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フィニスエアル ――少女が明日を生きるためだけの最終決戦――  作者: (仮説)
聖女が過去を知るためだけの女神邂逅
127/170

17.朧気な記憶

 


 ◎


 


 ――最近は同じ夢ばかり見る。


 


 何もない暗闇、私は車椅子に座っている。


 そして、前の前に立っているのはハウシアという本来の私だった。青髪を垂らし、身体の半分くらいしか守っていない鎧を纏った少女。背中には大剣が背負っている。


 ただ、顔は良く見えない。


 笑ってはいないと思う、だけど怒ってもいない。


 私を見詰めるだけで、何もしない。そんな時間が何時間も、何日も続いた。今も続いている。


「……でも、寝起きは妙に良いのよね」


 雑念はない。まさしく自分との対話、あの場所には一切の雑味がなかった。


 あまり心地が良い、とは言えないけど。


 ――扉がノックされ、スティアが入ってきた。


「おはよう、ユニス。今日は良い天気ね」


「おはよう、スティア。そうね、良い天気ね」


 いつもと変わらず着替えさせてもらって、車椅子を押してもらう。大広間で朝食を食べたその後、再び自室に戻ってくる。いつもなら神殿に向かうところだが、これから怪異襲撃の件について話すために王城へ行くことになっているのだ。車椅子の私は何も準備もできないのでスティアを待っているだけ。


「仕方ないとは言え、暇ね……」


 こうして私だけ休ませてもらっていると罪悪感が募る。スティアに言うと何故か叱られるので口にはしない。下半身が動かない以上、できることも限られるし、むしろ周りが落ち着かなくなるというのは最もだから拘泥はしないけど、申し訳なさを感じてしまう。


「本でも読もうかしら」


「悪いが、それは叶わない」


「え!?」


 黒い法衣を纏った男が立っていた。黒い水晶でできた大きな鎌が握られている。


 忘れることなどできようもない、時計台にて私とスティアを殺害しようとした男だ。


 ――だが、彼はどうしてここにいる!?


「何故ここにいる、とでも訊きたそうな顔をしているようだがそんなものはわかり切っているだろう? お前の殺害だ、聖女」


 彼は震えるほどの殺意の籠った三日月を振った。鎌閃は見えない。


 反射的に首を抑える。痛みはない。だが、ぬるっとした感触がある。何となくわかるけど信じたくない。


「あ、あぁ、あああ……」


 何かがどろどろ、と首から流れていく。横からも後ろからも、溶け出てる。


 男は鎌に付着した血液を振り払い、寄ってきた。


「苦しまずに殺してやる」


 貫手が心臓を狙って突き出され――。


 


 


 ◎


 


 ――最近は悪夢ばかり見る。


 


「ああああああああああッ――!!! ッ、はぁ……」


 目覚めた瞬間、頬に冷たい汗が流れた。


 跳び起き詰まった息を整える。身体が冷たいと思ったら、全身汗びっしょりだった。


 悪夢だ。殺される夢、それもあの男に。


 最近はこんな夢ばかり見る。鎌で首を斬られ、心臓を貫かれる――寸前で強制的に目覚めていた。


「潜在的恐怖って奴? ちょっと……本気でヤバいかも」


 眠るのが怖い、という状態であるが故に私の健康は著しく乱れている。あの男に殺されかけて以来まともに眠れていない。


 身体の疲れは〈言霊〉でどうとでもなるが、心の方はどうにもならなかった。繰り返し、繰り返しで沁みついて行く感じがして。


 扉の向こうからバタバタ、と足音が聞こえる。


「ユニス! 大丈夫?」


 ノックもなしに開け放つスティア。心配そうな目を私に向ける。


「――問題ないわ」


 実害はない。


「そんな訳ないでしょ、凄い青い顔してるじゃない。また悪夢?」


「うん、でも慣れてきたから」


「嘘を吐くにしてももっとわかりにくくしなさい。そういう才能は皆無よ」


 取り繕えないほどとは、思ったよりも深刻だ。


 言いつつ、スティアが寝間着の結び目を解いてくる。


「ごめん。でも、あんまり寝れないだけだから平気」


「できることがあったら何でも言ってよ?」


「えぇ、その時は必ず」


 着替えをする途中、お湯に浸けたタオルで身体を拭いてもらってから聖女の正装に着替えた。車椅子で大広間に運ばれて、朝ごはんを頂く。


 毎日毎日、夢と同じように過ごすから恐怖はいつでも呼び起こされた。


 


 今日は、夢と同じように先の戦について話し合うために王城に呼び出されている。そんなこともあって昨日は一層眠りが浅かった。


 スティアに私室に連れていかれそうになったが断固として大広間に居座ると怪訝そうにされたが、怪しまれても夢と同じ行動するのは嫌だった。本当にあの男が襲撃するつもりなら聖女殿の結界など意味を為さないし、どこにいても同じだけど縁起というものだ。


 馬車に乗って、揺られること数十分――王城、その中でもとりわけ厳重に扱われる一室。円卓の間。ここに来るのも二回目だが、どうにも緊張してしまう。


 吹き抜けから太陽光が入って黒々しい部屋も少しは明るく見える。周りのことに感心を向けるだけの余裕はあった。


 円卓にある三つの席の内、一つに腰を下ろす。


 斜め後ろにスティアが立った。神官長はいない、スティアに任せると言って神殿で留守番をしている。少しだけ嬉しそうなスティアだった。


 


 情報交換と言うよりも、先の襲撃についての報告が主な目的となるはずだ。再び、襲撃が行われる可能性があることは既に聞いている。改めて情報を収集する必要が出てきた、故にこうして天帝会談が再び行われることになったのだ。


「天帝会談が二回目も行われるなんてね」


 スティアが驚き混じりに呟く。


「そりゃ、必要になったからやるんでしょうけど前例がないわ」


「それだけ深刻な問題だからね」


「えぇ、私も聞きたいことがあるしね」


「…………」


 記憶の混濁――否、この身体の所有権が移り替わった瞬間の出来事を、かの女帝は知っている。私の記憶の中にもあるあの男の攻撃によって倒れたスティアと私の行動を――。


 そんなことを考えていると、女帝がやって来た。その後ろに二人の騎士の内、片方の青年が軽く頭を下げて来たのでこちらも返す。


 前回と同じ順番で来ているということは。隣に視線を遣る。


「いた」


 白髪の紳士が既に座席に腰を下ろしている。


 一体いつ入って来たのだろうか。そういえば、以前、橋の上でエリと会った時もこんなことがあったことを思いだした。


 扉の方に意識を傾けると、可愛らしい二つの声が会話をしているのが聞こえる。


「――やっぱりああいう時は数で攻めて圧し潰す方が良いのかな?」


「そうね、下手なことすれば隙を見せることになるから余裕を持った方が良いわよね」


「正面突破ってことか」


「いつも通りね……って、目立っちゃったじゃない」


「私のせいではないはず……」


 物々しい雰囲気の中でもフィニスさんとネーネリアさんは軽そうに肩を回す。私は女帝がいるというだけで身震いするというのに。二人が賢者の後ろに立ったと同時に、女帝ゴッドナイトが口を開いた。


「前置きは良い、先の襲撃事件のことだ。報告は受けているが、如何せん不明な点が多い。何があったか直接話してもらおう」


 相変わらず、天井知らずの大仰さだ。


 私達は劣勢を強いられている、文句があるからと言って会議を止める訳にも行かない。


 賢者と聖女、どちらが先に話すかさり気なく視線を巡らせるのとフィニスさんの発言は同時だった。


「〈海型災害〉はどうなったの?」


 女帝を真っ直ぐ見詰めて彼女は問うた。返されるのは睨みだと言うのに、一切の怯みがない。


 口を閉じたままの女帝に変わり、背後に立つ騎士が答えた。


「全軍死者なしで追い払うことができました。現在、西大陸方面へ移動中のようです」


「そっか、それなら良かった。確認したかっただけだから」


 答えて、フィニス腕を組んで胸を押し上げた。いや、意図した行動ではなく腕を組んだらそうなるだけだがスケールが大きいからそう見えてしまう。


 フィニスさんが先に発言したことで、報告は賢者サイドから行われた。


「帝国都市周辺に現れた怪異五万、殲滅完了。人的被害はありません。怪異は闇系魔法によって召喚された魔法生物、弱点はなし、但し強度は低く、小型ならば魔道具で消滅することができます。建物の内側から出て来た痕跡があり、恐らく極小に圧縮した怪異を商人の荷物などに紛れ込ませていたと思われます」


 老人は淡々と報告した。


 怪異を都市外から生み出したということは、案外存在を感じ取るのは簡単なのかもしれない。それとも、彼は帝国都市は自分の手で落としたいと思っているのか。


 そういえば、彼――あの鎌を持った男が纏っていた黒い法衣、神殿官が着用するものに非常に酷似していた。ところどころデザインが異なるが色違いにしか見えない。


 それに、私が喉を貫いた魔法。


 あの光系魔法は――攻撃ではなく救済に特化したものだった。


 間違いなく神殿で扱われる魔法体系。つまり――……何だ?


「うーん…………――ん? あ」


 思考に耽っていたら、女帝の眼光に気がつかなかった。


 早く報告しろ、と目が言っている。報告しますから怒らないで……。


 道のりで考えた通りに説明する。


「作戦開始時点では時計台にいました。間もなく現れた巨人の怪異に対して爆破魔法を放って、撃滅した後、主犯格だと思われる四十代くらい男が現れて攻撃されました。以上です」


「以上か」


 含みを持たせて女帝が言う。


「その後は?」


「……覚えていません。殺されかけたのでそのまま倒れていたはずです」


「心当たりもか?」


「心当たりは……あります」


 何となくフィニスさんを見てしまった。彼女の方が詳しいからだ。


 気取られた、と思った時には女帝はフィニスに問い掛けていた。


「貴様は何か知っている、と?」


「……二人が一体何の話をしてるかはわからないんだけど、予想はあるよ。何があったか聞かせて」


「――王城に現れた男と交戦中に聖女と思わしき人物と共闘することになった。彼女はその足で歩いていた、髪色は青だ。状態としては半覚醒、とでも言えるか。その後は言うまでもないな」


 再び気を失った私を回収して王城に寝かせた、と。


 私の意識がない時にもう一人の私が動いていた。身体も入れ替わったかのように足を動かして、白髪ではなく青髪を携えて――身体を乗っ取られた、とも言う。


「どうしてそうなったのか覚えはある?」


 フィニスさんが私に訊いた。


「い、いえ……でも、死に掛けたのが原因だと考えています。私が瀕死に陥ったことで、眠っていたもう一人の自分が目覚めたんだと……」


「なるほどね」


 それで私とスティアの傷を治して、女帝を助けに行った。


 どうにも行動が読めない。フィニスさんが言うには戦いが好きらしい、自ら争いの渦中に飛び込んでいく可能性は高い。


「あの力を今のまま出すことはできないと見える。偶発的に起きたものだとして、同じような状況に陥れば再びあの力を使うことができるか?」


 女帝は宝石のような赤と青の眼でまくしたてる。


 もう一度、首を貫かれてみろ、と? 私の推測が正しいならハウシアが出てくる公算は高い。


「できるとは思いますが、嫌です」


 生理的嫌悪と表現すべき感情だ、身体が勝手に動くなんて恐ろしいことこの上ない。


 はっきり、と答えたのが気に食わないようで女帝の瞳は吊り上がった。


 自分の意見を言うようなタイプには見えないだろうけど、実際滅多にないけど、ハウシアのことだけは慎重を期したい。


「戦力が足りないなら私が戦うよ」


「何だと?」


 名乗り上げたのはフィニスさんである。


「私も一人敵を撃退したし、戦力的には十分だと自負してる」


「報告は聞いたが、その話は真実なのか?」


「疑われるのは慣れてるけどね。サクティー君は昏倒してたし、目撃者もいない……実際見てもらうのが一番手っ取り早いかな」


 フィニスさんは仕返しするように挑戦的な瞳でもって女帝に応える。今にも円卓に飛び乗って襲い掛かってもおかしくない勢いだ。


 まぁ、一国の主がそんな安い挑発に乗ることはない。女帝は呆れたように息を吐き、視線を逸らした。


「あ、そうそう訊くのを忘れてた。ゴッドナイトちゃんって〈血統者〉だよね?」


 彼女は帝王に対して明日の予定でも尋ねるような軽さで言った。


 血統者――?


 聞いたことのない言葉だけど、女帝にはわかると思っての発言だろう。


「え!?」


 声を漏らしてしまう。そうなってしまうに値する事象が目の前で起きたからだ。


 凍土のように冷たかったはずの女帝ゴッドナイトが明らかに業火のような敵意を発している。敵意のベクトルは金髪の美少女を貫いた。


「ゴッドナイト様!」


「お気を確かに!」


 後ろに立っていた二人の騎士が慌て止めようとするも、彼女を止めることができない。それは当然だ。彼女は自らの血族をありとあらゆる方法で失策させることで帝王に成り上がった。手加減などできるような性格であるはずがない。


 ははは、とフィニスさんは笑い声を漏らした。


「ごめんごめん、そんな顔しないでよ」


 絶対反省していない。


 とことん怒る人と、どんどん笑う人。どちらにしろ怖過ぎる。


 拍手が二回鳴り響いた。フィニスさんの隣、ネーネリアさんが叫んだ。


「はいはい! よくわからないけど話し合いが終わったのなら解散しても良いかしら? 後はお二人で愉快にお話すれば良いんじゃない」


 賢者は立ち上がり、錠によって閉ざされた扉を開いて出て行ってしまう。ネーネリアさんは帰り際に手を振って来たので軽く会釈した。


「私達も帰りましょう……もうここに居たくないわ。話聞いているだけで疲れちゃうよ」


「……ちょっとどうなるか気になるけど」


「絶対碌なことにならないから」


 フィニスさんだけを置いて行くのは気が引けるが、この話を私が聞くのは控えた方が良い気がする。それに女帝の逆鱗に触れる話題を知ることで発生するデメリットは大きい。例えば、女帝にすごい剣幕で睨まれたりね。


「フィニスさん、私はいなくても大丈夫ですか?」


「別に本気で喧嘩する訳じゃないよ。お話するだけだから心配しなくて良いよ」


「いや、あの顔見てそうは思えませんが……」


 今も騎士達が女帝の憤怒を和らげようと試みてるが全く効果はない様子。


 フィニスさんなら女帝が相手でも一歩も引かないだろう。心配するようなことは起きない、そういうことにしよう。何より彼女の邪魔はしたくない。迷惑を掛けるくらいなら身を引こう。


「では、帰らせていただきます」


「じゃあ、またね」


 手を振り返していると、ずんずん、と車椅子を押され円卓の間を出た。


 まさか会議が途中で中断していしまう事態が起こるなんて思わなかった。考えなくてはならないことは山積みだ。


 

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