23.可能性を抓む者
◎
――王城を背後にするように通っている路地裏から馬車が出発していた。
混乱の最中、不釣り合いなほど煌びやかな様相の馬車は中央都市から離れるように進んでいる。中にいるのは三人の男女。
セレンメルク王、王の妻、王の懐刀である執政官。
誰もが顔面を蒼白として震えながら床を見詰めていた。
――どうしてこうなったのか――。
突如として発声した未曽有の危機に王は、〈セレンメルク〉は何をすることもできなかった。そもそも敵が〈訂正機関〉という少数精鋭の組織であることすら知らない。その事実は王の娘であるローズとサリアしか知らない。
その二人はと言えば、王城に取り残されていた。次期王となるはずであった息子もだ。
とても助け出す余裕はなかった。たまたま近くにいた妻を連れて来るので限界だった。
「…………」
このような時のために作られていた路地裏に繋がる抜け出す穴を用いて、王城を出て、執政官が準備していた馬車に乗った。それが数分前のことである。
ちなみに魔法によって馬を操作しているので御者は存在しない。正真正銘三人きり。
「これからどこへ向かえば良いのだ?」
王は懐刀に尋ねた。
「とにかく遠くへ」
「それがどこか、と訊いている」
執政官には応えられない。今は遠くに行くことしか考えられない。なんせ、王城が破壊された。間違いなく王の首を取ろうとしている。得たいの知れない者から王を逃がすのが執政官の使命であった。
「しばらく行ったところに私の知り合いが管理する領土があります。そこに向かうこととしましょう……」
二人の要人を安心させるために言った。それで済むなら良いが、と内心で思いながら。
執政官は背後を確認した。今のところは追手はいない。
彼の持つ情報は少ないが、直前まで新しい情報には触れていた。ある程度状況を推測することはできる。
中央都市の混乱と火災。
見計らったかのような王城への攻撃。
魔法師団からの報告――魔道具の破損について。
「――計画的犯行であることは間違いないですね」
「内乱の線は?」と王が訊く。
「ないでしょう」
「そうだな。そんな動きはなかった……こちらが尻尾も掴むことのできない何者かがいたというのは?」
「少数ならありましょう。ただ、その人数で中央都市を壊滅させることができるとは思えません。ですが、考えられないだけであるのでしょう。今の状況はそれを示しています」
「隣国からの攻撃ではないということか。じゃあ、敵は何なのだ……? 一体何のためにこんなことを……」
「内部に潜り込んでいたと思われます。それも数年掛かりで」
「それは一体どういう――」
「――!?」
自動制御魔法の命令により、馬が走行を止めた。
停止の条件は車線に人が立っていた、からだ。
「どうしたんだ?」
「人が立っていたようです」
「ええい、とっとと轢いてしまえ。今は可及的速やかにこの場から離れなくてはならないのだ!」
「わ、わかりました」
執政官は良心の呵責を覚えながらも王の命に従って馬を走らせた。ドン、という感触が馬車の中まで伝わってきた。
「こんな夜中に道の真ん中にいるのが悪いんだ」と王は言った。
瞬間、馬車が後ろに傾いた。
躓いたのか片輪が脱線し、馬はバランスを崩して横薙ぎに倒れる。引きずられるようにして馬車台も地面を抉りながら滑っていく。
「一体何なのだ!?」
王妃を抱きながら王は叫ぶ。
執政官も同じことを思いながら捻挫した腕を抑える。
「死体に引っ掛かった、という訳ではないと思いますが……」
ゆっくりと扉を開くと、馬車がスリップした地点に一人の男が立っていた。赤髪でタンクトップの筋肉質な男だった。
男は――プロトバリノは薄く笑んでいた。
「――……攻撃したな」
「お前は一体誰だ? どうしてここに?」
「俺に攻撃をしたなぁ! 馬車に轢かれたんだこれは正当防衛に当たるよなあああ!」
プロトバリノの全身からエネルギーが噴き出した。
何者も拒絶する鬼神の如き威圧感。
「《魔弾紀行》!」
陽炎のようにぶれる拳が放たれると、強力な拳圧が馬車を飲み込んだ。丁度、王が出て来たところであり、王妃の手を取って中から引っ張り出す瞬間だった。
腕だけになった王妃が王の手に残る。
「うおおおおお!?」
反射的に腕を捨てると、その場で尻餅をついた。
「〈訂正機関〉ナンバーツー、プロトバリノ。任務を遂行する」
「貴様、何が目的だ!」
執政官は小さな杖を向けて叫んだ。
「〈セレンメルク〉の滅亡」
「何が目的で?」
「全ての破壊。それが俺の行動理念だッ!」
馬車を跡形もなく消し飛ばした凄まじい拳が繰り出された。先程の威力を見ていたため、逃げなければ死ぬことはわかっている。咄嗟に右に飛んで回避した。
「あぐァ!」執政官は足に痛みを覚えて、視線を見遣ると両足の膝から下が消失していた。「うあ、がああああああああああ!」
プロトバリノは足から血を噴き出す男に向けて容赦なく拳を振り下ろし、爆散させた。
全身を震わせて後退りする王に近づく赤髪。
「国が混乱しているってのに自分だけ逃げるなんて王に相応しくないな」
「き、貴様がやったんだろう!?」
「俺ではないが、そうだ。だが、それがあんたの本性であることは間違いない。この世界には確かに、自らを犠牲にしてでも平和を守ろうとする王女は存在する。そうあろうとお前は努力すべきじゃないのか?」
正論だ。正論だが、お前が言うなという思いが強過ぎて、王はまとも取り合えなかった。
「貴様は狂っている!」
「自分が間違っていない、と疑いもしない奴よりはマシだろ。狂喜は死んで治るが、愚かは死んでも治らない」
「来るな! これ以上近づくな!」
後ろに逃げようとするものの、腰が抜けて立ち上がれず四つん這いで這いずっている。
「見苦しいな」
「わあ、あぁ!」
「終わらせてやる、全てを」
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
擦り潰れた肉塊を踏み潰しながら、男は燃え盛る城下を見詰めた。
もはや叫び声も聞こえない。逃げたのか、死んだのか。プロトバリノにとってはどちらでも良かった。
「そろそろ俺も参戦するか。相手が残ってれば良いが、是非とも正当防衛したいもんだ」