9.出会いと別れ
◎
ユウラ・カルキノス。
シエス・カルキノス。
鏡面表裏の双子姉妹。
赤と青。右と左。九歳と九歳。
二つの要素に分かれた〈特別〉な子供。
ユウラとシエスは小さな村に住んでいた。母親と三人暮らし。父親は一〇年前に姿を消した、彼女らに彼の記憶はあまりない。
母親はアメジストのような綺麗な紫色の髪だったという。
生まれながらに病弱な彼女は一日のほとんどをベッドで過ごし、たまの行動は家の裏にある鍛冶場に行くことだった。鍛冶の家系に生まれた彼女は毎日欠かさず鉄を打つ。
長年の間、どうしてそんなことをしているのかわからないままその後ろ姿を見ていた双子だが、それを理解したのは母の死の直前だった。
「ユウラ、シエス……この剣をお父さんに届けて……お願い……」
父親へ届けると言う願い――元々、母の打っていた双剣は父のものだったらしい。本当に大切なものということは、病弱である母から発された声でもわかった。
故に二人は迷わず頷いた。すると母は薄く笑んだ。
それから父親が〈王国都市〉にいることが伝えられ、それから間もなく母が永遠の眠りに着いた後、ユウラとシエスは小さな村から大きな世界へと旅立った。
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「――きて」
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「――二人とも起きてぇ」
「あぅ」「むぅ」
フィニスの胸を枕に寝ていた双子は同時に目を開けた。真っ白な就寝着にしがみつきながら顔を上げるとカーテンの隙間から僅かに光が射している。
目元を擦りながら上体を起こすと、遅れて金髪の少女も伸びをしながら起き上がった。
真っ白ワンピースタイプのパジャマを無造作に脱ぎ捨てて鞄を漁り始める下着姿を見ながら双子はベッドから下りる。
身支度をこなした後、フィニスはユウラは赤の、シエスは青のスカートを履いたことに目を見張った。
――ちゃんと色違いなんだ……。
相変わらずのスカート軍服にユウラ、シエスもふふっと笑う。
「朝食行こっか」「朝食行きましょう」と同時に行った。
宿舎の一階の奥は食堂になっている。真っ白な材質の空間、壁面は窓ガラスが広がっており、庭が一望でき、建物自体が飛び出した造りなので天窓が設置されて日の光に照らされている。
「部屋もこれくらい綺麗ならいいのに」
と、文句を垂れるフィニスの両手に掴むユウラとシエスは言う。
「ねー」
「綺麗さが際立つからでしょうか……」
『ギャップってやつね』
テラス席を陣取ってしばらくすると宿屋のバイトだと思われる少女が三人分の盆を持ってきた。皿の上には朝食が並べられていた。果物と、パンに薄い肉が挟まれた簡易的な料理。飲み物は紅茶。
「「「いただきます」」」
三つ子の如く三人同時に手を合わせて食事を開始する。
それからしばらく、テラス席を十分堪能した三人はテーブルにコイン一枚を置いてから部屋に戻った。荷物をまとめて受付まで赴くとおばさんに鍵を渡す。
「ありがとー」「ございますー」
「どうもありがとうございます」
「あぁ、また来なよ」
挨拶を交わすと街並みに足を踏み出す。人々が働き出す時刻、もう半刻もすれば道は埋まってしまう。その前に行くべきところがあった。
城壁間近に建てられている大きな建物、この都市の〈ギルド〉。朝から、大男達の叫び声がしていた。酒場は一日中やっているみたいだ。ダメな大人ばかりか。
先行していたフィニスは扉を開き中へ入る。右サイドでは酒盛りが行われており、互いに酒を掛け合っている。
「あ、フィニスさんとユウラちゃんとシエスちゃん」
受付嬢のエルラシアは朝からシャキシャキ仕事をしていた。
フィニスは軽く手を挙げながらぼやく。
「よく、この雰囲気で仕事できるね、エルラ」
「慣れです。毎日毎日そんなことをされたら流石に慣れるしかありませんよ…………ここを宿にするのは止めて欲しいものです」
ぷりぷりした言い方も可愛げがある。
それも彼女の処世術が為せる技、不満を漏らしても可愛げっぽく聞こえるトーンだわ……と幽霊の女神が申した。世界によってはツンデレとも言う。
「もう〈王国都市〉に行くから挨拶したくて来ちゃった」
「本当に嵐のような人ですね…………あなたのことですから、一応忠告しておきますが〈王国都市〉に行く際には真っ直ぐ空を飛んだりしちゃダメですからね」
「そうなの?」
「ほら! やっぱり知らなかった! 空を飛ぶならそれ用の道があるんですからね。本当に撃ち落とされますから気をつけてくださいね!」
真に迫る忠告に苦笑いをするしかないのだが、その間双子姉妹は酒場スペースにまで移動していた。空いている椅子に座っていると大男その一、その二、その三がべろんべろんの状態で幼女に近づいてくる。
「双子のお嬢ちゃん今日も来たのか!」
「本当にそっくりじゃのぉ」
「金髪の嬢ちゃんもいるのか!」
「〈おーこくとし〉に行くの」
ユウラが答えると野郎共は叫び出した。突然の奇声にユウラとシエスは椅子から一センチは飛び上がった。男の咆哮ほど聞き心地の悪いものもない。酒気帯びなのがそれを助長している。
がっくり肩を落とした三人は奥のテーブルに突っ伏して動かなくなった。
サイドポニーを揺らしながら見合わせていると肩を抱かれる。
「あの人達のことは気にしなくていいですよ。お別れとか苦手なだけですから」
「エルお姉さん」
「っ、そうですお姉さんですよー!」
シエスは狂気に攫われたように頬擦りを繰り返すエルラシアに拘束される。子供は可愛いという感性はどこでも同じか。
散々撫で回すことで落ち着いてきた受付嬢は正面のテーブルに座りなおして言う。
「ところで〈王国都市〉に行くんですよね? お父様を探しに」
「うん。お母さんがそこにいるって言うから」
「フィニスさんにも言ったけど最近地震とか〈神獣〉が多いみたいだから気をつけてね? 困ったことがあったらあっちの〈ギルド〉に行ってね。知り合いがいるから、私の名前を言ったら助けてもらえると思うから」
「はい、ありがとうございます、エルお姉さん」
『いつか性悪な女になりそうだわシエス……フィニスみたいにならないといいけど……』
子どもの頃から機嫌の取り方を熟知していて良いことがあるだろうか。幽霊のウェヌスもフィニスが女王様にならないように『謙虚に生きな』と口々にしていた。一体シエスはどうなってしまうのか、神のみぞ知らないだ。
「ガンフリット青年が来たら宜しく言っておいて、ハウシアへの伝言も」
「はい、承りました。では、お気をつけて……変なことはしないように」
「しないよ……」
たった一日に短い付き合いだが、挨拶を済ますと〈北青都市〉を後にする。門兵にも水を得た魚のように愛想を振り回した三人は〈王国都市〉に向けて飛び立つ。
方位磁針と地図を確認すると魔法を行使した。ユウラとシエスを抱えると空に浮かんだ。城壁より高度を増したところで飛行を始める。
未だ途上、景色は遠ざかる――。