14.血統者の王子
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〈天剣騎士〉に名を連ねる唯一の女騎士は円卓の間に入るとすぐにハウシアに気づき接近する。やけに白色の制服が似合っている女性はハウシアのいた孤児院の長の娘だった。浅からぬ縁のある義理の妹との再会に喜んではいたが、それだけではない。
彼女らの邂逅には常に議論がつきまとう。
「あ、お姉ちゃん」
「ハウシア! 何遍言ったらわかるの!? ギルドなんか辞めて騎士になりなさい! 〈天剣騎士〉になれるくらい鍛えてあげるから! マナーくらいすぐ覚えられるわよ」
「何遍言ったらわかるのは、私の台詞だしーっ。やめないしーっ」
「聞き分けのない妹!」
魔法の乗った鉄拳がハウシアの頭の天辺に突き刺さった。
常人との会話の途中で箪笥で人を殴るようなことをすれば人間性を疑われるところだが、彼女らには慣れたもので、ハウシアは硬化した拳を頭部を硬化させることで相殺した。ガァン――とけたたましい激突音が円卓の間に響く。
「やるようになったわね。でも、当然本気じゃないわよ?」
「私も全然余裕だし」
「へぇ……その余裕がなくなるまで叩いてあげようかしら……」
収まらぬ気配が漂ってはいたが、それはそれと、ハウシアとは違い分別のある女性らしくひと騒ぎで拳をしまう。そのまま円卓の上座から離れた位置に腰を下ろした。
「私達も座ろっか」
「え!? ここに? 私の席あるはずないじゃん……」
「半分こすればいいよ」
そこでフィニスは思い出す。〈天剣騎士〉以外にも〈RANK S〉ギルドメンバーも招集しているので席はいつもより四つ多く設置されている。その内の一人は猫のように自由気ままな魔女リングレラだ。恐らくだが来ない、そんな直感があった。空いているのなら使わせてもらおう、ということで。
「隣に座るからいいよ」
「えー、じゃあ私が近づくね」
わざわざ椅子を移動させて隣り合った。うっとうしいと思わなくもなかったが弊害があるという訳ではないので拘泥はしない。
そんなことをしている内に着々と該当人物達が集まった。〈天剣騎士〉七人と各地から集まった〈RANK S〉のギルドメンバー三人に加えて、最後の一人である王子が円卓の間にやって来た。彼こそがフィニスが会おうとしていた人物である。
――〈神覇王国〉の王家の先祖には数千年前の最終決戦の英雄がいた。神々から力を与えられた英雄から滴る血液には権能が封じ込められている。
起源神の権能〈赫灼血統〉――。
時を経た今でも、薄まってはいるが王族にはその血が流れている。つまり未だ権能を所持しているということだ。
フィニスの目当てはそこにあった。
どうにか権能を使わせてもらう――それだけのためにここまで来た。
積年の願いもあり、いつも以上に緊張するが隣からそっと手を握られて少し落ち着く。ハウシアはニッ、と微笑んでいる。
「待たせた」
と、若くも貫禄ある声をあげて、上座に王子プロイアが座った。様々な人物から発せられる圧が混ざって混沌とした雰囲気だ。
王子の丁度正面にフィニスとハウシアが座る形になる。
『彼が……〈赫灼血統〉の後継者……』
「わかる?」
『いえ、この身体だと血縁のあるフィニスしか感じ取れないんだと思う。血を使っているところを見れば流石にわかるはずだけど』
ウェヌスは偶発的に幽霊になった身、制限が多く繋がりの強いフィニスのことしか感じ取ることができない。だが、同じ〈神〉の力を浴びれば反応を示すかもしれない、と言っている。今のところ王子から何も感じることはできなかった。
沈黙していても仕方ない。まず、口火を切ったのは騎士団長。席の脇から神殿奪還作戦の経過と状況を報告する。
「報告。二日前、神殿の調査に赴いた騎士兵が〈神獣〉によって半壊されました。〈背景同化〉の魔法を使う新種の〈狼型〉が神殿を守っているようです。また、斥候の生き残りが神殿入り口まで接近した際、〈神獣〉とは別の存在が相当数確認されました。恐らく天使でしょう」
周辺地帯の〈神獣〉討伐に参加したことを思い出しながらフィニスは聞いていた。
〈使徒〉――天使が集団的に集まっているというのは破格だったのか、〈天剣騎士〉の面々にもやや息を飲んだ。だが、さして脅威ではないという余裕感も少なからずある。ただ数が多いということだけに反応した風だ。
〈天剣騎士〉の中でも最も若い青年は肩を竦めながら言う。
「天使くらいなら容易いですが、平の騎士にそこまでの実力がないってのが面倒ですね。結局そこも我々がカバーしないといけないんですかね」
「そのためにギルドを使うのだ」
答えたのは騎士団長に負けず劣らず図体のデカい壮年の騎士だった。その声には隠しきれない嘲さが含まえている。
「ギルドの手を借りるのは業腹だが、今は人手が足りない。国を守るためだ、当然その義務はあるが」
「このっ……」
ハウシアが歯を噛み締めて睨むが、当の本人はどこ吹く風で腕を組むばかり。息のかかるほど近くにいるフィニスは彼女を宥める。
「まぁまぁ、落ち着いて」
「大丈夫だよ」
とは言いつつも、握った拳が緩まる様子はなかったので会話だけでなく隣にも気を配ることにした。
ハウシアのことを横目で気にしつつも団長は話を再開する。
「推定される数は恐らく一万を超えるでしょう。ここにいる方々にはその危険性が伝わりにくいかもしれませんが、これは王国至上最大の未曽有の危機なのです。とても、ギルドメンバーを招集して足りる規模ではないと私は考えます」
即日に動員できる騎士の数は最大でも二万人超といったところ。少なくないが戦力として数えられるのは幾らか。騎士一〇人がまとめて攻撃を仕掛けても〈神獣〉一匹を討伐することができなかったという事実は昨日に証明されたばかりだ。
「今のところ積極的に人類害する行動はしていませんが、作戦を実行し、それをきっかけに〈神獣〉が襲撃してきた場合、おそらく〈王国都市〉は落ちるでしょう。王国都市が陥落すればドミノ倒しで各四都市も次々落ちることが予想されます」
最大戦力をすべて総動員してしまえば、いざという時防衛に手が回らなくなる。瞬く間に騎士が駆逐され、国民が息絶える絵は容易に想像できた。
「〈天剣騎士〉の幾らかは待機するのは?」
訊いたのはハウシアの姉貴分のスピリギナだ。
対応策なら幾らか考えられる。その内の一つとして挙げられる最も簡単な方法論である。
答えたのは進行もする騎士団長。
「敵戦力の底が見えない以上、対策はしなくてはならず、下手に兵を増やせば良いという訳にはいきません。確実に勝てる人物を配置する必要があるのです」
「……少数精鋭という訳ね。まぁ、かもしれないを想定する必要はあるけれどそれじゃあダメなんでしょう?」
両方に回すだけ戦力はばらけて、成功確率を下げることになる。神殿は奪還できず、国は亡びるという最悪のケースも考えられるのだ。
人外的な強さを有する者しか〈神獣〉を対応できない――。
その前提の突破が至難である。
「――ならば、私がここに残ろう」
言ったのは王国の王子であった。
彼は〈天剣騎士〉という称号は持っていないが、幼年時からの英才教育により、匹敵するだけの実力を有していると言われていた。
そして、この発言の鍵になるのがその血統である。
「太古の神々を撃滅した〈神剣〉の力があれば、数万の〈神獣〉程度造作もない」
「〈神剣〉――!」
フィニスだけが驚きの声をあげるが、他の人物達は懐疑的に思っていた。彼らにとっては〈神剣〉は真偽不明の白物である。玉座に長年封印されていた剣が本当に神話時代の、と言われても到底信じられるものではなかった。
――神話自体が眉唾だ。
しかし、王子がそう言っている以上否定するのは憚られた。実際に〈神獣〉が存在しているため、もしかしたら切り札になり得るかもしれないのだ。
老人の騎士は内心を押し隠すようにゆっくりと言葉を紡いでいく。
「王家の血――神血を持つ者しか使えないというあの剣か…………」
それ以降、誰も口を開くことはなく円卓会議は終了する。
最後に騎士団長は言った。
「王立図書館にて、過去の文献に情報がないか調べさせています。目ぼしい情報があればすぐに」
王子がその場を立ち去るのを待ってから、〈天剣騎士〉やギルドメンバーが一息吐いてから円卓の間を出ていった。
ハウシアが伸びをしていると頭にチョップが刺さる。スピリギナが帰り際に視界に入ったポニーテールを引っ張る。
「うげげ」
「乙女がそんな声を出すんじゃありません」
「お姉ちゃんのせいじゃん! あぁ、あうあうー」
「あら、さっきから気になってたけどあなたは誰なの?」
隣の金髪軍服スカートを凝視してスピリギナは呟いた。
「すごく可愛いけど……」
「完全に姉妹の反応」
見覚えのある台詞に苦笑うフィニスは、ごほんとわざとらしい咳払いをする。
「フィニスエアルと言います。ハウシアとはちょっと前に出会ったばかりで……どうしてここに連れてかれたかはわかりませんが……」
嘘偽りなき真実を語れば、スピリギナのこめかみがぎゅっと収縮した。
「あんたはまた他人に迷惑をっ! ごめんなさいね、この子は昔っからこんななの」
「違うもん! もしかしたら必要になるかもしれないと思って連れてきたの! フィニスちゃん滅茶苦茶強いからね」
「へぇ、あなたが言うなら相当なのね……」
愛でるような視線から一転、試すような瞳が浮かんだ。切り替わり方もまるでハウシアと同じだったのでフィニスは思わず吹き出してしまった。
「ふふっ、本当の姉妹みたいですね。すごく似てます」
「そ、そうかな……まぁ、一〇年以上一緒にいたからね」
てれてれ、とスピリギナは頬を搔いた。
未だこの場に残っていた女副団長の背中をさする団長を眺めながら彼女は言う。
「それにしても不穏だよね…………当たり前のように成功するだろうって流れは。放置しておく訳にもいかなけど急ぎすぎなのよ。えっと、フィニスちゃん? は無理して参加しなくれもいいのよ?」
「いえ、メリットはあるので」
「目的があるのならこれ以上言わないけど、引き際には気をつけなさいね」
「はい」
「……あらあら、ついつい妹と接するみたいになっちゃったわ。ま、命は大事にね」
愉快な笑みを受けべると、ひらひらと手を振って〈天剣騎士〉唯一の女性も円卓の間を後にした。シーン、としたと思えば、もうそこには四人しかいない。フィニスが椅子から立ち上がったところで。
「うっ……息が詰まりそうだった……どうして平気なんだお前らは……?」女騎士がこめかみを抑えながら重い足取りで近づいてきた。「あんな空気で何の会議ができるというのだ」
フィニスは苦笑う。
「それには同意見だけど…………ところで団長さん、図書室はどこにあるんですか?」
「王立図書館のことか?」
「そうです。今、調査中って言ってたから私も見たくて」
「それなら問題はない。図書館はこの敷地内にある、アストラスピス、案内してやってくれ。ついでに外の空気吸って来ればいい」
「は、はい……そうさせてもらいます」
「ハウシアはどうする? 帰っちゃうならこれでバイバイだけど」
「私も行く! ナチュラルに置いてこうとしないでよ、ずっと一緒でしょ?」
「ははは……じゃあ行こうか」
「そんなありがた迷惑みたいな態度しないでよー」