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フィニスエアル ――少女が明日を生きるためだけの最終決戦――  作者: (仮説)
少女達が理不尽を打ち砕くためだけの頂上決戦
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13.白銀血統

 


 ◎2


 


 ――〈帝国都市〉の空は黒く淀んでいた。この世の悪意を練り込んで渦を為したようなどす黒い雲が日射しのほとんどを遮り、まるで真夜中のような光景を創り出す。


 異常気象の中心には緑色の衣を纏った全長一〇メートルの人型が浮かんでいる。これこそが〈試練鏡〉で現れた神話生物〈風神〉。理由は定かではないが、現在は休眠中らしい。


 真下には、全身鏡が無造作に転がっていた。〈風神〉が顕現した際に鏡面が砕け散り、魔道具としての役割を終えてゴミと化している。


 眠りに着いている〈神〉の脈動には《神威》という精神魔法が乗っており、範囲内の生物に恐怖を植え付けていた。


 狂喜に侵された人間は自我を見失い、やがて精神が崩壊する。現在、国民が恐慌していないのは聖女による精神波の中和が行われているためだ。


 


 この現象を引き起こした当人――ギリヌス・カルゼルは鏡を捨てた後は〈風神〉の様子を窺える場所に身を隠していた。フィニスを鏡に映して〈神〉を呼び出した時点で彼の目的は半分達成されている。


 後は、真の目的が達されるまで〈風神〉が死なないように見張るだけだった。


「鏡から出て来た試練は対象者に向かって攻撃を加えるはずですが――流石、神といったところですね。魔道具の権能に逆らって休眠している。〈血統者〉が近づけば目覚めるでしょう」


 ギリヌスが両目が青白く輝く。この瞳は人としての領域を超えた視覚が宿り、現在の全てを見通すことができる。


 空を駆ける人影を見つけた。


「来ましたね、フィニスエアル……もう一人? 彼女は何だ……?」


 フィニスと並走する紫髪を左右に結った可憐な少女。侵入した館で見たような気もするが興味がなかったのであまり覚えていなかった。


 ギリヌスはフィニスが過去、〈風神〉を屠ったことを知っている。左腕と左眼を失いながらの辛勝ではあるが、可能性でも放置はできない。


「さて――〈調停者〉の仕事を始めましょうか」


 フィニス達の前に立ち塞がろうと地を蹴ろうとしたその時、ドクン――と、都市内に響く《神威》の脈動が乱れた。恐怖のさざ波がビートを上がっている、まるで泡沫の夢から覚めるように。


 ギリヌスは空を泳ぐ人型に青白い魔眼を向ける。


 〈風神〉が全身を震わせて、歯軋りしていた。その瞳が開かれ、細くも大きな手が宙に振るわれる。標的は周りを飛んでいる黒髪の少女だった。


「――女帝ゴッドナイト!? 想像よりも素早い、それともこうなることがわかっていた?」


 偶然、鏡の当事者であるフィニスよりも早く現場に駆け付けた、というのは考え辛い。


 想定していなかった障害に眉を顰めるが、すぐに顔の角度は上がった。


「纏まってくれた方が排除はし易いですね」


 


 跳躍の方向を改めると、凄まじい膂力でもって大地を蹴った。


 刹那、ギリヌスは砲弾と化し、ゴッドナイトの目前に辿り着いていた。


「なっ――」


 驚嘆の声を上げるゴッドナイトの左肩に踵落としを叩き込む。ドゴオオオオオオオオオオ――と、鼓膜を破らんばかりの轟音が一帯に響いた。


 そして、目覚める風を司りし神話生物。


 ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァッ――! 知性を感じさせない咆哮をして目覚めた〈風神〉は大口を開き、魔法陣を展開した。集積回路のような複雑さを描く魔法陣――《風神砲》を首を振りながら放つ。


 鏡によって現れたそれに意思はない。


 しかし、人類にあだなす、という目的が鏡の制約を打ち破ってしまった。人類悪と化した〈神〉は本能のまま人類の殺戮を為す。


 都市に走る緑の直線は爆発を巻き起こし、縦に炎を巻き上げた。


 焦土と化した街並みに顔色一つ変えずに〈風神〉は再度、《風神砲》を展開する。


「意思がないとは言え残酷ですね、神は。人類に渾名し、滅ぼされるだけのことはある。無垢の国民には悪いですが、これも平和のためです」


「――まさか、当の兇徒がそのような世迷言を抜かすとは」


 煙霧を腕の一振りで晴らした女帝は頭から血を流しながら、ギリヌスを魔眼で睨む。


「貴様……私の帝国で随分と好き勝手してくれたようだな、タダで済むとは思っていまい」


「これはこれは、かの女帝――ゴッドナイト・ゼイレリア様に謁見できたこと喜ばしく思います」


 上空からの慇懃な礼に女帝は魔眼の視線を強める。〈支配の金紅眼〉〈支配の金蒼眼〉が開眼していた。


「私を見下ろす権利をくれた覚えはない。今すぐここに跪くと言うなら安らかに殺してやろう」


「全く野蛮ですね。これだからこの国は平和にならないんですよ、おわかりですか?」


 ギリヌスは女帝に気圧されることなく睨み返す。


 そこには明確に憤りが込められていた。世界に対する怒りである。


「世界は大いなる流れに従って進んでいます。争いという名の因果にです。あなたも争いを助長させる存在だと自覚した方が良い」


「争いは人類の進化に必要なものだ、無条件に否定されるべきものではない。為政者の立場でない者の意見など聞くに堪えんよ」


「当然と考えている、という時点で傲慢なんですよ。人類のほとんどが為政者ではなく、巻き込まれただけなのだから」


「――話にならんな」


 そもそも話し合うつもりもなかった。帝国の頂点として領土を荒らしてきた逆賊の言い分を聞く道理はなく、見せしめのためにも絶殺することは確定している。


 ただ、世界において強者に分類されるゴッドナイトでもギリヌスの底が見えなかった。


 女帝はこの男の正体を探る。二人の身体にマゼンタの文字が駆け巡る。


「――〈六〉」


 数千万と存在する人類の中では驚異的な順位。予言に描かれた帝国の危機の正体は〈調停者〉と判断して差し支えないだろう。巻き起こる風は背後の〈風神〉によるものだ。


 ゴッドナイトは一息吐いて空間魔法陣を展開する。


 魔法陣から引き抜いた赤と青の双剣を首筋に構えた。王家に継承されてきた〈神剣〉が瞬く。


 敵が幾ら強かろうとも、引く選択肢はない。


「私は女帝だ。我が帝王道を冒す者は誰であろうと許さん――王威を示せ〈白銀血統〉!」


 翼のように飛び散った血液は銀色に輝き、ゴッドナイトの全身を塗り替える。金色に縁どられた赤青のオッドアイが銀世界に浮かんだ。


「これが〈帝王神〉の力……」


「――オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォ!」


 血統に呼応するように、心身を喪失していた〈風神〉が叫び声を上げる。物理的な衝撃波を伴った《神威》は赤青の魔眼で射殺し、被害を食い止めた。


「《銀世法則エンペラー・フィールド》」


 女帝の足下から白銀が大地と空間を蝕み、世界の法則が書き換わる。


 すっかり輝煌に包まれた眼下をギリヌスは観察し、即座に看破した。


「魔法秩序の書き換え……支配ってところですか。数百年人々の戦争に介入してきた私でもこんな魔法は見たことがありませんよ。神の力……なるほど〈二三〉番目だけある、ということですか」


 ゴッドナイトは銀色の大地を踏み割り、空に浮かぶギリヌスに斬りかかる。両刀が各々赤と青に輝き、龍を象った。


「《双頭龍帝ツイン・スレイヴ》 」


 ギリヌスは余裕の笑みを浮かべながら身を捩って食ってかかる二頭の隙間を抜けた。


 その先には、先刻承知とばかりに剣を構えるゴッドナイト。単体殲滅特化型の魔法陣を双剣を重ねて貫く。


「《天帝転廷纏薙グレイズ・ブレイザー》」


 迫り来る〈調停者〉に〈神剣〉による破壊の嵐を振り下ろす。


 依然としてギリヌスの表情は緩んでいた。


「なかなか良い眼をしていますね。ですが、私は〈六〉位ですよ。あなたとは格が違う。こんな世界――」


 先程からギリヌスは飛行魔法で宙に浮かんでいた。本来なら《銀世法則エンペラー・フィールド》下でまとに魔法を使うことはできず、不完全・不活性・失敗してしまう。


 しかし、どんな手段かギリヌスは魔法を十全に成立させていた。これが彼の言う〈格〉の起源である。


 ギリヌスの硬く握られた拳が銀世界を引き裂いて〈神剣〉と正面激突し、けたたましい轟音が天をも揺らす。拮抗は一瞬のことで、正しく振り抜かれたのはゴッドナイトの斬撃ではなくギリヌスの鉄拳だった。凄まじい硬度、凄まじい威力の拳が神々の力を打ち砕いた。


「ぐッ……!」


「万に一つも勝ち目はないですよ。あなたは黙ってこれから起きることを傍観していてください」


 銀血を流しながら、立ち上がる女帝の姿は酷く痛々しかった。治癒魔法で骨折や裂傷を回復していく。その際、治し過ぎて血が止まらないように気を付ける必要がある。


 〈血統者〉は神の血を流すほど力を得るが、人間である以上失血には抗えない。バランスを見極めて血を使わなければならない。フィニスような行き当たりばったりの戦闘は〈血統者〉としてはあるまじき方法なのだ。


 崩れ落ちる《銀世法則エンペラー・フィールド》の中でゴッドナイトは息を吐く。


 ゴッドナイトの血統に反応して暴れ出した〈風神〉だが、今は何故か落ち着いている。何かを探すように首を振るだけで街の破壊は中断しているようだった。


「――聖女の仕業か」


 壊された街も既に元通りになっている。住民も既に地下シェルターに移動されているため、地面を抉らない限りにおいて、周囲の被害を気にすることなく戦うことができる。


 〈風神〉を聖女ユニスに任すことができるなら女帝ゴッドナイトの選べる選択肢も増えた。


「度し難い実力差はあるんだろうな――なら、私が本気を出しても全く問題ないということだ」


 本気なんて出したことはない。それが世界に罅を入れるものだと直感していたからだ。


 だが、今目の前には何があっても壊れない壁がある。


 思う存分叩き付けたくなった。支配を宿命づけられた自分に逆らう存在を叩き潰したくて堪らなかった。


「――あいにく力の出し方は学んでいる」


 フィニスとの城内での戦闘において、周囲への被害を鑑みてエネルギー制御を強いられた。


 その経験が活きる時が来た。身体を覆っていたエネルギーの一部を〈神剣〉に流し込む。どんなに早く動いてもギリヌスは紙一重が避けて来た。


 必要なのは速さではなく、技術の方かもしれない。


 女帝は《空間跳躍》でギリヌスの正面へ躍り出、瞳と同じ色に瞬く斬撃を高速で振り下ろす。


「言ったでしょう、格が違うと」


 繰り出された斬撃の全てを手刀にて迎え撃ち、漏れなく撃ち落とす。


「黙れ、同じことを二回言う必要はない」


 弾かれた衝撃を利用し、距離を取る。そして、上空に展開していた三つの魔法陣を合体させる。幾何学模様が混ざり合い、色と形を変えて再構成された。


「〈魔導合一〉」


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