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フィニスエアル ――少女が明日を生きるためだけの最終決戦――  作者: (仮説)
聖女が過去を知るためだけの女神邂逅
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7.フィニスとユニス

 


 ◎


 


「あ……ここは」


 朝日が射して目覚める。天井は見慣れた聖女殿にある自室のものだった。


 どうしてここにいるんだっけ。昨日は確か王城を抜け出して花火を見た後に――出会ったのだ。あの美少女、名前はフィニスだったか。


 時間が経ったからか少し落ち着いてきた。感情の波も穏やかになっている。


「……あの記憶は何だったの?」


 昨日の夜、知らない記憶を体感した。見たこともないはずの景色と人々……実際経験したような現実味だった。


 ほんの僅かな時間だったが、あの光景を今も鮮明に覚えている。


 頭を抑えていると、扉がノックされた。


「おはよう、体調はどう?」


「おはよう、スティア。うん、身体は何ともないけど……私って昨日どうやってここに戻ったんだっけ?」


 昨日、フィニスさんに出会った以降の記憶が飛んでいる。


 私が寝ている間にスティアが車椅子を押して運んだというのが一番あり得そうだ。そして、一番訊きたいのはあの少女がどうしているかだ。


 会わなくてはならない――彼女が私の知らない私を知っていると言うなら、何が何でも話を訊き出さなければ。


「あの人、フィニスっていう人があなたと私を抱えてここまで飛んで来たの」


「抱えて、飛んで?」


「魔法なんだろうけど……それで運んだの。それについては後で話すわ」


 そう言うスティアの表情はどことなく暗い。あの後一悶着あったのだろうか?


 言いたいことも、訊きたいことも沢山あったがとりあえず着替える。いつものように手伝ってもらって大広間へと向かった。車椅子までちゃんと運ばれたみたいだった。


 広間へと扉の前でスティアが止まる。


「入らないの?」


「ちょっと、心の準備をしたくて。すぐ入るから」


 三回程深呼吸をして、彼女は車椅子を押す。


 部屋の中央に鎮座する横長のテーブルは二人で使うには大き過ぎるとは常々思っていた。聖女にあてがわれた以上、無関係の人間が使うことはできないから仕方ない。


 そう思っていたが、しかし、今日だけは三人で使うことになるのか。


 いつも私が使っていた場所に少女は椅子を置いて寛いでいた。金髪金眼、白色の軍服を思わせる衣服を纏っている。


「――昨日の……」


「おはよう、ハウシア」


「……!」


 まさか、聖女殿に滞在しているとは予想外だ。


 相変わらずの美貌。


 それに確かに私を見てハウシアと言った。


「話したいことは沢山あるけど、とりあえずご飯食べようか」


「は、はい……」


 彼女の対面にスティアと並んで座って、朝食を摂った。


 フィニスさんは実に美味しそうにご飯を食べている。毒気が抜かれるというか、自分が緊張していたことを自覚させられた。


 食事を終えてお皿を片付けてもらってようやく、話が始まる。


「顔色を見る限り調子は戻ったみたいね」


 と、フィニスさんが言った。


「えぇ、まぁ……」


「スティアーナから話を聞いてたけど、本当に記憶がなくなってるみたいだね」


「私のことを知っているんですね!?」


「知ってるも何も友達だったし」


「私は何者なんですか? どこであなたと会ったんですか?」


「ユニス!」


 彼女に尋ねると、スティアが詰め寄られた。


「そんなこと知ってどうするつもりよ? そもそもこの人が言っていることが本当かもわからないし」


「それはそうだけど……」


 過去の私の手掛かりを知っていると思しき人物を目の前にして話を訊き出さないなんてことはできない。


「別に変なことは言わないから安心してよ、ね?」とフィニスさんは微笑み掛けるがスティアは睨みを返す。如何にもマイペースそうな少女相手に一歩も譲っていない。こんな敵愾心を露わにするスティアは見たことがなかった。


「何度も言ってるでしょ! 彼女の名前はユニスよ!」


「ごめんなさい。でも、顔がハウシアだから間違えちゃうんだもん」


「だもん、じゃないから!」


「ちょ、落ち着いて」


 スティアが殴り掛からんばかりに身を乗り出すのでスカートを引っ張って抑える。いつもはこんなに短絡的過ぎる行動はしないのに。


 フィニスさんは慣れているのか掌を見せてまぁまぁ、と言うばかりだった。このまま話していても状況が悪化するばかりなので早々に切り上げることになった。


 広間を出て行ったスティアを追う前に、フィニスさんに問い掛ける。


「あの、あなたはこれからどうするんですか?」


「とりあえず館に戻るつもり」


「そうですか……」


「午後になったらまた来るからそんな顔しないでよ」


「……そんな顔に出てました?」


「まぁね。じゃ、頑張ってね。ハウシア」


「あ、はい」


 ハウシア、と呼ばれるのは慣れない。


 だけど、自然と染み込んでいくようでもあった。


 フィニスさんは広間の窓を開けると、颯爽と飛び出していった。多分、ここに来る時も同じように入り込んだんだろうな。


「フィニスさん、か」


 魔法で車椅子を押して、誰もいなくなった広間を後にした。


 


 


 ◎


 


「――私を見た人は二種類の行動を起こす。一つは魅了、言わずもがな強制的な好感度の上昇が効果。初対面でもかなり深い関係になれてしまうの。なってしまう、って言った方が良いのかもしれないけど」


 聖女の仕事を終えて自室に戻った私を出迎えたのは、金髪美少女のフィニスさんだった。


 朝食の後、住居に帰ったらしいが飄々と舞い戻って来たらしい。聖女殿には強力な結界が張り巡らされているはずなのに。只物じゃない。変な人であることは間違いない。


「そして、もう一つは敵意。魅了されない人は敵意……これも戦意って言い換えた方が良いのかもしれないけど。こっちは割合としては低いけど、朝のスティアーナを見ての通り話も聞いてくれなくなるの。初対面での印象が助長されるから理由はあるんだけどね」


「魅了か敵意……それ以外にないんですか?」


「魅了ギリギリの平静っていうのもあるから一概には言えないんだけどね。抵抗がある人は半々くらいかな」


 フィニスさんは自らのことをそう語った。


 ならば、私が彼女をやたら美少女だと思うのは魅了に掛かってしまっているからなのだろう。最近、街で美少女が報告されたが正体はフィニスさんである。数多くの人を一目惚れされてしまったのだ。


「スティアーナの異変は私のせいだから気にしなくて良いよ。それにハウシアの〈言霊〉ならこれも無効化できると思うけど、って〈言霊〉使える?」


「昔の私も使えたんですね!?」


「そっからか。最初から話さないとか――とは言っても、ハウシアとは一週間くらいの付き合いしかないんだよね」


「え、それだけですか?」


「でも、魅了の効果の通り関係は深かったと自負してる」


 その時の私は魅了を無効化していなかった、というかできなかったのか。それとも付き合いが短かったから必要がなかったのか。


 ベッドに淵に腰を下ろすフィニスさん。


「記憶喪失なると、一体何から話すべきかな。うん、私が最後に見た時の話をしようか」


「最後……」


「一言で言えば、〈神〉に吹っ飛ばされて彼方に飛んで行った、かな」


「〈神〉? 飛んで行った? というか私はどこにいたんですか?」


「相手は〈風神〉、場所は西大陸! 〈神覇王国インぺリア〉の滅亡を止めるため、ハウシアは戦ったの。その結果、殺されたと思っていたんだけど遥か離れた中央大陸で記憶をなくして生きていた! という訳」


 西大陸にある〈インぺリア〉という国は知っている。知っているけど、それはここから数千キロでは済まない距離に位置している。〈インぺリア〉の情報は遠過ぎてほとんど入っていない、脅威はいたいのだろう。


 だが、敵は何だ。〈神〉? 風の神である〈風神〉と戦った? 私が?


「待ってください……〈神〉に手によって西大陸の外れから中央大陸に飛ばされた、って冗談ですよね?」


「冗談のつもりはないよ。実際死んだと思ったから。確かめようともしなかったから途中に何かあった可能性はあるけど」


 だが、ユニスとしての私が発見されたのは〈テクノセイラ〉という泉で隕石のように落ちてきたらしい。その隕石が空からではなく果ての大陸からのものだった、と。


 そんなことはあり得ない。あり得ないはずだ。どんな威力で吹き飛べばここまで形を保ったまま辿り着くというの?


「〈言霊〉の力で何とかしたんだろうけど」


「そんなに凄い力だったんですか? フィニスさんから見ても?」


「一回立ち合ったこともあるけど、かなりトリッキーなことやってた。想像の現出、超強い結界も使ってたし」


 何を言っているかわからないが、私はこの力で結構戦っていたみたいだ。


 当然、下半身不随なんてこともなく。話し振りからするにむしろ好んでいたかのようだし。とはいえ、度々起こる衝動の訳も納得できなくもなかった。


 顎に手をあて、天井を見上げる彼女に問う。


「家族はいますか?」


「孤児だって言ってた。だけど、お姉ちゃんって呼ぶ相手がいたよ。後、自分を育ててくれた街の人々も家族みたいなものだって」


「……何か変わった人ですね」


「ふふっ」と、フィニスさんは笑って。「本当にそんな感じだった。可愛い女の子とか好きだったし。一緒に風呂に入った時とか……」


 心配になってくるんですけど。


 戦闘狂かと思ったら、皆に感謝して、美少女と遊ぶことが好き……変な奴以外に表現できる言葉がない。ただ、悪い人じゃなくて良かった。


 ――何より、愛されていた。


 フィニスさんの表情を見てもわかる。


 彼女は、ハウシアは人に愛されて、愛して育った。


 ハウシアが死んだことで悲しんだ人は沢山いたはずだ。


 しかし、このは身は生き永らえた――ここに記憶が眠っているだけ。


 この身体を返しても良い――そう思えた。


「どうしたの? ハウシア」


「――いえ、気になったことがあっただけです」


 それから、様々なことを教えてもらった。いつも際どい恰好をして大剣を担いでいたこと。今は白い髪も昔は海のような青色だったこと。国に四人しかいない〈RANK S〉のギルド館員だったこと。最高の騎士団に勧誘されていたこと。フィニスさんと同じ椅子に座ったこと。仲良くしていた少年がいたこと。〈言霊〉だけで〈神〉に食らいついたこと。


 すごい人だった。


 ハウシアは嘘みたいに強くて、優しくて、カッコ良い。


 今の私とは比べ物にならないほど、大きい。〈聖女〉には相応しくなくても、彼女はもっと大きなことを成し遂げることだろう。


 自分のことにように嬉しかった――なんて言うと少しおかしいかもしれない。だけど、そんな人がいるなら友達になりたいとさえ思う。


 何を迷う必要がある、この身体が必要とされるのは――。


「――何か思い出したりする?」


「いえ、微塵も心当たりがないです」


「一年も経ったら忘れちゃうのか」


「そういうことではないと思いますけど……少なくともフィニスさんを忘れることはないと思います」


 美少女という点を除いても、おかしさで言えばハウシアとどっこいどっこいではなかろうか。


 友達になるべくしてなった感が凄い。フィニスさんは愛されるタイプだから、ハウシアなら溺愛したことだろう。


「お話聞けて良かったです。これで……覚悟が決まりました」


「これまた深刻そうな感じだ」


「一つ、お願いしても良いですか?」


「良いよ、何でも言って」


 まだ内容を言っていないのに了承してきた。可愛いのに恰好がつき過ぎている。


 ともかく、頼みとは言っても別に難しいことじゃない。少し迷惑を掛けてしまうかもしれないど。


 コンコン――と、扉がノックされた。飛び出し掛けた言葉を飲み込んで、そちらを見る。


「晩御飯できたわ」というスティアの声、すぐにでも部屋に入ってきそうだ。


「フィニスさんどこかに隠れてっ」


「ふぇ?」


 そんな可愛らしく首を傾げてないで。


 という間に、スティアが部屋に入ってしまった。


「スティア、これは違うの! だから落ち着いて?」


「何の話?」


「へ?」


 振り向く先にフィニスさんはいなかった。


 消えた! あの一瞬で消えた。窓は閉じていて、鍵は掛かっている。なるほど、ベッドの下にでも隠れたのか。


 心臓に悪い。


「ユニス、どうしたの? ベッドの下に何かあるの?」


「な、ないわ! 全然ないわ!」


「……ふーん」


 かなり怪しまれている。


 私って昔からわかりやすいタイプだったらしいから、これはもう仕方ない。


 その刹那、スティアは床面に這いつくばってベッドの下を確認した。完全なる不意打ち。声の一つも出すことができなかった。


 これはまずい――と、肩を叩かれる。


「え」


「じゃあまたね」


 小さな声だったけど確かにフィニスさんの声だった。


 窓が独りでに開き、生暖かい風が吹き込む。


「何もないじゃない」


「何もないって言ったでしょ?」


「……ま、いっか」


 スティアは立ち上がると窓を閉め、私を車椅子に乗せて広間へ行くのだった。


 

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