30.このために
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――聖女殿に帰って来たのはその日の夕方だった。
ファントス達を打倒した後、ついついフィニスさんやエリと話し込んでしまったのだ。特別な用事があった訳ではない、ただ祭りの後のような焦燥が駆り立てて柄にもない行動していたのだと思う。
言葉にするなら、使命から解放されて落ち着かないという言った状態かもしれない。
途中でフィニスさんに会えるのは最後かも――なんてことも考えてしまった。
感傷に浸りながら、フィニスさんに車椅子を押してもらって聖女殿へ帰ってきたのだが、何やら騒ぎになっている。正面の門の前で神殿騎士と神官が焦ったような顔で言葉を交わしていた。
「どうしたんですか?」
「えっ、聖女様!?」
私の車椅子姿を見て彼らは心底驚き、すぐに魔法でどこかに《通信》する。
そういえば、フィニスさんは以前に誘拐事件の犯人として追われていた時期があった。この組み合わせはまずいかもしれない、と今頃気づく。
「あの、この人は大丈夫ですから――」
「――私のことは気にせず行って良いよ。適当に逃げるから」
「それはどうなんですか……」
「じゃあね、またね、ユニス」
「はい、また、フィニスさん」
また――。
地面を爪先でストン、と叩くと砲弾のように飛び出して空の彼方に消えてしまった。相変わらずの豪快さと、予想不能の行動。実に彼女らしい、今日も今日とて自由に生きている。
――これは別れじゃない。
私だけではなく、フィニスさんもまた会いたいと思っていたのならそんな嬉しいことはない。
車椅子を押してくれる人がいない場合は〈言霊〉で動かすのだが普段押してくれる人がいるのだがその姿はなかった。
「――あれ? スティアは?」
と、言ったところで神官に尋ねると何やら尋問室にいるらしい。
早朝から姿を消した聖女について尋ねられている。
私が急いで向かうと、スティアは五人の神官達に詰問されていた。私がどこに行ったのかを訊かれているが、〈言えません〉の一点張りだ。隙がないし、食い気味である。
聖女殿を出てから九時間は経っている、それまでずっとこうしていたのだろうか。相当の精神力だ。
「あぁ! 聖女様!? 一体今までどこに!?」
と言う神官を他所に背筋を伸ばして毅然とする少女に向き合った。
スティアが驚いた様子は見せることはなく、〈当然来ると思った〉と言わんばかりの余裕の表情を浮かべている。
初めに何を言うかは決まっていた。
捻りもないありふれた、大切な言葉だ。小さくを息を吸って――。
「スティア、ただいま」
「えぇ、おかえり、ユニス」
こうして私達は笑顔を交わす。
スティアの隣に戻って来れた。約束通り彼女に話そう。もう一人の自分について。私を守ってくれた最高の女の子について。
飽きるまでずっと、過去を知った私のこれからを話そう――。
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