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フィニスエアル ――少女が明日を生きるためだけの最終決戦――  作者: (仮説)
聖女が過去を知るためだけの女神邂逅
121/170

11.天啓あり。〈勇者〉がいりゃ〈英雄〉もいる。ならば聖女は――

 


 ◎


 


 ――〈ゼイレリア〉の首都、帝国都市には王城を始めとした帝国の栄華を示す建築物が集められている。聖女殿や〈帝国魔導学園〉と言ったものだ。どれも大規模かつ、煌びやかに作られており、この国が中央大陸の中で最大の栄華を極めたことが察せられる。


 時計塔もその中の一つだ。


 街のどこにいてもわかるということで集合場所となることが多い市庁舎に付属された尖角の塔、私はここにやって来ている。


 目当ては市庁舎に置かれているとある魔道具である。正確にはもっと別の目的だが。


「ここに〈天啓鏡〉があると」


 ほえぇ、と言うのはフィニスさんである。


 今日ばかりは車椅子を押すスティアも文句を言ったり、噛みついたりはしない。


「さてどうしようか――」


 ――〈天帝会談〉を終えた日の夜には帝国からの書簡が届いた。そこには、予言書で現れるとされる怪異の情報と、帝国が準備できる戦力についてが記されており、賢者にも同様の手紙が送られたとも書いてあった。


 国から派遣された共闘する相手と会う、と言うのが今回の目的である。


「その〈勇者〉とやらはどんな人なんだろう」


 フィニスさんの呟き。


 私達がこれから会うのは〈勇者〉と呼ばれる男である。詳しい情報はなかったが、若いのに相当の腕前を持つ魔法剣士なのだとか。


 彼は騎士団に所属しているという訳ではなく、独学の剣と独学の魔法を用いて傭兵として暮らしている。このように、たまに国に雇われて戦うこともあるのだとか。


 つまり、顔合わせである。その集合場所が時計台。


 〈天啓鏡〉で彼が本当に〈勇者〉と呼ばれる存在なのかを確かめることになっている。


 スティアは首を傾げる。


「〈勇者〉なんて本当にいるのかしら?」


「私みたいな原理で魔法を使える人がいてもおかしくはないのかな」


「そんなポンポン現れたらもっと世界は平和になってるでしょ。もしくは、もっと廃れてるかも」


 まぁ、その通り。


 私の〈言霊〉の力の限界値は不明、本気で戦ってしまった場合、どうなるかは想像もできない。万能の力は喜劇も悲劇も思いのままだ。


 そうしたことを考えて、〈勇者〉はどれだけの力を秘めているのか。


 フィニスさんが唐突に呟いた。


「先に行ってて良いかな?」


「自然に何てことを言ってるんですか」


「約束の時間になっても来ないじゃん。それに、ちょっと中を見学するくらいだから大丈夫だよ」


「事情があるのかもしれませんし……もう少しだけでも待ちませんか」


「事情は誰にだってあるよ」


 フィニスさんは聞く耳を持たず、軽い足取りで市庁舎へと入ってしまった。


 一人で行かせるのは酷く不安だが、集合場所に誰もいない状況はまずい。やきもきしながら待つことになった。


「全くあの人は……」


 ため息を吐くスティア。相変わらず、彼女が苦手なようだ。


「見た目に反して精神は幼過ぎる」


「確かに。でも、それが可愛いような……」


「それがムカつくんだけど……どうしてこうも意見が分かれるのかしら」


「前、フィニスさんが自身で言ってたことだけど……会った人に特別好かれるか、特別嫌われるかする体質らしいよ」


 原因はわかっているような口調だった。


 慣れているとも言っていたが、恩恵も弊害も大きいだろう。


「……不自然に感情が発露したのもそういう効果があるってこと?」


「そうだと思う。私とかは思わず溺愛とかしたくなるし……」


「へぇ」スティアが不機嫌そうに呟いた。「軽々とした感じで好きになれそうにないわ……綺麗だと思うけどそれがますます嫌味っぽい」


「そんな風に見えるんだ」


「なよなよしてそうな割に自分勝手だし、すぐ媚売るし。何故か常に自信満々だし」


「あはは……」


 こればかりは苦笑いするしかない。


 そういうところはある。奔放で、勝手で、スキンシップ大好きで勝気な女の子。つまり途轍もなく可愛過ぎる、ということだが。


 満足したのかふん、と息を吐く。以前よりはマシになったのかな?


 直後、少年の大声が耳朶を叩いた。


「――すみません、遅れました!」


 腰に剣を帯びた黒髪の少年は膝に手を当てて、荒い息を吐く。ということは私達よりも一回り小さい、この純朴そうな彼が国から派遣された〈勇者〉なの?


「申し訳ありません、公園でボー、っとしてたら時間が過ぎてて」


「えぇ、わかりました」


「…………」


 スティアは見るからに怒っていた。人間だから間違うこともある、私は構わなかった。


「いえ、お気になさらず」


「本当にありがとうございます、聖女様」


 悪気はない。ならば、許すのは当たり前だ。


 汗々と顔を上げ、彼は背筋を伸ばした。


「サクティー・ヴァルトです。女帝陛下の命を受けて、帝国都市の守りを任されました。傭兵達との繋ぎもやります、よろしくお願いします」


「丁寧にどうも。私はユニス、一応〈聖女〉をやらせてもらってるわ。後ろにいるのはパートナーのスティア」


「どうも、関わることはないと思いますが以後お見知りおきを」


「はぁ、よろしくお願いします」


 刺々しい態度にサクティーという少年も引いていた。


「……えっと、賢者様の使いの方もいらっしゃると聞いているのですが?」


「先に〈天啓鏡〉のところに向かってるから合流しましょう」


「わかりました!」


 サクティー君は年相応な感じで返事した。


 


 


 ――市庁舎の中には用途に応じた受付が幾つも並んでおり、様々な事務手続きを行うことができる。壁に掛けられている案内板に従って奥にある少し広めな空間へと向かった。その一角に円形に切り取られた場所があり、中央に台座が設置されている。


 この奥に鏡がある。


 その前に、女性職員と仲良く話す金髪の少女を回収しなくてはならない。


「フィニスさん」


「あ、ユニス。来たんだ、ということは……彼が?」


 フィニスさんはサクティー君に流し目を送った。何故か。というか彼女からすれば無意識に。


 こんなことをされれば誘われてると勘違いしても仕方ないだろう。


 サクティー君は見るからに頬を赤くした。


「私はフィニス、賢者からの使者ってことになってるよ。よろしくね」


「え、えと、サクティー・ヴァルトですっ。こちらこそよろしくお願いしますっ!」


 九〇度に腰を曲げるサクティー君。


 しかし、男性にフィニスさんの魅了が利くとこうなるのか。これくらいなら可愛いものだけど。なお、職員の女性も目がハートになっている模様。


「君が〈勇者〉なの?」


「は、はい。頑張りますっ」


「あはっ」と溢すように笑い、フィニスさんは言った。「頑張ってね」


 特に意識した言葉ではないのだろう。


 だが、その言葉でどれだけ心を抉るのか。


 心を変形させるのは何も悪口だけではない。外様の私でさえドキッとしてしまったのだから、言われたサクティー君はもう詰んでるのではなかろうか。


「じゃあ、早速見て行こうか。前座だしすぐ終わらそう」


 フィニスさんが先行して、円形の空間に入る。


 中央に鏡がある。青い白い額に収められた鏡型の魔道具――。


「これが〈天啓鏡〉……」


 人目見ただけでこの鏡が特別なことはわかる。


 凄まじい魔道具だ、因果に干渉するだけ権能が込められていてもおかしくない。


「掌を押し当てればその人の使命がわかるみたい」


 先程職員から聞き出しであろう説明をフィニスさんがする。


「で、本人は使命がわかるんだけど他人が見るためには――〈検定鏡〉っていう対極の魔道具を見るんだって。だから私達は裏に回って、サク君はここで手をあてる感じで」


 裏手にも円形の空間と、赤い額にはめ込まれた鏡があった。


 不意に鏡面が揺らいだ。


 映像が映し出された。地に蹲る人々の前に立つ一人の男、その手には剣が握られている。守るための戦いに挑んでいる。


「〈勇者〉……」


 傷つきながらも敵に立ち向かう、紛うことなき〈勇者〉だ。


「こんな感じなんだぁ」


「意外ちゃんとしてますね」


「私もやってみよう」


 思い立った瞬間には表の〈天啓鏡〉に行ってしまった。


 子供のような行動力だった。


 しばらくとすると、〈検定鏡〉に像が結ばれる。辺り構わず兵士達が倒れていた、既に屍である。そんな中を堂々と進む鎧に包まれた男は真っ直ぐに何かを見据えていた。恐ろしい化物を見上げ、ただ進撃する――。


「〈勇者〉ではないのよね?」


 スティアが尋ねてくる。


 私も知らない。


 ただ、映像の内容は似ているようで違う。〈勇者〉ではない。そう、もっと凄い何か――。


「どうだった?」


「何て説明すれば良いかしら」


「化物と戦ってた、で良いんじゃない?」


「あぁ、やっぱりそういう感じか。使命だったなら納得かも……」


「何かわかっているんですか?」


「つまり、〈英雄〉ってことでしょ?」


 ――〈英雄〉。


 その言葉を聞いて腑に落ちた。途方もない化物と戦う英傑、闇に閉ざされた世界を救う存在。フィニスさんはその資格を持っているのだ。


「…………」


 とはいえ、こんなにお気楽な〈英雄〉がいて良いのだろうか。


「私は〈聖女〉かな」


「確かめてみたら良いじゃない」


 スティアの提案に乗って、〈天啓鏡〉の下へ連れていかれる。気負う必要はない、と言い聞かせて鏡に手を伸ばす。


 ――視界いっぱい光に包まれた。眩しくて閉じたくなる視界の遠くに像が結ばれる。真ん中にいる女性は人々に崇められていた。


 どういう意味が込められているかはわからなかったけど、聖女ではない。


 私の使命を理解した時には元の光景に戻っていた。


「…………」


「どうしたの、ユニス? 何を見たの?」


「〈聖女〉ではなかったわ」


 それはネーネリアさんにも言われたことでもあった。聖女の才能はない、と。


 苦い顔をするスティア。


「……あまり大きな声で言えないことね」


 聖女として活動している以上は使命も〈聖女〉であるべきというのは当然のこと。


「そっちの方が良かったわ……体裁的にも、精神的にも」


「ユニス?」


「流石、ハウシアだねぇ」


 フィニスさんの楽し気な声が聞こえてきた。


「〈救世主〉なんてそうそういないと思うよ。大変だと思うけど」


「……〈英雄〉も相当苦しいような気がしますが」


「でも、今ここに〈勇者〉、〈救世主〉、〈英雄〉が揃うって何かとんでもないことが起きそうだよね」


「縁起でもないこと言わないでよ」


「まぁまぁ」


 スティアに詰め寄られ、苦笑いを受かべる。


 笑い話で言っているものの、よく考えれば深刻なことのような気もする。フィニスさんのような底知れない者が英雄であり〈救世主〉の私を知っているという時点で因果が完成されている。そこに〈勇者〉が加わった――。


「そんな深刻そうな顔しないで。守ってあげるから」


「あ、ありがとうございます……でも、フィニスさんに怪我はしないで欲しいです」


「そうなったら治してよ」


 何か上目遣いで言われてるんですけどっ。


 口説かれてる感じがする! 気のせいだけど。


 頬が赤くなるのを感じつつ、頷くしなかった。


 


 


 ――それから、サクティー君も合わせて数日後に行われる〈帝国都市防衛戦〉について情報を交換した。帝国が雇った傭兵、神殿騎士団、賢者魔法師団の戦力とその配置を考えたり、住民の避難の手筈を整えたり。


 纏めた情報はすぐに共有される。


 なんせ二日後なのだから。


 こんな大事に関わるなんて平静ではいられないはずなのに、どうしてか心は弾んでいる。個の身体の元来の持ち主はフィニスさんとこぞって戦いたがったという。危機的状況における高揚は、その片鱗なのかもしれない。


 何て性癖だ。ハウシアを思い出すのも時間の問題か――。






 


 


 ◎


 


 ――帝国都市の隣、〈立法都市〉の一角にある邸宅の地下室にて男は呟いた。


「……この帝国を破壊する」


 冷たい煉瓦が囲まれたその部屋からは邪悪な吐息が幾つも漏れている。艶のある漆黒の肌をした獣――否、魔法によって作られた怪異が蠢いていた。神話生物〈神獣〉を基にして作られた化物である。


 下手な魔法使いでは太刀打ちもできない強力無比な戦力と残酷極まりない性格を有す化物。この怪異達を使って帝国落としを成し遂げるつもりだ。


 とはいえ、彼自身、その程度で落とせるとは思っていない。


 〈ゼイレリア〉の女帝は神々の血を引き継ぎ、圧倒的戦果を齎したと聞く。


 聖女の一声は海を割って、凍えさせたという噂もある。


 賢者は帝国建国当初から存在し、今まで帝国を守り続けていたらしい。


 甘くない。壁は多く、その上高い。


 しかし、まるで背中を押すように〈海型災害〉が襲来した。三つの勢力と戦わなければいけないところを、偶然とは言え二つにできたのだ。間違いなく追い風である。


 彼自身も当然参戦する。加えて二人の同じ時代を生きた歴戦の戦士も合わせ――三人と数千数万の怪異が一同に動き出す。


「初めからやり直す。帝国を破壊した後、中央大陸各国の撃滅だ」


 意志を固め、宣誓した。


 この男の名は――ファントス・ディオハミル。


 数百年を生きる不死系暗黒魔法を修めた大魔術師であり、世界〈五三〉位の実力者である。


 


 


 ◎


 


 ――帝国都市の隣、〈立法都市〉の一角にある邸宅の地下室にて男は呟いた。


「……この帝国を破壊する」


 冷たい煉瓦が囲まれたその部屋からは邪悪な吐息が幾つも漏れている。艶のある漆黒の肌をした獣――否、魔法によって作られた怪異が蠢いていた。神話生物〈神獣〉を基にして作られた化物である。


 下手な魔法使いでは太刀打ちもできない強力無比な戦力と残酷極まりない性格を有す化物。この怪異達を使って帝国落としを成し遂げるつもりだ。


 とはいえ、彼自身、その程度で落とせるとは思っていない。


 〈ゼイレリア〉の女帝は神々の血を引き継ぎ、圧倒的戦果を齎したと聞く。


 聖女の一声は海を割って、凍えさせたという噂もある。


 賢者は帝国建国当初から存在し、今まで帝国を守り続けていたらしい。


 甘くない。壁は多く、その上高い。


 しかし、まるで背中を押すように〈海型災害〉が襲来した。三つの勢力と戦わなければいけないところを、偶然とは言え二つにできたのだ。間違いなく追い風である。


 彼自身も当然参戦する。加えて二人の同じ時代を生きた歴戦の戦士も合わせ――三人と数千数万の怪異が一同に動き出す。


「初めからやり直す。帝国を破壊した後、中央大陸各国の撃滅だ」


 意志を固め、宣誓した。


 この男の名は――ファントス・ディオハミル。


 数百年を生きる不死系暗黒魔法を修めた大魔術師であり、世界〈五三〉位の実力者である。


   

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