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フィニスエアル ――少女が明日を生きるためだけの最終決戦――  作者: (仮説)
少女が明日を生きるためだけの最終決戦
11/170

10.入国失敗

 

 ◎


 


 〈王国都市〉北部近郊一〇キロの草原――。


 黒色のガラスの体に黄色の幾何学模様をした巨体が城壁に向けて進行していた。神獣、それも〈狼型カニス〉。体長一〇メートルを優に超える巨体が総勢一〇体が緑を駆ける。


 その先に、国を守らんと王国騎士が悠然と構えており、一番前には鎧を着こなす女がいる。その後ろにおよそ一〇〇人が整然と並んでいた。その手にはそれぞれの獲物、剣、弓、杖と様々な武具が握られている。


 右腕を敵にかざすと、先頭の女性は高々と叫んだ。


「魔法部隊、術式展開! 弓部隊、矢を番えぇ! 一斉発射《雷撃掃射》《火炎連弾》!」


 獣に向けて雨のような雷の矢が降り注ぎ、正面からは魔法部隊の放った火炎光弾が襲い掛かる。空まで立ち上る爆発が地面をも抉って巻き起こった。


 迫りくる余波による煙に目を細めながら女騎士は様子を窺う。


「……どうだ? 一体ぐらいは倒せて欲しいものだが……」


「やりましたね、副団長!」


 すぐ後ろに立っていたとある青年騎士が心なしか不吉なことを口走った。


 副団長と呼ばれた女性は眉間を険しくしながらそれに答える。


「そんな簡単に倒せたら一〇〇人も引っ張り出されない。多分、良くて半分だがそれ以下もあり得る……」


「そんな……!」


 ざわめきを打ち消す咆哮が煙霧の向こう側から響く。


 思わず耳を塞ぐ騎士達は晴れた視界を見詰めた。想像以上に接近されていた巨大な身体と鋭い牙が迫る。


 気圧された多くが膝を震わせるが、副団長はすぐさま抜剣し、神獣に向かって振った。


「隊ごとに解散! 弓、魔法部隊は常に距離を取りながら攻撃! 近接部隊は死ぬ気で留めろぉぉぉおおおおおッ! 城壁に近づけるな、増援が来るまで耐えろッ! こいつらは普通の神獣じゃない!」


 神獣のハンドスタンプと副団長の剣が重なった瞬間、暴風が吹き荒れ戦線は崩壊した。戦士達は指示に従って、あるいは日頃の訓練の通りに行動し、それぞれ戦闘を開始する。総計一〇体の〈カニス〉は等しく人々に突撃し、飲み込まんと牙を剥き出す。


 一体を一人で足止めする副団長は腕から肩にかかる重みに苦痛の息を漏らした。


「《全強化術式》展開!」


 魔法の恩恵で、わずかにだが巨体を浮かせた。


 だが、それでも、押し込まれるのは女騎士だ。大きく開いた口内の奥は虚無の暗闇が広がっており、ただそれだけで威圧してくるようだった。何か大きな意思が巣食っているように思える。


 途端、口内から光輝があふれ出した。


「――っち」と牙を受け流し後退しながら魔法を展開する女騎士。「術式展開《硬化障壁》!」


 発動と共に灰色の壁が現れ、目の前の神獣の姿を隠す。次の瞬間には狼の口から光線が放射され、魔法障壁目掛けて吐き出された。瞬く間に赤熱した壁を撃ち抜いた光線は数百メートル伸び、草原を焼き焦がした。


 側面に面するように回避した副団長は炎上した都市近郊を三白眼で睨んだ。その瞳の半分は周りの光景に巡らせていた。


「たかだか一体でこれか…………これが変異種、勝てる訳がない…………」


 他にも九体、既に草原は火の海へと変貌しており空前絶後の戦場と化していた。蹂躙された騎士達は戦意喪失した者も少なくない。もはや戦線を維持することも叶わない。


 これはたった二分の出来事だった――。


「これではとても〈王国都市〉を守り切れんっ……増援が来る頃にはもうっ……!」


 王国生粋の〈天剣騎士〉ならば白兵戦でも勝利できるかもしれない。


 だが、いない者はいない。総司令から期待もされず「とにかく持ちこたえろ」と指令されただけの副団長。


 半分は絶望だが、もう半分は悔しさだった。


「――このッ、雑魚晒しがあああああ! 私がやらなければッ!」


 強化魔法を重ね合わせ、赤色のオーラを纏った副団長は怒号を上げ、剣を振り上げ神獣に突っ込み、圧倒的な腕力で前足の半ばまでめり込んだ刃を袈裟がけに引き絞る。


「あっ、ああああああああああああああああああああ!」


 喉が潰れるほど叫ぶ、ガラスを砕く破裂音を聞きながら剣を振り切った。


 息も絶え絶えに影を見上げると、足が欠けたにも関わらず、顔色一つ変えずに大狼は覗き込むように女騎士を見下ろした。口の隙間から熱味が漏れ、再び光線が放たれる。


 その寸前――、副団長を捉えていたはずの獣が顔を上げ、反対の空を見上げた。


「なっ、あれは!? 何故こんなところに魔法使いがいるんだ!? ここは飛行禁止地域のはずだ!」


 外壁からの砲撃対象となるので侵入禁止空域となっているはずの空に金髪をたなびかせる人影がいた。一体だけでなく、その場にいたすべての〈神獣〉が引き寄せられるように一点を見詰める。


 そして、同時に破壊の根源たる光の砲撃が吐かれた。


 両腕いっぱいに荷物を抱え人影は一点に収束した光に為すすべくなく飲み込まれる。空は凶悪なまでに流麗な黄色に彩られた。


「あ、あああ! そんなっ!」


 


 次の瞬間、光線を吐き続けていた狼の頭は吹き飛んだ。喉を貫かれ草原に身を倒す姿を見ながら直感する。


 ――……反射、と女騎士の脳裏に過るタイミングで〈神獣〉は粒子と化して消滅した。


 一瞬にして血みどろが嘘のように晴れた。死にかかっていた騎士の誰もが見上げる先には既に何もいなかったが、確かに見ていた。


「黄金の……女神……」


 誰かが呟いた。誰もが頷き、誰もが目を閉じ生を噛み締める。副団長の女騎士は剣を杖のようにして体を持ち上げ、城壁の向こう側にある都市を見遣った。


 彼女には辛うじて確認することができた。


「〈王国都市〉に入ったか……」


 女神などではないことはすぐにわかった。また、ありふれた魔法使いの一人であることも。だが不可解とも思う。


 ――それにしても……どうして〈神獣〉は唐突に標的を変えたんだ? 我々の知らない何かがあるとでも……?


 帯剣すると、思考を一旦脳の片隅に追いやり怪我人の治療、草原の消火、後に撤退命令を出した。


 


 


 


 一方その頃、受付にで強面の守衛に詰め寄られている少女と幼女二人がいた。本の数分前に都市に滑り込んできた金髪は机に座らせられ、メモ用紙を手にした野郎に訊かれる。


「外は今〈神獣〉が現れていたんだぞ。どうやって来たんだ?」


 大爆発が起きていたのも束の間、少女が小脇に幼女に抱えて流れ込んできたのだ。怪し過ぎる。間が悪いで説明できない案件。


 フィニスの弁解は空しく空回った。


「い、いや……それは魔法で何とかしたんですよっ!」


「騎士が惹きつけていたとは言え……危険極まりない状況だったんだぞ? そもそも飛行禁止空域の時点に侵入した時点でそれなりの処分が下される」


「初めてだから迷い込んでしまったんですよ! 仕方のないことなんです、それに何もしていませんよ!」


「…………」


 迷惑な奴が来たな、と目が言っている。彼は何か書類に書き込い、連絡用魔道具を使用した。どこかに連絡した彼はため息一つ吐いて戻って来る。


 嫌な予感が過るフィニスは頬に汗を滴らせる。


「衛兵さん?」


「然るべき対応をさせてもらう。ここで待っているんだ、時期に迎えが来る」


「そんなぁ……」


「そ、そんな目をするなっ」


 男は少女を落ち込ませたことに罪悪感を抱きつつも、しっかりに仕事を行う真面目な人物のようだ。


 すると、受付舎の外から歓声と拍手が沸き上がった。大音量は爆音へ、時を経るごとに喝采の声は大きくなっていく。取調室の窓からいくら覗いても様子を窺うことはできないと、やきもきしていると守衛の男が呟いた。


「……どうやら倒したみたいだな。今回は本当に危なかった。ここまで接近されたのは何年振りか……」


 その言葉には隠し切れない安堵が含まれている。城壁から見える距離に、長く続いた安寧と平和を脅かす存在が現れる恐怖と不安がいるということの重大さを外部から来た三人と幽霊一柱は知らない。


 だが、拍手喝采の力強さはひしひしと感じていた。


「お嬢さん達、名前と年齢、どこから来たのかを教えてくれ」


「私はフィニスエアル・パル――」


『待ちなさい、苗字は言わなくていいわ』


 自己紹介に口を挟んだのは件の幽霊だった。幽霊からの助言に目配せで頷いたフィニスは咳払いをして改める。


「ごっ、ごほん……私はフィニスエアル、年は一六、〈北青都市〉から来ました」


「なるほどなるほど。双子のお嬢さんは?」


「私はユウラ――」「――シエスです」


「どっちも九歳で、お姉ちゃんと一緒にここまで来たよ」


「どちらも九歳で、お姉さんと一緒にここまで来ました」


「お、おう」


 男は双子の同時発声にたじろいだが、すらすらと書類に書き込んでいく。


「じゃあ、次、君達はどうしてここに?」


「人を探していて」


「「お父さんを探しに」」


「どちらも人探しと……」


 次々と記していく衛兵に尋ねるフィニス。


「この子達のお父さんを探すのを手伝ってあげてくださりませんか?」


「……捕まった癖に図々しいな……だが、困ってるなら交番に行ってくれ。俺はここを守らなくちゃいけないんだ」


「そうですか」とあっさり身を引く少女に逆に問い掛ける。


「お前さんの人探しはいいのか?」


「えぇ、どこにいるかはわかってますから」


 答えて少女は壁を――さらにその先にある尖塔を捉える。


 目的の人物は間違いなく〈王国都市〉の中心、王城〈レ―ヴ・シャトー〉にいる。そう断言できるのは、神覇王国の国王こそフィニスの会わなければならない人物だからだ。


 彼女の旅の終わりは近い。


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