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フィニスエアル ――少女が明日を生きるためだけの最終決戦――  作者: (仮説)
聖女が過去を知るためだけの女神邂逅
112/170

2.聖女祭

 

 ◎


 


 聖女祭――。


 中央大陸にある七国の一つ〈天帝国ゼイレリア〉における、聖女の誕生を祝う祭礼。


 歴史は数千年前の神話大戦にまで遡ることができる。人類にあだなす神々から民を守ったのが突如として舞い降りた聖女と〈十聖神〉の血を引いた〈血統者〉だった。彼らの尽力で中央大陸は平和を取り戻し、栄華を極めた。


 そんなこともあり、この国では毎年この季節になると聖女を祝う祭礼が行われる。他の六国でも祭は行われるが大人の事情でどこも時期が異なる。今季は〈ゼイレリア〉で行わるというだけの話。


「〈血統者〉云々はどうなったか訊いてもいいの?」


 その話を聞いて気になったのはそこだった。


 何の過程があって聖女だけが祀られることになったのかは大いに気になる。


 スティアが答えてくれる。


「〈十聖神〉とは言え、神への信仰を大規模で行うのは風当りが悪いのよ」


 神の血を引く〈血統者〉も神々の類するため、祀るのは控えられた結果、聖女が大々的に祀られることになった、ということらしい。


「敵対した神々の方が数が多いのね。それは納得したけど、聖女祭……私も何かやるのよね?」


「聖女様だもの、当たり前でしょ。とは言え、大袈裟に何かする訳じゃないわ。大勢の前で挨拶する程度よ」


「程度じゃないわよ! そんなことできないわ!」


「あなたなら大丈夫、ちゃんと準備するから安心して。ね?」


「ううん……」


 そう頼み込まれると断り辛い。私が断ることができる性質なら、そもそも聖女すらしていない。下半身不随の生活が保証されるという打算もあったとはいえ、だ。


 とはいえ、役割を任せられた以上は嫌でも全うする。聖女の立場は今や王国の趨勢に口を出せてしまうほどの強権、不用意に入れ替えることもできない。


 ならば聖女に相応しい挨拶をしようではないか。


「とりあえず、頑張ってみる」


「全力でサポートするから気は張らなくて良いのよ。お祭りの主役は国民なんだから、ユニスも回ればいいわ」


「祭は初めてだから気になるわ」


「じゃあ、回りましょう。流石に全部は無理ですけど決めてれば問題はないと思う」


 そんな訳で聖女祭が行われる。


 聖女神殿でも催しがあるようで神官達も忙しなく働いていた。スティアも私の車椅子を押さない時はお手伝いをしている。


 国民からの相談の方は祭礼の直前ということで劇的に少なくなって、手持無沙汰な状況が続く。退屈というのは平和で良いものの自分だけが休むというのはどうにも性に合わなかった。


 ――性に……?


 数か月前に生まれたばかりの私に性なんてあるのだろうか。


 わからない。わからないけど、身体が覚えている気がする。もっと自由に飛び回っていて、何者にも縛られず、常に気の赴くままに――……そこでイメージは途切れてしまう。


 そして、鬱屈とした気分になる。


「……ナノンさんのところに行こ」


 立場上、一人で聖女殿から出ることはできない。


 私が行ける場所は限られている。神殿内や、付随する施設なら基本的に自由に動けるが防護結界外は許可が必要になる。


 今、私が向かっているのは懺悔室というところだ。勿論、懺悔しに行くのではない。


 車椅子を言霊で浮かせて段差を乗り越えて懺悔室に立ち入る。カーテンの向こうから静謐な声が投げ掛けられた。


「懺悔室には車椅子で入っちゃダメよ、ユニスさん」


「はい、すみません」


「話なら談話室から出て聞くから、おいで」


 狭苦しい空間を出ると、白色の神官服を纏う女性が待っていた。落ち着いた雰囲気と、優し気な目元が特徴的な聖女神殿唯一の女性神官――ナノンさん。スティアとは血縁関係があるとかないとか。


 私が聖女になってから度々、お世話になっている人物でもある。詰まらない愚痴を聞いてもらったり、聖女としての心構えを説いてくれたりもした。彼女がいなければ聖女を続けていなかったというくらい、私にとってはありがたい人だ。


 ナノンさんに車椅子を押してもらって、奥にある談話室へ向かう。テーブルの前で停止、お茶を準備してくれた。


「それでどうしたの? また不安なこと? 聖女祭の挨拶ならそんなに気負わなくても良いのよ?」


「最初から行先を潰さないでください。今日は話を聞いて欲しいだけです……」


「これまた沈んでるわね。お茶でも飲んで、話してみてよ」


「はい……」


 私は度々感じていた、自分の使命と、それを否定する源泉のわからない気持ちについて吐露した。ナノンさんは私が湖で発見されたということを知っているので、失われた記憶に関係している可能性についても話した。


 まとめれば、本当の自分とは何か――ということに集約する。


「…………」


 紅茶を啜り、ソーサラーにカップを置くとナノンさんは口を開いた。


「本当のあなた、ね。難しいわね、それ」


「すみません、変なこと聞いて。でも、この乖離がどんどん強くなっている気がするんです。いつか自分が何をしたいかわからなくなる時が来る……ような気がします」


 今は、違和感を抱く程度だけどこれから先はわからない。きっと募っていくだろうし、苦悩することになる。いつ自分を見失うか不安でしょうがない。


 そうね、とナノンさんは言う。


「立場が違う以上は気持ちはわからないけど解決策はないでもないでしょう」


「解決策?」


「えぇ、三つかしら」と、三本の指を立てる。「あなたが何を優先させるかによって方法は変わるわ」


「聞かせてください」


「あなたが記憶喪失だと仮定して……過去のあなたを優先させるなら記憶を取り戻す方法を試せば良い。簡単なものだと失った記憶を想起させる出来事や物と触れることで呼び起こされることもあるわ。二つ目は、過去のあなたを完全に切り捨てて今のあなたとして生きること。違和感を全部無視すれば良いだけよ。三つ目は、受け入れること。半分はあなた、もう半分は過去のものって感じで……そんことができるかはわからないけどあなたの力なら何とでもなるでしょう」


 過去を選ぶか、今を選ぶか、両方を半分ずつにするか。


 全てを差し出すか、全てを得るか、半端で妥協するか。


 どれもそう簡単に選択できるものではない。


「違和感を恐れるくらいなら今のままで良いんじゃないかしら。強迫的な衝動ではなければ実害もないし」


「そう、ですね……」


 過去に私がどんな存在だったのかはわからない。


 もしかしたら、犯罪者かもしれない。そうなれば、思い出したことを後悔する。最悪のケースを考えるならこのまま触れないままの方が良いのだろう。


「私にはこれくらいしか言えそうにないわ」


「いえ、ありがたいです。言葉にして理解できると心構えが違いますから」


「そう言ってくれるとありがたいけど――あ、そうだわ!」


 唐突に、ナノンさんが席を立った。


 天啓でも降って来たような晴れやかな顔だ。


「私も悩んだ時に相談する相手がいるのよ。昔、私の命を助けてくれた恩人なのだけどね」


「そうなんですか? なんか意外です……ナノンさんが悩みなんて」


「完璧な人間なんていないもの。もしかしたら、あの人ならあなたのその問題にももっと良い答えが出せるかもしれない」


「…………」


 知らない人に相談するというのは嫌だが、ナノンさんの相談相手というのは興味があった。彼女がここまで言うのだからさぞかし素晴らしい人物なのだろう。


「最近、帝国都市に戻って来たばかりなの。良ければ紹介しましょうか?」


「えぇ、是非聞いてもらいたいです」


 

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