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第16話 宣告(下)


 五人の負傷者が中央広場に連れてこられた時、多くの兵士たちが昼食の手を動かしながら、ゆっくりとした彼らの最後の行軍を見守っていた。

 ヴォルはカルロと共に一番遅れて広場に入り、すぐさま用意された馬車の荷台をあらためる。頼んでいた物資があることを確認し、彼は担架で運ばれていた一番の重傷者を乗せるよう衛士へ指示をだす。

 最初の一人が乗るのを待っている間、残った四人の怪我人は馬車の近くの地べたへ腰を下ろしていた。

彼らは皆、このわずかな行軍に息を切らし、生気を失った虚ろな顔で地面を見つめていた。寒空の下で身を寄せ合う彼らの姿は、まるで囚われた捕虜か断頭台を待たされる死刑囚のように思えた。


 ラップの姿を探していたヴォルはそんな彼らを見て、そばにいたカルロに温かい食事を持ってくるよう頼む。カルロはすぐさま答えると、駆け足で鍋のある方へ向かう。

 そして、入れ替わるようにラップが姿を現し、数人の兵士を引き連れてやってきた。


「ヴォル、とりあえず若いやつを集めてきたんだが、問題がある」

「なんだ?」

「荷馬車を動かすことはできそうだが、こいつら、国へ戻りたくないそうだぜ」

「何が不満だ?」

「そりゃ、市民のやつらばかりだからな、功績を立てないと国を出た意味がないし、かっこ悪いんだとよ。戦わないと出ないだろ、褒賞とかさ」


 ラップは呆れた顔でお手上げだと両手を上げる。

 ヴォルは「なるほど」と言って言葉の意味を飲み込む。だが、彼らの思惑などお構いなしにその場に集められた兵士を選別する。

 

 集められた彼らは、磨き上げられた剣、あるいは精緻な彫像のように立っていた。鎧を着こなし、無表情で命令を待つ姿は、たしかによく鍛えられた兵士であるのは間違いなかった。

 しかし、感情を消した顔にはいまだに少年の柔らかい趣が残っており、大人の真似をしてみせてはいても、彼らの目の端には隠せない多感な感情が揺れ動いていた。


「己が身一つで王国のために尽力しようという志は大いに結構だ。武功をあげれば貴族としての名を与えられるかもしれない。現聖王ならば、市民であっても公正に評価するだろう。これはたしかに、またとない機会だ。がんばり次第では、夢は現実となる」


 ヴォルがそう告げると、彼らは期待に目を輝かせる。

 市民の出身である彼らにとっても、戦争はまたとない機会(チャンス)であった。生まれの定めから脱却できる。成り上がりを夢見るのは人の性に違いない。

 しかし、それは幻想だとヴォルは考えていた。彼らの功績の大半は、貴族のものになるのが世の常であった。そして、(さと)い者ほど、甘言の裏にある世界の構造に敏感である。


 彼は、兵士の中で背丈が他よりも一段低い少年に目をつける。彼の話を聞いた兵士たちの中で一人だけ、その少年は一瞬だけ顔を曇らせた。

 ヴォルはその兵士を前に来させると、値踏みをするように少年の瞳を覗き込む。少年は緊張しているのか、すっと目を伏せてヴォルの視線から逃げた。すると、集められた若い兵士たちから失笑が漏れる。


「ふん、以前、治療を受けに来た顔だな。複数の打撲と軽度の裂傷、違うか?」

「はい、そうです。訓練のときの怪我を診てもらいました。その節は大変お世話になりました。あなたが裏で隊長に助言してくださったとおり、今は後方で軍馬の世話をしています。その、本当にありがとうございます」

「自分の責務を果たしただけだ」


 ヴォルの淡泊な言葉に、それでも少年は背筋を伸ばし敬礼を返した。


「大げさだな、私をおだてた所で意味はない。しかし、いまの言葉が本心であるなら、衛士長からの命令を完遂する覚悟はあると考えて差し支えないだろう?」


 少年は目を見開いたまま、こくりとうなずいた。

 それを了承と捉えたヴォルは、雪山の冷たい空気を肺に満たしながら背筋を正し、自分が担うとは思っていなかった貴族としての第一声を発した。


「聖王国第四師団、医療衛士長、ヴォドレールが命令を下す。負傷兵を祖国へ帰還させよ。貴殿は、この命により兵の一人として損害を出すことを許されない。己が一命にかけて責任を果たせ」

「無事に帰ることができれば、衛士長(ドクター)は私に名誉を約束してくださいますか?」

「……当然だ、私の役に立つということは、聖王に認められるよりも遥かに期待してよい」


 少年、小さき兵士は再度敬礼をし、その命令に応えた。

 年相応な笑みを浮かべる少年兵に対し、ヴォルの胸中には朝の陽ざしのような小さな温もりが差し込んだような気がした。

 だが、ヴォルは厳しい表情を一切変えることなく、視線を次へと移す。


 いまや彼の周囲には多くの兵士が集まっていた。

 視線という視線が彼にまっすぐとぶつけられている。傍らには、ラップとカルロの姿もあり、他の兵と同様にヴォルを見つめていた。だが、その眼に映っているのは友人ではなく、一人の貴族を見る畏怖と憧憬の入り混じった眼差しであった。

 数多の視線になんら物怖じすることなくヴォルはすべてを見渡すと、静かに口を開いた。


「今から、私は一度だけ、私自身の考えを口にする。これを聞き、ここに今いる貴殿たちが何を思い、どう考えるのか、およそ検討はつく。だが、はっきりと言っておく。口にしようがしまいが、私は貴殿らに興味はない。よって、ここから先は聞きたい者だけが耳を傾けるがいい」


 ヴォルは再び、周囲の者たちを見る。

 棺桶を取り囲む葬列者のように、無音だけが場を支配し、お告げを待っていた。


「先日、運ばれてきた兵士たち、ここにいる五人の重傷者たちのことだ。この者たちは、北方民族の襲撃にあった。私は医者としてこの者たちを治療した。そして、もはやこの者たちを前線に置いておく意味はないと判断し、聖王国へ送り返す決断にいたった」

「ヴォル、いったいどうしてそんなことが……何がおきているのか教えてよ?」


 兵士たちの言葉を代弁するかのように、カルロが疑問を投げかけた。


「報復だ。ダンバース騎士団長の命により、わが軍は北方民族の使者の口を封じた。交渉にきた彼らを一人残らず切り捨てたのだ。ゆえに、血を血で洗う暴力という応手が、我らの意思だ。国を出た時、ここにいる多くの者が望んでいたように、冬の到来よりも早く、戦端が開かれたということだ。名誉と命を天秤にかけた本物の対局だ」

「それは、つまり『戦争』ってこと?」


 ヴォルは唸り声のように低く「そうだ」と答えた。

 あたりはより一層、深い森に迷いこんだかのように静まりかえる。

 多くの者の視線が、痛ましい姿の重傷人たちに注がれた。赤く腫れあがった皮膚、血の染みた包帯、生気の無い肌と落ちくぼんだ瞳。目を覆いたくなるような惨状(げんじつ)は、兵士たちの想いとは裏腹に目を逸らすことを許さない。

 報復の傷痕が自身に刻まれる、そう想わずにいられる者は、誰一人いなかった。


「俺たちは……、これからどうしたらいいんだよ?」


 ラップは泣き笑いのような顔をして、そうつぶやいた。


「残念だが私もその答えは知らない」


 幼馴染の問いかけに、ヴォルは嘘偽りなく答えた。

 けれど、彼の目には一切の怯えや恐怖はなく、毅然としたその声と瞳は、再度、周囲の者たちをひきつけた。


「ただ一つ、私は自身の全霊をかけて、全うすべき責務がある。それは、この部隊にいる兵士、平民や貴族、その立場や階級に関係なく、すべての者を国へ帰すということだ。この戦争で命を無駄に失う事、それを阻止するために、私は最善手を打ち続ける」


 ヴォルはそう言葉にしてふと、自信がそのためにこの戦場に存在する、という意義を得る。そして、心の底から活力があふれ出し、彼の視界を晴らしたように感じられた。


「生きて故郷の土を踏みたければ『私』に従え。私は自身の勝利にしか興味はない。()()()()()()()()()()()()()()。この言葉を忘れるな」


 若き貴族の野心的な宣告は、反発を得るには十分に刺激的なものであった。

 しかし、彼を取り囲む兵士たちは、誰一人として異論を唱える者はいない。


 なぜなら彼の言葉は、暗雲の立ち込める冷たい戦場において、一筋の雷鳴であった。


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