第18話
隻腕となってしまった女性。
己が拳を武器に、この国のトップまで上り詰めた女性。
「お知り合いなのですか?」
「一応ね。名前も知らないし、今はこちらが一方的に知っているだけだけれど」
何度か彼女らのパーティとダンジョンで出会って、その戦いを見させてもらった事があるが、チームワークがとても良いと感じた。
剣士、拳闘士、魔術師、治癒術師。
この4人で全てを補い、まさに以心伝心と言った感じで完璧に対処する。
しかし、あれは4人だからこそ出来た技。
1人減ってしまえば、あの時のような連携は不可能なのかもしれない。
「クソッ クソッ クソッ!」
湯船の隅から聞こえてくる声。
残った左腕で水面を叩き、悔恨をぶつけているのだろう。
「あの、お嬢様。治してあげないのですか?お嬢様の魔法でしたらあんな怪我でもすぐに」
「そうねー」
怪我を治してやること自体は構わない。が、それで野戦病院代わりに使われても困る。
彼女のことは知ってはいるが、ただそれだけ。
口軽で噂が広まったりなんかしたら、想像するだけで面倒だ。
「どう転ぶか分からないのよね。本音を言えば赤の他人だし、放っておいても良さそうだけど……」
私に助ける意思が無いと見るに、ベルテは分かりやすくしょんぼりしてしまった。
「はぁ、しょうがないわね。治してあげるわよ」
「流石です!お嬢様!」
「……善人になるつもりなんて無いというのに」
目を輝かせているベルテを尻目に、隻腕の女性に近づく。
「少しいいかしら?」
私が声をかけると、女性は背を向けたまま少し遠ざかった。
「なに?」
「これといった用はないけれど、少しお話でもしましょう」
無難な切り口だと思ったのだが、ギロリという感じで振り返り、突然大声で怒鳴り始めた。
「何なんすか!そうやってあたしのこと笑いに来たんすか!どいつもこいつも、あたしを嘲笑うな!」
辺りはシーンと静まり返り、彼女の怒鳴り声と水が流れる音だけが聞こえる。
念の為に異空間に隔離しておいて良かった。
危うくあの場の全員の注目を浴びるところだったわ。
「みんな変な目で見てくるし、パーティのみんなだってあたしのこと腫れ物みたいに扱うんすよ?ただ腕一本無くしただけで、あたしは居ちゃいけないんすか?これまでやってきたことはなんだったんすか?」
めんどくさ。
これは相当溜まってるやつね。
私は相談屋では無いのだ。
そんなことを聞かれたって困るわけで。
さっさと目的を済ませてしまおう。
「な、何なんすか?なんで無言で近づいてくるんすか?あ、あたしにそっちの趣味はないすよ?」
「わー」
彼女に触れられる距離まで近づいた私は、躓いた演技で湯の中に押し倒した。
「ちょっ、ほんとに何するんすか!?いくら可愛い顔してるからって、あたし女の子となんて嫌っすよ!?」
さっきから失敬な。
私だってそんなつもり毛頭ない。
彼女を押し倒したのは、ただ気を逸らそうとしてのこと。
触れた段階で既に目的は遂げている。
「あら?腕がどうの言っていたけれど、何がそんなに気に食わなかったの?」
「は!?見て分からないんすか?あたしの右腕、が……」
彼女は湯の中から起き上がるために着いた両腕、そう両腕があることにようやく気づいた。
「え、なんで?うそ、ちゃんと動く。
あたしの、腕だ。もしかして君が――」
「さあなんのこと?きっとこのお湯の効果よね。怪我に効くというのは本当だったのだわ」
「いや、そんなわけないっすよ。最上級の回復魔法でも治らなかったのに、ただのお湯なんかで」
私は思いっきりジト目で彼女のことを睨みつける。
そういうことにしろ!
「そ、そうっすね!すごい効き目だなー!ありがとう真っ白なお湯さん!」
湯は確かに白いが、それは私とどっちに向けた言葉だ?
まあいいか。後はこのことが噂となって広がらないことを祈るばかり。
隔離のための異空間も解き、私は湯気に紛れてベルテの元へ帰る。
「お嬢様、終わったのですね」
「ええ。絡まれるのも嫌だし、もう上がりましょ」
体を洗えていないが、それはアランに水魔法をかけてもらおうか。
私たちは湯の中ではしゃぐ隻腕だった女性を一瞥し、そそくさその場を後にした。