表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フィニスエアル ――少女が明日を生きるためだけの最終決戦――  作者: (仮説)
少年少女が平和を謳歌するためだけの公国凱旋
102/170

21.贋作と海

 

 ◎


 


 その午後、テスラクレトとネーネリアによって魔道具の真贋の見分けが終わった。


 〈訂正機関〉が複製した偽物の割合は六割強。ランダムに集めて来た武器の平均割合だ。その規模を拡大してもその割合から大きく外れることはない。


 その魔道具に付与されていたのは《停止》という魔法だった。単純に、魔法を刻んだものが任意で魔道具を停止させることができるというものだ。


 製作者は〈訂正機関〉だ――つまり、彼らに対して傭兵団、魔法師団の戦力も六割が使えない、ということになる。


 


 ここまで浸透させるには年単位の前準備が必要となろう。半年以上前の〈フレイザー〉における王女殺害と平行して行われていることになる。


 今更、フィニス達にできることは少なかった。


 工房にて再度集まった四人の男女が沈痛な面持ちで俯いている。


 想像以上の状況の悪さに。


 今まで気づかなかった恐ろしさに。


 気づかずに過ごしていたらという仮想に。


「〈訂正機関〉……本気でこの都市を沈めるつもりなのね」ネーネリアが呟いた。「魔法師団の弱体化を狙っているのだとしたら、目的は王の死ってところかしら」


「それで混乱した国を破壊か?」


 テスラクレトが詰まらん、とばかりに息を吐いた。


 フィニスはまた別の可能性について触れる。


「〈フレイザー〉の時は衰退していた〈インぺリア〉と戦争させようとしてたから、隣国に攻めさせる要因を作りたかった、ってのもあるかも」


「滅ぼすのは誰でも良いって? その後はその国に潜り込んで滅ぼすのでしょうね」


 王族殺し。ローズやサリアにも危険が迫っている。


 ――クロム君にも言っておいた方が良いよね。


 フィニスはそう思って義眼に込められた《通信》を発動する。しかし、効果範囲内にクロムはいなかったためそのまま停止した。続けてローズにも《通信》を飛ばすが無反応。王城は範囲に入っているはずだが。


 では、サリアへと魔法を発動する。


 〈サリア? いるサリア?〉


 〈わっ、何よ急に〉


 ぷんぷん、している姿が目に浮かぶようだ。水色の髪が逆立っている。いつもと同じだ。


 〈ローズがいなくて〉


 〈お姉様なら金髪の男とどっか行ったわよ、不愉快なことにね!〉


 〈クロム君と……どこかは訊いてない?〉


 〈港って言ってたわ。帰って来るのは夜になるかもとか……一体何をするつもりかしら……〉


 〈誰かと一緒にいるなら安心だ。あ、サリア、もしかしたら直近に何か起きるかもしれないから気をつけてね〉


 〈は? 意味わかんないんだけど〉


 突然危ない、と言われてもという話だ。そんな漠然として警告に従う道理はない。とはいえ、家庭教師からの忠告だ。無碍にするのも憚られる。


 はっ、とした。サリには心当たりがある。


 〈もしかした前話してた奴? 何かわかったの?〉


 〈魔法師団が使い物にならないことはわかった〉


 〈そんなの言われるまでもないことだわ〉


  魔法の才能溢れる第二王女からすれば当然のことだったらしい。


 サリアでも強引に突破できる警備が〈訂正機関〉に通じるとは思えない。そうでなくても戦力が半減される可能性がある。時間稼ぎにもなりはしない。


 〈逃げる準備だけは入念にね。〈訂正機関〉は〈代償魔法〉使って来るだろうし〉


 〈〈代償魔法〉?〉


 〈それは次の授業で教えることとする。ともかく気をつけてね〉


 〈気をつけてどうにかなるものかしら〉


「ちょっと話聞いてた?」


 不意にネーネリアの声が割り込んできた。


「聞いてなかった」


「どこかと通信してたわね?」


「王女様に連絡しようと思って。ローズはいなかったけど、サリアがいたから気をつけて、って」


「気をつけてどうなるものかしら」


「あはっ」と先程聞いたばかりの台詞を言うものだからフィニスはからからに笑った。「一応、知り合いの外交官の人に言ってみるけど、そんな権力がある訳じゃないから大した効果は見込めそうにないしね」


「あなた、結構酷いこと言うわね。ああいう職業は大変なのよ?」


「そうなの?」


「そうなの」


 議題は暗礁に乗り上げた。たった数人ができることなどたかが知れている。先手を取ろうとしても手掛かりがない。方法がわかっていれば前回の闘争ももっと上手く切り抜けることができた。


 後手に回った状態でどう立ち回って、攻勢に回るかを考えた方が良いくらいだ。何回回れば良いのか。


「俺は国民を逃がす方がマシだと思う。今からでもない」


 テスラクレトはきっぱりと言った。


「今更否定はしないけどね。急に人がいなくなったら皆心配するよ」


「死ぬよりはマシだろ」


「まぁね。被害は考えないとね……二人にはそっちを任された欲しいね」


「誘拐犯らしくか?」


 恰幅の良いおっさんがにやり、と笑った。どことなく邪だった。


「方法はともかく……二人はそれまでできるだけ偽物を回収しといて」


「あなたはどうするのよ?」


 ネーネリアの真っ直ぐな瞳を受け止め、フィニスは答えた。


「とにかく頑張るだけ」


「計画性ないわね」


「計画を立てたことなんて一度でもあったかな」




 ◎


 


 ――現在、橙色に染まった水平線を眺めている。潮風と波の音が心を落ち着かせてくれる。左手には暖かい、ローズの手が重ねられていた。


 ローズと共に王城から出、馬車に乗って港町へと向かった僕はローズに手を引かれるままに港へやって来た。ややもすれば中央都市以上に活気づいた街並みが広がっており、仕事人達の声が木霊する。


 海産資源は〈セレンメルク〉の重要な財産なのだとか。


「幼い頃はここに連れてこられて勉強したものです。あそこにあるのが貿易船ですね」


「貿易船?」


 彼女は僕の知らないことも知っていた。


「あの船は中央大陸から来たもので色々なものを買い取ったり、売ったりしています」


「ここでは手には入れないものもあるんですね」


「はい。特に東大陸のものは滅多に来ません」


「中央大陸経由という訳ですか」


 観察してみれば、中央都市では見掛けない服を着ている者も幾らかいた。大陸によって文化の進み方が違うのだと思うと、興味惹かれた。よくよく考えれば、僕の故郷の戦闘装束も他では見たことがない。


「いつか中央大陸とやらにも行ってみたいですね。何があるのか知りたい」


「えぇ、ここにはないものばかりですよ」


「行ったことがあるんですか?」


「一度だけ。〈セレンメルク〉よりもずっと自然に溢れてましたよ」


 それから、海の見える貴族御用達のレストランにも行った。僕には敷居も格式も高い飲食店だったが、個室だったので多少安心した。ローズは僕が田舎から来て常識知らずなのを知っている。


 とはいえ、多少はマシになっているはずだが。テーブルマナーを意識しながら長い名前の料理を食すのだった。


 綺麗な景色に現を抜かしながら雑談を交える。あっと言う間に時は過ぎ、夕暮れ時になったというのが現在までの状況である。


 海岸線に腰を下ろして僕らは水平線に沈む太陽を眺めていた。


「今日はこの景色をあなたと見たかったんです」


 ふと、ローズがそんなことを呟いた。


「私が見た一番の景色を……あなたと」


「光栄です。とても綺麗です」


「そうですね」


「えと、ローズも――……………………っ!」


 と、言ったところで羞恥心が押し寄せて来た。


 夕陽を見ていられなくなって、思わず顔を覆ってしまう。左手が塞がっているので片手だけ。


 こういうことを言うのは慣れていない。


 追撃とばかりにあははっ、と笑われた。


「お世辞が下手ですね」


「お世辞なんかじゃ……」


 そんなこと本当にない。今日はずっと心臓が鳴りっぱなしだった。楽しそうに笑う君を見てどれだけ心が躍ったことか。


 数時間前よりも確実にローズのことが好きになっている。


 こうやっているのも離れるのを寂しいと思っている。この時間がいつまでも続いて欲しいと思っている。


「私は王女としては優秀ではありません。兄のように学業が優秀でも、妹のように魔法に秀でてもいません。だから公国のために何かを為すことはできないでしょう」


「…………」


「だから、私はいなくても良いのです」


「それは――」


「――なので、王族という地位を捨ててあなたと添い遂げても良いのではないかと考えています。何て言ったらどうしますか?」


 どうする、と問われても。


 咄嗟に応えられない質問は実に厄介である。将来のことはあまり想像できない。


「まぁ、嬉しいんじゃないですかね。多分」


「可能性の話ですけどね。でも、クロムさんがいなければこんなこと想像することができなかった。とても幸せな時間です」


「そんなに僕のこと好きなんですか?」


「まだ気づいてませんでした?」


 向こう側の空は淡青から紫色に変わっていた。日が完全に沈むまでそう時間は掛からないだろう。


 僕は暗くなっていく波を見詰める。


「こんなことになるなんて思いもしなかった……」


 故郷の村に縛られることなく、世界を知りたいと思ってフィニスさんと共に中央都市にやって来た。学園に通ってこの国の常識を、使えないけど魔法というものも知って、自分がどれだけ狭い世界にいたか認識させられた。


 次は一体何を知るのか――そんなことを思って生きて来たと思う。


 学園を卒業したらどこに行くか、何を知ろうか、と。


 好きな人ができるなんて考えもしなかった。フィニスさんとはどこかで別れるとは思っていたが、その後は一人で生きていくつもりだった。


「僕はこの先の未来を想像することもできません。今を生きるので限界な気がします」


「私に委ねても良いんですよ」


「それも良いかもしれませんね。きっと――幸せになれそうです」


「……そろそろ帰りましょうか」


「はい。色々と蹴りがついた後、ゆっくり話しましょう」


 ローズと過ごしたこの時間はきっと一生忘れられない思い出になる。


 僕はこんな幸せになって良いのだろうか?


 フィニスさんからも、ローズからもたくさんのものを貰った。それに見合うものを返せるのか。この悩みは一生掛けて取り組む必要がありそうだ。どれだけ時間を掛けても良い。


 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ