第20話
「ご、ご主人様すみません!そっち行きました!」
「あー……うん」
ベルテの横を抜けてきたゴブリンに対し、アランは適当に剣を振るう。
亀の歩みかのようにゆっくり動く緑の物体は、いともあっさり切り裂かれた。
「これは、想定外?」
「そう、ね。ここまで酷いとは思ってなかったわ」
私たちの視線の先には、勇敢に戦うベルテの姿
なんてものは無く、子供もびっくりな逃げ腰でナイフを振るう姿が映っている。
しかも、彼女はゴブリンも、ましてや手に持つナイフすら見ていない。
いくらなんでもこれは……
「ベルテ!鈍化は掛かってるんだから、しっかり見て戦いなさい!」
「全然怖くないよ!それに、見ない方が危ないよ!」
「で、でも……」
ダメそうね。
何がそんなに怖いのかしら?
私はベルテに歩み寄り、腕を掴む。
そのまま一切汚れの無い、新品同然のナイフをゴブリンの首目掛けて突き立てさせた。
ズブリという感触が伝わり、ベルテの顔が歪む。
「せめてこれくらいは慣れておきなさい。いざという時、自分を守れるのは自分だけなのよ」
「はいぃ……」
私がいる限り、そんないざは起きないだろうが、常備薬みたいに考えておけばいい。
心構えの有る無しで、結果というのは大きく変わるものだ。
「さ、今初めて魔物を自分の手で殺したわけだけど、気分はどう?」
「……帰りたい、ですね」
ベルテのしっぽは分かりやすく下がり、ナイフも地面に置かれている。
私としては、1つランクを上げさせるつもりだったのだが、無理をさせるのも良くないか。
「仕方ないわね。帰りましょうか。アランはどうする?もう少し戦うのなら見ておくけれど」
「僕も帰るよ。別に戦うのは好きでは無いからね」
そんなわけで、アランとベルテのダンジョンデビューは僅か数分で終わった。
倒した魔物から魔石だけ抜き取り、帰路につく。
「やっぱり私は、掃除や洗濯、家事をしている方が好きです。平和なのが一番です」
「平和ね。それに関しては私も同意ね」
本心から漏れ出た私の返答に、アランとベルテは顔を見合わせる。
「えっとー……冗談、だよね?」
「どうしてそんなこと思うのよ?」
「それはその……お嬢様を戦う姿を見ていますので」
戦う姿。
はて?何か戦闘狂めいた事をしただろうか?
彼らが知る争いごとと言えば、グレイス王国での伯爵家潰し。山での氷龍殺し。それと、検問前での軽い諍い程度か。
うむ。どれを取っても実にスマート。
氷龍の時は多少想定外な結果になりはしたものの、他は後の事まで考えられた平和的解決が出来たと自負できるな。
「やっぱり私ほど平和を愛する存在はいないわね!スペカからも感謝の言葉が欲しいくらいだわ!」
私の後ろで尚も怪訝な表情の2人だが、それ以上は特に何も言っては来なかった。
「あ、そうだベルテ」
話題を変えようとしたのか否か、アランが何かを思い立った様子。
先程手に入れた魔石を取り出した。
「僕が2つでベルテは1つ。わざわざ換金する程のものでも無いと思うんだ。だから記念に取っておくのはどうかと思って」
「取っておく、ですか?」
アランのこの考え、私は賛成だ。
これだけでランクが上がったりもしないし、換金したとして、買えるものと言えば安っいパン1つ程度。
それならば、宝石のような綺麗な見た目を利用して、アクセサリーでも作った方がいいだろう。
自分の手で倒した初めての魔物。
きっとそれ以上の思い出の品となる。
「というわけなのよ。誰かいい職人を知ってる?」
「はい。それでしたら――」
第1ギルドに戻ってきた私たちは、事の経緯を受付嬢に説明した。
そんな彼女が薄いフォルダを手に戻ってきたことから察するに、そういった冒険者は多いのかも知れない。
「こちらの中からお選びいただけますよ。ネックレス、イヤリング、ブレスレット、指輪などなど。ギルド専属の職人が手作り致します!」
「へえ……結構種類があるんだ」
「これはなかなか、悩んでしまいますね」
2人は資料に描かれた完成系を見比べながら、気に入ったものを探している。
私の出番は無さそうかな。
「私は換金してくるわね。終わったら呼んで」
「はい。分かりました」
「行ってらっしゃい。また後で」
2人と別れ、別の列に並び直す。
彼らが多対一にならないよう、間引いた魔物の数はそれなりのもの。
元々資金は潤沢だが、ありすぎて困るものでもない。
初心者向けダンジョンとあってお小遣い程度にしかならないだろうが、替えられるものは替えておこう。
というところまでは良かったのだが、どうも周りの視線が気になる。
私を見てはなにかヒソヒソと。
「何かしら?今更噂になるようなことなんて……」
もしや怪我の治る女湯の秘密がバレたのかと、面倒なことになったと考え出した時、ギルドの扉が勢いよく開いた。
「あ!やっと見つけた!トワさ……ん!ちょっと来て貰えますか?」
誰だろうか。
知らない若い男性職員に呼び出された。




