第9話
「さ、昼食を作りましょう」
入国審査までの待ち時間。
まだまだ回ってこないと判断した私達は、列に並びながら昼食を摂ることに。
「ベルテ、手伝って」
「はい。お嬢様」
御者はアランに任せ、2人でテキパキと準備を進めてゆく。
ネジャロは……列から外れた草原で寝ている。
トレーニングの疲れもあるだろうから文句は言わないさ。
「メニューは何になさいますか?」
「そうね。あまり凝ったものを作ってもしょうがないし、簡単に済ませましょう」
ベルテは頷き、肉の下ごしらえにかかる。
私も野菜を洗おうとした時
「おやおや。穢れた血が料理などしておるわ。家畜の餌でも作っているのか?」
知らない男の声が聞こえてきた。
そちらに視線を向ければ、豪華絢爛な馬車。何人もの護衛。
そして、下品なほどに着飾った男。
私が嫌いなものを全て詰め込んだような、憎ったらしい貴族の登場だ。
「穢れた血って、誰のことを言ってるのかしら?」
「誰も何も、お前の隣にいるでは無いか。汚物が」
キレた。見るも無惨に殺してやろうと思い、立ち上がろうとしたがベルテに手を掴まれた。
「だ、大丈夫ですお嬢様。言われ慣れてますから、あれくらいのこと」
強がりだ。
そんなことはすぐに分かる。
ベルテが本当に笑う時、そんなぎこちない笑顔にはならない。
兄が心の底から愛する相手なのだ。その美しい顔に、そんな影は落ちない。
「安心しなさい。あなたが蔑まれる時代はもうすぐ終わるわ」
「え……」
私はベルテの手を優しく解き、頭を撫でてから背を向ける。
被っていたフードも脱ぎ、真っ赤な瞳からは艶やかな光が漏れ出る。
「お前に選択肢をやるわクソ野郎。1つ、今すぐ立ち去――」
「クソ野郎だと!!!貴様、旦那様に向かってそんな口を!」
「良い良い。エドワード、下がりなさい」
「しかしっ、この娘」
「下がりなさい」
こういうのを貴族らしいと言えばいいのか?
戦うとなればまず間違いなく護衛が勝つであろうに、男の言葉だけで何も出来なくなる。
持っている財産?それとも生まれ持った血?
一体それになんの意味がある。
「娘、名はなんと言う」
「お前が知っていいほど私の名前は安くないわ」
「強情強情。たまにはこんなのも悪くない。ならば歳は?まだ15にはなっていないように見えるが?」
「だったら何?まさか、長く生きている方が偉いとか言わないわよね?」
「いやいや。人の上下を決めるのは血の尊さ。私が年齢を聞いたのは結婚が出来るかどうかだよ。15になったらファルマ神聖国に来なさい。パルー公爵の名を出せば迎えを出そう。それと、その時までには礼儀作法を身につけておくように」
呆れた。
公爵ごときがこの私と結婚?未来の最下位奴隷が?
面白いジョークだこと。
話の出来ない奴。
そう思った私はその男、パルー公爵に触れた。
「あらあら大変ね!もう私が15になるまで生きられそうにないわね、おじいちゃん」
「は……は……?」
触れた瞬間に時を加速させ、一瞬で死にかけのクソジジイとなった。
「き、貴様!旦那様に一体何をした!」
「仕事もできない護衛さん、あなた名前は?」
「そんなことより、旦那様を――」
「いいから。家名と住んでいる国。これを言えば元に戻すことを考えてやってもいいわよ?」
護衛の男は、私に剣を向け睨みつける。
他の護衛はパルー公爵を守ることに忙しいのか、私の仲間の方に行こうとする愚か者は居ない。
「住所は……ファルマ神聖国。家名はジョーヌ。伯爵家だ。
望み通り教えてやったぞ!旦那様を元に戻せ!」
あーあ。言ったな。言ってしまったな、馬鹿め。
ファルマ神聖国、ジョーヌ家……見つけた。
「奥さんが1人と、息子と娘が1人ずつ。全部で……5人の使用人と共に暮らしてるのね。幸せな家庭じゃない」
「な、なんで……どうしてそれを知っている!」
どうしても何も、自ら言ったこと。探してくださいとばかりに詳細に教えてくれた。
おかげで探し出すのに苦労しなかったよ。
「お前が気にするのは理由ではないでしょ?さてこの家、どうしてやろうかしら?潰す?中にいる人全員ぺしゃんこね」
どれだけ離れていようと関係ない。
目視ではなく、魔法を通して見えていればそこは全て射程圏内。
もう、手は掛けた。
「潰す?潰すって何を――」
「あら大変!奥さんが飲もうとしていたコーヒー、誤ってぶちまけてしまったわ!あーあー、火傷大変そうねぇ」
「お、おいお前、さっきから何を」
「あら、今度は息子が階段から落ちてしまったわね。それに、どうしてでしょうね?落ちた先にナイフが転がっていたわ。少しズレていたら今頃……」
「や、止めろ!止めてくれ!悪かった、旦那様も……お、俺も!数々の非礼、お詫び申し上げます。ですからどうか、怒りを沈めては、くださいませんか?」
はい終わり。
家族を守ることすら出来ずに泣いて頭を擦り付けて、何が貴族か阿呆らしい。
「まあいいわ。分かったらそのゴミ拾ってさっさと消えなさい。次出てきたら……うっかり殺してしまうかもしれないわね」
私はとても気持ちよく踵を返す。
馬車からはアランが、鍋があるところからはベルテが心配そうな表情をして――ん?驚いた表情?
「死ね!魔女め!」
後ろから怒りに満ちた声と、あろう事か剣が振り下ろされた。