第8話 祝祭
祭りとはどんな時にも華やかさがある。
ヴォルとキャロル、二人の結婚式は戦時下であっても多分に漏れず、歓喜と祝福に包まれたものとなった。
純白のヴェールの下、薄化粧をした彼女を見て、ヴォルは不思議な感覚に囚われた。
手を握った花嫁は、たしかに見知った幼馴染であったが、彼の目には美の化身のように写り、宝石に負けずとも劣らない輝きを放っていた。
まるで、何もかも夢のような時間だった。
父も母も、ラップもカルロも、叔父や参列した顔見知りの貴族たち、あるいは、キャロルの親族たちも、その場に集まった皆が陽気に話し、歌い、飲み食いをし、噓偽りない笑みを浮かべていた。
それはヴォルにとって今までに見たことない光景であり、その中心に自分がいるのだとは実感がわかなかった。
ラップとカルロの二人は、流行りの詩の歌詞を変えて、集まった観客を大いに沸かせた。普段は顔をしかめているヴォルも、その時は素直に笑みがこぼれた。
やがて夜の帳が降り、大人たちが酒気を帯びると宴の雰囲気はガラッと変わる。
男たちは顔を赤らめ今の戦争について舌戦を交わし、女たちは巷の艶情事に色めきはじめる。
子どもたちは長椅子に身体を預けて眠っているか、親に手を引かれ帰路へとついた。
式に参列したすべての人々へ向け、感謝の言葉と上機嫌な笑みを振りまき続けた新郎新婦は、二人のためだけに用意された寝屋へと入った。
蝋の燃える暖かな火だけが部屋を照らす中で、ヴォルは初め、肌寒さよりも心もとなさを感じていた。けれど、枯草についた炎が一気に燃え広がるように、温い人肌の熱へ触れた彼は火花みたいに爆ぜると、ただ一つのことに没頭し、最初に感じた不安を忘れ去った。
それは、純粋に暴力的な衝動と飽きることのない渇きが、無限に続くようなものだった。
貪るように求め続けながらも、自らの熱を分け与え、染め上げようとする衝動の矛盾。五感に届くすべてがとろけるように甘く、しかし劇薬に近い強い刺激を放っている。
彼女は浅い吐息でリズムをとりながら、時おり悲鳴のような甲高い嬌声をあげた。それは彼の内なる情念を掻き立て、やがて、二人は甘い痺れへ溺れるように果てた。
背中に汗の玉を浮かばせたヴォルは、シーツから抜け出すと水差しを手に取った。
冷たい水は喉元を過ぎて身体の火照りを内側から中和する。だが、いまだに火が燻る炭のように、肌の熱は心臓の高鳴りと共に残っている。
「想像していたよりも、あなたはとても情熱的だったわ」
ヴォルの背中を、キャロルはそっとくすぐった。
振り返ると、彼女はベッドに横たわったまま、気だるげな笑みを浮かべていた。腰から下はシーツで隠し、へそからのど元へと続く美しい稜線をさらけ出したまま、手繰り寄せるように腕を伸ばしていた。
「あなたは何をしても器用なのね。それとも、知識と経験がなせるものなのかしら?」
「まさか。これでも探り探りだった」
「そう、ならきっと相性がよかったのね。あんなに自然と私たちは重なれたのですもの」
彼女はそう言って頬を朱に染めた。
ヴォルはそんな彼女へ顔を近づけると、瑞々しい唇に口づけをする。
「あら、普段はそっけないくせに、いまは素直に求めてくれるのね。それとも、思っていたよりも、甘えん坊なの?」
「君がそうさせるだけだ。敵わないな」
「それなら、もう一度あなたの本性を私に見せてもらえないかしら?」
彼女は絡めとるように、その細腕をヴォルの首に回す。
その手は、煽るように彼の背中を撫で上げる。そして、彼はその手の冷たさに、逆らい難い不可思議な本能を感じた。
「君が望むなら、私はただ従うだけだ」
花嫁は幸福そうな笑みを浮かべ、新郎をその身に抱き寄せる。
彼は求められるがまま身を預け、やがてキャロルと共に深い眠りに落ちた。
初夜が明け、新たな朝陽が昇る。
ヴォルは、昨日までとは異なる日の出を目にし、新たな人生の始まりをたしかに感じた。
それは何も彼自身の在り様によるものだけでなく、現実的な戦争の足音が明白に近づいてきたためでもあった。
訓練場に集められた新兵たちのほとんどは、しっかりとした体躯の若者ばかりだった。けれど、その中の誰一人として例外はなく、緊張と不安がはっきりと表情に現れ、静かに揺れているその瞳は、年相応の色をしていた。
ラップとカルロ、そしてヴォルは、泥だらけの手で剣を握り、平民たちに交じって訓練を施された。だが、それも半月もしないうちに打ち切られ、早々に戦場への出立日が決まる。
王城へ召喚され、戦場へ出る貴族のならわしとして、騎士の称号を授与されたヴォルたちは、家族によって開かれた送迎会に参加し、祝いと激励の言葉を浴びるほど受けた。
しかし、貴族として常日頃から毅然とするべきだ、と教えられて育ってきた彼らであったが、自らの両親が涙を流したのを見て、胸の内に熱いものが込み上げない者はいなかった。
そして結婚式から一か月。
天を衝くラッパと大砲の音と、それに負けない聖王国民の歓声を背に受けて、ヴォルたち第四師団は戦場へと旅立った。
「どうか私を一人にしないで。必ず、兄とラップを連れて帰って」
幼馴染たちを一人ずつ抱きしめながら、キャロラインはそう告げた。
ヴォルは必ず帰ってくると約束の言葉を交わし、彼女の頬へキスをして、自らの馬へまたがった。
国を守るという正義感、あるいは戦果を挙げてやるという名誉心、兵士である各々の胸中に様々な欲望が芽生えていた。
しかし、誰もが故郷の喧噪に、後ろ髪ひかれる想いであったのは、言うまでもない。