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フィニスエアル ――少女が明日を生きるためだけの最終決戦――  作者: (仮説)
聖女が過去を知るためだけの女神邂逅
139/170

29.三人の神官

 


 ◎


 


 すっかり芝生の禿げた大地に二人は――トーエンとステンマルクは倒れていた。全員、身体も服もボロボロで無残なことになっているものの命に別状はないようだ。


 心なしか彼らの顔は清々しいものだった。


 全力でぶつかって打ち砕かれたのは初めてのことで、どうにも言葉に表すことができない。それもまた愉快だ。


「俺達の負けか」


「そうだね」


 答えたのは〈黄金血統〉フィニスだ。


 三人で正三角形の頂点を為すような位置にて腰を下ろしている。


「敵を作るようなやり方じゃ今じゃなくていつかこういうことになってた思うよ」


「全員と上手くやることはできんよ」


 何か思い浮かべて、トーエンは言う。


「人間は弱い。最期まで正しい道を進み続けることはできない……だからこそ、こんな結果になったんだ。そういうのは大抵周りの環境のせいで捻じ曲がる。この世界は弱い者には厳しい」


「まぁ、好きに生きれば良いと思うよ」


 適当な返答にトーエンはため息を吐いた。


「でも、帝国都市を攻撃したらこういうことになる、って予測してなくもなかったんでしょ?」


「勝算は〇ではなかったさ。賢者さえいなければ十分実現範囲にあった――つまり、お前さんのせいだな。聖女が思ったよりも強かった、というのもあるが」


「敵対したからには仕方ない。そうなったらどうしようもないよ」


「あんた神か何かか?」


 冗談だった。皮肉のつもりでもあった。


 だが、返事に冗談は僅かたりとも混じっていない。


「そんな感じ」


「はっ、そりゃあ勝てる訳もない……」


 真偽は不明だが、その自信は議論の余地を失わせるものだった。


 フィニスはそれくらい眩しかったし、輝いていた。それが神々の権能のおかげと言われても信じれないことはない。


「あらましはユニスから聞いていたんだけど……あなた達はどうしてこんなことをしていたの?」


「……興味なさそうだな」


 ステンマルクが小さく呟いた。


 フィニスはそれくらい投げやりな感じで尋ねていた。暇潰し程度に。既に戦局の趨勢が見えていたのか。


「君は?」とステンマルクに訊く。


「……僕ですか……」


「お前さんは何となくだろ? 指名手配されたから一緒に行動して、行くとこもやることもなかったから成り行きに任せてな」


 答えたのはトーエンである。


「勝手なこと言わないでくださいよ。これじゃあまるで僕が何も考えていないみたいじゃないですか」


「実際そうだろ?」


「失礼な人ですね。決断を他人に委ねているだけですよ。責任を負わないためだけに」


「そう言い訳しているようにも聞こえるがな」


 ――くっくっくっ、と老躯は笑った。


 ステンマルクという男には主義主張というものがない。目的意識というものが欠落している。と言うものの、彼が特段変わっているという訳でもない、むしろ変わっていないことが彼の個性だった。


 周囲の人間からの影響を強く受けて育った彼は、一般規範に従って神官にもなった。誰かに命令されたということはなく、こうあるべきという基準に盲目に従って。


 だからか、自分が何をするべきかわからなくなる時があった。そういう時は何もできない――聖女リリルが殺された時も、勇者教の司教を殺した時も。


 ――今もよくわかっていない。先が何も見えない。


 ステンマルクはそう思って、青空を見上げた。内心とは裏腹の空にムカつくかと思ったが主義がない彼には逆恨みという感情にも縁がない。


「だから……何も――」


「まぁ、そういう人もいるよね。別に責められるようなことでもないと思うけど。自己責任であれば」


 フィニスはいつも通りのどこか適当なコメントを残す。


 だが、本質でもある。


 流される人でも別にそれ自体が悪いことだとは言えない。悪い方に影響されてしまったのならその罪は償うべき、というだけだ。


 あたかも悪いことかのように言う世論の方が狂っているのだろう。


 忘れてはいけないのは思考を放棄しても、責任はあるということ。加害者意識の欠落した人間は愚者以外の何者でもないということを知るべきだ。


「それで、あなたは?」


「儂か……別に大した理由はないんだがな。《契約》に縛られてるだけだ――ほらここに」


 彼の筋肉質な胸部――心臓部に黒い魔法陣が刻まれている。確かに《契約》の魔法だ。守らなかった場合、心臓が爆散すると記されていた。


「――ファントスを助けろ、とな。奴の父親とは同僚だったからな、その縁だ」


「はぁ、だから一緒にいたんだ」


「悲しいことながら、数百年共にして何一つ助けることができなかったがな。ファントスには儂の手助けなどそもそも必要なかったらしい。お前さんにも負けたことだしな……そろそろ潮時なのか」


「そうかもしれないね」


「何か言いたそうだな」


「……あなたが助けたと思ってないだけでちゃんと支えていたんじゃないかと思って。こればっかりはわかったようなことは言えないけどね」


「…………」


 フィニスは立ち上がって、ファントスとユニスの戦場に視線を巡らせた。


 虹色の燐光が瞬くのが見える。光でも闇でもない属性不明の魔法だ、すぐにユニスの魔法だとわかった。終局だ。


「私は行くよ。これを機に色々話せば?」


「余計な世話、と言いたいところだが……保留する訳にもいかないな」


「じゃ、次はあるかはわからないけど――また」


 フィニスは空を突っ切る影とすれ違うようにユニスを迎えに行った。


 


 ゴオオオオ――と凄まじい音を立てて落ちて来たファントスは先程までフィニスの座っていた位置にて転がって来た。トーエンやステンマルク以上に痛々しい姿だ。戦いが過酷だったことが察せられる。


「お互い酷い目に遭ったな」


 トーエンが平静を装って尋ねる。


 ファントスは答えない。大きく息を切らしながら何も考えずに大空を仰ぐ。


「儂らの……無限にも続きそうだった旅はここで終わりだな。これ以上先には進めない。あの壁は絶対に超えられない」


 数百年を掛けて手に入れた大陸を破壊せんばかりの魔法を使っても、彼女らには勝てなかった。喩え、これから数百年鍛えたとしてもこれ以上は強くなれない――強さの限界に至っていた。


 トーエンが言ったきり誰もが沈黙する。


 三人の少女達の談笑が風に攫われて聞こえてきた。こちらと違い、実に楽しそうに話している。


 こんな戦いの後なのに――それとも、こんな戦いの後だからか。


 いつからそういう気持ちが失われたんだ?


 ファントスは掠れた声で言う。


「――私は間違っていたと思うか?」


「全てが正しかったとは言わんよ。だが、限られた選択肢の中でよくここまで辿り着いたな、とは思っている。凄ぇ奴だよ、お前さんはよ」


 トーエンはこう評し、ステンマルクも同意する。


「前提以外は完璧だったかと。あなたがいなければ僕は早々に死んでいたはずです」


「そう、か……――そんな風に思われたのか……」


 ファントスはユニスの言う〈もう少しマシ〉な選択について考えてみた。


 目的は帝国に渦巻く欲と権力の闘争を止め、全ての国民が何も奪われない世界を作ること。


 都合の良い方法はなかった。


 少なくとも自分で考え得る限りでは。


「私だけでは叶えられないことか……もしも、続けるなら……共に助け合いましょう、か……」


「――ちょっといいかしら?」


 顔を覗かせたのは紛うことなき幼女だった。年相応の高い声の割には落ち着いた声音である。


 倒れたままの三人に向けて小さな子供は言った。


「もし、この後に行く宛がなければ私のところに来ない? あなた達なら最高峰の待遇を保証しても良いわよ」


 いきなり、それも幼女に突飛な提案された三人の頭にはクエスチョンマークが浮かぶ。ユニス、フィニスの一派であることは察せられるが、情報が少な過ぎた。


 ファントスは核心について尋ねた。


「何者だ?」


「私は――」大袈裟な動作で平らな胸に手をあて、言った。「――ネーネリア・トゥーン。〈円卓賢者〉の創始者よ」


 

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