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フィニスエアル ――少女が明日を生きるためだけの最終決戦――  作者: (仮説)
聖女が過去を知るためだけの女神邂逅
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6.運命の出会い

 



 ◎


 


 ――聖女祭三日目。


 聖女祭の最終日ということで、私は王城に招かれている。名目は舞踏会である。下半身不随なので見物するだけかと思われたが挨拶したいという人が留めなくやって来て大変だった。


 落ち着いてきてからは、聞こえてくる長閑な演奏を楽しみながら、会場の全景を見渡した。


 舞踏会の会場である広間には煌びやかなシャンデリアが吊るされ、彫刻が壁面に埋め込まれている。床面も艶やかな石が幾何学的に整列していた。脇にはテーブルが並べられており、立食もできるようになっている。


 後方には先日パレードを行っていた楽団が楽器を弾いて、貴族達が優雅に踊る。祭に浮かれているのは民衆だけではないようだ。


「ちょっと出ましょうか」


 スティアに言って、私達は会場から出た。


「どうしたの?」


 と、車椅子を押されながら尋ねられる。


「私がいても気を遣わせるだけだから」


「それくらい大丈夫だと思うけど……」


 堂々としていれば良い、というのはわかるけど――立場があるからか過剰に畏怖されてしまっている。貴族の方々は流石というか平然としているものの、給仕さんは露骨に目を逸らしたりしているのだ。不快ではなくとも、少々居心地が悪い。


 何より踊れないのに舞踏会にいるのもどうかと思う。


「ちょっと外で出ても良いかしら?」


「一通りは挨拶したから問題はないけど……」


「じゃあ、お願い。スティア」


「はいはい、聖女様は気まぐれなんだから」


 堂々と王城を抜け出して街へ繰り出す。目的地はないものの、花火がよく見える場所へと移動していく。


 上の方から声が聞こえたと思うと、建物の屋上に上がっていた人々はいつ花火が上がる瞬間を待ち望んでいた。同じように数えきれない人が窓を開けて空を見上げている。


 街の中心から少し離れたところにある大きな川を越えて対岸と繋ぐ大橋まで来た。空のよく見える開けた場所だが、あまり人はいない。聖女として目立ちたくないので好都合である。


「あと数分ってとこかしら、丁度良いタイミングだったみたいね」


 スティアが言った直後、橋を渡る人とすれ違う。


 すっと背筋を伸ばした少女は胸に荷物を抱えて歩いた。鋭い踏み込みとどことなく剣呑の雰囲気が漂う。


「あれ……エリ?」


「……お久し振りです」


 紛うことなきネーネリアさんの邸宅にいた乙女。


「知り合い?」とスティアが眉を寄せる。


「えぇ、ナノンさんの紹介? みたいなもので」


「……そんな話聞いてないけど」


「あ、いや、それは……普通にね?」


「まぁ、いいけど」


 人前だからかスティアはあっさりと身を引いた。


 後からごやごや、と言われるかもしれない。


 気を取り直して、手を振ってみる。


「エリも花火見に来たの?」


「いえ、人を探していました。モノクルを付けた白い服を着た、金髪の少女を見ていませんか? 背は私と同じくらいです――尋常ではない美少女です」


「尋常じゃない美少女」


 ハードル上げ過ぎでは?


 白い服を着た金髪……道中にそんな人はいなかったと思う。スティアを見ると、首を横に振ってきた。


「来るまでには見てないわ」


「そうですか。彼女もそれなりに大人ですから問題ないと思いますが……」


 言いつつも、気掛かりな様子だ。


「一人でどこかに行くのが危ないという意見には同意するけど、それはエリもじゃない?」


「いえ――気配を」


 エリは何もない左側に視線を向ける。


 川しか見えないだろう――そう思った瞬間、何かがそこに聳え立っていた。黒い、二メートルくらいの塊。


 否――人間だ、高身長の老人が立っている。


「え……?」


 気づかなかった。一体いつからそこに?


 スティアも目を見開いている。やはり、私だけに見えなかったという訳でもない。


「えと、すみません。気づかなくて……」


 老人に謝罪するも、何か岩に話し掛けている気分になった。さっきから微動だにしていない。不自然なくらい固定されている。


「普段は気配を消しているのでお気になさらず」


「はぁ……」


 それなりの年だが、声には張りがある。貫禄に溢れているとでも言えば良いのか。トーンもあくまでも常温という感じだ。


 エリと老人の並びは案外様になっていた。


 どちらも静かな人だからだろうか。それとも――。


「私達はその少女を探すのでこれくらいで。もしも、ここにいたらエリとガイザーが探していた、時計台にいる、と伝えてくださるとありがたいです」


 流れるように頼み事を。


 反射的にわかった、と返事してしまった。まぁ、これくらいなら良いだろう。


 一礼してエリは大橋を渡って帝国都市の中心へと歩いて行った。ガイザーという老人の姿は見えない。視線を外したのは瞬間だったにも関わらず、完璧な隠形を――驚きすらしない、衝撃すらも隠されてしまった。


「隠蔽の魔法? 変わった一行ね……」


 彼らを端的に表した言葉をスティアは溢した。


 奇妙な老人に非凡な少女。加えて精神だけ大人な幼女というのも追加しよう。


 それだけ聖女祭が人気ということなのかな。


「――……あ」


 ヒュー――と、甲高い音が耳に届く。次の瞬間、数百メートルを超える暗夜の大空で光の花が咲いた。


 放射状に広がって半ばで消えていく。間もなく、二発の花火が打ちあがった。


「綺麗……」


 自然と言葉が出た。


「そうね」と返事が返ってくる。


「魔法……じゃないのよね? これ」


「えぇ、火薬を使ってるみたい」


「でも、こんなカラフルにできるものなの?」


「炎色反応とか言うらしいわ。色が変わる物質を混ぜてああやって打ち上げてるんだって」


 魔法で再現することもできるだろう。


 しかし、これは魔法を使えないものが自然の中で実現したもの。魔法なんて勝手に着いてきた才能とは画する技術だ。


「テンセーっていう人が作ったみたい。その人が作ったものはどれも文化を進歩させる凄いものばっかりなのよ」


 なんて解説も聞きつつ、続々と空に昇る花を眺める。


 花火は絶え間なく三〇分は続いた。最後に一際大きい花が舞い上がって遥か上空で爆発して、聖女祭は幕を閉じる。空は真っ暗になった――。


「そろそろ城に戻ろうか。パーティーも終わる頃だからね」


 スティアに押される。


 大橋の先で女性が欄干に肘を立て掛けていた。


 すっかり暗くなった空を物憂げに見上げている。月光が差し込んで長い金髪が瞬いた。


 しかし、何よりもその横顔が美しい。


「あ」


 エリが言っていた人物の特徴に当てはまる。着ている服も白い。結構近くにいたみたいだ。入れ違ったのかもしれない。


 私は伝言を言付かっているので、車椅子を止めてもらった。


「すみません、少し良いでしょうか」


「ん、はい?」


 彼女は首を傾ける。右眼にモノクルが掛けられていることがわかった瞬間、圧倒的美少女オーラが目の前に吹き荒れた。


 何だこの尋常ならざる可愛さは!? 人体のパーツ全てが美しさに直結している。


 そして、何故か流し目を送られた。


 動揺した。私は激しく、動揺した。


「えと、えとえと……エリという知り合いがいませんか? 彼女があなたを探していました、よ……?」


 止まらない心臓の動悸に耐えつつ、伝言した。


 美少女は目を見開いて「ああ」と呟き、「はぐれちゃったんだよね~」と、悪びれもせずはにかんだ。


「教えてくれてありがとう」


「礼を言われるようなことでは……」


「そっ――……か……?」


「えっと、何ですか?」


 美少女から表情がすっと、消えた。


 何か怒らせるようなことしたっけ、あの一瞬で? 流石にないと思うけど。


 底冷えするような美しさに晒され、不思議な気分になるのも束の間、彼女は口を開いた。


「――ハウシア」


「え?」


「……久し振りね、ハウシア」


 ――ハウシア、と言った。


 彼女は私をそう呼んだ。私を見て。私を見て、ハウシアと呼んだ。ハウシア。誰だそれは? 私の知らない名前だ。ユニスというのが私の名前だ。泉から引き上げられた時にスティアによって名付けられた。そう、名付けられたもの。知らない名前と言うならユニスも同じ。じゃあ、ハウシアはどこから来たものなんだ。彼女は、かの美少女は確信持って言った。ハウシアと。


「私のこと覚えてる? フィニスだよ、フィニス」


「フィ……ニス……」


 ――フィニス。


 ユニスという名前は私がそう呟いたから名付けられたと聞いた――……ニス、と。覚えていた? 記憶じゃなく身体が?


 フィニス。フィニス。ユニス。


 フィニス。


 ユニス。


 黄金なる美少女――フィニス。黄金の刺繍の入った白色の軍服を思わせる上着にスカート、ハイソックス。モノクル。


 頭痛がする。吐き気と酩酊感も。


 ここはどこだろう。岩石が埋め尽くされた荒れた土地。緑色の巨大な人間――いや、神々しきな何者かが地獄のような業火に包まれている私に手を伸ばしてくる。


 ずっと遠くに金色の光が瞬いて――。


「あ――あ、ああ……あああああ!」


 万力のような力で頭を抑えつけられたような。


 わからない、知らない記憶もフィニスもハウシアも――何もかもがわからない。


 知らない世界の知らない記憶の中で私は歩いていた。


「ああっ、違う! 知らない、ああ、ああああああああああ!!! ――あ」


 その瞬間――驚きに顔を染めるフィニスさんの顔を最後に、記憶が途切れた。


 

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