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フィニスエアル ――少女が明日を生きるためだけの最終決戦――  作者: (仮説)
聖女が過去を知るためだけの女神邂逅
128/170

18.黄金姫との逢瀬




 ◎




 ――聖女殿、自室。時刻は夕方、空は橙色に染まっていた。



 〈言霊〉を自分自身に使う。


「《返事をして……ハウシア》」


 幾ら語り掛けてももう一人の私からの返事はない。記憶を思い出すことも、動かない足を動かすことも、髪の色を青くすることもできない。


 同じからだを有しているはずなのに、私と彼女は隔絶していた。


 何も知ることができない。だけど、確かにそこにいる。今にも飛び出してくる、と思わせる。


「危機に陥ったから、目覚めた――」


 女帝の言っていることは正しいのだろう。


 再び、死線を潜ればハウシアは出てくる。半覚醒状態と言っていたが、次は意識を取り戻しているのかもしれない。そうなれば、私の方が眠るのだろうか。


 全てはその時になってみなければわからない。


 ――その時は必ず来る。


 不意にコンコン――と、バルコニーの窓が叩かれた。音はくぐもっていた、外側からだ。こんなことを平然とする人物はおかしい。


 私の知っているおかしい人は一人しかいなかった。車椅子を操り、窓際に寄って鍵を開く。


「フィニスさん……普通に入っては来られないんですか?」


「時間掛かりそうだったから思わずね」


 バレた時はその一〇〇倍の時間が掛かることは全く考慮に入れていないらしい。


 長い金髪が夕映えして綺麗だ。


 影の刺さった横顔も美しい。


 眺めているだけで気分は晴れてしまった。にやけている自分の頬を軽く引っ張る。


「それでこんな時間にどうしたんですか? 急ぎの要件でも? それとも遊びに来たんですか?」


「強いて言えば全部かな」


「強欲ですね」


「大したことじゃないと思うけどな」


 言いながら、ベッドの脇にある椅子に座る。いつもスティアが使っているものだ。


 ふいぃ、と息を吐いてリラックスしている。


「女帝との話し合いはどうなったんですか?」


「ゴッドナイトちゃんと喧嘩しちゃってね。土下座させられそうになったりしてさ……」


「思ったよりも険悪なムードですね。怪我……はないように見えますが?」


「逃げてきたからね」


 お尋ね者を知らぬ間に匿ってしまった。


 落ち着け、この程度は茶飯事だ。これくらいで驚いていたら会話することもままならない。


 眼を瞑ること一刹那。


「まぁ、大丈夫でしょう。本気だったら今頃街は大騒ぎでしょうから」


「それくらいじゃ怒りはしないよね。結局、目的は果たせなかったしどうしよっかな」


 それはきっと〈血統者〉という存在に関係している。


 フィニスさんは素直に訊くタイプだから、困った時は言ってくれるはずだ。その時まで待つ。


 珍しく本気で悩んでいる様子だ。


「それはともかく、相談したいことがある」


「相談ですか。聞かせてください、こういう職業ですから慣れてます」


「おぉ、流石聖女。それなら心置きなく相談しようかな。正直、ゴッドナイトちゃん以外にまともに相談できる人がいなくて……」


「だいぶ深刻そうですね。防音の結界でも張っておきましょうか?」


「いや、秘密ではないからそれは良いんだけど――信じてくれる可能性があって、解決できる人となると限られてさ」


 女帝か聖女にしか言えないこと――。


 賢者の側近のようなことをしていた彼女が、だ。身内には相談できないこと、と推測することができる。アイデアを出すとしたら権力だ。権力の面では賢者は聖女や女帝には一歩劣る。大々的に何かをして欲しいのか。


「数日前の戦いの話」


 と、フィニスさんは切り出す。


「――ゴッドナイトちゃんとハウシアが戦っている時、私も別の魔法使いと戦ってた。あの一見の首謀者の一味らしい」


「報告は聞いています。サクティー君が戦闘不能に追いやられたと」


「うん。要は尋常なく強い奴なんだけど、その尋常じゃなさが半端なくて、もう化物って感じなの」


「…………」


 とにかく強いことだけはわかる。半端ないらしい、それ以外の情報はなかった。


 必死に説明しようとする様は可愛いのだけれど。だから、要領を得なくても聞いていられそうだ。


「ゴッドナイトちゃんと戦った方も、私と戦った方も本気は出してない。もしも、本気を出したら〈ゼイレリア〉は一晩掛からず滅びるくらいに」


「待って待って! 滅びるってどういうことですか?」


「文字通りだけど」


 文字通り、って言われても滅びるとは一体どういうことか。


 確かにあの男からは底知れない何かを感じた。帝国都市を破壊するだけの力はあるのだろう、だからといって帝国自体を滅ぼすほどとは思えない。


 何の目的があって、ということになる。


「まぁ、滅ぼせる力があるだけだよ。手加減をしなかったら際限なく被害が出る、ってことを説明したかったの。それは私やゴッドナイトちゃんとかも持っていると思う」


「……フィニスさんが?」


「本気を出したら……ドカーンかもね」


「何ですかそれ」


「ハウシアもだよ。自覚はないかもしれないけど」


 背筋が僅かに凍った。世界を滅ぼせる力――そんな大層な力を持っているつもりはない。だけど、使い方を間違えればそうすることもできる。強く思ったことを実現する〈言霊〉という異能はそれだけ万能で、際限がない。


 海を凍らせることができるなら、大津波を起こすことも容易い。


「要は動かせる大きな戦力って訳」


「……動かせないのが賢者の戦力ということですか」


「何か大陸が危機に瀕さない限り動かないらしいから我関せずって感じだよ」


「大陸……賢者も国を破壊するだけの力を持っているんですね。そんなことってありますか?」


 私が言うのも何だけど、魔法だからと言ってもできないことはある。上級魔法ともなれば一つの都市を四散させることはできるだろう。だが、それ以上となると多くの制約を超えなければ実現できない。上級以上の魔法の知識、魔法エネルギーの操作――この二つには絶対的な壁が存在し、多くがその壁を越えることができずに生涯を終える。


 要は才能だ。いつかに見た水色髪の幼い子は才能の塊みたいなものだ。フィニスさんも女帝もそうかもしれない。


 何より標的となる国の広さだ。見渡すほどの大地をどうやって破壊し尽くすのか。一体幾らの魔法を放てば文明を消滅させるのか。


 手法の一つがあの怪異――黒い巨人と獣なんだろうけど。


「そんな凄い人がこんなに一か所に集まるものでしょうか? それとも普通に一国を破壊するような人はゴロゴロいるんですか?」


「そんな訳ないじゃん――」


 あははあはは、とフィニスさんが笑った。


 私が笑われたとも言える。笑わせようとしたつもりは全くなく、否定して欲しくて質問したのだけど。


「世界で五〇本指に入る強者の半分がここにいると言っても過言ではないね。不思議なことにねぇ、流石世界の中心と言ったところかな」


「五〇本指……って腕が何本あるんですか。聞いたことがありませんよ」


「二五〇以内くらいなら一晩で国を壊滅できると思うんだよね……ともかくそういう人がこの場に集まってるの。で、今回、国落としができなかった彼らは実現のために有力者を倒そうとする……」


 ここで区切ると、そのまま口を閉ざしてしまう。


 続きは私が言えと?


「――つまり、私やフィニスさんが狙われると? それから帝国を?」


「そうだと思う。標的がわかりやすくなったと思えば悪いことばかりではないけどね、都市を守るよりはよっぽど気楽だし」


 何でもないようなことのように言うが、都市を混乱に陥れた圧倒的戦闘力を有する者と正面対決をさせられるのだ。なりふり構わず向かってくるとなると危険性はより高い。


 一度殺された身としては絶対に避けたいと思ってしまう。


 フィニスさんは黄金色の眼で私を見詰めた。


「ゴッドナイトちゃんの話を聞くところによればあの姿になったらしいけど、戦える?」


「…………」


 ――意識的にハウシアになることはできない。


 幾重もの内面への魔法干渉でそれは証明されてしまった。彼女のように戦うことは不可能だ。女帝の期待に応えることができない、それこそ死に掛けでもしない限り。


 でも、戦わなければ聖女殿の皆が矢面に立つしかない。国を破壊する潜在能力を持った敵に渡り合えるのは私しかいないのに。


「――戦わないと、いけないんですよね……私が適任だから」


「別にそんなことはないと思うけど」


「え、だって互角に戦えるのが私達だけだって」


「私が全員相手しても良いんだけど?」


 彼女は艱難なんてどこ吹く風の不敵な笑みを浮かべていた。


「無理して戦う必要はないよ。自分のしたいようにすれば良い、逃げたいなら逃げても良いんだから。それにハウシアには戦い以外にできることがあるしね」


「私にできること?」


「調べものだよ」


 なるほどつまりそういうことか。フィニスさんがこんな時間にここまで来たのは私に調べて欲しいことがあったからだ。


 戦う以外に私にできることがあることを伝えに来てくれたのだ。


「それで調べて欲しいこと、っていうのは――」


 フィニスさんの言葉を遮ったのは扉のノックだった。


「晩餐の時間よ」とスティアの声が続く。


 もうフィニスさんは動いていた。バルコニーに出て、口だけ動かして何か言って手を振る。見届ける前に扉が開く。


「どうしたのよ? こんな真っ暗にして」


「――今日は星が綺麗だと思って。綺麗な星はいつでも綺麗だから」


「急にどうしたのよ。当たり前のこと言って」



 車椅子を押され、部屋を出た。





 ◎




 ――今日、見た夢は悪夢ではなかった。


 金髪の美少女があの男をグラスでも落としたように粉砕するというものだった。


 どちらも人に大きな影響を与える強大な存在という意味では同じだ。違うのは冷たさなのだろう。


 死の使者と、黄金の姫。


 二人の狭間にいる私は一体――。


 記憶を失くした聖女


 再び来るなら彼のことを知っておかなければならない。


 顔くらいしか知らないけど、私にはできる。〈言霊〉は一時は因果さえも遡る。


 知ってみせよう――。


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