律――これが判明しない限り勝機はない。《銀世法則》をも引き裂くその絡繰り、どうして暴こうか」
「できませんよ、あなたには。探して見つかるものではないですから」
馬鹿にする訳でもなく、まるで事実にようにギリヌスは答えた。
「――だとしてもッ!」
息を吐く間に急接近して結界に刃を突き立てれば、ガギン――と弾かれる。付け入る隙のない強力な結界だ。
再度、二刀一対の〈魔帝神剣メルト・デッドグレイズ 〉の魔法を引き出す。更に賢者級の赤青緑の魔法を合一する。
――《天帝転廷纏薙》+《剣魔一身一刀》。
ゴッドナイトの実現できる最高火力の斬撃が解き放たれる。交差して振り下ろされた十字の斬撃が銀閃を纏い、結界に凄まじい圧力を加えた。
「ぐッ――!」
しかし、押しても引いても結界には傷一つつかない。無感情な瞳が結界越しにゴッドナイトを見詰めていた。
「無駄ですよ。あなたは私の時間稼ぎにもなれないんですから」
ギリヌスは掌をゴッドナイトに向け、小さく呟いた。
「《撃力波》」
放たれた不可視のエネルギーにより、ゴッドナイトは撃ち抜かれて宙に弾け飛んだ。
頭蓋骨を砕かれ、額から流れる銀色の血液が弧を描く。
衝撃に意識を飛ばすのも束の間、気合いで首を起こし、魔眼にエネルギーを込めた。
今必要なのは集中力だ。掴み掛けていた〈神剣〉の深奥に眠る奥義を引き出すための専心が欲しい。女帝という立場から常に並列思考をしていたゴッドナイトが一つにことに集中することは難しいことだった。
ただ、この泣き喚きたくなる痛みと正体不明の衝撃が思考を鮮明にさせた。痛みで目覚めた感覚が魔法的エネルギーの制御と〈神剣〉への潜水を深化させる。
「――掴めた、これが〈神剣〉の真価。そして――あの女の到達した世界」
脳裏を掠める金髪桃眼の少女――。
恐ろしくも美しい剣舞に思わず見惚れてしまったほど。あの神々しい力が魅せる世界は黄金郷のようだった。
ゴッドナイトは土壇場でその領域に到達した。フィニスにできて自分にできないことはない、という化け物染みた自負が結果を引き寄せたのだ。
永久凍土の雪国のような銀世界が目の前に広がる。
擦り合わせた双剣が銀色の火花を散らす。白銀の長大な魔法陣がそれぞれの剣から生み出された。
「《天帝神殺従隷属界》――!」
魔法的エネルギーを支配する《銀世法則》が強制展開される。本来の魔法よりも数段上の性能を有し、エネルギーが無条件にゴッドナイトに服従した。そのエネルギーを更に〈神剣〉に上乗せする。
銀色の帝は振り上げた剣を背中まで引き絞り、頭上に飛んだ。そのまま球面目掛けて渾身の力で叩きつける。
「落ちろ〈調停者〉――」
「な、想定以上の威力……!?」
結界が軋み、構成する六角形が不規則に揺らめいた。
〈神剣〉の奥義でも一方的に破壊することは叶わない。だが、先程よりは確実に追い詰めている。このレベルの攻撃なら通用するのだ。
例え、筋線維が千切れようとも押し込める力は一切緩めない。ここがラストチャンスだと直観していたからだ。奥義に必要なエネルギーは膨大であり保有エネルギーが底を尽きかけている。更に、血統の酷使とギリヌスの攻撃による肉体損傷により体力の限界を迎えていること。
ゴッドナイトは強靭な精神力だけでここまでのポテンシャルを発揮させている。
「――!」
そして、結界に亀裂が走る。クレバスは徐々に広がり、全面を覆い尽くすと次の瞬間に光の塵となり霧散した。
同時にゴッドナイトの両手から握力が抜け、双剣が離れる。
至高の〈神剣〉の一撃はギリヌスの結界を破壊するに至ったが、本体までは届かなかった。
力を使い果たして落ちる女帝に同情の視線を送る。
「この結界を破壊したのは見事ですが、それだけのことです。結界など何回でも作れます。〈神〉の力でさえ私の前では遊戯なんですよ――……おや?」
ゴッドナイトが落ちながら何やら呟いていることに気づく。
まだ、その目は死んでいない。どころか戦意は微塵も衰えていなかった。
「……なら……できる。掴んだ……真価を見せるのは――今この時!」
銀血にまみれた女帝は上半身を振り、空を蹴り上げる。
ゴッドナイトは切り札である〈神剣〉の攻撃防がれ、力尽きたと思わせた――そうすることでギリヌスの不意を突くことができる。
死に損ないとでも思っているのか防御行動は酷く緩慢に行われた。〈神剣〉を手放した女帝に戦闘力はない、と高を括ったことで発生する油断を逃すさず、彼女は敵を見詰める。
ゴッドナイトが至った血統の神髄は〈神剣〉の奥義ではない。
一度だけ見て、魅せられた神々の奥義。
自分に並び立ち得る少女の奥の手。
普通でも、特別でも習得できないはずの一撃を今この時に解法する。
「――《天帝の神撃》」
「ぐッ、うううううううう!?」
神気の込められた右ストレートがギリヌスの脇腹に突き刺さる。鈍い痛みを伴う強烈な一撃に、ギリヌスの身体は空の上まで吹き飛んだ。
暗雲の向こうに銀髪の男が消えたのを見送ったところで、ゴッドナイトの血統が途切れ、自由落下に晒された。辛うじて残った力で転落死だけは免れたが、衝撃で吐血を余儀なくされる。
血濡れの女帝は落ちそうな意識を引き上げようと力を込めたが、指一つ動かない。
「撃退するだけでこの様か……予言の未来にまだ辿り着いていない、というのに……」
フィニスとユーラシアに胸を刺される未来――。
これだけ満身創痍なら避けることもできなさそうだ。
「あの男が戻ってくる前に――」
「――やってくれましたね、女帝ゴッドナイト」
彼方に飛ばされたはずの〈調停者〉が佇んでいた。脇腹を抑えながら、忌々しそうに言う。
「今のはなかなか効きましたよ。あなたを嘗め過ぎていた、こればかりは私の判断ミスでした」
神々の奥義でも、ギリヌスという男には多少の痛痒を与えることしかできなかった。人類の頂点は〈神〉という神話生物をも画する実力を有している。
神々が淘汰された理由は明確に存在した。
「とどめを刺すまでもなく死にそうですが、あなたのような者はどんな幸運を呼び寄せるか知れません。ここで息の根を止めておきましょう」
「くッ……!」
「今、楽にしますよ――」
ゴッドナイトに向けていた掌を、ギリヌスは直前で自らの頭上に掲げた。構えていた《撃力波》の魔法も結界に変えている。
張り巡らされた結界から落雷を思わせる轟音が鳴り響いた。突如として飛来した物体を受け止めている。
その顔を見てギリヌスはため息を吐く。
「本当に厄介ですね、〈血統者〉という者は――」
両者の全身にマゼンタの文字が駆け巡る。名乗り上げるまでもなく、お互い名と称号を理解した。
女帝に立ち塞がるように、剣片手に着地した少女は桃色の魔眼を全開にして〈調停者〉に尋ねる。
「ギリヌス・カルゼル――〈風神〉を呼び出して何をしようとしてるの?」
「世界を平和に。邪魔をしないでくださいよ、フィニスエアル・パルセノス」
「――私のことも忘れないでください」
雪のようにふわり、と降りて来た紫髪を二つの分けた女性がフィニスの横に立つ。その妖艶な四肢に〈ユーラシア・カルキノス〉〈翡翠血統〉〈二〇〉〈断絶之双子〉〈隔世血統〉という文字が走る。
「お姉様に手を出したのです、覚悟してください」
「全く……何人纏めて掛かって来てもらって構いませんよ。私の邪魔をする、というのなら排除させてもらいます」
その瞳にはいつものような飄々としたものはなく、目が覚めたような強い眼が宿っていた。今の彼に油断はない。正真正銘の最強格が受けて立つ。その意味は頂上戦争の勃発。
VSギリヌスの第二ラウンドが始まる――。