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フィニスエアル ――少女が明日を生きるためだけの最終決戦――  作者: (仮説)
少女達が理不尽を打ち砕くためだけの頂上決戦
152/170

11.侵入者

 


 ◎3


 


 ――〈円卓賢者〉からの調査員である三人が迷宮塔に赴いたのとほぼ同時刻のこと、〈行政都市〉中枢に堂々建立されている帝都魔導学園に一人の男がいる。


 手入れのされていない清潔感皆無な銀髪を掻きながら、彼はきょろきょろと首を振っていた。


「やはり、道に迷いましたね正面から入った方が良かったようです」


 彼――〈調停者〉ギリヌス・カルゼルは学院の寮の裏手にいた。


 厳重なセキュリティで守られている学院、部外者が入ろうとすればすぐに人が集まって来る。警備員や魔術師などどうとでもできるが、人目を避けるためにこそこそと敷地内に忍び込んだ。そのお陰で自分がどこにいるのかを失してしまった。


 侵入がバレれば瞬く間に人に囲まれるという状況は続いているにも関わらず、ギリヌスは鷹揚としたものだった。


「さて――どこにあるのでしょうか、〈試練鏡〉は」


 ポケットに手を突っ込みながら散策を始める。寮の表に出て道沿いを進むことに決めた。


 学院にある建物の中でも取り分け大きな施設が目に付き、思うがまま突き進む。そこは屋内訓練場だった。


 一般クラスの授業中らしい、射的の的に向けて魔法を撃ち出している。初級と分類される基本となる属性魔法の実習だ。


 驚くべきことに受講しているのは一〇歳にも満たない子供達だけだった。魔法に適正がある貴族の子息は六年以上は学院に通う義務があるのだ。


 ギリヌスは窓から一通り光景を見ると静かにため息を吐いた。


「もっと便利な魔法があるというのに」


 気分を悪くしながら散策を再開する。自然と大きな建物に向かって歩を進めていた。辿り着いたのは学院の本体の校舎である。学院生の多くが丁度、机に向かっている所だった。


 背伸びして窓越しに授業を見学する。


 眼鏡を掛けた女性が魔法陣が描かれた黒板を指差して説明しているところだった。上級魔法と大別される難易度の高い魔法だ。その上、使用に危険を伴うものだ。訓練場にいた生徒達よりは上の年齢だが、それでも小さい子供には変わりなかった。


 耳を澄ませば生徒達の会話も聞こえてくる。


〈サファイアさん、居眠りはいけませんよ〉


〈退屈なんだから仕方ないでしょ、こんな魔法どうせ使わないし〉


〈試験に出るかもしれませんよ〉


〈こんなの居眠りしててもできるわよ〉


〈大人でも解けないような問題ですよ、そんなことありえません。試験前に教えて、と言っても教えませんよ〉


〈言わないわよ〉


〈またそんなことを……目に余りますよ〉


 素行の悪そうな空色の髪をした跳ね返りは、友人の忠告をガン無視していた。


 聖女教に見習いである証拠の徽章をつけた少女は小さくため息を吐く。暖簾に腕押し、とでも言うような態度に愛想が尽きそうだった。まだ尽きていないのは彼女が聖女教徒として、間違った道を行こうとしている人を引き留めるべきだと考えていたからだ。


〈お前らさっきからうるざいぞ、授業に集中できないだろ〉


 女子達の言い争いに我慢できずに口を挟んだ少年。誰にでも突っかかりそうな如何にもの餓鬼である。餓鬼でも貴族なので勉強は真面目に取り組んでいた。


〈だって、ウェスティナ。静かに授業受けてなよ〉


〈……! それはあなたが真面目に授業を受けないからで……!〉


 放って置けなかったウェスティナという少女の声が大きくなった。


 瞬間、教室は静まり返る。全員の視線がウェスティナに集まる。サファイアだけは関係ない、とばかりにそっぽを向いていた。


〈あ、えと……〉


 想定外に事態に頭が真っ白になり、冷たい汗が頬を伝う。


 そんな少女に向けて教師は事情を知らぬままに鋭い視線を遣った。


〈ウェスティナさん、私語は慎みなさい〉


〈はい……すみません〉


 声を荒らげたのは悪い、とは思っていても冤罪を被った気分だったろう。


 ウェスティナが指摘するまでもなく空色髪の少女の素行の悪さは教師も既知のこと。しかし、敢えて何も言わないのは――言えないのは偏に彼女が優秀だったからだ。


 今、質問を投げ掛けても彼女は何でもないことのように答えて惰眠を再開する。優秀な生徒が集まる特待クラスの中でもずば抜けた頭脳を持っていた。天才なんて言葉で片付けるのは指導者としてどうかと思うが、魔法適正・記憶力・制御において他の追随を許さないセンスがあった。


 優秀な成績を収めている以上、文句は言えない。


 では、どうしてわざわざ授業を受けるのかと言えば、至って単純、単位を取らなければならないからだ。彼女のような天才にとっては世知辛く、釈然としないシステムだがこのような例外がなければ純然に機能する。


 それでも――たまには起きて授業を聞いている時もある。それを知るだけで笑顔になってくれる人もいる。


 ギリヌスは詰まらなそうに黒板を眺めていた。


「こんな魔法を子供に教えるなんて帝国の教育は悪辣ですね。人を殺すことにしか使えない魔法ばかりを教えるから平和から遠ざかる――……ですが、もうじきこの国は生まれ変わる、そうすればきっと……」


 元の目的を改めて見据えると、静かに学院に潜入した目的を思い出した。


 ――学院に安置されている魔女謹製の魔道具の奪取。


 ギリヌスの目的を達するために絶対に必要なピースの一つが〈試練鏡〉である。


 間もなく、ギリヌスは〈遺産保管室〉という部屋を見つけた。鉄門扉という物理的な、結界による魔法的な管理がされている。


「ここに大事なものがある、と喧伝しているようなものですね」


 低く見積もった〈調停者〉だが、一般人ではこの結界を破るどころか、触るだけで瀕死の重傷を負う。


 ただ、今はその魔法的防御が解除されていた。本来掛けられているはずの鎖も外され、何の変哲もない鉄門扉と化している。


 ギリヌスは一切の躊躇なく暗い通路を突き進んだ。冷たい空気も、どこか懐かしい匂いも無視して〈試練鏡〉を探す。


「――あなたは誰ですか!? 今すぐここを出なさい!」


 びくり、と震えて大声を出したのは副校長である。丁度、遺産保管室からある魔道具を持ち出すためにここに訪れていたのだが運良く――否、運悪くギリヌスと出くわしてしまったのだ。


 何気ない存在感に入ったことすら気づけなかったが、隣に立たれれば幾ら何でも無視はできない。


「――ふむ、どこにあるのやら」


 ただ、ギリヌスの方は視界に入っても気づいていなかった。


「それだけエネルギー隠蔽の精度が高い、ということですか……」


「そこから動かないでください!」


「ん……あぁ、先約がありましたか。こんにちは」


「こんにちは、ではないです! 今すぐここを出て下さい!」


「それは困りますね。おっと、ありました。これが――」


 布の被さった二メートル程のオブジェに手を伸ばそうとして、叩かれた。


「おや」


「触らないでください、関係者以外がここに立ち入ることは禁じられています。出るつもりがないのなら武力行使させてもらいます」


 副校長は攻撃性能に特化した風魔法を展開した。渦を巻いた意匠の魔法陣が侵入者に向く。


 一点に超高圧の空気を突き込む上級魔法《風燼嵐穿スピニング・ウィンド》の照準をギリヌスの眉間に合わせる――。


 脅しではあっても、下手な動きをするようものなら人を殺す覚悟もしていた。


 ギリヌスはふっと視線を逸らす。副校長に興味も、警戒もしなかった。


「なっ――なら、仕方ありませんね……!」


 極細のつむじ風がギリヌスのこめかみに射出される。金属を引っ掻いた凄まじい高音が耳朶をなぞった。


 ギリヌスの髪が巻き込まれて塵と化すその瞬間、魔法が霧散する。


「どうして!? 魔法は使っていなかったはずなのに!?」


「静かにしてください」


 冷たく言い放った言葉を聞いた途端、副校長は身動きが取れなくなった。


 指一つ、思考でできる魔法的エネルギーの操作すらできない。どころか――心臓までも止まっていた。


 徐々に副校長の血の気が薄くなっていく。


 ギリヌスは鏡台に触れ、亜空間に収納した。


「とりあえず、目的は達成できました。後はマスターキーである〈神〉を――っと、このままではこの人が死んでしまいますね」


「――ッ、はあッ……!」


 心臓が動き出し、全身に血液が巡る。滞っていた酸素供給が再開された。


 辛うじて意識はあるようだが、後遺症で立ち上がることはできないようだ。


「人は死にやすいですが、死んでも良い人間はそうそういない――」


 良いようなことを言って、ギリヌスは〈遺産保管室〉を出て行く。


 次に彼が向かうのは帝国の中心地〈帝国都市〉――その貴族街だった。


「仕事の時間ですよ――〈破壊卿〉ルーフェン・エルドレッド」


 

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