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フィニスエアル ――少女が明日を生きるためだけの最終決戦――  作者: (仮説)
少年少女が平和を謳歌するためだけの公国凱旋
107/170

26.火の海に包まれる城下

 

 ◎


 


 ――中央都市のど真ん中を貫く大通り。


 


 少数精鋭である〈訂正機関〉が作戦を実行するためにはどこかで人員を確保する必要があった。だからといって誰彼構わず勧誘する訳にもいかない。世界を破壊するという目的を知られるのも、素性を知られるのも避けたかった。


 では、どうやって解決したのか。


 考え得る、最悪な手段だった。


 何も知らぬ他人を操って利用することにしたのだ。知らぬ人に罪を被せて自分の身の安全を確保した。


 〈傀儡術師〉ゾステロの〈代償魔法〉である。フィニスと戦っているリグニエリもこの時のために傀儡として操っていた。この度限りの使い捨ての駒として。


 操身の効果範囲は代償によって通常よりも拡張されている。効果範囲は中央都市全土に及んだ。操作人数も数百にものぼる。


 


 ――〈訂正機関〉の手の者によって操られた人々が街を走り回って家屋に火をつけていた。


 火炎に当てられて火傷しても、倒壊に巻き込まれても止まらずに。自分の意思で身体を動かすことができず、彼らは泣いて叫んで祈る。止まってくれ、と。


 その手で幾らの人間を殺したのか。


「誰か助けてっ!」


 松明を持った女性が涙を流しながら火の移りの弱い建物に突っ込んだ。壁に激突しながら建物に着火させる。


 既に松明も尽きつつあり、指先が赤く爛れていた。


「誰か誰かぁあああああ!」


「ごめんなさい」


 手刀が強かに女性の首元を打った。意識を手放した女性は誰かに支えられた。


 金髪金眼の少女は女性を左肩に担ぐ。何故左肩かと言えば、右側には既に白い外套を纏った女騎士が担がれているからだ。


 二人を背負いながら屋根上に飛び、中央都市の中心に向かう。


 視界一杯が火炎に包まれている。まさに炎上都市といったところ。


「手遅れか、何もかも」


 フィニスが都市を出ていた数分の間に全てが終わってしまった。


 〈訂正機関〉からすればそれが肝だった。もしも、フィニスがいたのなら目的の半分も達成することができなかったはずだ。


 しかし、エリという仲間を使うことで封殺してのけた。


 〈英雄〉の出る幕はなかった。敵がいなければ戦うこともできない。戦えなければ、フィニスはどこにでもいる少女と何ら変わりない。美少女という点を除いて。


 精々、苦しんでいる人を助けるくらいしかできない。


 一帯を見晴らすことのできる高い建物――傭兵斡旋所の屋根上にてフィニスは叫んだ。


「ガイザァああああああああああアアアああああああああああああああああああああああああああああああッ!」


 《物理循環ブラスト・サークル》にて吸収したエネルギーを発声に回した。


 空間を揺さぶる獣の如き咆哮が轟く。威力だけで周囲の火を消し、風圧が家屋を倒壊させていく。斬新な消火方法である。


「何でしょうか」


 気づいた時には白髪の老人――ガイザーはフィニスの足下に跪いていた。


 やはり、フィニスには彼の気配を感じ取れなかったが、微塵も驚きを見せずに指示をした。一度だけ協力する、という約束を履行する。


「この二人と、逃げ遅れた人、全員助けて。恰幅の良い爺さんと可愛い子供も」


「御意」


 ガイザーは曖昧模糊とした願望にも迷わず了承した。瞬間に、その場から姿を消す。フィニスの肩にいた二人もいつの間にかいなくなっている。


 一人残されたフィニスは半壊した王城に視線を飛ばした。


 ネーネリアとテスラクレトの安全は確保されたも同然。気掛かりは設定上の弟、その恋人だった。ついでにその妹も。


「…………」


 屋根を幾つか経由して城門前に降り立った。


 射すような熱気をものともせず王城に足を踏み込もうとするも、この時にはもう廊下は瓦礫で埋まっていて足の踏み場はなかった。二の足を踏み、断念して裏手に回ることにした。


 綺麗な花が咲き誇っていた庭園も焦土と化し、見る影もない。


「地獄……いや、煉獄か」


 地獄は知らないが、煉獄は見たことがあった。


 地面に落ちて割れたティーカップを拾うと、初めて城に来た時の記憶が思い出される。遅かれ早かれそうなった、と考えると虚しい気分にもなる。


 サリアと訓練を行っていた草原まで来た。草原に面した壁には穴が開けられている。瓦礫は外側に落ちていた。


「外に逃げたのかな」


 敷地を囲っていた木々も、芝生も焦土と化した。


 まともに残っているのは銅像くらいだ。魔法によって作られた岩石を台座に、銅で作られた初代の王が立っている。全長は三メートル程。錆びた様子はない、結界か何かで外気を遮断しているのだろう。


 何度も足を運んだが、まじまじと見る機会はなかった。


 別に今も見る機会ではないが、何とはなしに近づく。もしかしたら内部に武器でもあるかと思ったのだ。こんなタイミングでやるようなことではないが、フィニスは無神経には定評があった。


 背後に回って像の背中をよく見てみる。


「何もないか」


 記念に建てられただけで謂れがある訳でもない。こんなところに隠す道理はないだろう。


 そのまま立ち去ろうとする寸前、ん――と視線を下方の台座に向ける。


 接合面があった。


 魔法で作られた岩を長方形に切り出しただけなのに半ばに切れ込みがあるのはおかしい。


 もはや王国はないようなもの。壊しても文句は言われまい。フィニスは台座を殴ってみた。


 ボゴッ、と穴が開く。


 空洞だったのだ。


 そして、転がり出てきたのは水色髪の幼女だった。


「サリア……何故ここにいる?」


 眠っている。相当疲労しているのか目を覚ます様子はなかった。


 なんだこの展開、と思いつつも目的の一つを達成できたことには安堵する。


 背中と膝裏に腕を差し込んで持ち上げ、お姫様をお姫様抱っこした。


「一応、安全っちゃ安全か」


 普通はあんなところ探さない。フィニスが見つけられたのは偶然――という訳ではないが、時間稼ぎは十分できたであろう。その後、自力で逃げる作戦だったのかもしれない。それなりに成功率は高そうだ。


 


 ――サリアを連れ、壁に空いた穴から城に侵入しようと瓦礫を乗り越えて踏み出した。


 ほぼ同じタイミングで、男は庭に現れた。


 角から身を出したのは黒いローブを纏った青年だ。不思議とその布は燃えることなくたなびいた。


 彼は無感情な瞳で、フィニスとサリアを見詰める。


「あなたは……」


 フィニスは知っていた。


 名前は憶えていないがごく最近見掛けた顔だった。


「そう。あなたが〈訂正機関〉のトップだった、って訳ね……」


「…………」


 男は答えない、あくまでも彼女を見詰めるばかり。


 フィニスはサリアに介在するエネルギーを操って身を浮かせ、魔法陣の中から剣を取り出した。〈騎士帝剣〉ではなく、白金の輝きを秘める凄まじい直剣。災害を滅ぼすのにも使った手加減なしの武器を持ち出した。それだけの脅威だと判断した。


 宝剣を肩に乗せ、腕を引き絞る。力が解放されれば、地面を一刀両断する斬撃と言う名の惨劇が巻き起こる。


「…………」


 男は――〈訂正機関〉のボスは呆気なく身を翻す。


 戦っても勝てない以上は戦うつもりはない――そんな感じ。彼にはその後を追ってこないこともわかっていた。彼女がまだ仲間を探していることに気づいている。


 何らかの魔道具か、後ろ姿は陽炎のように朧気に消えた。


 予想通り、フィニスは追撃を加えようなどとは思っていない。純粋に疑問を抱いていた。


「――どうしてここに来たんだろう」


 〈訂正機関〉のボス。今作戦の最も重要な部分である王城の攻撃を担っていた。


 現在、襲撃が開始されてから三〇分弱は経っている。だいぶ前に城は破壊され尽くした。


 王城に立ち寄ったついで?


 な訳あるか。サリアに決まっている。サリアを殺そうとしたが、フィニスがいたため断念するしかなかった。


 では、サリアの居場所がわかっていたのか?


 否、城に中を探し尽くしたから庭に出て来たのだろう。庭に来たって見つけられるかは怪しいが、少なくとも城内を探し尽くして――殺し尽くしてここに辿り着いたはずだ。道中、魔法師団の死体を幾つも見てきたのはその証左ではなかろうか。


 最後の疑問。


 クロムとローズはどうなったのか?


 既に終わってしまったか。


 それとも、その逆か。


「ここも潮時かぁ」


 最悪な想定を無理矢理押しのけ、フィニスは次にどこに行くか考えながら入城した。


 

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