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フィニスエアル ――少女が明日を生きるためだけの最終決戦――  作者: (仮説)
聖女が過去を知るためだけの女神邂逅
123/170

13.襲撃

 


 ◎


 


 ――始まりは帝国都市を囲むように三角形を為す各都市からだった。


 〈立法都市〉、〈行政都市〉、〈司法都市〉の各地から黒い化物――予言の怪異が現れた。驚くべきことにそれは街に存在し得るあらゆる建築物の中から飛び出してきたのだ。


 都市外という警戒外の場所からだ、すぐさま避難指示を行う必要があった。


 賢者魔法師団が怪異の撃滅に向かった。


 先手を取られた形だ――いきなり囲まれてしまった。


 現れたのは合計五万にも昇る狼の化物。人を食い、炎を吐き、文明という文明を破壊し尽くす最悪の怪異だ。


 戦闘能力も比類なく、師団の魔法を避け、騎士の剣に食いつく。一体一体が兵士一人よりも少し強い。持ちこたえるのがやっとの状況だ。


 


 ――時計台下の市役所で、各地から伝えられた情報を纏め、応援をどこに向かわせるかを決めたりしている。要は、修羅場だ。非戦闘員にも熱が籠っている。


 見ているだけでは申し訳ない、という気持ちがますます強くなった。


 だからとって戦場においそれと向かうこともできない。未だ帝国都市には怪異すら現れないのだから。


「傭兵団も向かわせた方が良いでしょうか?」


 サクティー君が苦々しい顔を浮かべて訊いてくる。


「いつここに怪異が現れるかわからないから、待機してましょう」


「はい……」


「私がひとっ走りしてこようか?」


 フィニスさんはもう肩を回している。行く気満々だ。


 確かに彼女の足なら戻ってくるのもすぐだろうけど、敵の数を考えると相当の時間が掛かる。なんせ都市の四方だから。


 それまでの間、ここを開けて良いのかは迷う。どこにでも飛んで行ける戦力は残しておきたい。それとも、この手札は今切るべきなのか?


「…………」


「おや?」


 フィニスさんが呟いたので見遣ると、地面を見詰めていた。


 何もない、ただの煉瓦道。


 可愛らしく首を傾げている。


「何か来る――かなりデカい、かな?」


 私はサクティー君と見合わせた。


 意味がわからない。わからないけどわからないなりに彼女の考えを理解したい。


「振動かな?」


 とりあえず《振動感知》の〈言霊〉を使う。


 目下、数十キロ先から轟々とした揺れが発生していた。形を捉えることはできないが、巨大で沢山の何かが地上へ向かって進行している。


「これは……!? まさか怪異? こんなに大きな……」


 秒読みだった。


 時計台から街の外周に伸びる《通信》に割り込み、あらん限りの声を届ける。


「敵が地下からやって来る――!」


 ゴオオオオオ――という衝撃音と共に、地面からせり上がって来たのは全身を黒々と染めた巨大な人型だった。人の気配のない街区を剥がしながら身を起こす。


 王城を囲うように二〇体もの巨人が聳え立った。


 甘く見ていたつもりはない。


 だが、あれほどの戦力を集めたからには何とかなると思っていた。


 想像以上に恐ろしい。


「私はあの巨人を打ち倒してくる」


 フィニスさんは小走りで駆け出し、勢いそのまま空へ飛んで行った。


「あぁ! 僕も行きます!」


 追うようにサクティー君も市役所を飛び出してしまう。


 私はここで待機して作戦本部を守るべきなのか、治癒して回った方が良いのか。


「大丈夫、ユニス? 落ち着きなさい」


「ご、ごめん……どうすれば良いのかわからなくて」


「できることからやろう。とりあえず、地下シェルターが無事か確認しましょう」


「っ、そうね!」


 地下からあんな体積のものが二〇も出てきたのだ、どうなっているかわからない。彼らがどうなっているか確かめる――兵士は巨人の足止めで手一杯だろう。やるなら、私しかいない。


「《空間の透視》」


 たった今作り出した魔法で地面を透過してシェルターを目視する。


 一部抉れていたものの、端の方だったため被害は小さい。怪我人もいないようだ。


「《直れ》」


 遠隔で壁を修復する。ついでにシェルターをさらに強固し、振動が伝わらないように構造を改変した。人々は混乱しているものの、一応騎士も警備しているので直に落ち着くだろう。


 問題の一つは解決した。


 次は――と顔を上げた瞬間、視界にあった黒い巨人の一人が爆散して倒れる。ゆっくりと倒れていく姿の端に黄金の輝きが瞬いた。


「フィニスさん、もう倒したんだ……まさか殴って?」


 巨体が横たわる衝撃で街並みが吹き飛ぶ。


 何かこう他に方法はないかと思うが、凄い。


 私にもできる――? なんて血迷ってしまった。


「……《爆散しろ》! なんちゃって」


 断続的に巨人共の足音が響く。


 流石にそこまでのことはできないか。思考した刹那――カッ、と光が視界を埋め尽くした。爆音が耳朶を叩き、車椅子など容易に吹き飛ぶであろう暴風が吹き寄せてきた。


 反射的に《結界》を生成してスティアとくっ付いて嵐が過ぎ去るのを耐える。


「一体何なのよ、煙で何も見えないわ……!」


「まさか……」


 煙を透過して高いところから街を見回した。


 そこには黒い巨人の影などどこにもない。ただ、その場にいたであろう証拠とばかりに立っていたはずの場所が焦土と化していた。


「……〈言霊〉の力で」


 誰でもない私の力で巨人は殲滅された。


 文字通り、爆散したのだ。一体誰が巻き込まれた? 足止めしてくれた傭兵の人達、フィニスさんもか。


「なんてことを――」


「――当代の聖女は凄まじいな。ただし、その力を使うには警戒が甘過ぎだ」


 返事が返ってきた。


 しかし、スティアではない。別の男の声――。


 黒い法衣を纏っており、見た目四〇代くらいか。


「誰?」


「私が誰でも関係ない。お前は聖女失格だ」


 聖女失格――向いてない、とはよく言われることだから今更、揺らぎはしない。


 問題は彼から発される底無しの憎悪――否、殺意だ。


 殺意に晒されて息を飲む中、スティアが声を上げた。


「あなた、誰?」


「……聖女の補佐か、懐かしいな」


 男は呟いて右腕を振り上げた。いつの間にかその掌に三日月の形をした影の大鎌が握られている。


「逃げてスティア!」


「え?」


 一呼吸する間に振り下ろされた。


「《止まって》!」


「無駄だ」


 鮮血が舞った――薄い斬撃がスティアの胴体を斜めに切り裂く。


 彼女は気を失って、いっそ乱暴に倒れてしまった。傷口から留めなく血液が溢れ出る。


「――っ!」


 返す刃が振り上げられるも、首を捻じって回避する。


「戦闘能力に特化している、という訳でもないのか」


 見た瞬間にスティアの傷は〈言霊〉で治癒している。飛び散った血まで元に戻すことはできていないため、目を覚ますは当分先になる。


「呪いの斬撃をも治癒されている」


「……聖女祭の夜、路地で人を斬り付けた覚えはある?」


「そうか、奴は生きていたか。私を知っていたのだな」


「あ、ぐッ!」


 肩口に振り下ろされる鎌を《六重結界》で阻むも、障壁は一撃で欠けてしまった。男は弾かれてすぐ、その場で回転して脇腹に鎌を振る。それも《六重結界》で防ぐ。


 車椅子での戦闘は慣れていないためやりにくい。それは相手も同じ。


 ふと、男が訊いてくる。


「お前は聖女として何を為す?」


「私はできることをするだけ、手の届くところに困っている人がいるなら皆助ける」


「そうか。思った通りの答えだな――やはり破壊する」


 彼の持つ黒光りする大鎌が紫色の魔法陣を潜った。禍々しい魔法陣からは凄まじいエネルギーが吹き荒れ、空間を歪曲させる。


 刃が紫色の炎に包まれ、轟々と燃え盛った。


「《死屍者篝紫炎デッド・パレード》」


 男は無造作に腕を振った。


 呪いの炎は私の生成した《二〇重結界》を容易く斬り裂き、この身を深く抉った。左鎖骨を裂かれ、胸から右脇腹を鮮やかに――。


「うっ……――」


 右手に妙な浮遊感があると思ったら、ほとんど斬られて皮一枚で繋がっている状態だった。


 車椅子に寄り掛かった状態のまま動けない。


「《完善棘殺》」


 無手の左手が白色に輝いた。


「せめて苦しまずに殺してやる。さらばだ」


「くっ……!」


「無駄だと言っている」


 《衝撃波》を無効化され、彼の指先が私の喉を貫いた。


 ありとあらゆる箇所から血が溢れてくる。視界だった。視界。目に見えるものが、目に見えるものだけが視界だった。


「が、あっ……あ、が、ぁ、かぁ、かっ、ッ」


「聖女に祀り上げられければこうなることもなかった。恨むなら世界を恨め。そして、憎め。こんな世界を創り出した愚者を」


 思い切り引き抜かれる。喉から噴水の如く血を吐いた。


「かあッっ……」


「お前は悪くないのだろう。だが、運が悪かっただけだ」


 身体から大事なものが消えていく感覚がある。だけど、痛みはない。彼の言う通りこれなら苦しまずに死ぬことができる。


 視界だけだった。男はいなくなっていた。視界だけだった。


 目に見えるのは視界だけだった。私から溢れて煉瓦道を染める血液、ここは紛うことなき殺人現場だった。第一発見者は私だ。視界だけだった。


 


 ――死に掛けるのは二回目である。


 

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