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フィニスエアル ――少女が明日を生きるためだけの最終決戦――  作者: (仮説)
聖女が過去を知るためだけの女神邂逅
138/170

28.さようなら

 


 ◎


 


 力が漲る。


 圧倒的全能感が身体の内から溢れ出ているようだった。正確には無意識に掛けていたリミッターが外れているだけ。


 今なら世界の中心は私、と言うことができる。


「これがハウシアの感じていた世界……見ていた世界……」


 一つ一つの言葉が私を励ましてくれている。この歩みは何者にも止められることはない。


 止まれないのは私だけでなく、ファントスも同じだ。


 戦意を剥き出しにし、途轍もなく重い一歩を進めてくる。全身から光と闇のオーラを噴き出している。


 〈言霊〉で彼の纏う魔法を見抜いた。


「《秩序混沌双臨》」


 ファントスの身体は作り替えられ、半影半光という人知を超えた存在と化している。元々半不死的存在だったことを考慮すれば、文字通りの不死となったのかもしれない。


 だからと言って負ける気はしない。


 フィニスの記憶から、ハウシアの魔法を再現する。幾多の〈神獣〉を撃滅した魔法。


 日が昇り、霞の晴れた草原が姿を変える。


 この魔法は〈世界改変魔法〉と呼ばれる現実を塗り替える魔法。ファントスを打倒するならこの魔法しかない。


 瑞々しい緑草は地獄の業火と化し、空は無窮の暗雲に包まれる。


「《断罪ノ煉獄》」


 ハウシアの心象風景を具現化した世界。子供の頃に見た光景がモデルになっているようだ。


 光る溶岩はファントスの足下を沈み込んだ。


「ふんッ……!」


 歩みは止まらない。溶岩に焼かれようとも彼は止まらない。


 幾らファントスでもこの魔法を無傷で耐えられはしない。回復しながら進んでいるのだ。


 ならば、私も地獄に足を踏み入れる。


 瞬く間に蒸発する身体を〈言霊〉で治癒する。


 同じ舞台に立たなければ、殴ることもできない。地獄を掻き分けて相対する。


 ファントスが大鎌を振りかぶると同時に、背中に掛けていた大剣を抜き放った。刃は激突し、青色の火花を散らす。返す刃で振るうも、再び火花と共に拮抗した。


 お互い立ち止まっているので徐々に煉獄に飲み込まれている。それでも一寸の乱れなき斬撃を合わせた。


 溶岩は膝上に達する。


 三日月の刃は紫色の魔法陣を貫いた。


「《死屍者篝紫炎》」


 紫炎の刃は鮮やかに一閃を為す。合わせるように大剣に炎を巻いた。あらゆるものを焼き尽くすという概念を織り込んだ一剣。


「《火炎燃焼灼爆熾焔剣》」


 どちらの刃は半ばで折れ、破片が宙を舞った。


 次の行動をどうするか――。


 私もファントスも、同じだった。膝を持ち上げ、前に進み拳を固く握り込む。


 殴り合いの押収が始まる。閃光の拳が頬を強かに打ち付け、意識を刈り取るも〈言霊〉の行動は私の意識に関係なくファントスの顔面を捉える。


 飛んだ意識を取り戻した時には再び、意識を飛ばすほどの攻撃が迫ってきた。頭突きで応じ、その腕を粉砕せんばかりの振り下ろしを繰り出すもギリギリのところで避けられ、闇の瘴気だけを切り裂く。


 初めは魔法を使った馬鹿し合いだった。


 しかし、いつしか私達は魔法を使わずに殴り合っていた。顔は腫れ、骨は軋み、意識は朦朧とする。想像を絶する痛みがすぐそこから響いてくる恐怖に抗い、何も考えずに目の前の男を殴る。


「――あ?」


 殴られながら、ファントスが涙を流していることに気づく。彼自身気づいていないようだ。


 人を殴るのが嫌だ、と顔に書いてある。


 そうか。別に正しいことをしているとは思ってないのか――長い年月を掛けて、良心を擦り減らしても全てを失った訳ではなかったんだ。


「でも、間違いは間違いだから!」


「そんなことはお前に言われるまでもなくわかっているッ!」


 影の掌打が私の顎を撃ち抜いた。顔面全体の骨が割れた気がする。


「これが彼女の望む世界を実現する最速最善の方法なのだ!」


「そこにどんな犠牲があるとしても?」


「死ぬのは己の欲と権力にしか興味のない屑共だけだ。この世界には必要ない」


 リリルを殺した、勇者教のことを言っているのかもしれない。帝国都市を統べる者のことを言っているのかもしれない。とてもじゃないが、あの女帝を擁護する気にはなれない。


 だが、死ぬほどのことをしているとも思えなかった。


 悪い人はいる、数えきれないくらいに。他人から何もかもを奪い尽くし、自分だけはのうのうと日々を過ごしている。


 理不尽に奪われる者は何もできない。


 死ぬべき人はいるだろう。


 生きるべき人もいるだろう。


 死ぬべき人は死ぬべきだ。


「だけど、彼女が望んだのはそんな世界じゃない。それはあなたが一番わかっているはずだ。自らを殺した相手をリリルは恨んだりしていないことくらい。彼女が望んだのは――」


「――わかったことを言うな! 何も知らないお前が彼女を語るんじゃないッ!」


 ファントスは私の放つ拳を掴み取り、手刀でもって腕ごと斬り落とした。


 その前に〈言霊〉で痛覚を遮断し、切断された右腕を制御してファントスの首を撃ち抜く。


 数百年を掛けて、約束を守ろうとしているのはきっと尊敬に値する。だけど、いつからか歪んでしまった。


 時が、彼の中のリリルという存在を風化させた。


「こんなのは最善最速なんてものじゃない。リリルの想いを貫くなら、中途半端にするな――と言っている!」


 新しく生成した右腕に虹色の燐光を纏い、ファントスを殴りつける。半影半光の両腕をものともせず、胴体へ叩き込んだ。


「本気で約束を守ろうとするなら簡単な道を選ぼうしちゃダメだよ、数百年でも足りないくらい苦労すべきなんだよ。一生掛けて罪を贖わなければならない。そうして叶えなければならないんだ……それができないなら諦めるしかない」


 ファントスはたたらを踏みつつ、胸を抑える。


 〈言霊〉の前では半影半光も意味はない。


「それにあなたは全てを考慮していた訳じゃない」


 最速最善であるはずはないのだ。


 城を落としてやり直すなんて強引な手段は確かに手っ取り早い。怪異という先兵を使った手際も脅威だった。


 少なくとも私がこうして立ち向かっている時点で最善とは言い難い。


「あなたは全てを一人でやろうとしていた。自分の足で王城に向かっていたし、怪異の魔法を使えばトーエンとステンマルクの手助けも必要なかった」


 それだけファントスという魔法使いは非凡だった。光と闇という相反する力を同時に内包しながら、拒否反応を抑え込んでいることからもわかる。


 同時に孤独だった。


 誰かといても、聖女が死んでからずっと独りだった。


「旅を共にした二人はあなたをどう思っていたか……間違っていたと知っていたと思う。だけど、あなたの信じた道を一緒に歩いてくれた。そのことにも気づかないくらい耄碌していた。彼らの知恵を借りればもう少しマシな選択ができてたと思うよ」


「…………」


 ファントスは沈黙する。


 一人の人間にできることなんてたかが知れている。魔法が使えたとて、創造力が増える訳じゃない。一人より、二人。二人より、三人の方が多くのアイデアが出るのは当たり前のこと。


 選択肢を自ら狭めるのと変わらない。


「本当に約束を叶えたないのなら、プライドも方法もかなぐり捨てるくらいしないと実現できないよ……平和なんて夢物語」


 リリルがどんな気持ちでファントスに託したのかはわからない。


 だけど、数百年という時間で彼を狂わせるくらいには理不尽な願い――否、約束だ。


 余計なことを、とは言わない。


 彼女だって全てを理解している訳ではな、これもまた間違った選択かもしれないのだ。


 私はリリルはファントスに何をしてもらいたかったのか? わからないけど、私はこう思う。


「誰かと一緒に――仲間と一緒に頑張れば良かったんだよ」


「……綺麗事だ。仲間と助け合った、確かに帝国は束の間の平和を得た。だが、その中でリリルは殺されたのだ……悪意の前では意味はないんだよ」


「そうだね、それもどうにかしないといけないね」


「…………」


 ファントスの表情は〈無責任な〉――そう言いたげだった。


 どうすれば良いかなんて馬鹿な私にはわからない。ハウシアもユニスも根っからの身体が勝手に動くタイプだから、言葉だけじゃ伝えられない。


「次こそは、今の私達みたいな敵を作らないやり方を選べば良いんだよ。数百年掛かるかもしれないけど一人でやることなんてない。私に一言、言うだけで良かったんだよ――〈共に助け合いましょう〉って」


 もしかしたら、ファントスは正しくて私が間違っているかもしれない。


 それならまた誰かが間違いだと教えてくれるはずだ。こうやって殴って止めてくれるはずだ。


 拳にありったけのエネルギーを注ぎ込む。


 虹色の燐光が手首から先に集まり、これ自体が光源と化してオーロラを放った。


「それがあなたの間違い。ファントス――あなただけの、あなたの中だけの理想郷を作っても意味はない。故に、あなたがしてきたこと全てをここで零にする。安心しなよ、幾らでもやり直せるから。まずは約束についてじっくり考えることをお勧めしておく」


「できるものなら――」


「――えぇ、できるものならっ!」


 ファントスに放った虹の拳の衝撃波は〈断罪ノ煉獄〉ごと吹き飛ばし、彼のあらゆるを抵抗を無に帰した。


 右手の光が塵となって消えていく。


 同時に私が纏っていたハウシアの力が薄まった。こうして歩けるのもこれで最後だ。


「さよなら、ハウシア」


 足の力が抜けた。最初からなかったかのように微動だにしない。


 私の中のどこにもハウシアの影はいない。残らず、ここを後にした。


「今までありがとう」


 これからは私の力で生きていく。


 終わらせようとしても終わってくれない世界がまた始まった。だけど、悪いことばかりじゃない。良いことばかりでもないけど。


「――帰ろう」


 待っている人がいる。


 これが何よりも幸せなこと。


 失う前に気づけて良かった。


 誰かを不幸せにしなくて良かった。


 

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