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フィニスエアル ――少女が明日を生きるためだけの最終決戦――  作者: (仮説)
少年少女が平和を謳歌するためだけの公国凱旋
106/170

25.赤狼の王子

 

 ◎


 


 ――半壊した王城を半秒見詰めて、僕は敷地に足を踏み込んだ。


 崩壊した壁から入り込んだが結界が起動して阻まれることはなかった。正面から壊されたのか、魔道具の核を破壊されらのか。どちらにしろ非常事態には変わりない。


 しばらく進んだところに魔法師団のローブを着た男が倒れていた。


 声を掛けて、肩を揺すってみるも返事はない。


 外傷は見当たらない、しかし、死んでいた。心臓も止まり、呼吸もしていない。


 彼の他にも死体があり王城まで続いていた。何者かを阻むように、そして、成し遂げることができなかったかのように。


「ローズ……」


 一部陥没した王城内部は炎上していた。材質が特徴的なせいか巡りは遅いものの、倒壊の危険性はある。


 記憶にある道筋を辿ってローズの自室へ向かった。道中、ローズと呼び掛けても返事はなかった。至る所から瓦礫の落下音が聞こえるため聴覚はあてにならない


 扉の前に立つ。開くのが怖かった。遅かった――なんてこと考えたくない。


「ローズ、失礼します……」


 誰もいない。


 誰もいなかった。


 ここには一切の破壊、炎上が届いていない。死臭もない。


 逃げたか。


「いや、この状況なら普通逃げるか」


 一旦、廊下に戻りサリア様の部屋も確認したがここにも誰もいない。


「逆側か?」


 隣の棟へと行くべく壁をぶち抜いて進む。


 こちらは炎上が進んでおり、呼吸も苦しいだろうが、〈真・赤狼紋〉により体内構造も変わっているので僕には影響はなかった。だが、人間の場合持って一〇分と言ったところだ。


 煙霧もあって視界は悪い。匂いも、音も当てにならない。


 だが、半径一〇メートル以内に入れば感じられる。走力だけで崩壊を助長させるように駆け抜けてローズを探す。


「ローズ! ローズ! どこだ!?」


 奥に入れば入るほど崩れて落ちてきた瓦礫の量が増えて来る。


 彼女も相応に魔法を使える、瓦礫程度で死ぬことはないと思うが、ここに入って来たであろう何者かと接敵していた場合はわからない。少なくとも――。


 思考は中断された。


 壁に凭れるようにしている水色の髪を携えた少女を見つけた――彼女はドレスは煤けて、頭から血を流している。


 彼女は目を閉じて、身動きを止めていた。


 息遣いは聞こえる。心臓も動いている。まだ生きている。


「ローズ! 起きてください! 大丈夫ですか?」


「っ、……あなたは、クロムさんですか?」


 声を掛けるとローズは苦しそうに片目を開ける。


 僕は紋章の鎧を纏っていた。声は再現されても一見、恐ろしい外見ではある。にしても、改めて〈真・赤狼紋〉をこんなに維持できたことに驚く。いざという時、人間はとんでもない力を発揮するということか。


 紋章を解除する。そんなことよりも頭の怪我だ。


「やっぱりクロムさんだ」


「頭から血が流れてますよ」


「魔法で応急処置はしました。血を流し過ぎただけです、少し休憩したらまた出よう、と」


 そう言う口振りは苦しそうである。


 煙を吸ってしまったのかもしれない。


「早くここからでましょう」


「お手数掛けます。肩をお貸しください」


「僕に畏まらなくても良いですよ」


 紋章を酷使し過ぎたので、強引な突破は断念する。いざという時のために力は残しておきたい。


 息が切れている訳ではないが、相当な疲労が蓄積しているため身体は怠い。


 辿って来た道のりの沿って移動する。その際はできるだけローズが瓦礫に躓かないような道を選んだ。


「……助けてくれてありがとうございます」


「いえ、もっと早く来ることもできました。こちらこそ遅れてすみません……」


 学園には誰もいなかった。


 一人残らず殺されて消し炭にされたからだ。


 本当に死んだのか確かめることもできない。だが、生きているなんて考えるのは希望的観測が過ぎるだろう。


 気持ち悪さすら感じない悍ましさだ。


 でも――皆には悪いが、僕はローズが生きてくれればそれで良かった。だから心の底から安心している。


 一緒にいればローズを守ることができるのだから。


「私の他に誰か見つけましたか?」


 一番の質問は実に答えにくかった。僕は城内のほとんどを網羅して今ここにいる。正確な答えを知っていた。


「……生きている者は誰も」


「サリアも見てませんか?」


「はい。部屋にもいませんでした」


「そうですか……」


 心配するのは妹のことだけだった。


 複雑な家庭事情が窺える。王族ともなれば家族であっても仲良くはできないのだろうか。僕には知る由もない。


「街は、どうなっているでしょうか」


 窯のように燃え上がる橙色が暗い空を染める。


 地獄のような光景。ローズは聡明だ、既に理解していよう。それでも訊いてきた。


「正確なことはわかりませんが、住民に幾らかが操られて放火をしていました。テスラクレトさんが救助活動をしていますが、それでも被害は甚大でしょう。フィニスさんもどこにいるかわかりません……彼女を心配する必要はないと思いますが」


「やったのは〈訂正機関〉なんですよね?」


「そうでしょうね」


 全てが〈訂正機関〉による数年掛かりの計画。


 フィニスさんから話は聞いていた。だけど、こんなに大規模な作戦だったとは思わなかった。油断していたのだろう。


 実感がなかったから。


 フィニスさんがいたからかもしれない。〈人型災害〉すら滅ぼした少女を相手取って何ができるんだ。そう思っていた。


 異常に美しく、尋常なく強力な少女でもできないことがある。そんなことはわかりきっていたのに忘れてしまっていた。


 そして、本気で国を滅ぼそうとして、実際に実行する人間なんて想像してなかった。そんなことを想定するような人間はいないだろうけど。それでも――。


「――この世界に悲劇が溢れている、ってわかっていたのに」


 結局、これも忘れていただけ。


 これからどこへ向かおうか。とりあえず、ローズを連れてフィニスさんと合流したいところだが如何せん状況が読めない。どこかに潜伏すべきか、それとも協力者の下に行くか。


 また、何かあれば《通信》が飛んくるか。


 潜伏を目的に据える。


「これから、どうすれば良いんでしょうか私は……王女として何をすれば……」


「ローズ……」


 〈訂正機関〉が国民を操って引き起こした混乱。


 学園の貴族の令嬢の殺害。


 魔道具停止による魔法師団という戦力の制圧。


 王族の殺害。


 もう、この国は終わりだ。


 王族がいなければ次のリーダーがいない。いたとしても、魔法師団がいない今、新しい争いの火種となることは容易に想像できる。


 城にいたのはローズだけだった。魔法師団は全滅。彼女は偶然生き残っていただけ。


 喩え、ローズが矢面に立っても国を立っても立て直すことはできない。既に権威は既に失墜しているのだから。ならば死んだことにした方が良い、と思った。


 彼女のためにも――いや、僕のために。


 だから、独りよがりな提案をする。


「……このまま〈セレンメルク〉を出ませんか」


 それなりに覚悟のいる提案だ。


「それは一体?」


「ここにいても悲劇しかありませんよ。僕と一緒に遠くに行きませんか」


 予想でもしていたのか大して驚く様子は見せなかった。


 その変わり、辛辣なことを口にする。


「――ありがたい申し出ですが言い方が気に入りませんね」


「言い方……あ、馴れ馴れしかったですよね。申し訳ありません」


「違います。言葉を選んでください、ということです。相変わらず鈍感ですね」


「えっと……この国は危ないので安全なところに行きませんか……?」


「違うでしょう」


 難解だ。


 ローズは悩んでいる僕を見てくすり、と笑った。


「王女を連れ出すんですよ? ロマンチックにしてもらわないと困ります」


「ロマンチック、ですか」


 ご注文はロマンチック。


 よくわからないが、多分、大袈裟なことをすれば良いのだろう。


 劇的さをアピールするには何をするべきか。


「一生あなたに着いて行きます! だからお願いしますっ!」


「違いますね。気合で乗り切られても困ります」


「着いてこなければ将来大変なことになりますよ?」


「何で脅してるんですか。もっと普通に」


「普通のロマンチックって何ですか……」


 難しい注文をしてくる。


 要は圧が強くて思わず頷いてしまう、ってことだろう? そういう人に心当たりはある。


 フィニスさんみたいに馬鹿正直に言う。外聞なんて気にしない。相手の方が恥ずかしくなるくらい純真に。


 ずっと近くで見ていたからか、自然に言葉が出ていた。


「あなたと一緒にいたいから着いて来てください……お願いします」


「……もっと自信を持って欲しいところですが、まぁ、良いでしょう。はい、私を連れ出してください、ずっと」


 両手を握り合って、視線を交わす。


「絶対絶対、約束ですよ」


「はい、約束です」


 燃え上がる城内、僕らは額を重ねて笑った。


 


 


 ――もうすぐ出口が見えてくる、そんな頃……僕らは城内に男が一人立っていることに気づく。


 僕より少し年上と思われる青年。


 彼は身を寄せ合う僕とローズを無感情な瞳で見詰めた。


 

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