6.黄金と白銀
自らと同格になった存在に女帝は鋭い視線を寄越す。
「ほざけ、その狂ったような笑み……お前の本質は闘争と破滅だろう?」
「ご名答。だから、精々楽しませてよ! できなかったら死ぬよ」
ゴッドナイトがフィニスを敵として認識した時点で、引き返すという選択肢はなくなった。
〈帝王神〉の血統を目覚めさせれば、その凄まじい支配欲が満たされるまで止まらない。
〈戦美神〉の血統を目覚めさせれば、その凄まじい戦意が満たされるまで止まらない。
神々の力はそのルーツから、戦闘に特化した精神構造の変異を齎す。
合図はない。二人の身体が消えた。
音を置き去りに、光と並走するかの如き神速で二人の〈血統者〉は斬撃と魔法を重ねる。
「《物理循環》」フィニスは《物理循環》の魔法陣一〇個を剣で貫き、莫大なエネルギーを空間から取り出す。黄金に染まった横薙ぎの一閃を繰り出す。
ゴッドナイトは正面に三つの魔法陣を生成した。
赤、青、緑の二メートルを超える賢者以上の実力者だけ扱える最高峰の魔法陣が三角形の頂点を描く。
《豪炎灼赫超砲》――。
《極零下限裂濤》――。
《越風滅嵐心穿》――。
「――〈魔導合一〉」
そして、完成され切った魔法陣は重心にて重なった。
魔法の性質を示す色が髪や血と同じ銀色になる。あり得ない魔法の合体はあり得ない作用を起こして別の魔法へと変貌した。
「《剣魔一身一刀》」
二刀を魔法陣に突き込み、思い切りに縦に振る。真っ直ぐに伸びた銀色の刃を黄金なる斬撃叩きつけた。
雷霆の如き轟音が血統世界に罅を入れ、誇張なく帝城を揺るがす。
――銀色の剣閃が勝り、ゴッドナイトは斬撃を捻じ伏せる。瞬く間にフィニスは銀色の一刀に飲み込まれた。
衝撃で血濡れの世界は吹き飛び、玉座は元の色彩を取り戻す。
火花の代わりに飛び出た金銀に輝く塵が漂っている。
――〈白龍紋〉第三段階+〈黄金血統〉
「〈黄金・白龍鎧〉」
煙霧の向こうに立っていたのは龍を模した黄金なる鎧を纏った人型。ゴッドナイトの《剣魔一身一刀》を真正面から受け止め切って仁王立ちする。
鎧は流動するエネルギーと化し、フィニスの右手の紋章に吸い込まれた。金色蒼眼の美少女がニヒルな笑みを湛えて呟く。
「鎧を付けながらじゃ戦いにくいからね……それに、思ったよりもやるじゃん。紋章まで使うとは思ってなかったよ」
「……今のは〈血統〉だけじゃないな。全く腹立たしい」
「それはゴッドナイトちゃんもでしょ――あの合体魔法は何? あんなの見たことないよ」
未完成の魔法陣同士の合体ならば現実的ではなくとも可能性としてはあり得る。だが、完成されたものを三つも。更に、属性すら変質させるものなど類を見ない。
ただ、フィニスには推測を立てることができた。
「血統で受け継いだ性質、ってところかな」
かく言うフィニスにも太古から受け継いだ特異な性質がある。エネルギーの吸収を支える〈簒奪〉はその一つだ。回復魔法がかかりにくい、というデメリットまで受け継いだ身としては無条件に良いものとは思えないが。
フィニスの桃色の唇が三日月を描いた。
「良いね、最高だ。もっと見せてよ」
「お前の悦楽に付き合う義理はない。次の一太刀で終わらせる」
対照的に険しい顔をしたゴッドナイト。
彼女の中に渦巻くのは純粋な不愉快さだった。目の前の自分の言うことを聞かない者がひたすらに腹立たしい。精神的に屈服させ、隷属・支配したい欲求が最早ストレスの域まで強まっていた。
再度、魔眼による空域支配の鍔迫り合いが始まる。
玉座の間の壁面や天井に亀裂が走り、硝子が砕け散った。ボロボロ、と降って来る瓦礫や塵は魔眼域に入った瞬間に霧散する。魔法的エネルギーの引っ張り合いにより原子レベルにまで千切れた。
その時、バンッ――と両開きの扉が開け放たれた。
度し難い轟音とエネルギーが女帝のいる玉座の間から溢れ出ていれば、城にいる者が駆けつけない訳もない。
現れたのは鎧を纏った青年の男と、二人の青髪の少女だった。彼女を護衛する騎士と、側近である。
三人は玉座の間で巻き起こっている災害の如き力の衝突に戦慄する。
このレベルの戦闘が玉座の間の中で完結していることもだが、二人の〈血統者〉を前に息を飲んだ。今の彼女らを視界に捉えてまとも思考できる人間が幾らいるだろうか。神々の権能に引きずられた三人は半強制的に意識を引きずられてしまう。
ただ、精鋭魔術師だけあり辛うじて理性が残った。
「ゴッドナイト様、これは一体!?」
帝国一の騎士デルト・ブラストゥスは女帝が〈血統者〉だということを知る数少ない人物だ。そして、〈白銀血統〉の恐ろしさも理解しているつもりだった。高位の結界で守られている帝城でさえ、その力の前では障害になり得ないことも重々承知している。
こんなところで発動して良い代物ではないのだ。
非常事態中の非常事態を示唆している。わざわざ護衛を遠ざけた上でこのようなことになっていることを考えれば、元からこうするつもりだったのかもしれないが――どちらにしろ、介入せざる負えない。
このままだと城は崩れ落ちる。
この黄金なる姫が敵か。位置の問題で後ろ姿しか確認できなかったが、ゴッドナイトの同等の力を有していることは察した。
騎士としての職務を全うするために頭をフル回転させ、状況を飲み込もうとする。
デルトに気づいたゴッドナイトは目線を遣り、フィニスは首を振った。そして、同時に――。
「「五月蠅い――!」」
「う、がァ……!」
デルトに返って来たのは邪魔者へ言うそれだった。声圧と魔眼を同時に食らったデルトの身体は玉座の間のから追い出される。巻き込まれる形で側近の少女達も悲鳴を上げて吹き飛んだ。
二人の〈血統者〉は完全に血に酔いしれてしまっているため、顔見知りに声を掛けられても雑音にしか聞こえていなかった。
彼女を真の意味で止められるのは世界に二〇人といない。
両者は容易く地形を変える力を有する〈神剣〉を構える。魔法的エネルギーが金銀の燐光が火花のように散った。
各々の血色に染まった魔法陣に剣を刺し込む。
「《戦線千閃宣誓 》」
「《天帝転廷纏薙》」
お互い、取り出したのは〈神剣〉に込められた単体殲滅に特化した魔法。極めて局地的な破壊を生み出す魔法だが、帝城が崩壊することは想像に難くない。
暗雲漂う帝城の周りには大量の兵士が集められている。デルトを始めた兵士達は近づくことすらできず、遠くから事の成り行きを見守る。
彼らは漠然ととんでもないことが起きた程度の認識だ。
驚くべきことに、渦の中心にいるフィニスでさえ全貌を理解していない。
全てを知っているのは女帝ゴッドナイトだけだった。
「――吹き飛べ」
「――消え去れ」
ゴッドナイトとフィニスは即死級の一閃を目の前の〈血統者〉に振り抜いた。
稲妻よりもなおおどろおどろしい轟音が天井を突き抜け、空を撃ち抜く。金銀の幻想的な風景は失われ冗長なまでに爛々と輝いた。
斬撃は謀ったように拮抗している。
「――だから……」
フィニスの周囲には《物理循環》の魔法陣が数百と浮かんでいた。威力を調整し、打ち負かすことなく相殺しているのだ。
強く握り込んだ左手に複雑な魔法を描く。〈神剣〉の魔法に匹敵する神々に連なる攻撃魔法が展開される。破壊の権化が拳を象った。
「《戦の神撃》」
「――!?」
これはフィニスが過去、本物の神と戦う中で手に入れた魔法。血統での戦闘経験の浅いゴッドナイトには使うことはできない神々の奥義。
血の権能を一極集中して放つ衝撃波が、両刀に力を込めるゴッドナイトの横合いに放たれた。
例え、血統を発動していてもまともに防御しなければ一発でノックアウトだ。
ゴッドナイトの表情にも焦りが走る。目の前から迫るフィニスの破壊的斬撃の対応に迫られ、取れる選択肢はほとんどない。
金縁の魔眼で睨みつけるのが精々だった。速度は僅かに落ちるも、不思議なことに威力の減衰には直結しない。強力な魔法則を纏っているため、物理法則を無視しているからだ。
――回避はできない。
結論付け、ゴッドナイトは両手に力を込めた。正面の魔法だけは何としても打ち砕かなくてはならない。こちらは副次的な効果が恐ろしい。神撃がただのエネルギーの塊であることは看破していた。
その時、どこか妖艶さと楽観が滲み出る呟きが一つ。
「――なーんか、とんでもないことになってるけど……ま、何とかなるでしょ」
城内を駆け抜ける影が扉といった障害物を悉く真っ二つにして、玉座の間に乱入してきた。
今度はゴッドナイトの部下ではない。
ローブとドレスが混ざったような衣服を纏う、フィニスやゴッドナイトよりも少し年上の女性の冷たさを感じさせる両眼はレーザーポインターのように真っ赤に輝いていた。
あろうことか、その女性は二人の戦いの中心――両者の斬撃の魔法に割って入るではないか。そして――。
「――〈断絶〉」
たった一言。それだけで、金と銀の奔流が霧散した。
何もなかったかのように金世界と銀世界が消え失せる。元の色が取り戻された訳ではなく、新たに世界が塗り替えられたからだ。
「さて――」
エメラルドグリーンに染まった世界の頂点は彼女――ユーラシア・カルキノスだった。
ゴッドナイトとフィニスの神眼を正面から受け止め、平然とユーラシアは言いのける。
「喧嘩はそこまでにして。こんなところでその力を振るっても意味ないでしょ?」
全身を翡翠に輝かせるユーラシアはフィニスの正面に立った。
お互い顔を見合わせ、片方が破顔する。
「久し振りです、お姉様! ずっと会いたかったです!」
ユーラシアは子供のような、太陽のような眩しい笑みを黄金の姫に向けた。
三人目の〈血統者〉――ユーラシアの乱入により、女帝と夜叉姫の戦いは終焉を迎える。
驚嘆で正気を取り戻したフィニスはアリの巣のような罅が入った天井を見遣り、唸った。
「あー、えっとどこかで会ったことあるっけ?」
フィニスに年上の女性から〈お姉様〉と呼ばれる因果に介入した覚えはなかった。
ゴッドナイトは項垂れる緑色の女性の後ろ姿に記憶を巡らせる。〈予言書ネスタ〉に記された予言に映ったのはフィニスとこの女だった。
「――来たか、私を殺す二人組が。それが両方とも同じ〈血統者〉だと?」
――これでは、まるで何かの因果に引き寄せられているではないか。
偶然にしては出来過ぎている。
対処すべき相手だが、今すぐにどうにかできないことは重々理解した。自分よりも血の扱いが上手いであろう二人を同時に相手取るのは無茶が過ぎる。
それに認識を改める必要もありそうだ。
これから帝国で起こる大きな出来事の理解を深めるためにも、彼女らのことを知らなければならない。