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フィニスエアル ――少女が明日を生きるためだけの最終決戦――  作者: (仮説)
聖女が過去を知るためだけの女神邂逅
131/170

21.聖女とリリル

 


 ◎


 


 記されてあったのは人質立て籠り事件の概要と、犯人の要求内容だった。


 勇者教が浮浪者を操って、役所の職員を人質に立て籠もった


 ――人質を助けたくば聖女リリルを連れてこい――


 ――罠だった。


 ――勇者教が傭兵を操って事件を引き起こしたことは自明。


 ――だけど、聖女は向かった。彼女は強くなった。だから、迷わずそこに行く勇気を持っていた。得てしまった。否、与えてしまったのだ。誰でもないファントスが。


 運命を捻じ曲げて、彼女を死なせてしまった。


 彼女の最後の言葉、遺言は聖女として最高最善のものだったろう。但し、彼女を死なせたファントスからすればそれは呪いだった。絶対に裏切ることのできない呪いと化した。


 


 ◎


 


 ――何のことはない晴れの日、一報が聖女殿に届いた。


 談話室に神殿騎士が駆け込んできた。必死こいて走ってきたであろうことは肩で息をしていることを見れば自明だ。


 テーブルを挟んで向かい合っていた神官長ファントスと聖女リリルはノックもなしに彼が飛び込んで来たことに驚く。聞かれたら誤解されかねない話題だったため敏感になっていた。


 だが、何かを訴えかけている騎士の目と焦り様を見れば可及的速やかに伝えなければならないことがあることは察することができた。


「しっ、神官長ッ!」


「落ち着きなさい、息を整えてから要件を教えてください」


「はっ、はい」


 気持ちはせいでるようで酷く強引な深呼吸だったが。先程よりは落ち着いているみたいだ。


「報告ですっ、市庁舎で立て籠もり事件が起こりました、犯人の要求は聖女様の身柄ですっ!」


「な……」


 リリルは両手で口元を抑えて、息を飲んだ。


 ファントスは息を詰まらせた。全く想定してなかった訳ではなかった、聖女という立場は目立ち過ぎている。厄介事に巻き込まれることも多い。実際、数度怪文書が送り付けられたことがあった。


「だが、ここまで直接的な手段に出る者がいるとは……それに市庁舎を?」


 聖女殿は厳重に守れているため、立て籠もりどころか入ることすら難しい。では、何故市庁舎を選ぶのか――あの土地は聖女教が所有している。


 聖女教への攻撃、と仮定すれば犯人の筋も見えてきた。


「勇者教か――」


「い、いえ、犯人は路地裏に住んでいる浮浪者です」


 ファントスの言葉を騎士が訂正した。


「ダズル、という名前の五〇代男性です。勇者教の関係者とはとても……」


「……そうかもしれない」


 金銭を渡して頼めば何とでもなる、と言おうとしたが彼の顔を立てるために口には出さなかった。それに証拠はない。聖女教に攻撃しているのかも、勇者教の差し金なのかも。


「事件の収束を最優先とします、市庁舎内の状況を教えてください」


 ただ――聖女を危険に晒す訳にはいかない。それは絶対だ。聖女を差し出すことなく、市庁舎を奪還する。これがファントスの出した答えだった。


 


 ――立て籠もり事件対策本部、というべきものは市庁舎に最も近い神殿に設置された。帝国都市にあるもう一つの神殿である。


 机お五つ並べて作った即席のテーブルの上には市庁舎の地図が広げられていた。幾つかの長方形に分かれた区画の一つに赤い点が一〇、乗っていた。赤い点はすなわち人質である。市庁舎の一番奥の休憩所に閉じ込められているらしい。


 地図に目を落としながら、ファントスは問う。


「犯人の場所は?」


「わかりません。探知魔法に掛かりませんでした。探知無効の魔道具を持っているのかもしれません」


「用意が良いですね……」


 魔道具まで準備しているとなると計画的な犯行と思われる。


 話を聞いてみれば手際も良過ぎた。浮浪者を金で雇ったというよりは、操っているという方がしっくり来る。勇者級の魔法ともなれば人間を完全に操ることもできる。そうなると真犯人の像も限られてくる。


 それは後で考えるとして――。


「戦闘用魔道具も持っている恐れがあります、なので侵入するのは二級以上の騎士に限りましょう」


「了解です!」


 口々に了承の言葉を残し、部屋を出て行った。壁面には現在の市庁舎の外からの映像が映されている。周囲に変わったところは見られない。


 こちらばかりの準備が整っていることを不可解に想いつつ、ファントスは指示を出した。


「トーエン」


「何だ?」


「一応着いて行って下さい」


「ほう?」


 興味深げに笑むと、老人はひらひら、と手を振って対策本部を後にする。


 すぐに状況は動き出した。神殿騎士達が裏口から市庁舎に入るところまでは見ることができる。内部は探知無効によって覗くことができいため、彼らが戻ってくるのを待つ他ない。


 移動時間と地図を照らし合わせ、状況を推測する。


「そろそろ人質のいる部屋に辿り着く頃です」


 ファントスの隣に立つここの神官長が言った。


 市庁舎は異様に静かだった。戦闘は起こっていない様子だ、未だ接敵していないのか。


 硝子窓の奥で影が瞬いた。その次の瞬間――建物の真ん中の窓が内側から砕けた。破片と共にトーエンが市庁舎から飛び出た。


 破片で傷つけたのか肩から血を流していた。トーエンは監視魔法の基点にハンドサインを残して、その場から離れていってしまう。呆然となる対策本部の空気はトーエンがここに戻って来て霧散した。


 脂汗を搔くトーエンは肩口を魔法で治癒しながら報告する。


「少なくとも敵は二人いる。人質を監視する犯人と、透明な敵だ……奇襲を受けて儂以外は殺された」


「そこまでの実力者ですか? あなたはどう判断しますか?」


「ああ……そうだな、手慣れてる感じだな」


 治療した肩を回して、トーエンは続けた。


「儂も他も首を狙われたからなぁ、相当手慣れてる感じだ。暗殺者だったのかな」


「やはり目的は聖女様の暗殺か?」


「かもな。だが、それじゃあ難易度は聖女殿を突破するのと変わんねぇよ」


 聖女の衣服に掛かっている結界魔法は刃を僅かたりとも通さない。それこそ勇者級魔法の洗脳も跳ねのけるだろう。暗殺者如きが彼女を殺すことはできない。建前さえなければ聖女が乗り込んでも問題はなかった。建前さえなければ、だが。


「一級の神殿騎士は対人戦のプロだが、あの暗殺者はそれを見越しているはずだ。下手な者を送っても死人が増えるだけだぜ、神官長殿」


「…………」


 実は武闘派のトーエンが一方的に手傷を負わせられるほどの敵となると適正人物はそうはいない。建前さえなければ――ファントス自らが赴くのも吝かではなかったが。


 一級神殿騎士を搔き集めるにも時間は掛かる、その間にまた別に指示を出す。


「探知無効の魔道具の所持者を洗ってください。魔道具減衰の魔道具の準備もお願いします」


「了解しました」


「後は市庁舎の中の様子だけを――」


 市庁舎から大音量の声が響いてくる。《拡声》の魔法だ。元々、街に放送するために常駐されていたものだ。


 聞こえてきたのは喉の掠れたしわがれた男の声だ。


 〈聖女を連れて来なければ一〇分おきに人質を殺す! さっさと聖女を連れて来いよぉ! まずはこいつからだ!〉


 〈いや、止めてっ! 早くたっ、助けてくださいっ!〉


 ナイフでも向けられたのか、女性の悲鳴が続いた。


 そこで放送は終わってしまう。しかし、一〇分は短過ぎる。


「時間は残されていないようですね。頼れる人物は――」


 トーエンならば次は上手くやれる可能性もあるが、敵が想定よりも多かった場合はどうなるかわからない。


 ――こうなってしまえば私が出るしかあるまい。敵の無力化だけを目的にするなら神殿騎士よりも円滑に行うことができる。


 最悪から数えた方が早いとしても、即効性があるものだった。事の収束だけを目的に据えるならこれ以上の方法はない。


 が、実現されることはなかった。


「――私が行く」


「……どうしてあなたがここいるんですか、聖女様」


 本部の入口に聖女の正装を纏ったリリルが立っていた。こんなことにならないように聖女殿に置いてきたというのに、迷わずその身を差し出してしまうとわかっていたから置いてきたというのに。


 何故彼女がここにいるのか――。


「いや、いない方が不自然か……」


 相手の今回の要求は放送で伝えられたのだ、聖女殿にも当然届いている。


「私が行きます」


 はっきりと、もう一度リリルは言った。


「認められません」


「どうして? 犯人の要求は私の身柄。ならば私が行くべきでしょう?」


「相手はあなたを殺そうとしています。あなたが危険を冒す必要はありまえせん、騎士団が制圧すれば良いだけです。問題はありません」


「一〇分以内にですか? それでは人質がどうなるかわかりません」


 一瞬、言葉に詰まる。


「……それではあなたが」


「私は神官長が守ってくれるのでしょう?」


 聖女は年相応の悪戯っぽい笑みを浮かべる。確信しているようでもあった。


「……聖女様」


「残り五分もないわ。すぐ行きましょう」


 考え得る最悪の選択肢。それでも聖女が言うなら逆らうこともできなかった。腕に入っていた力を抜くとファントスは息を吐く。


「トーエンさん、行きますよ。道案内を頼みます」


「いいだろう。ついでにあいつも連れて行こうか……確か、市庁舎の前を警備していたな」


 ファントスは重い腰を上げて、立ち上がった。


 この日が今代の聖女の命日にだった。


 

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