28.訂正完了した世界
◎
――〈臨岸公国セレンメルク〉の夜明け。
フィニスは太陽光に目を細めていた。
街の消火は終わっている。ボスと対面した後、王城を調べたもののクロムもローズも見つけることができなかったため目的を変更して街の平定を行ったのだ。数時間ほどで中央都市の火炎を吸収し尽くした。
やり残したことも、できることもないと判断して街から出ていく。向かう先は港である。
抱いたままのサリアの寝息に頬を綻ばせた。
「フィニス!」
前方に全身を使って手を振って来る幼女がいる。
ネーネリアだ。その隣には長身痩躯の老人、ガイザーも立っていた。無事に保護されていたようだ。
駆け寄ってきたネーネリアが首を傾げた。
「その娘は?」
「この国のお姫様」
「……何てもんを拾ってきたの。捨ててきなさい」
「え、えー!」
冗談よ、と切れ気味で言われてしまった。
「あの少年は?」
「さぁ」
「そう」
淡白なものだった。
「あなたはこれからどうするのよ?」
「それね……とりあえず、ここからは離れようかなって。サリアには悪いけどこの国は終わってるからね」
たった一夜にして天涯孤独となったサリアに思うところがあった。フィニス自身も天涯孤独になったことを理由に旅立ったという経過があったりする。
とはいえ、どこかに宛がある訳ではない。
「宛がないなら中央大陸に来ない? 一応、そこそこの地位があるから。結界カードのお礼もちゃんとしたいしね」
「お礼はしてもらったけど……そういうことなら一緒に行きたいなぁ」
「代わりと言っちゃ何だけど」若干の気まずさを感じせて、ネーネリアは言う。「港の船も燃やされたから行く方法がないのよ。何とかして連れてってくれない?」
港町の方にも操られた人間がいたらしく、ありとあらゆる船舶が炎上の憂き目にあったという。飛行船も同様だ。海路と空路を分断することも〈訂正機関〉の計画にあったこと。
「大陸の移動は大変そうだけど、頑張ればできそうだし……いいよ」
「あなたならそう言うと思ったわ。で――問題は……」
視線は隣の老人剣士に向かう。先程見た時から微動だにしていない。
フィニス以上に旅に旅を重ねる老年、何を目的にしているかは訊いていた。
――魔女探し。目的地はここではないどこか。
「ガイザーも一緒に来る?」
遥かに年上の相手にも気負いなく尋ねたフィニス。
返事は迅速なものだった。
「はい」
「意外ね」とネーネリアは呟いた。ロリコン、と思っていたが口にしていない。
鬼神の如き剣士に問題は呆気なく解決、問題はもう一つある。
曲がり角から出てきたのは白い装束を纏った少女。年齢はフィニスと同じくらいで、腰には柄まで真っ白な剣が差さっている。
「エリ……正気に戻ったんだ」
「お久し振りです、フィニスさん」
エリと呼ばれた少女はゾステロの洗脳から解放されて意識を取り戻していた。
再会は小一時間前。一年振りになるか、こうして話すのは。
「エリは〈インぺリア〉に戻るの?」
「いえ――戻れません。洗脳されていたとはいえ、私はこの手で多くの人を殺めてしまいました。お嬢様に合わせる顔がありません、護衛失格です」
一時期は〈訂正機関〉の先兵としてこき使われていた。よくわからない魔道具を盗み出し、障害は斬って捨てたという。その時は仮面を着けていたため顔バレはしていないようだが、彼女自身が許せないと言うならそうなのだろう。
「良ければ、その旅に私も連れて行ってはくださいませんか」
「そんなへりくだらなくて言わなくてもね。私は全然良いし」
「ありがとうございます。また借りができましたね」
「借りなんてあったっけ?」
「お嬢様を守った下さったことです」
「あれは元々そういう役目だったってだけだから」
お互い話したいことはあった。旅の道中に話せば退屈もしないだろう。
結果、変則的なパーティーが完成した。
フィニス、エリ、サリア、ネーネリア、ガイザー。
少女二人に幼女が二人と老人。
このバランスの悪さと男女比が五人の性質を表しているようでもある。
「じゃあ、行こうか。目指す先は中央大陸」
夜明けを切り裂く五人の歩みが始まった。
四章が終わりました。
次は全然関係ない場所から物語が始まります。