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フィニスエアル ――少女が明日を生きるためだけの最終決戦――  作者: (仮説)
聖女が過去を知るためだけの女神邂逅
134/170

24.ユニスVSファントス

 


 ◎


 


 ――早朝、太陽も僅かに顔を覗かすくらいの明け方。


 スティアに車椅子を押されて聖女殿の出入口に向かっていた。神官の方達にバレないように静かに聖女殿の住居を移動する。肌寒い時間帯だ、スティアが膝掛けを容易してくれた。〈言霊〉で体温はどうとでもなるが、そんな人間味のないことはできまい。


 〈言霊〉で防御結界をすり抜けて入口に到達した。


「私がいない間どうするの? スティア」


「適当に言い訳でもするわ。またフィニスに連れ去られたことにしようかしら」


「あはは……」


 笑えない冗談である――彼女ならやりかねない。冗談味のない冗談である。


 私の我儘でお目付け役のスティアの立場を悪くする訳にはいかない。できるだけ早く帰る必要がある、できれば昼過ぎくらいには戻りたい。こればかりは私にもどうにもならないけど。


 帰ってくる。


 死ぬつもりはない。これからのことを考えて良いんだ。


「――スティア、帰ってきたら言いたいことがあるから聞いてくれる?」


「えぇ、良いわよ。いつものナノンさんじゃなくて良いの?」


「何でバレてるの……」


 スティアはふふっ――と、微笑むと正面に回って抱き着いてきた。


「うん、待ってるからね」


「待っててね。すぐ戻るから」


 心残りはない、これで思う存分戦えるというもの。


 何となく心臓の鼓動に意識を傾ける。意外なほど緊張していなかった。ゆっくりと、脈打っている。


「じゃあ、行ってきます」


「行ってらっしゃい」


 独りでに車椅子が押し出され、正面入口を抜ける。すぐ横の外壁で白色の軍服を纏った少女が背中を預けてた。フィニスさんも準備はできているみたいだ。


 右手を差し出すと、冷たい義手の左手で握ってきた。


 私達を囲うように光の円が立ち昇る。光がレールとなり、目的地まで放物線を描いて繋がった。向かう先は三人の神官だった者達の下――。


「一気に飛びますよ」


「さぁ、行こうか――決戦に」


 フィニスさんは僅かに口角を上げた。


 次の瞬間には帝国都市の灰色の風景から、霧の掛かった幽玄な大地に移り変わる。そこにはくたびれた邸宅は一つあって、おどろおどろしい獣の呻き声が聞こえた。


 霞に紛れて三人の黒い神官が姿を見せる。


 ファントス・ディオハミル。如何にも神官然としてる壮年の男。


 トーエン・ディーエゴ。何を考えているかわからない顔をした老躯


 ステンマルク・ベルテン。無表情の青年。


 視線は彼らに巡らせたまま、囁く。


「私は真ん中の彼を――」


「残りは私が担当ね。どうやって分断する?」


「あ」


 あ――目の前にファントスがいた。右手の掌により視界が覆い尽くされ、魔法陣が瞬く。紫色の魔法陣だ、効果を察するに触れた物体を削り取る効果だ。


 前髪が飲み込まれる寸前にフィニスさんの手刀が縦に振り下ろされた。ファントスが身を引き、危な気なく後ずさる。


「……ありがとうございます」


「やっぱり、この人も相当強そうだ。気をつけてね、流石に油断しまくれる相手じゃなさそう」


「次からは大丈夫です、お願いします」


「じゃ、行くから!」


 音もなく飛び出したフィニスさんはファントスを横切り――その際、視線だけを交換して、背後の二人に掴み掛かった。そのまま勢いをつけて地面に叩きつけ、追い打ちのように蹴りを叩き込んだ。


 


 瞬く間にここは私とファントスだけの戦場と化した。


「…………」


「…………」


 彼を倒すには半端な魔法では意味がない。海を凍らせる程度の魔法など腕で振り払われるだろう。今までの〈言霊〉の使い方を変えなければならない。そのヒントはあった。


 この底知れぬ男に勝つイメージは難しい。


 だが、負けないイメージはできた。


「《行け》」


 車椅子から数十メートルにも上る昆虫のような六本足が生え、先端の鋭利な爪を地面に突き立てる。全てのパーツは刃によって組み上がっていて、触れるだけでも真っ二つだ。現実の刃以上に、切断魔法の威力が強い。


 これは防御――攻撃はもっと強引に行く。


「巨人を爆破した魔法を……!」


 爆発をファントスに振り下ろす。大気を割る一撃が振り注いだ。


 黒い輪郭が赤熱して、照った。次の瞬間、地獄の炎熱と大地も揺るがす衝撃が押し寄せる。この程度では凶悪になった車椅子は微動だにしない。


 巨人を生み出した者が巨人以下なんてことは、まぁ、楽観的だろう。確実に倒せていない、と仮定する。


「だから、無限に続ける」


 頭上に召喚した三〇〇の火球から爆発を撃ち出し続ける。爆発と爆発が擦れ、連鎖的にさらに大きな爆発が巻き起こった。


 〈言霊〉で起こす魔法にはエネルギーは使わない。実際はどこかから吸収して発動しているのだろうけど、私の与り知らない話である。一見、デメリットがないとすれば無限回の作業を行う、と言ったものは〈言霊〉を使うにあたって有効な手段となる。


 無限の固定砲台が火を噴いている間に、もう一撃加える。


 右手に際限なく上がり続ける炎を掌に収まるように圧縮、左手に何もかもを凍結させる冷気の塊を圧縮する。二つを練り合わせ、荒れ狂うエネルギーの塊を球体に変形させた。


 その球を狙いを定めて、投げつける。無限の爆発の中を貫いた球は中心へ到達して大爆発を起こす。今までの局地的な爆発とは違い、〈言霊〉を使っても加減できる威力ではなかった。


 六本足で迫り来る余波から逃げながら、改めて状況を俯瞰する。


 勿論、物理的な俯瞰だ。


 煙を透かして、爆心地を覗く。


「嘘……」


 落とし穴のように抉れて真っ黒な地面にファントスは立っていた。


 煤一つなく、傷一つなく屹立する。視界を魔法にとって複製したにも関わらず眼が合った。


「頑丈過ぎるとかいうレベルじゃない……そういえば――」


 ――フィニスさんは、彼らが国を崩壊させる程の力を持ってるって言ってた。


 対して、私の攻撃は精々山を一つ消滅させる程度だったということか。


 ゆるりとした動作で彼は飛び出した。


 機械仕掛けの車椅子を後ろ向きに進ませる。私は迎撃として爆発を撃ち込む。


「当たらない……!」


「聖女にしては凄まじい力だ。少なくとも現代においては最強クラスではある――だが、私の生きた時代はもっと過酷だった」


 一足飛びで接近してきたファントスに刃の足を繰り出す。甲高い金属音を打ち鳴らし、素手で弾かれた。ファントスが跳躍し、私の眼前に迫る。


 反射的行動だった。拳を固く握って突き出す。


 避けられた拳は、頬の真横にあった。ファントスの魔法の手刀が私の首を狙う。


 これは痛みなく対象を致死させる魔法――《完善棘殺》。


「あッ――、ぐあぁあああああ!」


 ギリギリで瞳から光線を撃ち、ファントスを吹き飛ばす。


 僅かでも遅れてたら首が胴体とお別れしていた。時計台の出来事がなければ確実に間に合わなかっただろう。


「咄嗟とは言え、こんな芸当ができるとは……目から光線……」


 普通の人間を名乗るのは無理かもしれない。


 心臓の鼓動が止まない。危険信号は未だ継続中だ。


「勝って止めるどころじゃない、まとも戦うことすら……! 止めるなんてどこ口が言ってたの!?」


「――《怪異招来》」


 ゴゴゴゴゴ――という大地を割る轟音と共に顔を出したのは巨大な人型――帝国都市を囲んだ怪異。怪異は山脈の麓に身を隠していた。また、爆発に巻き込まれて吹き飛んだ邸宅の地下空間から獣の怪異が数万と出てくる。


 これが怪異を司る魔法。


 地下から飛び出してきた鳥型の怪異が近づいてくる。


「都市の襲撃を行ったものよりさらに強力な怪異だ。今ここで全滅させなければ、次々と人間を食らうぞ」


「精神を擦り切れさせるつもりね……」


「殺害だけでは死なないようだからな。何が出てくるかもわからん」


 時計台の攻防――あの後、ファントスはハウシアに身を明け渡した私と女帝と戦っている。倒すことはできなかったが、彼を敗走に追い込んだ実力を有しているらしい。


 生命の危機に瀕したことで目覚めた、とファントスも考えているだろう。短絡的に私を害そうとは思っていないはずだ。


 ファントスにとって私を昏倒させるのと、殺害するのはどちらが難しいのか――少なくとも隙を与えればどちらも簡単に実行できてしまう技量なのは間違いない。


「怪異は結界でどうとでもなるけど、街に向かうのは止めないと」


 私とファントスの戦闘に干渉できない怪異をも倒さなければならなくなった。つまり、隙が生じ得る可能性だ。


「考えても仕方ない。どちらも倒すしかない! ――?」


 巨人の首筋に虹色の閃光が走った。首をなくした巨人は黒い霧となって霧散する。


 フィニスさん……な訳はない。彼女はトーエンとステンマルクと戦っているし、あんな綺麗な技を――見る者を魅了する美しい剣を使えるとは思えない。


「お待たせしました、ユニス」


 背後から凛とした声が降ってきた。


「この化物は私達に任せてください。あなたはあなたの敵だけを見てください」


 全身に真っ白な鎧を纏った少女が浮遊していた。手には虹色の燐光を散らす剣を握り、長い髪は後ろで一本結びされている。


 胸鎧に描かれている紋章――見覚えがない。少なくとも中央大陸では。


「エリ! どうして……」


「フィニスさんからの救援要請です。急いできましたがギリギリでしたね」エリはファントスを見据えながらも、ふっ、と微笑んだ。「事情は大体聞いています。こちらは任せてください」


 右手を無造作に振れば、飛び込んで来た怪異がバラバラになって塵と化した。


 どうやって一振りでみじん切りできるんだ。


「では、行きます。くれぐれもお気をつけて。あなたがどうにかしなればフィニスさんが大変なことになるでしょうから」


「それは本当に大変そうね。ありがとう、頑張るわ」


 エリは地面に降りると、走りながら次々と怪異を屠った。数百を消滅させ、そのまま巨人に飛び込み真っ二つに斬り裂く。


 護衛騎士という肩書に偽りなしだ。


「待たせたわね」


「人望があるのだな。古今、聖女は一般人との接触は少なかった……それが良いことかどうかはわからんが。巻き込まれた側は堪ったものではないな」


「彼女達はそんなこと言わないわ。知ってるでしょう? 確かな善意も存在することを」


「だとしても――応えてくれるかはわからない。世界は残酷だ、悲劇の前には全て同じ」


「そうかもしれない、けど――軽んじられて良いものじゃない。あなたがその全てを破壊するというなら私が止める」


 〈言霊〉はイメージさえできれば何でも実現できる。既存の物を再現するにはその情報を正確に理解する必要がある。ファントスを倒す魔法――というイメージでは具体性が伴わず、魔法は発動しない。


 ただ一度、自分で起こした現象は過程を省くことができる。


 冷気と熱気の圧縮砲を一〇〇個重ねて、一つにする。この作業をさらに無限回行う。


「無限に上がり続ける威力の砲撃を無限に放つ。これが私のできる本気……!」


 大陸を破壊せんばかりの大爆発が巻き起こった。


 

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