第8話
「トワちゃん!良かった、無事で」
「ええ」
私はアランたちが待つ馬車へと戻ってきた。
氷龍ヴァイズエイデスは消え去り、真冬のようだったこの辺りはすぐに暖かくなるだろう。
「えっと、こんなに早く戻ってこれたってことは……勝てたの?それとも逃げてきた?」
「ん?勝てたわよ。あっさりね」
「そ、そうなんだ。じゃあ、なんでそんなに不機嫌に?」
「え、私が?そうかしら?」
トワに自覚は無かったが、この時確かにムスッとした顔をしていた。
それもこれも、ヴァイズエイデスの死に方が気に食わなかったからだ。
力を持つものの性。あの龍はそれに苦しめられてきたが、トワには納得し難いもの。
長く生きれば分かるとか何とか言われたが、これまでのループで数百年。一度もそんなことで悩んだことは無い。
「ねえアラン。強いものと弱いもの、どっちに生まれた方が幸せ?」
「え?そりゃ強――」
「強いものに決まってんだろ!弱いところから強くなるってのもアリだが、結局は強くなるんだ。なら強く生まれた方がいいに決まってる!」
強さに貪欲なネジャロが会話に割り込んできた。だがどうやら2人共、強く生まれた方が幸せと思っている様子。
「ならベルテは?あなたを虐げてきたものに、復讐できる力とか欲しくない?」
「私は……ちょっと仕返しをしてやりたいって考えたことはありますけど、復讐とまでは」
ベルテは煮え切らないか。
きっとやりたくても己の良心が歯止めをかけているのだろう。彼女らしいことだな。
「それで?そんなこといきなり聞いてどうしたの?」
「これといった理由は、特に無いわね。ただ、私とあの龍の差について少し、ね」
私とヴァイズエイデスは相容れない。
もう、そういうものなのだということで無理やり納得した。
それからしばらくして、ようやくアウロ・プラーラの外壁が目に入ってきた。
山を越えきった頃には雪もとけ始め、今ではもうすっかり春の日差し。まるで遠足日和だ。
「ええっ!?あの虎人、どうなってんの?」
「高ランクの冒険者かな?あ、握手とか、してもらえるかな?」
国が近くなればそれだけ人通りも増える。
私たちとすれ違うものは、ネジャロを見てそんな感想を口に出しては、足早に去ってゆく。
それも納得で、彼は「邪魔するな」とばかり、厳つい虎顔をさらに厳つくして威嚇しているのだ。
一般人からしてみれば恐怖以外の何物でもないだろう。
「ちょっとネジャロ。あんまり睨みつけないでよね。僕は一応商人なんだから、お客さんも逃げてしまうだろ?」
「いやだって特訓中……握手とか邪魔でしかないだろ?」
「う……ん。まあ一理あるけど」
アランは納得しきっていないが、もうそんな悩みともおさらばだ。
「もうその岩は要らないわ。街道に入ったのだから、ほかの馬車のことも考えないとね」
私は大岩を消した。
ネジャロも文字通り肩の荷がおりたことで一息つける。
と思ったのだが、どういうわけか悲しそう。
「お嬢。あの岩結構気に入ってたんだが……」
「え?ただの岩じゃない」
他のものの意見を聞こうと視線を向けると、アランもベルテもウンウンと頷いている。
「違うぞお嬢。あの岩はな、オレがこの2ヶ月間毎日世話してやったんだよ。一緒に川で水浴びもしたし、砂埃が付いたら磨いて綺麗にした。
あれは、あの岩は……オレのペットみたいなもんなんだ!」
そうなの。そうなの?
これには他の2人も首を傾げていた。
そうだよな。あれはどこにでもあるただの大岩。
私の感覚がおかしくなったわけでは無かったみたい。
でもまあ、なんか可哀想でもあるし、フォローはしておこう。
「そんなに大事なら、異空間に置いておくからいつでも言いなさい。会わせて?あげるわ」
「おお!そうなのか!もう捨てられちまったんだとばかり。でもありがとな!毎日お願いするぜ!」
しかし、ネジャロの言った毎日は3日で終わることに。まさに三日坊主。
そんな会話に花を咲かせていれば、見えてくる見えてくる。
アウロ・プラーラ!
の前に連なる長蛇の列が。
力こそ全てなこの国家で、犯罪が横行しないようにするための厳重な審査。
それにしたってこれは……並ぶ気も失せるな。
「仕方ないよ。お昼でも食べて休憩しながら僕らの順番が来るのを待とう」
「そうね。こればっかりは仕方ないものね」
己の中に平和を掲げる私としては、こんなことで秩序を乱すわけにはいかない。
ネジャロと|遊びでもしながらゆっくり待つことにしよう。
ここはまだ国の外。
一行は忍び寄る邪に気づいていない。
狙われるのは誰か……