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フィニスエアル ――少女が明日を生きるためだけの最終決戦――  作者: (仮説)
聖女が過去を知るためだけの女神邂逅
124/170

14.暗黒の巨人

 


 ◎


 


 ――〈勇者〉はこの世界における世界を救う者の一人とされている。〈英雄〉、〈救世主〉と並んで尊いとされる使命。時代の変革期には必ず現れる。但し――。


 


 サクティー・ヴァルトは突如として帝国都市に現れた黒い巨人目掛けて飛んで行ったフィニスを追っていた。


 同時に、凄まじい速度で空を駆ける金髪の美少女に戦慄している。〈勇者〉は他の人間とは魔法的にも、身体的にも、精神的にも優っている。特に戦闘面においては無二の実力を発揮する。瞬発力などはそれの良い例だ。


 だが、その膂力を以てしてもかの美少女に追いつけなかった。


「魔法にしてもどうやってあんな動きを!?」


 次の一歩でサクティーの視界からフィニスは消えてしまった。真っ直ぐに巨人に飛んで行っているだろうが。


 ただ、あの巨人をどうにかできるとは到底思えなかった。


 あれは〈勇者〉レベルの案件。魔法使いが集団で倒すならまだしも、か弱き少女が単体で乗り込む相手ではない。


「なら――」


 サクティーは立ち止まって、腰に提げた剣を引き抜いた。


「燃え上がれ――〈心想剣ハール・フラッシュ〉 !」


 彼の全身が赤いエネルギーに包まれ、一歩踏み出した。それだけで音速越えの移動が成立する。


 急速にフィニスに近づいた。


「ぐッ、あと少し!」


 しかし、足りない。既に彼女は巨人の怪異を目の前にしている。その口元に笑みが浮かんでいた。


「――《物理循環》」


 静かに発動した謎の魔法が腕を貫き――そのまま巨体の胴体を殴った。無音の一撃。凄まじい勢いで黒い巨人が倒れていく。


 轟音を鳴らして地べたに薙ぎ倒される黒い塊。街並みは怒涛の勢いで消えていく。


「……これは……?」


 理解ができない。茫然とその場に立ち尽くす、否、浮き尽くす。


 魔法を使った。けど、あんな巨体を殴り飛ばす魔法が存在するのか? そもそも存在して良いのか? 〈勇者〉にも理解できない。


 思考を限りなく遅らせながらも、彼女に近づいていく。呟きが聞こえてきた。


「完全に倒せた訳じゃないか」


「あ、あのフィニスさん……」


「サクティー君か、来たんだ」


「え、ええ。それよりさっきの魔法は……?」


 フィニスは思いの外あっさりと口にする。


「《物理循環》のこと? あれはね、エネルギーを吸収・放出するだけの魔法。何でもでっきる便利魔法なんだよね」


「吸収、放出……そんな魔法聞いたこともないです」


「だろうね。私も私以外に使っている人は知らない」


 あの説明だけでは完全に理解することができなかったが、結果的には巨人を殴れるほどのエネルギーを放出したのだ。


 もしかして――フィニスさんが強いのか?


 ここに来てサクティーは〈魅了の魔眼〉の影響を一部抵抗できた。異常にか弱く見える、という洗脳が解けたのだ。


「こんな感じで全部殴って行こうか」


「……できるんですか?」


「これくらいなら余裕じゃないかな」


 平然と言ってのける。実際、そう難しいことではない。巨人の怪異ではフィニスを脅かすことはできない。


 驚き、戦慄、自分より強い可能性が一度に纏めてやって来た。


 自分の中の価値基準と判断基準から崩壊の音が鳴る。


「……街に被害は出さない方が良いですよ。倒す以外の方法はありませんか?」


「なるほど。空に打ち上げるとかかな?」


 ――そんな馬鹿な。


 と、思いつつフィニスが本気でそう考えていることにさらに戦慄する。ただ、幸か不幸か、実行されることはない。


 何の予兆もなかった。唐突に、目下に転がる巨人の亡骸が大爆発を起こした。


「次から次へと何が起きているんだ!? フィニスさんは?」


 煙幕を剣の一振りで払う。避難誘導も済んでいる当然、誰もいない――と思ったが。黒い法衣を纏った老人がゴーストタウンとなった街並みを見回している。何か興味深いものでもあったのか時折立ち止まったりもしていた。


 ボケた老人がこのタイミングで散歩している、とは流石に考えられない。


「あなたは誰ですか?」


「……ん、あぁ……あ? 誰だあんたは?」


 とぼけた反応だった。まさに老骨に鞭打った残骸といった感じだ。


 率直によくわからない――というのが〈勇者〉の感想である。


「サクティー・ヴァルトです。あなたは?」


「それはそれはご丁寧にどうもよ。儂はトーエン・ディーエゴだ」


「あなたはどうしてこんなところに? 傭兵でありませんね、賢者魔法師団の者でも……神殿騎士、ですか?」


 黒い法衣というのは過分にして聞かない。不吉な色とは言え、そういう部署があってもおかしくはない。


「神殿騎士団ではないな。神官だったことはあるが」


「はぁ……では、今は?」


「まぁ、謀反を企てる反逆者といったところかな?」


「え!?」


「はっはっはっ」トーエンは軽く笑うと剣呑な瞳を向けた。「で、君は儂の敵ということかな?」


 サクティーは提げていた〈心想剣〉を構える。剣の切っ先を目の前の老人に向けて間断なくトーエンを見据えた。


 老人の目元が細まる。腰に手を回すとどこからか持ち手から剣身まで真っ赤な剣を抜いた。その刃は陽炎に纏われて歪んでいる。


「敵……」


「そういうあんたも騎士ではないな。傭兵って奴か。傭兵の中に強い奴が混じっているとは聞いていたが――なるほど、もしかしてあんたが〈勇者〉って奴か?」


「もしそうだとしたら?」


「いいや、確認しておきたかっただけだ――王城へ行きたいんだ、良ければ退いてくれ」


「ここを通す訳にはいかない」


「だよな――じゃあ、始めようか」


 先に動いたのはサクティーだった。地面を蹴って、一足飛びで接近する。


「《火炎槍雨》」


 迫り来る鋭く尖った炎を剣でいなし、踏み込みから斬り上げる。


 軽く首を振って避けてトーエンはさらに魔法を放った。


「《火炎槍雨》」


「ふっ――!」


 上に向けて放たれて雨のように降り注ぐが一薙ぎで振り払い、剣身に魔法を纏って突きを繰り出す。


「《一閃蛮勇刺殺》!」


 光線と化した剣身がトーエンを捉え、真っ直ぐに伸びる。


 老人は深紅の剣を真っ直ぐに差し込んでから、地面に振り下ろす。突きごと地面に叩きつけたことで地面に弩デカい穴が空いた。


 炎の槍の余波で街一帯は焼かれている。しかし、消火している余裕はなかった。


「今の攻撃をこうも容易く……一体何者だ?」


「さっき言っただろ、神官だった者だ。大した者じゃない、精々長生きなだけだ」


 未成熟とは言え〈勇者〉の技を跳ねのけたのだ、ただの老人ではない。


 国家転覆を企てることはある。手加減できる相手ではない――そう判断し、サクティーは己の剣の銘を呼んだ。


「〈心想剣ハール・フラッシュ〉」


 青色のオーラが彼を包み込む。静かな闘気が揺らめいた。


「見たことがない剣だ。この時代の魔道具にしてはなかなか悪くない」


「何?」


「こちらも準備は整った、こっちも魔剣を使わせてもらう――〈炎上剣フレート・ライナー〉」


 剣身からとめどない炎が噴き出した。数十メートル以上に伸びあがった熱の塊は意思を持って蛇のように蠢く。


「〈炎上剣〉は周囲に炎があればあるほど威力が増す変わった剣なんでな、本領を発揮するにも手間が掛かるんだ――」


 既に逃げ場もないほどに燃え上がっている。


「――その分、威力は相当なものだがな」


 うねる炎をサクティーに叩きつける。殺しきれない威力に家屋の外壁に突き刺さり、それだけでは留まらず粉砕して街道に転がった。


 先程よりも王城に近づいていることを確認しながら、治癒魔法を使って立ち上がる。


「ぐっ……」


「この距離なら届くか?」


 目前まで迫っていたトーエンは右腕を思い切り引き絞り、助走をつけて振り下ろした。長大な炎剣は空へ真っ直ぐに伸び、王城に至る。


 半ばに突き刺り、遠くで爆発が巻き起こった。


「ギリギリだったか、大して破壊もできなかった。まぁ、それはあいつがやるか」


 トーエンは釣りの容量で剣を引き上げ、周囲に渦巻かせる。


「さて、次は手加減できないぞ」


「《心想激上》――!」


 跳ね上がったサクティーの刃が橙色に赤熱する。足下に転がる一メートルを超える瓦礫すらも余波だけで吹き飛ばした。赤色でも、青色でもないさらに強力な剣。


 オレンジ色の衝撃波がトーエンに襲い掛かる。うねる炎が壁となり吹き荒れる、魔法の斬撃は拮抗した。


 トーエンは僅かに眉を寄せる。


「振れ幅が大きいな。これが〈勇者〉ということか?」


「足りないのかっ!? まだ!」


 サクティーは〈炎上剣〉に押し込まれ、地面を削りながら王城へと進撃される。《心想激上》を解放するも、道の血を炎上しながら進むため〈炎上剣〉の威力も増していた。


「ぐううううぅぅぅ、あああああっ! ――《水波圧縮砲弾》!」


 水壁が地面から噴き出し、炎熱を相殺した。うねる炎を薙ぎ払い、サクティーは駆け出す。空いた左手を空に向けて同じ魔法を繰り返す。


「《一閃蛮勇斬撃》!」


「シンプルだが、それが正解だな」


 すっかり短くなった〈炎上剣〉が軋んだ。雨った街からは火の影は消えている。炎上に比例する魔剣の威力は削がれていた。


 隙は逃さんとばかりに、目にも止まらぬ斬撃を無数に繰り出す。サクティーの斬撃は加速する。強敵相手に〈勇者〉の潜在能力が解放されつつあった。


「《有限槍炎熱雨》」


「《水波圧縮砲弾》」


 炎の槍は瞬く間に蒸発する。〈炎上剣〉の威力はさらに下がった。


「行ける――!」


「正解だが、問題は一つだけじゃない訳だ」


 老人の左手には黄色の魔法陣が浮かんでいた。手元で火花が弾ける。魔法は一定の指向性を持ってサクティーの剣へ向かった。


 瞬間――少年の全身に激痛が駆け巡る。


「うああああああああああああああああああああああああああ……!?」


 煙を噴いたのも束の間、サクティーは倒れた。意識を混濁させ、その身は痙攣している。


「《降落雷電荷》――それだけ濡れてればそうなるだろうな」


「がはっ――か……」


「生きてるのか。人体構造からおかしいな……儂が言うのは何だが」


「雷の魔法、だと……どれだけの魔法を修めている……?」


「修めてはいない。あの程度、誰でも使えるものだ。儂が十全に使えるとしたら光の魔法だが」


「光……」


「――時間がないな。苦しまずに殺してやろう」


 頭上に眩い光の魔法陣が瞬く。魔法の光熱が一点に収束し、第二の太陽として煌めいた。


 心の準備をする間もなく、裁きの光が降りかかる。


 未だ身体の自由は利かない、この場から逃げることはできない。サクティーは渾身の防御魔法を展開する。


「――《結界》!」


「この時代の〈勇者〉よ、眠れ」


 帝国都市に魔法陣と地上を繋ぐ光の柱が撃ち立てられた。爆発すら巻き起こさない対象だけを痛苦なく滅する裁きの一撃がサクティーを飲み込む。


 光が止まない内にトーエンは動き出していた。


「ファントスと合流するか」


 王城へと歩き出した三歩目、立ち止まる。トーエンは言い知れぬ違和感を抱いた。長年の経験というあやふやな理由だが、馬鹿にできない。勘は勘でも無意識な観察から生じたものである。


 自らが撃ち込んだ光に目を凝らす――。


 視覚よりも早く、聴覚に情報は入ってきた。


「――完全に油断してた……まさか《物理循環》が砕かれるとは思わなかった。それも三枚も」


 少女の真剣な声音だった。


 老人が息を飲んで待っていると、輝煌の中から絶世の美少女が現れる。彼女の足下にはサクティーが倒れている、当然健在だ。


 美しいとも思った、絵になるも思った――それ以上に異常だと思った。


「お前は何者だ?」


 トーエンは最大限の警戒をして、得体が知れない存在に尋ねる。


 少女は桃色に染まった右眼で敵を睨みつける。込められているのは殺意でも戦意でも警戒でもなく、純粋な戦意だ。


「――ただの〈英雄〉」


 黄金の髪が逆立った。


 

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