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第4話 偶然の出会い


 陽射しが西に傾きだすと、風は熱を失い心地よさを感じられるようになった。

 ふたたび釣り竿を垂らすヴォルの隣で、カルロは川面を見つめながらつぶやいた。


「ぼくたちも、戦場に出なくちゃいけないのかなぁ……」


 その問いは、河原にいる四人の間を無情に通り抜けていった。

 どんなに言葉を尽くしたとしても、彼らは戦争の気配を肌で感じとっていた。


「なあ、ヴォルは聖王様にあったんだろう。何か今回のことを話さなかったのか?」

「会ったと言っても、将駒の手合わせを一度したきりだ。それも戦争が始まる前のことだ」

「だけどさ、帝国がしかけてきたとしても、何か対策はあったんだろう? なんたって稀代の天才って噂じゃないか……。ヴォルから見て、どんな人なんだ?」


 カルロは見えない光明を探そうとするみたいに、すがりつくような視線を向けた。

 ヴォルは川面を睨みつけたまま、若き聖王の姿を思い返した。


 それは、将駒の御前試合が行われた日のことだった。

 類まれなき才覚があると貴族の間で名が知られるようになったヴォルは、余興として開かれた大会へ参加することを許された。それは彼がまだ成人する前のことであり、史上最年少の選手として大貴族たちの間で大きな話題と注目をあびた。

 けれど、ヴォルは初戦で敗北。なぜなら相手はその大会での優勝者であり、名門貴族の出身である実力者であったからだ。まだ若すぎる才人として、ヴォルは称賛を受けながらも、客席で後の試合を観覧する事となった。

 そんなとき、ヴォルは見知らぬ少年に声をかけられた。


「一局、手合わせをお願いできませんか?」


 その声はまだ甲高く、一片の濁りがない澄んだ声音であった。

 少年はフードを目深に被り、ヴォルの目には彼の頭頂部を見ることができた。


「指導対局なら実力のある者に頼んだほうが賢明だ」

「勘違いさせてしまいましたか。指導ではなく、対等な試合をしたいのです。眼下の貴族たちのようとはいかないまでも」

「なるほど、もっとも年が若く、未熟な者であれば勝算がある。そう考えたわけだ?」

「歳が近いのは正解です。ですが、そこまで卑屈にならなくてもよいではありませんか」


 少年はそう言って上品に笑って見せた。


「今回の大会で、もっとも実力があるのは貴方を置いてほかにはいないでしょう。実に巧みな演技でしたよ。貴方がわざと敗着を打った姿は、自信と確信にあふれていましたから」


 最初の試合、ヴォルはその盤上で数手打った瞬間に気づいた。眼前の優勝候補とうたわれる相手の実力、それがあまりにもお粗末だという事実に。彼は試合中に幾度も手を止めては、その理由を考えた。

 そして、この場にいる貴族である彼らが行っている試合とは、名を誇示するための舞台であり茶番なのだという真実にたどり着いた。純粋な知力を競う場ではなく、それらしい棋譜をもって勝負を演出するだけの舞台。新参者が手を振って勝つことが許される場ではない。


「これが偽りの勝負の場だと、少しの疑念もなく結論づけていましたね……。もしこれが常人であるならば、悔しさや憤りが表に出ても仕方のないことでしょう。そして、貴方に興味を持つこともなかった。今までの大会の中にも、このからくりに気づいた者は決して少なくありませんでしたから。ですが、貴方はこの理不尽をあっけなく受け入れてしまった。なぜ、そんなことができたのでしょうか?」


 フードの下から、少年は試すような視線を向けた。

 ヴォルはその無遠慮な視線に対し、鼻で笑って返してみせた。


「盤上の駒に感情があるだろうか。この茶番を楽しめる貴族たちに熱情はあるのだろうか。私は彼らと同じように、ただ役割を全うしただけにすぎない」

「それなら、貴方は新しい役割を与えられさえすれば、それに従うということでしょうか? 自らよりも年少の者に、敗北という屈辱を懇願されたとしても、それを受け入れると? 貴方のその不遜な本心は、どこまでそれを許容できるというのでしょう?」


 少年はまるで挑発するかのように、あるいは、ヴォルの底を探るかのように言葉を続ける。

 しばらくの間、二人は沈黙したままで視線を重ねていた。ヴォルは、まるで星明り一つない暗闇に光を臨むような、深みを手探りで進む感覚に囚われそうになる。

 けれど、こめかみにそっと指をあてようとした瞬間に、彼は現実に引き戻され、そして、心の内で自らを嘲笑した。


「私が不遜だというのは置いておくとして、役割を与えられたのであれば、それに従うのは貴族として当然のことでしょう。それが、次期『聖王様』のご要望であるなら拒む理由はありません」

「……さすがは、前途ある才児といったところでしょうか。僕の正体に気づくなんて」


 少年はフードをとると、澄ました顔でヴォルを見上げたが、やがて、嬉しそうに唇の端を浮かべた。


「一局、僕の相手をしてもらおうか」

「ええ、もちろんです。ですが、一つ確認してもよろしいでしょうか?」


 少年は「なんだい?」と言って首をかしげた。


「私はこの場に『試合』をしに来たのですが、今日はもうこれ以降、そのつもりで勝負して構いませんよね」


 ヴォルがそう宣言すると、少年は嬉しそうに首を縦に振った。そして、ヴォルを連れてその場の熱狂から遠ざかった。


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