20.告白
◎
大通りの脇道のすぐにある〈テスラクレト武器商談〉には四人の男女がいた。実に奇妙な組み合わせである。
一人は、商店と鍛冶屋の長であるテスラクレトと呼ばれる老人。心なしか機嫌が悪そうだ。
一人は、そこに勤める接客嬢。主人がご機嫌斜めで居心地が悪そうだ。
一人は、金髪金眼の自他共に認める美少女。どこ吹く風で店内を見回しているようだ。
一人は、不自然に大人びた幼女である。不躾な視線を巡らせているようだ。
四人の囲う大きな石の台には数多もの武器が乱雑に置かれていた。剣が多いが、槍や弓も多く見られる。魔法陣の付与された魔道具もあれば、ただの鉄の塊もある。
どの武器も持ち手に二本線が交差したマークが刻まれており、これは〈テスラクレト武器商団〉が製作したという証拠にもなっている。〈セレンメルク〉に流通している武器の九〇パーセントはこの印が刻まれているだろう。
魔法師団もよく使っているという触れ込みだ。
「さて、こうして集まってもらったのは〈訂正機関〉の小細工の検討がついたからです」
フィニスは三人を見回しながら言った。
「何やら偽物の魔道具が出回っているらしい。それがどれくらいか確かめる、というのが今回も調査の目的になります。ということでお願いしまう」
「……仕分けすれば良いってこと?」
言ったのは幼女風のネーネリアである。
「まぁ、そういうこと。ないならないに越したことはないんだけどね。多分、あるんだよね?」
「恐らくな」
テスラクレトは武器を見ながら頷いた。無造作に一本の剣を持ち上げた。
「これは違う。印の堀が浅い……」
「あるのは確定したということで三人にはその作業をやってもらいます」
「え、私も?」受付嬢が思わず声を上げた。彼女には真贋を確かめられるようなセンスはない。少なくとも現在は。真贋確認はテスラクレトとネーネリアが行うことになった。
「……こんな子供に目利きがあるのか?」
「言っておくけど、あんたよりは遥かに長生きよ」
良い大人のはずの二人だが、決して協調性があるようには見えなかった。
いや、大人だからこそ思い上がっているのかもしれない。
その間、まだまだ若い二人は店先でお勤めに従事する。主人が作業中である以上、業務に関しては受付嬢がやらなくてはならない。その責任というか、その因果を持ち込んだフィニスはその手伝いをすることにしたのだ。
王女様の家庭教師、斡旋所での受付――何だかんだバイトには慣れていた。
「何か大変なことでも起こるんですかね」
何を考えているのか少女はフィニスに尋ねた。質問の体をした確認作業である。先程の会話は露骨だったが、最近のテスラクレトの行動は不自然が過ぎた。受付をしているだけの少女にさえ察せられるくらいだった。
「それを阻止しようとはしてるんだけどね」
「もしかして殺人・誘拐事件も関連してるんですか?」
数週間前に収束した中央都市を騒がせた二人の犯罪者による事件――。
彼女の勘は良かった。彼らの行動原理はまさしく現在の状況と繋がっている。
「ご名答。でも、これから起きるのはもっと大規模で悍ましいものだと思うけどね」
フィニスは何故か流し目を送るのだった。無意識にだが。
急に、脈絡もなく誘うような目をしてくるものだから少女は動揺した。言葉以上に動揺し、顔を赤くしてそっぽを向いてしまう。
そんな光景を微笑ましいと思いつつ、フィニスは思考に沈んでいく。
前回、というか〈訂正機関〉との初対面の事件である――〈撃魔王国フレイザー〉における王女暗殺未遂事件。同時に幾重もの策謀が重なり、当事者であるフィニス自身も全てを知っている訳ではないが、その時のことを思い出してみた。
前回は留学中の王女を暗殺することで戦争を助長しようとしたが、今回は〈訂正機関〉が直接手を下そうとしている節がある。考えてみればそれは当然だった。常に〈神獣〉の危機に晒されていた〈フレイザー〉は騎士の強さも尋常ではない個の強さを有する。比べて〈セレンメルク〉は危険が少なく、魔道具という簡易的量産的な魔法使いを主としている。
量の力を覆すために〈訂正機関〉はその魔道具に小細工をし、無力化しようとした。そうすれば魔法師団の戦闘力は一般人よりも少し上程度にまで落ち込む。圧倒的個によって量の踏破が実現できる。
「事情が違う、ってのもあるか」
ナンバーのシステムも行動の一因ではあろう。
数字によって己の戦闘力を客観的に確かめることができる。上位一〇〇〇人に入っていれば戦闘力に関しては大きく出られる。ならばナンバーズとの戦闘も考慮するべきだろう。
「となると戦力になるのは私とクロムとガイザーくらいか。ガイザーは協力してくれないかも……」
殺人犯ことプシロに魔法師団傭兵が虐殺されたのだ。公国側の戦力は期待できないどころか、足手纏いになる可能性まである。テスラクレトならまぁ、役立つとは思うが、それクラスとなると斡旋所に即して言うならA級以上だけだ。
しかし、〈訂正機関〉も大組織という訳ではない。上手くバッティングすれば一対一に持ち込むことも可能だろう。少なくともフィニスを打破するほどの切り札はないはずだ。
「〈訂正機関〉の狙い。国の破壊なら……王様か?」
この平和な国を見る限り、それなりに上手くやっている王なのではあろう。
「そもそも国を破壊しようってのが土台無茶だけど」
大陸を破壊できる訳でもない、精々、国のシステムが壊れるのが関の山。〈訂正機関〉がそんなこともわからない阿呆な組織だとは思えないが。
目的はある。少なくとも他の者には見えない何か。
「ねぇ、質問して良い?」
「な、何でしょうか……」
受付嬢は少々緊張しながら返答する。
「ここら辺で甘いもの食べられるところある?」
「……ありますが」
「案内してくれれないかな?」
「今からは無理ですが……」
「ちょっとだけ店じまいしようよ」
唐突にサボタージュに誘われたとて、真面目が取り柄のこの娘にはどうにも憚られた。罪悪感でテスラクレトに顔向けできないという思いが強かった。
「テスラクレトさんにはいい含んでおくからさ」
「……まぁ、いっか」
案外すぐに絆されてしまうのは彼女の性質なのだった。
店前に、閉店の掛札を掛けて二人は街へ繰り出した。
◎
大きな木製の扉をノックすると内側から〈どうぞ〉と声がする。相変わらずの酷く落ち着いた声色だった。外向きを意識した王女様としての態度だ。
押し開いた先、彼女はソファーに座って優雅に紅茶を飲んでいた。だが、僕を見た瞬間、咳込んでティーカップを音を立てて置く。
「どうして、あなたが……!?」
「失礼します、ローズ」
僕は扉を閉め、王女へ頭を垂れた。ここ最近覚えたぎこちない仕草だけど、そこは許して欲しい。今まで縁がなかったもので。
「どうしても会いたかったので忍び込みました」
「……すごいことしますね。それとも警備の甘さを嘆くべきか」
すぐに冷静さを取り戻し、分析をするローズ。警備が温い、というのは至極真っ当な意見である。僕みたいな人が他にもいないとは限らない。少々特殊な方法で侵入したので警備を固めればそれだけで良い、という訳ではないが、それにしても魔法師団を十分な戦力と言うことはできない。
「それで……私に会いたかったって?」
ローズはやや頬を紅潮させながら水色に髪を弄っている。
「はい。言わなくてはならないことがありまして、不作法ながら侵入させて頂きました」
「本当にね」
彼女はふふっ、と笑みを浮かべた。
その柔らかい表情のおかげで肩が少し軽くなる。
「クロムさん」と言ってローズはソファーを叩いた。隣に座れということか。しばらく前に左手を舐められた時のことを思い出してしまう。しかし、あの時と違って落ち着いているように見える。
「ローズは、僕のことが好きなんですか? 友人としてじゃなくて」
「お慕いしてます。言うまでもなく」
「そうですか。では、ちゃんと答えなくてはなりませんね」
「…………」
ここ数日、僕はローズにどう応えるか考えていた。結論は既に出ている。いや、出ていないも同然の答えだろう。だが、これがありのままクロム・パルスエノン。これでローズに愛想尽かされるなら仕方ない。それだけの覚悟もしてきた。
「僕はあなたのことを好きという訳ではありません。つい先日までフィニスさんのことを話せる友達としか思っていませんでした。友人のような関係であっても立場のこともあります、あまり関わらないとうにしていました」
「はい。それは私も察していました」
話し掛けてきたのはほとんどローズからだった。
「そもそも恋愛対象ですらなかったかもしれません」
ローズを美しいと思ったことはない。
いや、あるにはあるがフィニスさんと比べていた。比べてしまえばそれほどではなかった。
目を離せなかった訳でもないし、いつまでも見ていたかった訳でもない。
ただ特別だった。理由はわからない、友人だったからかもしれない。だけど、名付けるなら恣意的なものに――。
次、誘惑されても動じない自信がある。だけど、僕から誘惑してしまうかもしれない、と思うくらいには魅力を感じていた。
「恋愛なんてわかりませんが、ローズの気持ちに応えたいと思っています」
「…………」
「自分勝手な言い分です、だから僕の気持ちに応えようとしなくていいです。ただ返事をしたかっただけです」
と、言ってみたものの不誠実であることには変わりない。好きではないが、気持ちは答えようなんて都合が良過ぎる。
だが、それでも僕を選んでくれるなら――。
「クロムさん、出掛けましょうか」
「はい?」
これからどこかに行く予定だったのか?
「港へ行きたいです。今日は天気が良いので綺麗な海が見られると思いますから」
「あの」
「デートですよ。それともデートという言葉も知らないくらい田舎者なのかな?」
悪戯っぽく笑ったローズは僕の手を取った。
いとも容易く僕の身体は浮いてしまう。浮足立っているからと言ってここまで自然だと違和感もない。そのまま抱き寄せられ、耳元で囁かれる。
「期待して良いんですね?」
僕はその場に跪いてローズの白い肌に唇を触れさせた。
覚悟は決まっている。裏切りたくない、応えたいと思っているならきっとこの気持ちは勘違いではない。心からの想いだ。
「――あなたを愛します。そして、僕の全てを捧げます」