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フィニスエアル ――少女が明日を生きるためだけの最終決戦――  作者: (仮説)
少女達が理不尽を打ち砕くためだけの頂上決戦
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7.ユーラシア

 


 ◎3


 


「私には特に名はありませんが……仮に、ユーラシアと名乗りましょうか。改めて、ユーラシア・カルキノスと申します」


 ――ネーネリア邸、居間にて紫髪をツインテールに結った一九歳ほどの青年が優雅に頭を下げた。彼女の前のソファーに座りながら挨拶を受け止めたのは、館の主ネーネリアと、その側近のエリ、居候のフィニスである。子供ほどの大きさのネーネリアが真ん中に座る形だ。


 ネーネリアは隣のフィニスに顔を見合わせる。


「って、言ってるけど心当たりは?」


「うーん、それが全然ないんだよね」


「そ、そんな……い、いえ、確かにこの姿をお見せするのは初めてですから、忘れていても仕方ないです」


 消沈しかけたが、ユーラシアは首を振って意気を取り戻す。


 そのままフィニスに熱い視線を送った。


「必ず思い出させてもらいます」


「で、できるかなぁ……?」


 フィニスは興味ない人にはとことん冷たいため、主要人物以外はすぐに忘却してしまうところがある。大事件に巻き込まれる彼女としては、その関係者でなければ思い出せる気がしなかった。


 ユーラシアには自信が漲っているので相当印象深いエピソードがあると思われるが。


 ――思い出話が始まる前に、エリが掌を突きつけた。


「その前に宜しいでしょうか」


「どうしたんですか?」と、ユーラシアが小首を傾げる。


「――フィニスさん、あなた……帝城で何をしていたんですか? いえ、何をしでかしたんですか?」


「私がやらかした前提なんだ! ちょっと酷いよエリ」


 ――思い出されるのは、城に行った後にフィニスが館に戻って来た数時間前のこと。


 紫髪の女性に肩を支えられながら、一張羅の白色の軍服スカートをボロボロにして戻って来た。明らかに戦いによってできたであろう傷の数々が確認できた。


 迎えたエリとネーネリアは大慌てでフィニスを治療をする羽目になった。


 そして、何やら女帝との話し合いが最悪な方向へ転がった、などと言うではないか。これは怪我の治療が終わり次第話を聞き出さなければならない……というのが現在。


 そんな訳で、フィニスはいつもと打って変わった清楚なワンピースに身を包んでいる。エリから借りたもので、身長は同じくらいなので丈はフィットしているが胸囲に関してはちょとどころじゃなく足りていなかった。エリも比較的ある方だが、かの黄金姫のは人知を超えた感じなのだ。


 そんな煽情的な衣装にユーラシアは多少なりとも興奮していた。流石に人前では隠しているらしい。では、二人きりになったら――という悍ましい想像もできるが今は置いておく。


 堪忍したように肩を竦めてフィニスは起きたことを話した。


「話し合いしようと思ったらいきなり襲われたんだよ、〈お前は敵〉とか言われてさ。これは完全にあっちが悪くない?」


「そういうこと平気でやりそうな女帝ではあるわよね……」強権女帝を思い出し、ネーネリアは呟いた。「でも、直接手を下そうなんて随分と本気みたい。部下には任せられない大きな案件だったのかしら」


「まぁ、ゴッドナイトちゃんじゃなかったら簡単にぶっ飛ばしてたけどさ」


 野蛮な手段ではあるが、話を聞く限りフィニスは悪くないように思われる。


「それで戦ってたらユーラシア? が入ってきて…………その後は一時休戦、ってゴッドナイトちゃんは言ってたけど」


「懇談会がしたい、と彼女は言ってました。どこまで本気かはわかりかねますが」


 フィニスの曖昧な言葉にユーラシアが付け加える。


 懇談という穏便そうなものではない、と誰もが思う。ゴッドナイトの場合、もっと剣呑な話し合いになることは間違いない。


「罪に問われるようなことはしていませんのでご安心を」


 ユーラシアがそう締め括り、フィニスへの追及は止んだ。不敬は働いたものの、罪に問われるようなことがなくてネーネリアは安堵する。賢者を紹介した手前、やらかされるよ非常に困ることになっていた。


 閑話休題――唐突に現れてフィニスをお姉様、と慕う紫髪の女性についてだ。


「ネーネリアは……緑色の〈血統者〉――〈翡翠血統〉なんだよね? 私が以前見た時は何かおじさんが使ってたけど」


「えぇ、私のその彼の正当なる後継者です。そして、〈翡翠血統〉の先祖返りでもあります」


「先祖返り?」


「遥か昔の血筋から多くの世代を経て遺伝したもののことです」馬鹿みたいに首を傾げるフィニスにエリが簡単に説明する。「あなた達の言う血統の先祖返りと言うのなら、血の回帰は千年前に遡れるのでは?」


「かもしれませんね。その時代になると文献もほとんどありませんから正確なことはなんとも。出自は大して重要ではないので同じ〈血統者〉とでも思ってください」


「その人に双子の娘がいたことは覚えてるけど、もしかして二人のお姉さんだったりする?」


 赤と青の鏡面表裏の双子姉妹――ユウラとシエス、というサファイアと同じくらいの年齢の少女。年の差はあっても故郷を出て初めてできた友人なので忘れはしない。家族については母親が死んでしまって、父親がいることだけは聞いていたが姉のことは知らない。


 というか、フィニスが姉と呼ばれていた。


 お姉ちゃんとかお姉さんとか。


 ユーラシアはにやにや、と首を振る。ドン、と胸を張ればしっかりとあれが揺れる。


「違いますよ。その双子こそが私なのです」


「は?」


「簡単に言えば合体した姿なのですよ」


「……ユウラ、シエス……ユーラシア……」


 そう考えれば、少しだけ見えてくるものもある。


 ユウラは赤髪で右サイドポニーで、シエスは青髪で左サイドポニー。そして、ユーラシアは紫髪でツインテール。双子姉妹の特徴を合わせた様相だ。


「お姉様、っていう呼び方も」


 フィニスの呼び方も、安直な名前も通ずるところがあった。


 違和感を覚えるのは精々年齢くらいか。


「え、今何歳なの?」


「一九くらいだと思いますわ。双子の時は時間が流れるスピードが半分だったんです」


「それで合体してこうなるのね。えぇ、何か複雑だなぁ」


 豪放磊落を地で行くフィニスも友人が合体して知らない顔になっているというのは受け入れがたい部分がある。ユウラのことも、シエスのことも本気で好きだったからこそどう接すれば良いのかわかりかねる。


「お姉様はいつでも、私のお姉様ですわ。以前のように可愛がって欲しいです」


「可愛がる、ねぇ……」


 自分よりも年上で妖艶な女性を可愛がる、というのはなかなかに抵抗がある。どことなく桃色の雰囲気が漂いそうだ。カップリング的には年上は受けに回るのが常道ではあるが――。


 姿形が変わったとは言え、友達が会いに来てくれたのは素直に嬉しい。


 うんうん、と頷いてフィニスは嬉しそうに微笑んだ。


「じゃあ、改めて宜しくしよっか、ユーラシア」


「はい、お姉様!」


 フィニスはテーブルを飛び越して抱き着いていたユーラシアを受け止める。


 ユーラシアはフィニスの尋常ではない柔らかさを誇る胸に顔を埋めて、ひたすらに息を吸った。ふんはふんはすんはすんは――と容赦なく、渦巻く欲望を抑えることなく。


 ネーネリアとエリは冷たい目でそれを見下ろした、欲の赴くままフィニスの艶めかしい肢体を堪能している人として終わっている姿を。


「ユーラシア……」


「どうかしましたか、お姉様」


「一応、聞いておくけど……どうしてあのタイミングに来られたの?」


 ゴッドナイトと死闘を繰り広げていたあの状況に都合よく介入するなど戦いを最初から見ていなければ不可能だ。


 それともユーラシアにも強い〈運命〉が宿っているのか。


 豊満な胸に左耳を押し付け、心音を聞きながら紫髪の女性は語る。


「大体一か月前ですかね、私あの〈魔女〉に会いました」


「〈魔女〉――リングレラのこと?」


「名前は知りませんけど、紫色のローブを纏っていました。彼女が分かれていた身体を元に戻す方法を教えてくれました」


「分かれた身体?」


「元々の姿が今の姿で、血統〈断絶神〉の影響で生まれながら双子に断絶されていたんです。魔女は私に血統の使い方を教えてくれました」


「私の時も――」


 フィニスはその昔、魔女リングレラと共に〈神獣〉討伐に赴き、魔眼の使い方を習った。倣ったというより見取り稽古ではあったが、実際それで使い方を覚えることができた。


 かの魔女は人に何かを教えるのが得意なのかもしれない。


「お姉様が今どこにいるかも教えてくれました。まさか本当に城にいるとは思ってませんでしたけど」


「そうなんだ……何者なんだろうね、リングレラ」


「――どの時代、どの場所にも現れる幻の魔術師」


 ふと、ネーネリアが重々しく言葉を紡ぐ。


「魔女に関してこんな逸話があるわ。我々が生きている内にどこかで必ず一度魔女と出会う、ってね――数百年規模で言い伝えられている話よ」


「え、じゃあ凄い年、ってこと?」


「時間の流れを止めるくらいは造作もないことよ。上位の魔術師は大体使ってるわ」


「って、ことはネーネリアも会ったことあるの?」


 フィニスは純粋無垢に尋ねたが、反応は芳しくなかった。


 子供らしくない重々しい表情が更に陰る。俗に言う、地雷を踏んだという奴だった。


「まぁ……昔、ちょっとね」


「へー」


「魔女に身体を小さくされたわ。ついで、とか言って魔法も使えなくなったし」


「そんなことあったんだ」


 無神経さに定評があるフィニスは魔女に対して感嘆を漏らすだけだった。ネーネリアが魔法の才能を奪われる、という意味を理解できるはずもない。


 過去は過去として受け入れる受容力が高い。そして、奪われた理由にもそれほど興味はなかった。


「出会えるのは一度だけなの? また会えたら治してくれるかもよ」


「盗られた結界カードと一緒に探してるけど、手掛かりの一つもないわ。目撃情報も疎らだからあてにならないしね」


「いつか会える気もするけど、今は良いか」


 魔女の助言を聞いて遠路遥々、海を越えて中央大陸にまでやって来たユーラシアに改めてお礼を言いたかった。


「ありがとうね、ユーラシア。城のこととか。ここまで来るの大変だったでしょ?」


「〈セレンメルク〉が滅びたから船もほとんどなかったでしょ?」


 ネーネリアは目の前で起きた国落としを思い返しながら、訊く。


 フィニスとその一行は魔法で海を凍らせてその上を滑ることで大陸間を移動した。途中で〈海型災害〉に出くわして危険な旅になってしまった。あまり思い出したくない体験である。


 ユーラシアは指を一本立て、キラキラとした笑顔で言う。


「空を飛ぶのは面倒だったので海を割ってその間を走ってきました」


「……あー、フィニスと同じ感じがすると思ったけど合ってたわ。〈血統者〉はそうなのね。吹っ飛んでる、って意味だけど」


 桃髪の幼女は苦笑いで遠くを見詰める他なかった。


 海を割ったり、海を凍らせたり――魔法の時代でも非常識な行為だ。自然現象を捻じ曲げる魔法を容易に使われては困る。


「でも、〈インぺリア〉から〈セレンメルク〉も遠いじゃない?」


「お姉様と再会できることに想い馳せていたのですぐでしたよ」


「――〈インぺリア〉から来たんですか?」


 エリが耳敏く、故郷の名前を聞き逃さなかった。


「あの国は今も健在なのですか?」


「え、えぇ……復興は進んでだいぶ住みやすくなってますよ」


 詰め寄られながらユーラシアは首都の復興具合を説明する。


「首都に関してはほぼ再興されてました、瓦礫も撤去されて綺麗に整備されてます」


「では、レリミア様――王女様はご存命でしょうか?」


 主の名を呼ぶ際、僅かにエリの声が震える。


 中央大陸に、西大陸の――特に、海から遠く離れた場所にある〈インぺリア〉の情報は入ってこない。エリには王女の身の安全を案ずることくらいしかできなかった。


 〈フレイザー〉でのあの襲撃を生き残ることができたのか――。


「私が〈インぺリア〉にいた時ですと――」


「はい」


「――ご存命でしたよ。首都の復興の指揮をしたのもレリミア王女でしたし」


「そう、ですか……それなら本当に良かった」常に緊張の糸を張っているようなエリが安堵で肩を下ろす。「レリミア様……お強くなられたんですね」


 不意に、エリの両目から涙が零れ落ちた。


「あれ?」


 自らの目尻を指先で拭う。


「涙なんて……いつ振りに……」


「良かったね、生きてて。ちゃんと守れたんだよ」


 共に護衛をしていたフィニスからの言葉のおかげで胸のつっかえが取れたような気がした。


 襲撃事件以降、目を覆いたくなる凄惨な出来事にも遭ったが、王女を守り切ることができたのは紛れもない事実。生きてくれるだけで誰かを救うこともある。エリは救われたのだ。


「エリ、ってばレリミアのこと大好きなんだね」


「勿論、心の底からお慕いしています」


 ――遠くにいても、あなたの幸せを願い続けます。


 陽だまりのような暖かな笑みでエリは笑った。


 鉄面皮が嬉しそうに笑ったことで居間にはほわほわした空気が流れる。


 そんな空気を縦から割って、フィニスが思い出したかのようにネーネリアに尋ねた。


「それでさユーラシア、住むところとか決まってる?」


「いえ、考えてませんでした。宿屋に泊まる通貨すら持ってませんしね」


「じゃあ、しばらくここに住めば? 良いよね、ネーネリア」


「ま、素直そうな娘だし、良いわ。部屋も余ってるしね」


 数日前にサファイアが寮に行ったこともあって館は森閑としている。管理の都合もあり、一人くらい住んでくれた方がありがたいくらいだった。


「私はお姉様と同じ部屋でも構いませんけど」


「それはどうなの……?」


「後、一応伝えておきますが密入国してきました」


「部屋は別々にしよう」


「お姉様が言うならそうしますが……」


 フィニスは恐る恐る、落ち込む年上の女性の頭を撫でた。


 嬉しそうにネーネリアがすり寄って来る。正解だったみたいだ。


「えぇ……そんなことある?」ユーラシアのついでのような台詞に驚愕したネーネリアは唖然と口を開いたまま動けなくなる。「罪に問われるようなことしてるじゃない。これが終わってる、って奴ね……」


 密入国者を匿うなんて面倒この上なかった。


 

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