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フィニスエアル ――少女が明日を生きるためだけの最終決戦――  作者: (仮説)
聖女が過去を知るためだけの女神邂逅
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9.呪いと聖女の力

 


 ◎


 


 やって来たのは帝国都市の外れにある一軒家だった。木々に隠れるように建てられた古く小さい邸宅である。異様に雰囲気が暗く、否応なく緊張させられる場所だ。


 材木が腐っているのか、中は鬱屈した空気で満たされていた。とても人が住める環境ではない。


「ここに何があるんですか?」


「人がいるらしいんだけど、私はあんまり知らないんだよね」


 と、フィニスさんは先行する二人の青年を見た。


 関係性は薄いようだ。なら、何故一緒に行動しているんだろう。気になる。


「この部屋に団長がいる」と片方が言った。〈解錠の宝鍵〉を使ってその扉を開くと、ゴトリという重い音が落ちる音がする。


 内側にある閂さえ魔法的に解錠していた。


「団長大丈夫すか!?」


「さっきより血の気が引いてる、ヤバいッて」


 手狭な部屋の壁に面して設置されたベッドの上に男が寝ている。彼らの言う通り、彼の顔色は真っ青だった。今にも死にそうな顔とはこういうことを言うのだろう。


 しかし、この苦悶に歪む表情は普通ではない。


「説明は後でするから治してくれよ聖女様!」


「頼む! もの通りだ! 団長をッ!」


「ということだから、治してくれない?」


「――わかりました。近づいてくれませんか」


 本当はダメだけど。


 異常は彼の胸にある。《凝視》すると服が透け、指程の長さの切り傷があった。


 魔法が負荷されている。かなり凶悪な――呪いと大別できるものだ。


「これ……誰がこんなことを?」


「気づいた時にはこうなってんだよ。路地裏で誰かにやられてたんだ」


「どうして治療院に行かなかったんですか」


「そりゃ……俺達は盗賊だからな。身元がバレちゃ治療どころじゃねぇ」


「――まさかそれで誘拐を画策したの?」


「ああ」


 ああ……ああ!?


 嘘でしょ。というか馬鹿――じゃなくて、短慮ではないかしら?


 それはともかく治療をしなくては。


「《治れ》」


 呪いは霧散し、傷は塞がった。


「治りました」


「もうか! 嘘だろ!?」


「早過ぎんだろ!」


 盗賊の青年達が詰め寄ってくるも、フィニスさんが目力で抑えた。


「マジだ、傷が塞がってる……」


「顔色もだいぶ良くなってる。聖女様はマジで聖女様だったんだ……」


 戦慄している二人だが、フィニスさんは当然とばかりに頷いていた。ハウシアとやらもこんなことをしていたのかもしれない。


「だけど、路地裏で人斬りをされるなんて意外と危ないんだねここも」


「とびきり性質が悪いですよ。呪いですから、あのレベルだと治療院でも治せないかもしれません」


 そういう時は私が派遣される。治せなくても症状は遅らせることができる。一言で治すので彼らのように驚くのもお約束。


 しかし、このような呪いを有する者が通り魔的な犯行に及ぶとなるとまずい。帝国騎士団が出張るにしろ、そこらの兵では返り討ちに遭うだけでは済まない。呪われる。


 今回の彼の場合は傷は浅かった。だから、数日持ったのだ。


「一体どう報告したものか」


「やっぱり、俺達を騎士団に突き出すのか?」


 盗賊の青年は静かに問うてきた。


「そうしたいのは山々だけど……」


「人間誰しも失敗するものだよ。今回のことで重々承知したと思うし、良いんじゃない?」


「そういうことで目を瞑って差し上げます、業腹ながら」


「聖女様、ありがとうございます。」


「聖女様聖女様ッ!」


「その代わり、今回の一件に関しては協力してもらうということで」


 呪いの所持者を特定しなければならない、これは急務だ。


 国家で管理しなければならない魔法技術。野放しにしておくことは勿論、罪は罪だ。彼を傷つけた責任は取らねばならない。


 今は寝ているこの人から情報を得たいところだ。


「この件は騎士団に報告して正式に捜査させます」


「上位勢の可能性があるか」


「上位勢?」


「いやぁ、こっちの話」


 フィニスさんは物憂げに首を傾げた。


 と、ここで改めて疑問がもたげてくる。


「フィニスさんはどうして彼らと共に行動していたんですか? 反応を見る限り知り合いには見えませんが……」


「ああ、それね。今日もハウシアのとこに遊びに行こうとしたらこの二人が神殿の前でうろうろしてたんだよね」


 訥々と語り出した。


 要約すれば、怪しかったから話を訊いてみると攻撃されたので返り討ちにしたらしい。それから彼らの事情を聞いて、〈私、友達だから頼んでみるよ〉とこの作戦を立案したのだとか。


 もう、何というか誰とでも仲良くしちゃうタイプの人間みたいだ。


「成功率は高かったし」


「了承はしてないけど……」


 半ば強引に連れ去ろうとしていた気がしてならない。


 そこの青年二人だけだったなら迎撃して終わりだったのは確実であることを考えれば、真っ当な方法ではあったのだろう。それで一人の命を救うことができたことは安堵するも、もう少しマシな方法を選んで欲しかった。


「まぁ、いいか。そろそろ良い時間なので聖女殿に戻りたいのですが」


 何だかんだと二時間ほどが経っている。


「送って行くよ」


「お願いします」


 始終、抱かれているけど彼女は顔色一つ帰ることはなかった。


「何かすげぇな……」「全く動じていない……修羅場を超えてる」


 などと、盗賊の青年が呟いていた。


 そういえば、まだ名前を訊いていない。


「私はユニス、と言います。あなた達は?」


「俺はベガ」


「俺はバルク、団長がジルブラスだ」


 三人には秘密裡にだが、また会うことになる。関係は良いに越したことはない。


 そうだ。危ない、忘れるところだった。


「〈解錠の宝鍵〉、返してもらうわよ」


「あ、はいっす」


 バルクから美術館から盗み出された魔道具を受け取った。魔法効果を可視して本物だと鑑定する。


 団長のジルブラスが助かれば彼らがこの鍵は必要なくなり、美術館に返却すれば聖女殿や王城の警戒態勢も解除される。流石に美術館からは移動されるかもしれない。


 後はどうやって入手したことにするか、だ。フィニスさんの発言で許される流れになったので言い訳が難しくなってしまった。


 正直に話すか。改心した、と。


「フィニスさん、お願いします」


「よし、君達も平和に生きなさい……という訳でまたね」


 ぶわっ、と二人分の身体が浮き上がり空を真っ直ぐに進んでいく。あっと言う間に小屋は遠くなり、帝国都市の中心が大きくなる。


 晩餐の時間だと言うのに市内は騒がしかった。


「騎士の人……」


 通りを駆けまわっている。


 それもかなりの人数で。


「何かあったのかな?」


「どうでしょう……あ、〈解錠の宝鍵〉を探しているのかもしれません」


「なるほど。鍵を渡せば解決だ」


 高度を下げていく、不思議なことに風の抵抗が全くない。不思議な魔法だった。


 騎士の進行方向の前に降り立つ。


「〈解錠の宝鍵〉は見つかりました、指揮官にそうお伝えください」


 証拠として鍵を見せる。


 騎士達は目を見開いた。


「聖女様を発見しました! 金髪の少女に抱えられています、至急応援を!」


 《通信》の魔法にてあらぬ報告をするのだった。


「嫌な予感がするんだけど……」


 フィニスさんのぼやき。激しく同意する。


 探されていたのは私だった。


 なるほど、〈解錠の宝鍵〉の盗難事件なんかよりも〈聖女〉誘拐事件の方が重要なのは考えればわかる。


「もしかして、私……また誘拐犯になるの!?」


「経験者だったんですか」


 フィニスさんは地面を一蹴り、屋根に飛び乗って逃げ出した。屋根から屋根へと颯爽に跳んで見せる。


「これはまずいね」


「逃げたら疚しいことがあるって認めるようなものでは……」


「はっ」と息を吐くのも束の間。「何とかなるよ。とりあえず聖女殿に行こうか。鍵のことは任せた」


「はぁ……わかりました」


 ここまで大事になったら、聖女の地位を使ってもどうしようもないじゃないだろうか――。


 しかし、そんな不安もフィニスさんの笑顔を見ていたら吹き飛んだ。えぇ、何とかなる。今だけは逃避行を楽しもう。


 暗夜に二人の影が瞬いた。


 

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