表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/34

第8話 祝祭

 祭りとはどんな時にも華やかさがある。

 

 ヴォルとキャロル、二人の結婚式は戦時下であっても多分に漏れず、歓喜と祝福に包まれたものとなった。

 純白のヴェールの下、薄化粧をした彼女を見て、ヴォルは不思議な感覚に囚われた。

 手を握った花嫁は、たしかに見知った幼馴染であったが、彼の目には美の化身のように写り、宝石に負けずとも劣らない輝きを放っていた。


 まるで、何もかも夢のような時間だった。

 父も母も、ラップもカルロも、叔父や参列した顔見知りの貴族たち、あるいは、キャロルの親族たちも、その場に集まった皆が陽気に話し、歌い、飲み食いをし、噓偽りない笑みを浮かべていた。

 それはヴォルにとって今までに見たことない光景であり、その中心に自分がいるのだとは実感がわかなかった。 

 ラップとカルロの二人は、流行りの詩の歌詞を変えて、集まった観客を大いに沸かせた。普段は顔をしかめているヴォルも、その時は素直に笑みがこぼれた。


 やがて夜の帳が降り、大人たちが酒気を帯びると宴の雰囲気はガラッと変わる。

 男たちは顔を赤らめ今の戦争について舌戦を交わし、女たちは巷の艶情事に色めきはじめる。

 子どもたちは長椅子に身体を預けて眠っているか、親に手を引かれ帰路へとついた。

 式に参列したすべての人々へ向け、感謝の言葉と上機嫌な笑みを振りまき続けた新郎新婦は、二人のためだけに用意された寝屋へと入った。


 蝋の燃える暖かな火だけが部屋を照らす中で、ヴォルは初め、肌寒さよりも心もとなさを感じていた。けれど、枯草についた炎が一気に燃え広がるように、温い人肌の熱へ触れた彼は火花みたいに爆ぜると、ただ一つのことに没頭し、最初に感じた不安を忘れ去った。


 それは、純粋に暴力的な衝動と飽きることのない渇きが、無限に続くようなものだった。

 貪るように求め続けながらも、自らの熱を分け与え、染め上げようとする衝動の矛盾。五感に届くすべてがとろけるように甘く、しかし劇薬に近い強い刺激を放っている。

 彼女は浅い吐息でリズムをとりながら、時おり悲鳴のような甲高い嬌声をあげた。それは彼の内なる情念を掻き立て、やがて、二人は甘い痺れへ溺れるように果てた。


 背中に汗の玉を浮かばせたヴォルは、シーツから抜け出すと水差しを手に取った。

 冷たい水は喉元を過ぎて身体の火照りを内側から中和する。だが、いまだに火が燻る炭のように、肌の熱は心臓の高鳴りと共に残っている。


「想像していたよりも、あなたはとても情熱的だったわ」


 ヴォルの背中を、キャロルはそっとくすぐった。

 振り返ると、彼女はベッドに横たわったまま、気だるげな笑みを浮かべていた。腰から下はシーツで隠し、へそからのど元へと続く美しい稜線をさらけ出したまま、手繰り寄せるように腕を伸ばしていた。


「あなたは何をしても器用なのね。それとも、知識と経験がなせるものなのかしら?」

「まさか。これでも探り探りだった」

「そう、ならきっと相性がよかったのね。あんなに自然と私たちは重なれたのですもの」


 彼女はそう言って頬を朱に染めた。

 ヴォルはそんな彼女へ顔を近づけると、瑞々しい唇に口づけをする。


「あら、普段はそっけないくせに、いまは素直に求めてくれるのね。それとも、思っていたよりも、甘えん坊なの?」

「君がそうさせるだけだ。敵わないな」

「それなら、もう一度あなたの本性を私に見せてもらえないかしら?」


 彼女は絡めとるように、その細腕をヴォルの首に回す。

 その手は、煽るように彼の背中を撫で上げる。そして、彼はその手の冷たさに、逆らい難い不可思議な本能(ちから)を感じた。


「君が望むなら、私はただ従うだけだ」


 花嫁は幸福そうな笑みを浮かべ、新郎をその身に抱き寄せる。

 彼は求められるがまま身を預け、やがてキャロルと共に深い眠りに落ちた。


 初夜が明け、新たな朝陽が昇る。

 ヴォルは、昨日までとは異なる日の出を目にし、新たな人生の始まりをたしかに感じた。

 それは何も彼自身の在り様によるものだけでなく、現実的な戦争の足音が明白に近づいてきたためでもあった。


 訓練場に集められた新兵たちのほとんどは、しっかりとした体躯の若者ばかりだった。けれど、その中の誰一人として例外はなく、緊張と不安がはっきりと表情に現れ、静かに揺れているその瞳は、年相応の色をしていた。

 ラップとカルロ、そしてヴォルは、泥だらけの手で剣を握り、平民たちに交じって訓練を施された。だが、それも半月もしないうちに打ち切られ、早々に戦場への出立日が決まる。

 王城へ召喚され、戦場へ出る貴族のならわしとして、騎士の称号を授与されたヴォルたちは、家族によって開かれた送迎会に参加し、祝いと激励の言葉を浴びるほど受けた。

 しかし、貴族として常日頃から毅然とするべきだ、と教えられて育ってきた彼らであったが、自らの両親が涙を流したのを見て、胸の内に熱いものが込み上げない者はいなかった。


 そして結婚式から一か月。

 天を衝くラッパと大砲の音と、それに負けない聖王国民の歓声を背に受けて、ヴォルたち第四師団は戦場へと旅立った。


「どうか私を一人にしないで。必ず、兄とラップを連れて帰って」


 幼馴染たちを一人ずつ抱きしめながら、キャロラインはそう告げた。

 ヴォルは必ず帰ってくると約束の言葉を交わし、彼女の頬へキスをして、自らの馬へまたがった。


 国を守るという正義感、あるいは戦果を挙げてやるという名誉心、兵士である各々の胸中に様々な欲望が芽生えていた。

 しかし、誰もが故郷の喧噪に、後ろ髪ひかれる想いであったのは、言うまでもない。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ