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フィニスエアル ――少女が明日を生きるためだけの最終決戦――  作者: (仮説)
少女達が理不尽を打ち砕くためだけの頂上決戦
153/170

12.〈試練鏡〉

 


 ◎1


 


「あ、あの……ユーラシア?」


「どうしたんですか? お姉様」


「動きにくいんだけど……」


 優雅に風雅にお茶を楽しむフィニスに抱き着くユーラシアという図もネーネリアは見飽きていた。良い年の女性が年下の女性に異様に甘えたがる、という倒錯した状況へ突っ込むのももう諦めていた。


「昔はよくこうしてくれたじゃないですか」


「あの時は二人でも軽かったから……」


「重いだなんて、お姉様と比べたらそうでしょうけど」


 無神経かつ意地の悪いことを言われてもめげない辺り、筋金入りという感じである。


 こんなことが一晩中――食事の時も、休憩している時も、風呂に入っている時も、寝てる時でさえ、イチャイチャとしている。首を傾げたくなる光景ではあるが、それ自体は悪いことではない。


 ネーネリアには言いたいことが一つあった。


「あなた達に訊きたいことがあるんだけど」と、当たり障りのなく会話を開始した。「ここに住むのは良いんだけど、働くつもりはないのかしら?」


 曰く、美少女ニート問題――。


 フィニスのトラブルメーカー体質のせいでまとまった時間が取れていないのだが、隣のユーラシアはフィニスに愛でられることに心血を注いでいるだけで労働する時間は取れるだろう。


「仕事かぁ……サファイアちゃんの家庭教師も終わっちゃったしなぁ」


「何も教えてなかったでしょ……」


 サファイアは聡明なので知らないことは自分から勝手に学んでいた。フィニスは腕を組んでそれを笑顔で見ていただけである。それが情操教育的にどんな影響を与えたのかはわからないが、実質的には無職と同等。


「〈神獣〉討伐もできないし……私に何ができるの?」


「それは重大なことだけど……」


 フィニスの職業適性は限りなくゼロ。人間関係という人間関係を混沌とさせる癖があるため、そもそも労働には向いていない。


 しかし、現在の帝国では圧倒的マジックパワーを用いた職業に就くにはライセンスがいるという。それこそ、学院に通うなどが該当する。


 ――〈円卓賢者〉で雇う? いやいや、絶対ヤバいことになるわよねぇ。


 最終手段としての雇い先もあるが、できるだけ保留したい。


「あ、私ね、実は楽器弾けるんだよね」


「そうなの?」


「昔、お姉ちゃんみたいな人にハープ習ったんだ。最近やってなかったけど」


「美少女演奏家、悪くないわね」


 顔を売るのが最も効率が良いのは言うまでもない。月に一回でも会場を使って演奏するだけで相当稼げるはずだ。


「そういうことなら私に噛ませてもらって良いですか?」


 挙手したのはユーラシアだ。


「私も多少、音楽の知識はあります。自慢ではないですが歌は得意です」


「なるほどね、でも二人じゃ心もとないわね。生憎、私は音楽には造詣がないからね……どうしましょうか」


 二人の演奏というのもどこか物寂しい。


 それにこの二人の組み合わせは絶対に良くない。


 イチャイチャふわふわした空気を引き締める人間が必要だ。


「でも、そんな都合の良い人材いる訳ないわよね……」


 子供がしてはいけない物憂げなため息をしてすっかり紅茶を飲んで、冷めていることに気づく。


「あ、エリ――」


「――どうぞ」


 ネーネリアが何か言う前に、エプロンドレスを纏った少女が新たな紅茶を出した。


「……相変わらず、気が利くわね」


「いえ、仕事ですから」


 エリは役割を終えると、いつものように部屋の脇に立ち尽くす。


 暖かい紅茶を味わって、幼女ははっと顔を上げた。


「都合の良い人材――いたわ。ねぇ、エリ……楽器とか何かできない?」


「……おおよそは」


「良い返事だわ。三人の楽団を作る、ってのは夢物語ではないみたいね」


 声楽担当ユーラシア、弦楽担当フィニス、管楽担当エリ――〈訳あり美少女楽団〉が発足した瞬間だった。


 傍観を続けていたエリも流石に口を開く。


「本当に誕生するんですか? だとしたら私の役割はこの二人の……?」


「言うまでもないみたいね。ま、これも冗談よ。聖女祭のタイミングで思いついてたら確実にやってたでしょうけど」


 才気あふれるサファイアならば、歌も楽器もできそうなので展開としてはかなりあり得た。


 フィニスのハープができる、という話を信じるならばだが。彼女の言うことはいささか具体性に欠ける。


 ハープの腕に関してはいつか試そう、とネーネリアは決めた。


「何らかの方法で稼いでもらわないと、将来あなた達が困るのよ? 私もいつまでここにいるかわからないし」


「そうなったら、私がお姉様を養います」


 では、とユーラシアが胸を張って宣言する。雄々しさに満ち溢れた発言だが甘やかされたい、というだけの理由で言っていた。


「それで良いの? フィニス」


「やっぱり結界カード探しかな……」


「私としてはありがたいけど、ほとんど流通しないから難しいと思うわよ」


「勝手に集まってきそうだけどな」


「怖いこと言わないでよ。本当にありそうなんだから」


「冗談だよ。自分から見つけたこ――」


「――見つけた」


 フィニスの声を遮られたのは、彼女の細く白い首が絞められていたからだ。


 銀髪の眼鏡を掛けた男が巨大な鏡を肩に担ぎ、ソファーの背後に立っていた。あまりにも自然に姿を現したため、誰もの思考が遅延する刹那――。


「おっと」


 侵入者――〈調停者〉ギリヌスは飛び跳ねるようにフィニスから距離を取る。自らに迫り来る斬撃を察知し、身を引いたのだ。


「彼が数秒止めるだけで精一杯とは、流石〈三〉ですね」


 扉の前で石像にように立っていたはずの〈三〉――ガイザー・ラルフォルドが居間にて、侵入者に剣を向ける。剣身には赤い液体が滴っていた。


 一瞬の交錯――服の上にマゼンタの文字が駆け巡る。


「我々より上とはわかっていましたが、ここまで差があるとは、困りましたね」


 鷹揚な、余裕感のある喋り方をするギリヌス。その内心は、ガイザーへの警戒で埋め尽くされている。


 世界〈六〉位と、〈三〉位の激突。これだけ聞けば夢の戦いだが、ギリヌスからすれば冗談みたいな話だった。勝てないことだけが前もって決まっているなど到底許容できない。


 ――戦う、という選択肢は絶無。


 内心でため息を吐くと、足先を窓へ向ける〈調停者〉。無用な争いは避けるべき、という理念に従った。


「こうして敵対されるだけでもデメリットです……まぁ――当初の目的は達成できたので良いとしましょう」


 そう言い残し、ギリヌスは目にも止まらぬ速さで館から出て行く。一見は実害がなかったのでガイザーは追跡はせずにその場に留まった。


 止まっていた時間が動き出したように、傍観するしかなかった少女達が声を上げる。


「大丈夫ですか、お姉様!?」


「っ、うん、喉が詰まっただけだから」


 息苦しそうに首をさするフィニスの肩を抱くユーラシアの表情は曇っていた。目の前に最愛の姉の敵がいた、というのに何もできなかった自分の不甲斐なさに、即座に〈血統〉を発動する覚悟がなかったことに不甲斐なさを抱く。


 エリは館の主の反応に気掛かりを覚えた。


「ネーネリアさん?」


「……あの男が持ってたの……まさか〈試練鏡〉……」


「〈試練鏡〉?」


「鏡に映った者を試す何かが現れる古の魔道具よ。まさかここで見つかるなんて」


 聞き覚えのある単語にフィニスが顔を上げた。


「〈試練鏡〉って、学院にあった奴?」


「学院に置いてあったの?」


「そう聞いたけど」


「――何てことよ」


 ネーネリアは不審者騒ぎを忘れたように大袈裟な落胆を見せる。一夜漬けで間違った範囲を覚えた時のような、やるせなさが滲み出た失望の態度。


 落ち込むネーネリアを他所に、今度はガイザーへ振り向く。


「ありがとう、ガイザー」


「いえ、遅れて申し訳ございません」


 機械的に答えた背の高い老人は剣で空振って血を落としてから佩刀する。誰のかも知れない血液がカーテンにべったり付着した。


 あまりにもあんまりな行動にフィニスも唖然とする。


 ユーラシアがフィニスに問う。


「そんなことよりも、あの男はいつの間にか私達の背後にいました。あんなことどうやって……?」


「五感じゃ捉え切れなかったということは魔法――じゃなきゃおかしいけど、魔法を使ったような反応はなかったんだよね」


「まさかそんなこと……それとも〈七〉がそれだけの実力者ということでしょうか」


「実際、ガイザーも同じことしてるしできてもおかしくないと思う」


 魔法のような現実離れし挙動をしているのに魔法的エネルギーを感じることができず、どんな自然律があるか解明することもできない絶技だ。


 世界最高峰の技術を体験した上で感想を述べるなら、こうだ――。


「意味がわからないから対策のしようもないよね」


 一騎当千の実力を持つフィニスさえ、周回遅れにならざる負えない。


 彼女らが巻き込まれたのはそういう次元の違う物語ということだ。きっと、ゴッドナイトが言っていた予言の話とも繋がる部分もある。


「あの男――ギリヌスの目的は〈試練鏡〉でお姉様を映すことが目的だったんですよね? その場合、鏡から何が生み出されるんですか?」


「多分だけど、〈風神〉なんじゃないかな」


 〈インぺリア〉で死闘を繰り広げた風を司る傲慢なる神――フィニスの全盛期の力と二つの〈神剣〉を使ってギリギリ倒すことができた相手。


 容易に文明を滅ぼし得る災害が帝国の中心で暴れたら、一体どれほどの規模の被害が出るか。


「戦力があるのが唯一の救いだけどさ」


「〈血統者〉が三人ですか。私達だけで倒しきれるものなんですか?」


 同じ神々の力を受け継いだユーラシアが問う。


「倒すだけなら可能ではあると思う。でも、戦いの衝撃で街は吹き飛ぶよ」


 フィニスとゴッドナイトとの戦いの時も魔法的作用によって超硬度となっている帝城を破壊しかけた。手加減なく戦ったとすれば、建築物は軒並み瓦礫と化す。


 項垂れていたネーネリアはいつの間にか顔を上げていた。


「あなた達の実力なら、賢者か聖女が手伝ってくれれば完封できるはずだわ」


「ユニスがいれば……被害はほとんどゼロになるだろうね」


「でも、彼の真の目的は帝国の破壊ではない。それなら、彼自身の手でやるのが手っ取り早いから」


 ある種の確信があるようで、言葉に一切の乱れがなかった。


「多分、〈風神〉を使って何かをしようとしてる。そして、帝国がどうなろうが彼はどうでも良いと思ってる。私達は既に巻き込まれてしまったわ、この先の身の振り方次第では悲惨なことになるわよ」


「身の振り方……」


 そんな大人な選択肢、フィニスは考えもしなかった。


 あの時と同じだ。あの時も止められたんだ、愛すべき姉に。あなたに責務はない、と。それでもフィニスは血に任せて突き進み、神を滅ぼした。


「〈試練鏡〉で出て来た者は対象者であるあなたを狙うわ。どうするの?」


「勿論、戦う」


「そう。〈血統者〉に任せて良いのね。なら、私は――あの塔をどうにかするわ。きっと、あれも無関係じゃないわ」


 〈迷宮塔アルアム〉に調査に向かった凄腕の魔術師さえ帰って来なかった、という情報は既にネーネリアに届いていた。


 数刻前に世界〈六〉番目が出張って来た。塔にも遜色ない強者がいる、というのが自然な流れだ。


「となると、障害はあの侵入者……ギリヌスはガイザーに、あなたに任せて良いかしら?」


「構いませんが――その場合、ルーフェン・エルドレッドはどうするのですか?」


「誰それ?」


 フィニスが代表して首を傾げた。そこにいる誰もその名を知らない。


 一同の視線を集めたガイザーが言う。


「彼が現れたのと同じタイミングでその男が現れました。発言から推測するに、私を足止めするために呼んだのでしょう。そのため、ここに来るのが遅れました」


「いや、早かったけどね」


「そういうことは早く言いなさいよ……つまり、塔も合わせて最低でも三人の敵がいる」


 ネーネリアが文句を言いながら、再度状況を纏める。


「地上最高峰の戦力を揃えて彼らがやりたいこと、想像もつかないけど碌なことにはならないことだけは確か。それこそ魔女が介入するような――いえ、これはないか。それでも、あなたなら二人を相手取ることもできそうね」


「可能かと」


「なら、方針は変えない。帝国のことは知らないけどこの生活を守るため敵を倒しましょう?」


 幼女がそう纏めた瞬間――殴られたような怖気が腹を貫いた。帝都の上空を起点として、触れるだけで人の恐怖を煽る凄まじい覇気が帝国全土を舐めたのだ。


 顔をこわばらせたフィニスは思い切り立ち上がり、窓際に乗り出す。


「知ってる。これは《神威》――〈神〉が使う精神波の魔法! たった今現れたんだ、〈風神〉が!」


 〈血統者〉であるフィニスとユーラシアはより強く〈神〉の存在を知覚していた。今は丁度、目が覚めたといった弱い《神威》だったことも理解している。次の一撃はこの数十倍の効果が見込まれた。


「行かないと、早く〈帝国都市〉から離れないと本当に滅ぼされるから」


「わかった。二人とも、くれぐれも無理はしないでよ」


「うん」


「失礼します」


 心折れそうなくらいの力を見せつけられてもなお力強く駆け出した〈血統者〉達を少し羨ましながらネーネリアは見送る。偉そうに指示を出しても、無力な彼女にできることはなかった。


 人生四回分のため息を吐いてからネーネリアは顔を上げる。


「ガイザー、あなたも頼んだわよ」


「――わかりました」


 そう告げると同時に老躯は姿を消した。相変わらず常軌を逸した速度である。


「エリはどうするの?」


「私では力不足です、フィニスさん達を助けることはできません」


「あなたはナンバーズなんだから多少は何かできるでしょ」


「いえ――」エリは断固として主を否定した。「言うまでもないことでしょうが、ナンバーズというシステムで順位だけ表示されます。しかし、それだけでは戦力差がどれほどかはわかりません。どこかに順位以上の戦闘力のギャップがあっても知る術がないので、それこそ直接戦うまでは」


 〈三〉番目であるガイザーは〈六〉番目のギリヌスと〈五〉番目のルーフェンを一方的に追い払ってみせた。三という差なら、良い勝負が繰り広げられるかと思われるが、ギリヌスの反応からしてそれはできないのだろう――そこにギャップがあるから。


 順位の中に、圧倒的隔たりが存在するのだ。


「フィニスさんは私と比べれば遥かに別格で、ガイザーさんは更にその上を行く。そもそも立てる舞台の規模が違います。フィニスさんの物語に巻き込まれたなら、私は役に立てない。あの時とは違う」


 王女を助ける、という物語なら騎士として戦えても――〈神〉の力の及ぶ物語では役不足・力不足。


「あなたは何でもわかるのね」


「ネーネリアさん、あなたはあなたのやるべきことをして下さって構いません」


「……そうさせてもらうわ」


 桃髪の幼女は暗雲立ち込める空を突き抜ける〈迷宮塔アルアム〉を睨みつける。


「私の鼻先でダンジョンを生成する馬鹿には、直々に鉄槌を下す」


 

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