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フィニスエアル ――少女が明日を生きるためだけの最終決戦――  作者: (仮説)
少女達が理不尽を打ち砕くためだけの頂上決戦
146/170

5.乱心女帝

 


 ◎1


 


 中央大陸で最も栄えた国〈天帝国ゼイレリア〉を統べる三つの組織の内の一つ――帝国国家を牛耳るのは二〇歳にも満たない少女であった。


 まるで人を操るためだけに生まれたと言われる史上最高の女帝の名は――ゴッドナイト・ゼイレリア。


 背中を覆い隠し、それでもなお真っ直ぐ伸びる緑の黒髪。


 金色に縁どられた赤と青のオッドアイは類を見ない魔眼である。


 軍服を思わせる黒い装束に身を包んだ女帝は玉座にて帝国の全てを見下ろす。国を見下ろすその目にはあらゆる人間が等価に映っていた。


 


 ゴッドナイトには太古から脈々と受け継がれた神々の血が流れているという。


 知る人が呼べばそれは〈血統者〉というもの。つまり、数千年前の人類と神々の戦争における英雄の子孫という訳だ。


 〈帝王神ガルラ・ビショット〉の力は薄れてはいるものの、ゴッドナイトの中に確かに神々の力が眠っている。神器にて肌を傷つければ銀色の血液が溢れる、それこそが〈血統者〉の証明だ。


 彼女の父親も兄弟もこの力は持っていない。


 ゴッドナイトだけが遥か遠くから来た神々の力を受け継いだ。


 この因果こそ彼女が支配者たる所以。


 選ばれし力を有用し、ゴッドナイトは帝国にかつてない栄華と繁栄を齎した。しかし、現在帝国にはそれを脅かす存在が無数にある。その一つが同じ境遇に生まれたフィニスエアルという少女だった。明確に女帝の頭を悩ませるその美少女は帝国に混乱と破滅の因果を持ち込む。


 


 玉座に君臨するゴッドナイトを不敵な目で見上げる金髪の少女。


 ――生かしておくか、それともここで殺しておくべきか。


 自分の所有物である帝国を守るため、フィニスと対峙することになる。二人の〈血統者〉の邂逅が何を齎すのか、知る者はいない。


 


 


 


 ◎2


 


 絢爛豪華な金色の王座に腰を下ろしてゴッドナイト・ゼイレリアは目下にいる不遜な少女を見下ろしていた。


 そこは天帝国の首都〈帝国都市〉にある姿なきカジノを除いて一番目に高い建造物――栄華と権力の権化である帝城、その玉座の間。貴族達が帝王の言葉を聞くために使われるのが普通だが、要人や他国からの客人が謁見する際にも使われることもある。


 そんな、選ばれた人間しか立ち入ることしかできない目の肥えた貴族でも目が眩む芸術と希少の空間。


 この金髪の少女が立ち入ることができるはずがない場所だ。


 それでも彼女がここに辿り着いた理由と因果を考えながらゴッドナイトは眼光を鋭くする。その脅威の金縁の瞳に捉えられた者は無条件に畏怖し、跪くのだが、業腹なことにこの少女は一切臆することなく圧倒的な自信に溢れた余裕の笑みを返す。


 特別な存在同士の共鳴が起きようとしていた。


 


「――お前が例の人間か?」


 音叉でも響かせたような真っ直ぐに伸びる声が玉座に響く。白い軍服スカートを纏った美しき娘にオッドアイを向け、ゴッドナイトが訊いたのだ。


 息の詰まるような問い掛けにも、少女――フィニスエアルは動じない。


「ユニスと賢者の紹介でここに来た人間のことを言ってるなら私だね」


 軽く笑いながら答え、扉から玉座へのレッドカーペットを突き進む。はっきりと声が聞こえる位置で立ち止まった。


 そこで女帝へ跪く――ことはない。不敬にも程があるとわかっていながらフィニスは堂々と立ち尽くす。


 見る者が見れば、フィニスからゴッドナイトと同程度の威圧感を感じ取ったはずだ。どちらからも、間違っていないという自負と肝心なところでは絶対に勝利するという自信が漲っている。


 世界への在り方自体が、同格の存在。


 お互いそんな人物に巡り合ったことはなかった。だからこそ初対面では多少意識していた。だが、同類だからこそ相手への感情は複雑になっていく。


 並び立とうとする人間を黙認するほど女帝は生易しくない。


 金色に縁どられた赤と青の魔眼にエネルギーが注ぎ込まれる。瞳の向こうに幾何学模様が浮かび上がった。その紋章は幾重もの剣が重なった影だ。


「頭が高いぞ、女」


 冷たい言葉と共に、右眼の〈支配の金紅眼〉と左眼の〈支配の金蒼眼〉でフィニスを捉える。


 魔眼に眠る支配の権能がフィニスの細くも豊満な身体に圧し掛かった。


「ッ――!?」


 全身に掛かる凄まじい圧力にフィニスは目を見開く。全身に力を込めなければ崩れ落ちてしまう。それこそ跪かせるためだけの力だ。


 女帝が相手でも害意を向けられればフィニスも反撃せざるを得ない。


「そっちがその気なら私だって」


 上げた顔、その右眼が桃色に輝く。映るのは桃色の花弁――〈支配の魅了眼〉を容赦なくゴッドナイトに浴びせる。


 魔眼が衝突した。間の空間が爆ぜ、互いの魔眼の権能が混ざり合って霧散する。


 〈血統者〉としての格は拮抗した。


 一触即発の空気が玉座に流れる。二人とも魔眼の支配域は確保したまま向かい合う。


 女帝に譲るつもりはないことを察するとフィニスは肩を竦めた。


「ただ話を聞いて欲しいだけなんだけど?」


「この私がお前の下らない願いを聞く訳がないだろう」


「下らないかは聞いてから判断して欲しいけどね」


 あまりにも冷酷な態度と台詞に苦笑いしか出ない。


 フィニスは空間魔法陣を展開し、その中に手を突っ込んだ。その間も掛かり続ける重みに抗って握ったものを引き出す。


 冷ややかに瞬く白金の剣がゴッドナイトの視線の権能を斬り裂いた。


 フィニスは自身の首元に刃を押し当てる。傷口から溢れ出た血液は黄金だった。


 眩さにゴッドナイトの魔眼が細まる。


「〈神剣〉と〈血統者〉――少しは興味あるお話だと思うけど?」


「…………」


「何か言って欲しいんだけど……」


「――貴様は予言の敵だ」


「え?」


 瞬間、ゴッドナイトはどこからか取り出した剣の柄に手を掛けていた。二刀一対の魔剣――否、〈神剣〉である。オッドアイに対応して右に赤の刃を、左に青の刃を掴んでいる。


 力を誇示するように溢れ出すエネルギーがフィニスの横を吹き抜けた。


「〈白銀血統〉」


 女帝は紅の剣を掲げ、自らの左手首目掛けて振り下ろす。


 大量出血は免れない。


 但し、〈血統者〉においては〈神剣〉に傷つけられる場合に恩恵がある。


 力の解法と共に、ゴッドナイトの暗闇より深い黒髪はプラチナブロンドへ変貌した。また、保有していたエネルギーの格が明らかに上がっていた。


 血飛沫により玉座の間が銀世界に移り変わる。


「これがゴッドナイトちゃんの血……」


「よそ見していられる余裕があるとでも?」


「――ちょ!」


 玉座から飛び出したゴッドナイトは容赦なくフィニスに剣戟を見舞う。寸でのところで防がれたが、奥の壁面まで吹き飛ばした。


 器用に壁に着地したフィニスは危な気なく地面に足を付ける。


「〈神剣〉でガードできなかったら死んでた……流石にいきなり野蛮だよ? ちょっとくらい説明聞いてよ」


「貴様の戯言など聞くに値しない」


「あぁ、もう! 全然話が通じない!」


 珍しく癇癪を起しながら、状況を整理する。


 女帝に謁見したら、何故か攻撃された。血統を使うということはすなわち本気ということである。そして、予言の敵という怪しい文言。


 一番大事なことはゴッドナイトがフィニスの話を聞くつもりがない、ということ。


 和解は不可能だと最初に叩きつけられてしまった。


 女帝は目にも止まらぬ速さで剣を振るう。無数の紅と蒼の斬撃がフィニスの身を襲った。


「ぐッ――〈血統〉なしじゃ止められないか……!」


 受け止めようとしたが、手に帰る感触で防御できないことを悟った。


 回避に専念する。だが、通り過ぎた斬撃が軌道を変えて跳ね、フィニスの脇腹を薙いだ。


 くッ――と、痛みに悶える暇もない。すぐさま魔法で防御壁を張って耐えるが、もって一秒。〈神剣〉で受け流すことで辛うじて致命傷を避け続けた。


 斬撃は衛星のようにフィニスの周りを回って嵐のように渦巻く。


「こんなの無理だって……!」


「《双頭龍帝ツイン・スレイヴ》」


 ゴッドナイトは二刀一対の〈神剣〉――〈魔帝神剣メルト・デッドグレイズ 〉に込められている魔法を畳みかけるように呼び出した。


 二刀から神話時代の生物である龍が飛び出す。紅と蒼の龍は大口を開けると、嵐に呑まれているフィニスに向かって凄まじい速度で吶喊した。


 フィニスは斬撃の対応を余儀なくされながら、左右から挟み込むように牙を立てる双龍を見据える。彼女はまだ追い詰められた訳ではない。旋風が吹き荒れる。


「――〈白龍紋〉」


 ロンググローブに包まれた右手の甲が白輝を示す。


 一帯が光の柱に包まれ、ゴッドナイトのあらゆる攻撃を消滅させた。銀世界に再構成されたため城に目立った損傷はないのが幸いだ。


 フィニスは大きなため息を吐き、自らの右手の調子を確かめる。


 先程から――この銀世界が形成されてからエネルギーが上手く練ることできないのだ。先の剣戟も得意の《物理循環ブラスト・サークル》で防ごうとしたが、本来の性能が発揮されなかった。


 魔法が無効化されている訳ではなく――。


「エネルギーの占有、ってとこね。本来なら素直に言うことを聞いてくれるエネルギーもゴッドナイトちゃんの支配が届いている、ってところか」


「慧眼だな。それとも〈血統者〉だけはある、と言った方が良いのか。それで? 絡繰りがわかったとて何が変わる?」


 二色のエネルギーを纏う双剣を携えて、女帝はフィニスに近づく。


 血統の権能か、数分前よりずっと存在の強度が高まっている。恐怖や畏怖を強制的に引き出される感覚があった。


 〈帝王神〉の権能は支配そのもの――自分よりも次元の低い存在を無条件に従わせ、奪った抵抗力を自分のものにしてしまう。そして――人間である時点で〈血統者〉のゴッドナイトよりも格下と定義される。圧されるのも当然だった。


「――そっちがそのつもりなら、本気出さないとじゃん」


 何事にも例外は存在する。同格ならば、強制支配の権能を抜け出せる。


 フィニスは白金の剣――〈戦騎神剣アリスティ・エース 〉を細い首筋に押し当てた。手前に刃を引けば、黄金の血液が銀色の世界を上書きする。


「〈黄金血統〉」


 二人の〈血統者〉――黄金と白銀は拮抗し、支配域を真っ二つにする。


 フィニスの全身が金色に包まれ、瞳の魔眼は空色に塗り替えられた。神々さえ魅了する美貌、破壊の権化たる刺々しいエネルギーを無秩序に撒き散らす。


 著しく色の失われた世界に降り立った女神は語気を強めた。


「私は敵じゃないけど、ここまでするんだ。もう戦意を抑えることはできないよ、痛い目見ても知らないから」


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