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フィニスエアル ――少女が明日を生きるためだけの最終決戦――  作者: (仮説)
少女達が理不尽を打ち砕くためだけの頂上決戦
144/170

3.模擬戦サファイアVS

 

 


 ◎4


 


 フィニスは驚きに目を見開いた。


「サファイアちゃん? 私と戦いたいの? それなら言ってくれれば良かったのに」


「馬鹿ね、フィニス。そんな訳ないでしょ」


「酷っ、ということは私の代わりに?」


「えぇ――業腹だけど。あなたが出るほどの相手じゃないもの」


 太陽は東から昇る、とでも言うようにサファイアはため息交じりに答えた。


 フィニスの実力を正しく理解している者は少ない。彼女のいざという時にしか役に立たない能力を見たものは否応なく悲劇に巻き込まれた者だ。


 もし、フィニスが力を使うというのならそれは新たな悲劇を巻き起こす呼び水となるだろう。因果を引き寄せてしまうのだ。


 サファイアはそんな心配を本気している訳じゃない。


 単にムカついているだけ。この少年のフィニスへの無礼な態度が、心底煮えくり返るだけ。


 自由奔放、天衣無縫な美少女のことを素直に好きとは言えないが、馬鹿にされて黙ってることができなかった。


 ダクタスは怒りを抑えようともせずに言う。


「やるならとっととやるぞ。実力差というものは実際に体験しないとわからないからな」


「さっきから偉そうね。何もわかってないのは自分という自覚が全くない人間ほど面倒なものはないわ」


「口だけは達者だな、餓鬼」


「あんたがね」


 喧嘩っ早いという意味では二人は同等の精神性だろう。


 違うのは、滲み出る自信の色と言うべきか。ダクタスの野生染みた血染めの自信とは打って変わり、サファイアのそれは論理から来るものだった。


 未だ止めようとする副校長を止めたのはユニスだ。


「副校長、落ち着いてください。何かあったら私が何とかするので」


「ですが、あの娘が……」


「大丈夫ですよ」


 ユニスは言い切ると、訓練場の中央に距離を取って立つ二人を見遣る。


 これから始まるのは子供同士の諍いではない。箱庭の戦争だ。一挙手一投足、見逃すつもりはない。


 審判はノリノリでフィニスが請け負った。


「――では、始め」


 フィニスが指を鳴らすのが開始の号砲だった。


 指の弾ける高音が響き渡るよりも早く、ダクタスの目前に魔法陣が展開された。一メートル超えの赤色の魔法陣――彼は一呼吸で火属性上級魔法を発射待機状態を持ってくる。


 狙いをサファイアに定めて、発声した。


「《業炎魔弾砲グレイズ・キャノン》――!」


 超高温の火球が真っ直ぐ飛来する。サファイアは僅かも避ける様子を見せず、炎塊に激突した。


 ゴオオオオオオオ――と凄まじい火柱が上がる。壁面の魔法耐性が低ければ炎上して崩れ落ちたであろう威力だ。


 まさか回避もしないとはダクタスも思っておらず、一歩前に踏み出して様子を窺う。


 揺らぐ炎の向こうに影が見えた。


「直撃を耐えただと……!」


「――《複合結界》」


 サファイアを囲うのは二つの六角柱が互い違いに重なった、花弁のような結界。


 上級結界魔法《複合結界》――二つの結界が重なることで強度を上げ、完全破壊されない限り瞬時に再生する。


 また、防御力は込めるエネルギー量に比例する。サファイアの膨大な保有エネルギー量を用いれば、何者にも貫けない絶対の盾となる。


 詰まらなそうにサファイアはため息を吐いた。


「もう終わり?」


「ッ、まだだ!」


 ダクタスが展開した三つの黄色の魔法陣から雷が溢れ出し、サファイア目掛けて舐めるように地を滑る。自然法則から脱している雷は《複合結界》に触れずに、周囲で鳥籠のような檻を形作った。


 倒すためではなく、逃がさないための魔法。


 故に、次の魔法は倒すためのものだ。


 今度は緑色の上級魔法陣が瞬く。風が起こり、細く回転しながらダクタスの周囲を高速で行き交った。その度にキィィィン――という空気を切り裂く高音が耳朶を掻き毟る。


 上級魔法《疾風魔旋斬ワイアウィンド・スラッシャー》で起こした暴風に、魔法を重ね掛けることで一点突破の指向を与えようとしていた。


「――《穿孔収束槍スピニング・ランス》」


 指向性を持った蠢くドリルと化した暴風は《複合結界》を削り取って行く。凄まじい音波が訓練場を横に揺るがした。


 周囲では雷が耳を劈くばかりに鳴き、逃げ場はない。


「こんなもの――」


 サファイアは一息で《複合結界》の大きさが拡張し、雷どころか風のドリルさえも押し返す。


 攻撃を防ぐだけに留まらず、結界はダクタスにも迫って来た。


「こんなもの――」


 期せずして重なった台詞――少年は手元に展開した空間魔法陣から剣を取り出す。鞘から抜いた僅かに虹色に輝く直剣を、腰を低めて構えた。


「俺が一番得意なのは、魔法の撃ち合いじゃない。近接戦闘だ!」


 ダクタスの身体からオーラが吹き出、剣は青白い光に包まれる。横薙ぎに振るった一閃は《複合結界》を真っ二つに斬り裂いた。


 塵と化した破片を無感情に見詰めてサファイアは言う。


「近接戦闘ね――強化魔法と魔剣術か」


「殺すつもりはないが、痛い目には遭ってもらうぞ! ――《刃鋭断魔剣》!」


 重なった魔法陣から出た光により剣身が三倍以上に伸びる。


 剣の間合いから遠い位置から振るわれた一閃をサファイアは床とほぼ平行になることで潜り抜ける。そのままダクタスの懐に入ろうとするも、バックステップでも身体強化が活かされ、距離を取られた。


「なら、こっちも――《強化転身》」


 尋常ならざる身体能力で縦に横に斜めに振るわれる青い斬撃を絶妙に回避する。必要最低限の動きで避けながらじっ、と敵である少年を観察する。


 サファイアに間一髪で避けられ続けてダクタスは内心イラついていたし、焦ってもいた。経験不足からこのような事態に陥った場合の打開方法が思い浮かばず、無我夢中に振り回すしかなかった。


「《強化転身――足転》」


 爪先に力を込めれば、水色の線がダクタスの背後にまで真っ直ぐに伸びた。


 ダクタスが捉えることができたのは残像のみ。


「う、おおおおお!」


 それでも一閃を間に合わすことができたのは若さから来る反射神経と、驚異的な身体強化があったからだろう。左肩から右腋に抜ける冷ややかな袈裟斬りがサファイアに繰り出された。


「はっ――」と安堵の息を漏らすダクタスは崩れ落ちる水色髪の少女を想像する。「スピードに慢心して油断したな」


「あんたがね」


「なっ!」


「私を斬った、と思ったみたいだけど残像よ。後、持ち物の管理が甘いわ」


 ダクタスは腰のベルトを見遣る。鞘がないと気づき、顔を上げれば案の定サファイアに盗られていた。


 ますます怒りに顔を染め、怒鳴り散らかす。


「何のつもりだ! 鞘を奪って良い気になったつもりか!? 決定打がないから時間稼ぎでもしたいんだろうが、無駄だぞ!」


「あんたの土俵で戦ってやろう、って思ってね。そうした方がより叩き潰せそうだから」


「なっ……」


 ダクタスは絶句する。あろうことか、鞘を剣に見立てて構え始めたサファイアを見て二の句が継げなかった。


 ――まさか魔剣術で勝負しようとでも? 鞘で?


「嘗めているのかぁああああああああああ!」


「さっきからうるさいわ。良いから来なさい、あなたの自信やら自負やらは悉く壊してあげるから」


 静かに構えるサファイアに血走った目を向け、《刃鋭断魔剣》の逆袈裟を繰り出す。剣身は更に拡張され、一〇メートル以上にも昇った。


 ダクタスが見たのは危な気なく《跳躍》して斬撃を避けるサファイア。


 先の攻防で回避されることは予測していたので、想定通り返す刃で空中に浮かぶ少女に横薙ぎを繰り出す。


 移動先に飛んで来た斬撃に対し、真正面から迎え撃った。足下に結界を生成し、足場にする。


 サファイアの知る刀剣系上級魔法――。


「《一閃魔導剣》」


 結界を蹴って斬撃に突っ込んだ。


 その次の瞬間、サファイアの姿は消える。気づけば彼女はダクタスの背後に立っていた。


 瞬時に何が起きたのか理解できたのはフィニスとユニスだけだった。


 サファイアがやったことは単純。《刃鋭断魔剣》を斬り裂いた。勢いを殺さぬままダクタスの握っていた真剣を半ばで断ち斬った。そして、着地した。


 あまりにも加速したために、通常の人間の反応速度を大幅に超えたのだ。


 鞘で剣を斬るとは実に魔法らしい奇想天外な事象である。


「――言っておくけど、フィニスは私よりもずっと強いから」


 最後にそれだけ言い残し、サファイアはユニス達の下へ戻る。


 半ばで断ち斬られた剣を握ったままダクタスは動けなかった。何が起きたのかを理解が拒み、次の行動へ思考を移せずにいるようだ。


 もし、負けを認めることができないようであれば彼の成長はここで止まってしまう。ダクタスがどんな答えに達するかサファイアは微塵も興味ないが。


 フィニスが満面の笑みでサファイアを迎える。


「流石に余裕だったね」


「当然よ」


 愛でようとして頭を撫でると、手を振り払われてしまう。


「義手で撫でると痛いから止めて!」


「ごめんごめん、右手なら良いよね」


 と、右手で撫でれば幼女の顔は真っ赤に染まる。


 恥ずかしさではない、怒りによるもので。頭頂部から煙が噴き出しそうな勢いだ。


「撫でるの下手だから普通に髪ボサボサになるだけじゃない! もう良いから触んないで!」


「本当にごめん、って! 悪気はないの」


 一見微笑ましい光景が広がる中、生徒達は戦慄のあまり息を飲んでいた。


 副校長が愕然としながら呟く。


「彼をあんなあっさりと出し抜くなんて……学園一――いえ、帝国内で見ても最上位の実力は有している……!?」


「これで手打ちということにしておきましょう。ね、副校長」


 静まった空気を裂いて、ユニスが提案した。副校長ははっとして頷く。


「えぇ、そうですね。サファイアさん、でしたっけ……我が校はあなたの入学を歓迎しますので」


「――ということらしいけど、どうする?」


 フィニスは小さなの両肩に手を乗せ、訊いた。


 子供扱いに不貞腐れながら、サファイアはとりあえず答える。


「考えとく。何ができるかまだ見てないし」


 


 サファイアは公園で出会った〈命名士〉のことを考えていた――彼の言う分岐点はもしかして今目の前にあるのか?


 

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