12.予言の始まり
◎
――早朝、時計台の足下にて私は空を見上げた。太陽出て間もない時間帯だから肌寒く、思わず肩を抱く。つもこの時間帯は寝ているので意識もまだ浅い感じもする。
「何か羽織る?」
「ありがとう、スティア」
スティアからケープを貸してもらい、息を吐く。
まだ空は白い。帝国都市防衛に向けて既に動き出している。現在、神殿騎士団を中心に住民避難が行われていた。地下に造られたシェルターに移動してもらっている。
「地下シェルターなんて知らなかったわ」
「いつの間にかね」
私よりも長く住んでいるスティアすら知らない内にできたらしい。魔法を上手く使えば工事を隠蔽しながら地面を削り出すこともできる。
明確に都市の危機を想定していたもの。
あの女帝が造らせたのか。切れ者ではあるし、あり得なくもない。
「その怪異? の目的って何なのかしら。住民を襲う可能性はないの?」
「王女様が言うのは目的はあくまでも王城の破壊らしいけど」
「それも予言書って奴の情報でしょ? 正直、私はそれ自体に対して懐疑的だけどね」
「まぁ、《予言》くらいなら私もできるけど――〈予言書ネスタ〉の予言が覆すことができるかは気になるね」
「あぁ、絶対予言って奴ね? 予言を知って行動した結果予言が変わるか、行動した結果を予言するかね。でも、協力を求めたってことは修正できるんじゃないの?」
「それなら良いけどね……」
――帝国都市が危機に瀕した時、私はきっと動くだろう。では、予言書の予言は私が動いた上での結果を示しているのか? 何をしても都市に大きな被害が襲うとでも言うのか?
つまり、私が何をしても相手が上回ってくる可能性は依然としてあるのだ。その差が予言書で埋められるかはわからない。
「……大丈夫。フィニスさんがいるから大丈夫」
他人に依存しながら奮い立たせる。
と、肝心のフィニスさんがまだ来ていなかった。
「何やってるのかしら、あの人は……」
「寝坊って訳じゃないと思うけど。賢者魔法師団は都市の外周の監視だから時間が掛かっているのかもよ?」
「どうだか」
都市防衛に際し、各勢力で分担を行っている。都市外部から賢者魔法師団が監視し、内部は神殿騎士と傭兵が担当する。
私のいる市庁舎は謂わば作戦本部である。迅速を情報を集め、戦闘員に共有する役割だ。同時に接近してきた〈海型災害〉の撃退状況なども逐一報告されるとのこと。
まぁ、私は何をしないのだけど。
聖女にそんな雑事を任せられないと却下された。何もせずに待つとは不甲斐ない限りである。
「……あ」
――道の向こうから黒髪の少年と金髪の美少女が談笑する姿が見えてる。〈勇者〉サクティー君と〈英雄〉フィニスさんだ。
スティアの眉が寄るのがわかった。
「随分と暇そうにしてるわね……気のせいかもしれないけど、何か不健全な絵に見えるんだけど」
「完全に少年がお姉さんに誑かされてる図……」
仲良くしているようにも見えるけど、心なしかフィニスさんが少年を手玉に取っている感じがする。当のフィニスさんに自覚はないのだろうけど。
こちらに気づくと手を振ってきた。
「おはよう、ハウシア」
サクティー君にも軽く会釈する。
「おはようございます。首尾の方はどうですか?」
「準備オーケーだってさ」
「傭兵の方は大丈夫でしょうか?」
「はい、完了してます」
彼は両手を横に背筋を伸ばして返事した。
やっぱり、私の前だと気を張ってる。とは言え、平然と話し掛けてくる人なんてフィニスさんくらいしかいないけど。こういう意味でも指揮には向いていない。
やっぱり、最後の砦の役目しかできそうにない。いざという時は〈言霊〉でどうにでもする。なのでいつでも飛んで行けるように心構えだけはしておく。
「今回は敵の情報がほとんどないから、いつでも飛んでいけるようにしとかないとね」
「フィニスさんも同じこと考えていたんですね」
彼女の実力を正確に知っている訳ではないが、誘拐された際にその片鱗を見た。そこらの魔法使いとは比較にならない実力を持っていると思う。
過去に私がフィニスさんと戦って敗北した、という話もある。
「え、お二人とも戦うつもりなんですか?」
サクティー君が唖然とした顔を浮かべた。
車椅子である私、弱々しい美少女のフィニスさん――とてもじゃないが戦闘要員には見えない。
出る幕がないに越したことはないけど。
「いざとなったらだから、皆が頑張ってくれれば大丈夫」
「……危ないことはしないでくださいよ」
神妙そうに彼が呟く。
「もしかして全然信用されてない!?」
「できないでしょ」というスティアの声もしっかり届いたことだろう。
「私もそう思うかも」誘拐された身であるから説得力はある。
「最近友達からもそんなこと言われるんだよね……」
珍しく本気で訝し気だった。
フィニスさんの性格はともかく――いよいよ、帝国都市防衛戦が始まる。
◎
――王城にて、大広間に飾られた大きな絵画を女帝――ゴッドナイト・ゼイレリア・スコルピオスは見詰めていた。
その絵の中では街が火の海に包まれ、化物が崩壊した王城によじ登っている。まるでこの世の地獄のような光景がリアルに描かれていた。
この絵画は戦場を描いている、訳ではない。
この横幅二メートルを超える絵こそが〈予言書ネスタ〉である。正確にはその残骸だ。
魔道具の起源は不明だが、〈ゼイレリア〉の未来を映す。予言に従って帝国は様々な危機を乗り越え、栄華を誇っていた。
王宮には今までの予言の内容の詳細が文献が残されている。〈嵐型災害〉の接近、〈神獣〉の発生、〈聖女〉の殺害――といった歴史を動かした事件は全て記されていた。
だが――帝国が滅びる瞬間が描かれたことは一度としてない。
ゴッドナイトは静かに絵を見上げる。
「…………」
過去の文献を思い出しながら、呟く。
「――予言は変えられる」
ただし――必ず予言書に、予言が変わるという予言もされる。
今のところ、それがない。初めに見た時から光景は僅かたりとも変わらない。
誰によってこの事件が引き起こされるのか、何が襲ってくるのかさえわかっていない。ここまで情報がないのは敗北するからではないのか? 疑問がもたげる。
「〈海型災害〉は問題ない」
予言に描かれていないからだ。
帝国都市はわからない。
賢者と聖女を前もって引っ張り出した。今のところ賢者は出ていないが危機に陥ったら出陣するという言質は取っている。
「これでも足りないのか、それとも――」
要素が足りていないから敗北したのだと考える。
だが、それ自体が間違っている可能性はある。戦力だけでは足りないならば、何を準備すれば良い。
ゴッドナイトは右の赤眼と左の青眼を閉じる。一瞬の逡巡の末、宝物殿へと向かった。
安置されている〈神剣〉に手を伸ばす。
「こんなガラクタに賭ける時が来ようとはな……」
少なくとも、予定調和のような選択をしても結果は変わらないのだろう。
魔道具すら、予言書すら上回る行動をしなければ未来は変えられない。故に、ゴッドナイトはいつもなら絶対に選択しない方法論を選ぶ。