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フィニスエアル ――少女が明日を生きるためだけの最終決戦――  作者: (仮説)
聖女が過去を知るためだけの女神邂逅
133/170

23.終わらせるために

 


 ◎


 


 ――都会の喧騒から離れた、霞漂う草原に煉瓦できたこぢんまりとした邸宅が一つ。しばらく掃除されていないようで外壁には蔦が張っている。芝生は生い茂って膝程の高さまであった。


 邸宅からはおどろおどろしい怪異の唸り声が響いてくる。どうやら数千にものぼる数の化物を飼っているらしい。人間を見ればすぐに飛び出して食い尽くさんばかりだ。


 そこに人間は住んでいない。


 人間から逸脱した者が三人住んでいるだけだ。


「――なるほど。ここが決戦の地という訳か」


 漆黒の神官服を纏う口髭の蓄えた男――ファントスは眼前に立ちはだかる二つの障害に向かい合う。


 黄金の髪を携えた美少女と、車椅子に腰掛ける白髪の聖女――〈黄金血統〉フィニス、〈救世主〉ユニス。


 帝国内にいる最強戦力が一堂に会している。紛うことなき決戦である。


 霞に紛れて音もなくファントスの後ろに二人が並んだ。黒い神官服を纏う、数百年を共にした同胞達である。


 太陽も上がり切っておらず、冷たい空気が頬を撫でる。


「話したいことでもあったのか?」


 ファントスは二人の少女に問い掛けた。


 答えのはユニスだった。


「あなたを止めに。後、間違いを正しに」


「そうか――ならば、打ち砕こう」


 言葉と同時に膨大なエネルギーを発露し、暴風を巻き起こす。煽られて邸宅は軋み、生い茂った草花が横倒しとなる。


 ユニスは右手でスカートを、左手で前髪を抑えた。眼球が乾きそうなものだが、真っ直ぐファントスを見詰める。フィニスの前には障壁のようなものがあるらしく、風の影響は一切受けていなかった。


 地割れを起こさんばかりに蹴りつける――目にも止まらぬ速さでファントスが迫る。


 聖女は掌を目の前に突き出した。


「――《掛かって来なさい》」


 


 


 ◎


 


「スティアーナ」


「何よ、急に名前で呼んで」


 晩餐時、大広間にて向かい合って座っている少女の名を呼んだ。ファントスの日記を読んで彼の行動原理を知った。私がやらねばならない――


 そう言えば、愛称を使わずに彼女の名を呼ぶのは久し振りかもしれない。多分、初めて彼女に会った時以来だ。特に意識したつもりはなかったけど、反対されそうだから無意識にこんな選択をしてしまった。


「深刻そうな顔。嫌な予感がする」


「……スティアは怒るだろうね」


「怒られるようなこを言う訳ね」


 既に声が怒っていた。眉間に皺が寄って――私がフィニスさんと一緒にいる時にする顔を浮かべている。


 全面的にスティアが正しいので私としては肩身が狭い。総体の意思と、私の意思のどちらを優先させるかの問題。〈聖女〉という立場が纏わりつく以上、絶対的に正しいのは私ではない。


「とりあえず言ってみてよ。それで私がどうなるかはわからないけど」


「……うん」


 湯気の上がる料理に目が行く。スティアの眼力に押されてるから視線が下がっていた。


 落ち着け、まだ攻められてはいない。一呼吸する。


 思い出すのはあの聖女のことだった。彼女のような高潔な精神は持っていないけど、救いたいという想いは変わらないはずだから――。


「私にはすぐに行かなくてはならない場所があります。救わなくてはならない人がいるの」


「それは誰よ? あなたが行かなければならないのはどこよ?」


「救われない神官の下へ――私は帝国を破壊しようとする彼らを止めに行こうと思っている」


 袈裟斬りを浴びたし、喉を貫かれた。私が聖女として相応しくないと言った彼は、リリル以外を認めることはない。話し合いなどもっての外。


 また会えば、戦うことは必至だ。


 そして、勝算は限りなく低い。彼らは日記に書かれていた時とは比べ物にならない強さを有している。帝国落としを現実とするくらいに。


「前回は死に掛けた。次はないかもしれない」


「…………」


「彼を救うために止めないといけない。誰か間違いだと言わなきゃならないの」


「…………」


 スティアは無言だった。沈黙を貫き、痛いくらいの視線を私の眉間に突き刺す。


 何を考えているかはわからない。人間、わかりあうのは難しい。喩え、近しい人物であったとしても違えることはある。気持ちに応えられないことだって十分に。


「あなたが死んだら私はどうなるの?」


「推測にはなるけど――」


 私が死ぬということは聖女が死ぬということであり、聖女が死ぬということは聖女殿の衰退を意味する。数十年振りに現れた聖女が殺害されたともなれば、国民への影響も計り知れない。聖女教という組織の趨勢が大きく変わるということはないだろうけど、煽りは受ける。それも数年ほどで収まると見た。


「――神殿で勉強して神官になるんじゃないかな」


「……まぁ、そんなところよね。私もそう思う」


 スティアは頬杖をついて、詰まらなそうに呟いた。魚料理に思いを馳せているのかもしれない。もう湯気が立っていない、と――いうのは冗談だが。


「他に選べる道もないしね、特段神官にな理由もないけどそうなるんでしょうね。だけど、そうなると私の夢は叶わない……」


「夢?」


「あなたと一緒に楽しく過ごしたかっただけなのに」


 そんなことを思っていたなんて。生活している上でそんな素振りは見せなかった。


 見ればスティアは頬を紅潮させている、どうやら本当のことらしい。


 だが、何と返せば良いものか。


「そうなんだ」


「何よ、良いじゃない!」


「別に怒ったりしてる訳じゃないけど」


「とにかく! あなたがもし死んだら私の人生はとても詰まらなくなりそう、って話!」


 恥ずかしさから一変、最終的には怒ってきた。子供を諭すように、言う。


「だから言うわ。危険なことは止めて。あんなの国に任せていれば良いのよ……その人を救うのはあなたではなくてはならない理由はないでしょう?」


「理由ならあるよ。きっと彼らは今更止められない、終わりにするには劇的ではなければならない。そうではなくては今までの道が無駄なことになっちゃうから」


 ――簡単に手に入ってものに価値はあるのだろうか? 時間を掛けて、苦労して得たものだからこそ私達は大切にできるのではないのか?


 道で躓いた程度では彼らの歩みは止まらない。立ち止まるには、引き返すには進み過ぎてしまった。ならば全てをぶち壊す他ない。想いも、約束も、何もない真っ新な未来を見せる――それが私のすべきことだと思う。


「相手は聖女でなければならない。他の誰かになんか任せられない」


「何を言っているのか全然わからない」


 スティアの声は思ったよりも大広間に響き、続く沈黙を際立たせた。


 ファントス達の事情を知らないスティアには私の意図は伝わらないのは仕方ない。あの日記を読めば理由に関しては納得してもらえると思う。


 納得してもらいたい訳ではない――安心してもらいたいのだ。


「私は死なない、だからスティアの夢は叶うよ。根拠はなし! だけど大丈夫!」


 完全に勢いだ。いずれにせよ――ユニスにせよ、ハウシアにせよ、あまり物事を深く考えるようにできていないらしい。前は漠然と不安を感じていたが、今は心強い。心が揺らがない。


「……前、私も死に掛けたけどユニスが治してくれたのよね」


 スティアは年相応に膨らんだ胸を抑えた。心臓の鼓動を掌で感じている。


「結局、誰も死ななかった。それは喜ばしいこと。でも、死ななければ良いって話でもないのよ?」


「それは重々承知してる。何も失うつもりはないから」


「相手がそう思ってくれてるかはわからないけどね。あなた、一人で行くつもり?」


 ファントスとの対話を邪魔はされたくない。騎士団を連れる、なんて無粋なのは勘弁だ。


 精々一人か二人。彼の仲間を抑える要員がいても良いくらい。


「なら、あの人を連れて行きなさい」


 不機嫌そうに横を向きながら、言った。


「フィニスとかいう人」


「…………」


 少しは関係が軟化したと思って良いのか、ほんの僅かだけ。提案をしてくれるくらいには。


「あの人、強いんでしょ? ユニスのこと好き過ぎるから手伝ってくれるかもよ。車椅子を押す人も必要だし」


「……そうね。会うことができたら訊いてみようかな」


 答えながら、私は予感していた。


 フィニスさんがこういう事態に巻き込まれない理由がないことに。


 その夜、晩餐を食し終えた後に自室のバルコニーにフィニスは待っていた。まるで私の覚悟を前々から知っていたように、全ての出会いが今ここに収束しているようでもあった。


 実際そんなことはなかったけど。


 どうやら近くに寄ったついでだとか。それにしてもこの神がかり的なタイミングで現れることがそのもの彼女を表しているようでもあった。


 スティアの言う通り私がフィニスさんに頼めば、きっと頷いてくれるだろう。わかっていてこんなことをするのは利用するのと変わらない。


 それは嫌だから、真心を持って頼み込む必要がある。


「フィニスさん、頼みがあります」


「いいよ」


「いいよ、って……まだ何も言ってませんよ?」


「じゃあ、聞くよ。教えて?」


 本当にフィニスさんには叶わない、生き様が美し過ぎる。


 見てるこちらが眩しいくらいに、笑ってしまうくらいに。今更思った。彼女の方が聖女に相応しいかもしれない。


 

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